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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第9章 天使と悪魔の舞踏会
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第81話 女神の姿/世界最大の都市

     -女神の姿-


 それから俺たちは、『天嶮の迷宮』で『光剛結晶』を採取し、アルマグリッドのヴィダーツ魔具工房に戻った。ガアラムさんは『光剛結晶』の受け取りを強く固辞していたけれど、最後にはどうにか受け取ってくれた。

 俺たちは本格的な旅支度のため、さらに数日をアルマグリッドで過ごすことにしたのだが、その間に俺はエリオットから何度も訓練を申し込まれて散々な目にあっていた。

 少しは手加減をしろ、手加減を!

 あの野郎、『天空神殿』で少しばかりエイミアと二人きりになったのを妬むとか、嫉妬深いにもほどがあるだろ……。まあ、バトルセンスの塊みたいな奴との訓練は、俺にとってもかなり学ぶところが多いものだったのは良かったのだが。


 そして、再びの出発の日。


「ふむ。せっかく戻ってきたと思ったら、もう行くのか」


「ええ、ごめんなさい」


「いや、いいんじゃよ。ここには冒険者ギルドはない。冒険者たちはみな、ここで武器や防具を手に取り、他の街へ行き、依頼を受けて各々の戦場へおもむく。そういうものだ」


 ガアラムさんが悟ったような声で言うと、ハンスが横から茶化すように口を挟む。


「でも、寂しくなったらいつでも戻ってきていいんだよ?」


「ええ、そうね。ストレス発散に《黒の虫(ブラック・バグ)》を人間めがけて撃てる場所なんて、他にないものね」


 平然と、とんでもないことを口にするシリル。うーん、相変わらず手厳しい。

 だが意外なことに、そんな恐ろしい言葉にもハンスは怯えた様子を見せなかった。


「ははは。もう僕に怖いものはないよ。世の中にあんなに『痛い』ものがあることが分かった以上、《黒の虫(ブラック・バグ)》なんて恐れるに足らず、さ!」


「あのねえ……あれでも、手加減してるのよ? 本気でやったら、あんたなんか五秒で発狂してるでしょうが」


 胸を張って笑うハンスの頭を後ろから叩いたのは、ミスティさんだった。

 最近の彼女は、この魔具工房にいることが多いみたいだ。なんとハンスの奴、ミスティさんといわゆる恋人関係になったらしい。……意外すぎる展開だった。

 でも、『跳ね回る狂乱の牙鞭(カルラ・デイモス・パラス)』の神性“撃痛乱舞(ペインダンス)”って、恋人相手に使っていいものじゃないんじゃないかな。……まあ、『ハンスだから』別にいいか。


「いやいや、ミスティさんの愛が感じられる、まさに『愛の鞭』なんだから五秒と言わず六秒は耐えてみせるよ」


「……はあ」


 やれやれと顔を押さえるミスティさんも、まんざらじゃなさそうな顔をしている。

 

「じゃあ、ミスティ。また機会があったら会いましょう。もっとも、次に来るときは結婚式かしらね?」


「な、なに言ってんのよ!」


「あはははは!」


 シリルが楽しそうに笑う姿に、俺はつい見惚れてしまう。

 やっぱりシリルは、笑顔でいてくれる方が断然いい。俺はこの笑顔を守るためなら、この世界そのものとだって戦える……などと考えてみたり。


 すると、俺の傍らに立つファラが呆れたような声を出した。


〈まったく、どいつもこいつも色恋沙汰に浮かれておって〉


〈まあ、そう言うなよ。それともお前、うらやましいのか?〉


〈ば、バカを言うな。何がうらやましいものか〉


 ぶんぶんと首を振るファラ。彼女をからかうのは、まるで普段では見られないシリルの姿を見ることができるようで、意外と楽しいのだ。



「さてそれじゃ、最後に街を見て回って、必要なものがあれば揃えましょう」


「さんせい! 今度こそシャルちゃんに可愛い服を着せ替えしまくっちゃうんだから!」


「わ、わたしはあっちに……、あう!」


 アリシアの言葉に慌てて逃げ出そうとするシャルの肩を、エイミアの手ががっちりと掴む。


「ふっふっふ。逃がすと思うかな?」


「エ、エイミアさんまで……、うう、見逃してください……」


「う……いやいや、そんな上目づかいで見上げてきても、わたしの心は動かせないぞ。シャルを着せ替えるだなんて、そんな面白そうな──もとい、有意義な話に乗らないわたしではない!」


 心は動かせないとか言いながら、シャルの肩を掴むエイミアの手は、ぶるぶると震えている。うーん、やっぱりシャルのあの目は凶器と言っても過言じゃないな。

 シャルはそんな一瞬の隙をついてエイミアの手を振りほどくと、一目散に店を飛び出していった。


「あ! しまった! よし、エリオット! 追うぞ! 逃がしてなるものか!」


「ええ! 僕もですか!?」


 楽しそうに走り出すエイミアに、エリオットは仕方なく続いていく。


「ヴァリス! あたしたちも行こう! エイミアさんやエリオットくんには負けていられないよ!」


「む? なんだかわからんが、負けるというのは気に食わんな」


 さらに続けてアリシアとヴァリスの二人まで飛び出していく。


「おいおい、随分と楽しそうだなあ」


 まあ、あんな顔ぶれに追いかけられては、さすがのシャルも逃げ切れないだろうなあ。


「まったく、いつものことながら大騒ぎね」


 シリルはあきれながらも、そんな彼らの後姿を楽しそうに見送っている。……が、その直後。


「……そうそう、ちょうどいい機会だから、ちょっといいかしら。ルシア、それにファラ? 話があるのだけど」


 ぞっとするような声音で呼びかけてくるシリル。

 うおお……え、笑顔が怖い。いや俺、さっきまでこの笑顔を守るためならとか、かっこいいこと考えてなかったっけ?

 何はともあれ、他の人には姿が見えないファラと話をするのに適当な場所として、俺たちは魔具工房の宿舎の一室を借りることにした。


「さてと……真っ先に説明してほしいのはね。なんで、ファラがわたしの姿をしているのかってことよ!」


 それぞれ別の寝台に腰を掛けた状態で向かい合う俺とシリル。もちろん俺の隣には、ファラが腰を掛けていた。


〈む? この姿か? 決まっておろう。これがルシアにとっての『理想』の姿だからだ。なにしろわらわは『理想』の女神なのだからな〉


 えっへん、とばかりにシリルの姿で胸を張るファラ。

 対する本物のシリルの方は、今の言葉に目を丸くしたまま身体を硬直させている。


「え? っと、その、つまり、わ、わたしの姿が?」


〈見かけによらず、飲み込みが悪いなお主は。つまり、この男ときたら、年端もいかぬ少女の姿に、年甲斐もなく一目惚れしたというわけだ〉


「ひ、一目惚れ……」


 声を震わせて呟くシリルの白い頬に、うっすらと赤みがさしていく。

 相変わらず、こういう時のシリルって、目を離せなくなる可憐さがあるな……。

 って、おい! 一目惚れって、勝手に決めつけるなよ! ってか、言い方にまるで俺を変態に仕立て上げようとしているような悪意を感じるぞ?


「ちょっと待て! 確か『見る者の心に一番強く印象に残った姿』だって言ってただろうが! 俺はこれまで銀髪銀眼の女の子なんか見たことがなかったんだよ! それだけだ!」


〈ふん。せっかくわらわがお主らの仲を進展させてやろうと言うのに、むきになって否定しおって〉


「あ、あのなあ……」


「と、とにかく! その、それはそれとして……。まず、その姿を何とかして! 自分がもう一人いるみたいで落ち着かないの!」


〈むう……、やむを得ん。気に入っていたのだがなあ、この髪〉


「なら、髪だけそのままで、姿を変えればいいんじゃないか?」


〈ぬ? お主にしては名案だな。そうするか〉


「まあな。でも、いつもと違ったシリルの表情が見られなくなるのは、俺もちょっと残念かもな」


〈ふっふっふ。まあ、わらわの方が大人の色気と言うものが滲み出ていたのだろうな〉


「いやいや、それはないから」


〈なにおう!〉


「……もう! いい加減にしなさい!」


「ぐえ!」


〈ぐえ!〉


 俺とファラはそろってシリルに襟首を掴まれ、異口同音の悲鳴を上げた。

 ──結局、ファラは姿を変えることにしたのだが、その姿というのがまた厄介だった。


「……なんで、そうなるの?」


 シリルはもう、怒りを通り越してあきれているようだ。

 俺たちの目の前には、黒髪の美女がいる。服装はシリルと同じ。慣れ親しんだその姿は、他でもない因子制御中のシリルそのものだった。


〈……仕方がない。わらわの覚醒が完全ではないせいか、どうしてもルシアの意識に引きずられてしまうようだな〉


「ル、ルシアの意識って……」


 シリルはちらりとこちらを見る。そして、俺と目が合った瞬間、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。……俺だって、さすがにこれは恥ずかしい。こいつ、わざとやってるんじゃないのか?


〈黒髪も悪くはないのだがな。少々、残念だ……〉


 だが、がっかりした顔のファラの姿に、俺とシリルは顔を見合わせて苦笑する。

 それから二人で示し合わせたかのように、彼女の頭や肩に手を置くと、慰めの言葉をかけてやった。


〈ええい! わらわを子ども扱いするでない!〉


 再び顔を見合わせ、笑いあう俺とシリル。うん、こういうのも悪くはないな。


 その後、名残を惜しむように一通り街を回ったあと、俺たちは長く滞在を続けていた『鋼の街アルマグリッド』を出発した。


 そして、次に向かう場所は『魔導都市アストラル』のはずなのだが……。

 風を切って空を飛ぶ『ファルーク』の背の上で、アリシアが首をかしげている。


「えーと、今向かっている先って、魔法王国マギスディバインなんでしょ? そこに『アストラル』があるの?」


「ええ、そうよ」


 アリシアの質問に答えるシリルは『ファルーク』の首の近くに腰かけたまま、こちらを振り向くこともないため、その表情はうかがい知れない。

 彼女のすぐ後ろに座る俺が代わりに後ろを向くと、エイミアやエリオットが納得がいかないような顔をしていた。


「でも、あの国にそんな都市があるなんて、聞いたことがないぞ?」


「僕も知らないな」


「それはそうよ。一般人には入れない場所にあるからね」


「というと、やはり【魔導装置】で空間を歪めて隠しているのか?」


 今度はヴァリスが質問した。聞いたところでは、『竜族』の“超感覚”も空間を歪める類の【魔法】には通用しないらしい。そのせいか、その手の話は特に気になるみたいだな。


「少し違うわ。この場合の『一般人』は、『身分の低い人間』という意味が強いわね。王国の首都『マギスレギア』の王城内部に入口を持つ【異空間】。それが『アストラル』の正体よ」


「王城内部!? それじゃ、マギスディバインって『魔族』が支配する国なのか?」


「それは驚いたな。『魔族』はあくまで裏方の存在だとばかり思っていた」


「あくまで王は人間よ。それも傀儡みたいなものだけど。だからまあ、『魔族』が裏方に徹しているという言い方自体は、間違いではないわね」


 俺とヴァリスの驚きの声に、またもシリルは振り向くことなく言葉を返す。


「……マギスレギアにギルド本部があるのも、そういうわけか」


「ええ、そのとおり。世界最大の都市にして、まさに世界の中心。『セントラル』の拠点としては相応しい場所と言えるでしょうね」


 エイミアの言葉に対しても、一度もこちらを振り向かないまま返事を続けるシリル。

 やっぱり、久しぶりに戻る故郷に色々と思うところがあるんだろうか?



     -世界最大の都市-


 わたしたちのいたアルマグリッドが、ノエルに見せられた地図でいうところの南東方面に位置しているのに対し、魔法王国マギスディバインはちょうど中央部に存在する。

『ファルーク』を使っても数日かかる道のりであり、途中で何度か町に立ち寄って宿泊を繰り返しながら首都マギスレギアに到着した。


「魔法王国って割には、アルマグリッドほど【魔法具】はないんだな」


 外壁に設けられた巨大な正門をくぐったところで、ルシアがそんなことを口にした。


「ここはどちらかと言えば“魔工士”よりも“魔導師”の街だからね。【魔法具】より【魔法】そのものの研究なんかの方が盛んなのよ」


 その証拠に入ってすぐの大通りに軒を連ねているのは、【生命魔法】(ライフ・リィンフォース)による治癒を専門とした治療魔術院や地属性魔法による土木工事を専門にする工事術務店、光属性魔法による祝福・解呪・浄化を専門に取り扱う法術院などなど、【魔法】関係の施設がほとんどだ。


「このあたりが人の出入りの激しい一等地だということを考えれば、この様子だけでもこの都市で【魔法】が盛んなことが見てとれる、というわけだな」


「すごい、ヴァリス。もう、すっかり人間社会に詳しくなっちゃったね?」


「ふん。この程度のことで褒められてもな」


 仲の良さそうな二人の会話はさておき、とりあえずはギルド本部に向かう必要があるだろうか? とはいえ、この街はいままでの街とは規模が違う。なんといっても世界最大の都市である。ギルドの本部自体は正門からそう遠く離れていないとはいえ、それよりはまず、拠点となる宿を押さえておくべきかもしれない。


「前みたいに二手に分かれるか?」


「いえ、やめておきましょう。はぐれると面倒だし、正規パーティ登録をするなら、ギルドにも全員で行った方がいいでしょうからね。まず、宿屋を探すわよ」


 わたしはルシアの言葉に首を振って答えた。


「ここはシリルの故郷なんだろ? 馴染みの宿とかないのか?」


「ないわ。わたしはここから、ううん、『あそこ』から一刻も早く逃げ出したいと思っていたから、この街ではギルドにすら立ち寄ったことがないの」


 まさか、こんな形で戻ってくるなんて夢にも思わなかったけど、みんなが一緒にいてくれるなら、恐れるものなど何もない。


「じゃあ、僕が案内するよ。この都市には、Aランクモンスターの撃破任務なんかの大口依頼が集まるからね。馴染みの街なんだ」


「助かるわね。じゃあ、お願い」


 エリオットの案内で目的の宿へと向かう。この街は東西南北に延びるメインストリートがあるほかは、整然と碁盤目状に区切られた造りになっている。また、石壁づくりの家々は一軒家から長屋造り、三階建てくらいの集合住宅まで様々な形式のものがあるけれど、無駄に大きなものはなく、都市の東西南北の四方に存在する色分けされた四本の塔はどこからでも見えるため、初めて来た人でもめったに道に迷うことはない。


「シリルお姉ちゃん。城塞都市って言うと、カルナックを思い出すね」


「え? ああ、そうね。規模は全然違うけど、王城がある以上はここも一種の城塞都市だし、確かに雰囲気は似てる……のかな?」


 道すがら、唐突なシャルの言葉に、わたしは一瞬だけ反応が遅れてしまった。 


「あの街には中央に噴水があって、……エイミアさんの銅像なんかもあったよね?」


「え? ……ああ、そうねえ、あったわね。ここにはないのかしらね?」


 わたしはようやくシャルの意図を理解した。うん。最近シャルはエイミアに可愛がられ過ぎているところがあるみたいだし、少しだけ協力してあげよう。


「いや、二人とも。あれは街の住人が勝手に造っただけで、その、わたしは……」


「まるでエイミアさんの勇姿を見てきたかのような、すごく凛々しい銅像でしたよ? モデルになったりしたこと、ないんですか?」


 まさかシャルがこんな手に出るなんてね。この前のアルマグリッドでの最後の買い物の後、随分とやつれた顔をしていたけれど、それだけ大変だったということなのかな?

 思いもかけない反撃に、エイミアはしどろもどろに弁解を始める。


「う、うう。い、いや確かに一度だけ、上司に言われて絵を描かせたことはある。復興のシンボルというか、そんなもので少しでも皆が勇気づけられればと思ったのだが……。で、でも、やりたくてやったわけじゃないんだぞ?」


 さすがにエイミアも恥ずかしそうだ。もう少し、からかってあげようかしら? と、そこへ別の声が割り込んできた。──というより『食いついてきた』といった感じで。


「エイミアさんの銅像だって!? そうか。僕はここ数年、カルナックには行っていなかったからなあ。よし! 今度ぜひ、行ってみよう!」


「こ、こら、エリオット! 見世物じゃないんだぞ?」


 いや、あれは見世物でしょ。声に出さずに突っ込みを入れながら、わたしは思わず笑ってしまった。やっぱり、意図的にからかわれるより、ああいう天然の言葉の方がより一層こたえるんでしょうね。


 ようやくたどり着いた宿は、この大きな街には似つかわしくない、古びた様子のこじんまりとした二階建ての建物だった。看板も少し薄汚れているあたり、知らない人間ならそもそも営業中かどうかさえ怪しむところだ。


「さ、ここだよ。見てくれはこんなだけど、女将さんもいい人だし、料理はすごくおいしいんだ」


 そう言いながら扉を開けるエリオット。中に入るとすぐ食堂になっていて、カウンターの向こう側には年配の女性が安楽椅子に腰かけたまま、うつらうつらと舟を漕いでいた。エリオットは彼女に向かって低く抑えた声で話しかける。


「メリーさん、起きてください。エリオットです」


「……うるさいね。起きとるよ。だいたい、人の宿のことを『見てくれはこんなだけれど』とは言っておくれじゃないか、ええ? 食事のマナーから何から、何も知らないガキだったあんたを世話してやった恩人をお忘れかえ?」


 メリーと呼ばれたお婆さんは、安楽椅子からゆっくり立ち上がると、無愛想な顔でわたしたちを見た。


「聞こえていたんですか? まあ、それより今日は仲間と一緒に泊めていただきたくてお邪魔したんです。部屋、空いてますよね?」


「……空いているのが当然のような口ぶりじゃないかい」


「空いてないんですか?」


「……ぐ。空いてるよ。空いてるともさ! せいぜい好きな部屋を選ぶがいいさ!」


 エリオットの言葉に、やけくそ気味に返事をするメリーさん。無愛想な外見に反して、随分とお茶目な女性みたいだ。

 わたしたちは二階にある二部屋を借りることにしたけれど、鍵を渡され、食事の時間になったら食堂に来るように言われたほかは、部屋への案内さえしてもらえなかった。……これで商売になるのかしら?


「ここはメリーさんの道楽でやっているようなものだからね。まあ、僕からも仕送りをしているし、生活ぐらいは何とかしていけるんだろうけど」


 ひとまず部屋に腰を落ち着けることにしたわたしたちは、ひと部屋に集まって今後に関する相談をすることにしていた。


「仕送り? 偉いな、エリオットは! でも、そこまでするなんて、本当に世話になった人なんだな」


「ええ、エイミアさんと別れた後、仕事を探して最初に訪れたのがこの街なんです。でも、ご存じのとおり、僕はエイミアさんからごく基本的なことしか教わっていませんでしたし、こんな大きな街でどうすればいいか途方に暮れてしまって……。そんな時にたまたま知り合った人なんですよ。口は悪いけど、すごく優しい人なんです」


 エリオットは相変わらず表情の変化に乏しいものの、淡々とした言葉の中に、メリーさんへの愛情のようなものが見え隠れしている。


「ふうん。そうか。なら後で、わたしからもお礼を言っておかないとな」


「え? いやいや、そんな必要はありませんよ!」


「でも、わたしがもっとちゃんと面倒を見てあげられれば、そんなに世話をかけなくても済んだのだろう? だったら……」


「いや……、そもそもエイミアさんに責任のある話じゃないんですから、わざわざ面倒をかけることはないですよ」


 どうもエリオットは、エイミアがメリーさんと話をすることを避けたがっているみたいね。いったい、どういうことだろう?


「エリオットくんはもしかして、メリーさんに色々とエイミアさんのこと、話したりしたのかな? それでちょっと照れくさいとか?」


「うう!」


 アリシアの言葉はどうやら図星のようで、エリオットにしては珍しく、あたふたと慌てた様子を見せている。


「だって、さっきのメリーさん。なんてことない顔をしているように見えたけど、エイミアさんを見た時の心の動きが半端じゃなかったもの」


 なるほど、それでわかったのね。すると、エイミアが腰かけていた椅子から突然立ち上がった。


「やっぱり、お礼を言ってこなくては。ついでにエリオットがわたしのことをどう話していたのか。じっくりたっぷり聞いてこよう!」


 明らかについでじゃないわね。


「うわあ! ま、待ってください、エイミアさん!」


 足早に出て行こうとするエイミアの袖を掴み、引き留めようとするエリオット。

 それを見て足を止め、にいっと笑うエイミア。


「ふむ、エリオットくん。そんなに嫌がるとはまさか、わたしのことをそんなに悪く言っていたのかね? だとすれば、まず、君から事情を聴取せねばならんようだね?」


 エイミアは、わざとらしく変えた口調でそんな風に言いながら、自分の椅子に戻ると、今度はエリオットを自分の対面に座らせて、『ねちねち』としか言いようがないような質問攻めを開始した。


 どうやらギルドに行くのは明日にした方がよさそうね。あとしばらくは続きそうなそのやりとりに、他の皆は顔を見合わせ、苦笑したのだった。


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