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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第8章 天空の神殿と世界の真実
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幕 間 その14 とある鞭使いの恋心

     -とある鞭使いの恋心-


 ──ミスティ・ジャネイ


 ごく当たり前の商家に生まれ、ごく当たり前の近隣の学校に通い、街に来た楽団一座の踊り子の姿に憧れた、ごく当たり前の少女だったあたし。

 そんなあたしが冒険者となったのは、やっぱりありきたりな理由でしかない。

 あたしが15歳の時、隣町まで行商に出かけた両親が運悪く近くの【フロンティア】から溢れ出したモンスターに襲われて、帰らぬ人になったのだ。

 当時は街のギルドが対応を怠けていたのだと批判も出たらしいけれど、そんなことは関係ない。両親を殺したモンスターに復讐する手段、それは冒険者になることしかなかった。


 肉親を殺された復讐のために冒険者となる人間なんて、珍しくもなんともない。

 あたしは幸いにも自らに備わっていた鞭術系【エクストラスキル】“変幻双蛇”を活かしつつ、モンスターどもを殺しまくった。あたしと同じような理由で冒険者となった仲間と組んで【フロンティア】に突入することもしばしばで、そのせいで仲間を失うことも多かったけれど、後悔なんてしたことがなかった。


 そんなあたしがいつか冒険者をやめるとすれば、そのきっかけも、やっぱりありきたりなものでしかないのかもしれない……。


「でも、ほんと、ミスティさんの踊り、素敵だったなあ……」


 魔具工房の打ち合わせスペースとしても利用される食堂の一角で、一人の男が鼻の下を伸ばし、うっとりしたような表情をしている。ふわふわとした茶色の髪に優男としか言いようのない女顔のその男は、名をハンス・ヴィダーツといった。はっきり言って、あたしが一番嫌いなタイプの男だ。


「いい加減にして。あたしはさっさとガアラムさんに接近戦用の【魔法具】を作ってもらいたいだけなんだから。別にあんたに用事があってきているわけじゃないのよ」


「まあまあ、だってほら、爺さんは今、他の依頼で忙しいみたいだしね。だから僕がどんな武器が望みなのか、こうして承っているわけで……」


「だったら! 話を聞きなさいよ。さっきから、関係ない話ばっかりして!」


「うーん。怒った顔も素敵だけれど、ミスティさんには笑っていてほしいなあ。ほら、この前のパーティの時みたいにさ」


 ああ、もう、どうしてこの男は次から次へと歯の浮くような言葉ばかり、平気で口にできるんだろう?


「……帰る」


 あたしは呆れて物も言えなくなり、座席からゆっくりと立ち上がる。


「あ、ちょっと待ってよ! その、ひとつ聞きたいことがあるんだ」


 あたしはうんざりしながらも、彼の方を見た。また、くだらないデートの誘いでもするつもりだろうか?


「何よ?」


「ミスティさんは、踊り子になりたかったって言ってたよね? あんなにうまく踊れるのに、どうしてならなかったんだい?」


「はあ? どうしてそんなこと、あんたに言わないといけないわけ?」


「ごめん。でも、どうしても気になって……。踊っているときのミスティさんは、すごく生き生きとしているように見えたからさ」


 なに、こいつ。あたしの胸とかお尻とかを眺めていたわけじゃなかったの?

 いつものお世辞かもしれないと思ったけれど、その割には真剣な顔をしているように見える。曇りのない茶色の瞳が、あたしをまっすぐに捉えている。


「……あたしには舞踏や芸術系の【スキル】なんてないし、そもそも踊り子で生計を立てられるほどに成功する奴なんて、ごく一部よ? ま、身売りでもすれば別でしょうけどね」


 それに、踊り子では、モンスターへの復讐なんてできない……。


「駄目だよ! 身売りなんて!」


 急に大きな声を出すハンスに、あたしはびっくりして目を丸くする。


「あ、あのねえ、あたしがするだなんて、言ってないでしょ?」


「あ。ごめん。でも、女の子は自分を大切にした方がいいよ? 冒険者だって、皆のためになる仕事だから否定はしないけれど、他にやりたいことがあるのなら……」


 その言葉に、あたしの心は一瞬で沸騰する。何も、知らないくせに!


「うるさい! あんたには関係ない!」


 あたしは一声そう叫ぶと、脇目も振らずに魔具工房を飛び出した。

 いったい、どうしてしまったというんだろう? 今までこんなに心がかき乱されることなんてなかったのに。幼いころに憧れた、踊り子の姿。今頃になって、どうしてそんなものが頭をよぎるのだろう?


 これも全部、シリルがパーティの時に余計なことを言ったせいだ。

 後でとっちめてやろうかしら?


 翌日、あたしは陰鬱な気持ちで街を歩いていた。ガアラムさんに武器を造ってもらうとして、その後、あたしはどうしたいのだろう?

 モンスターなんていくら殺しても、全く心は満たされない。だからこそ、あたしはこの街の武芸大会に参加したんだ。


「あ! ミスティさんですよね?」


 ふと、そんな声をかけられる。見ればそこには、あたしより少し年下に見える少女が二人。


「あたしたち、ミスティさんのファンなんです!」


「女の人なのに、すごく格好よくて、個人戦で唯一ベスト8まで勝ち上がってて……。あ、今回は残念だったですけど、相手が優勝者なんですし……」


 あこがれの存在を前に緊張しているのか、矢継ぎ早に言葉を続ける彼女たち。あたしは苦笑を浮かべながらも、愛想よく彼女たちに受け答えをしてあげた。


「あ、あの、お話ししてくれて、ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


 二人の少女はペコリと頭を下げると足早に走り去っていく。手を振りながら、自問する。……要するに、あたしは武芸大会に出場することで、他人の注目を集めたかったのだろうか? 踊り子ではないにしても、舞台の上で踊るように戦うことで、あたしは自分の願望を、無意識のうちに満たそうとしていたのかもしれない。


「やっぱり、ミスティさんって人気があるんだね」


「え?」


 あたしは驚いて声のした方を見る。いつの間にかそこには、いつものとおりのツナギに前掛け姿でへらへらと笑う、ハンスの姿があった。


「あんた、いつの間に?」


「ん? ああ、ファンの女の子に笑顔で話しかけているミスティさんを見つけたからね。つい、見蕩れていたんだ」


「はあ……。で、何の用?」


「うん。もしよかったら、一緒に来てほしいところがあるんだ」


「デートのお誘いならお断りよ。女なら他にいくらでもいるでしょうに。なんだって、あたしに付きまとうのよ?」


 我ながら厳しい言い方をしてしまったかもしれないけれど、こいつといると調子が狂う。なので、さっさと追い払ってしまいたいというのが本音だった。


「女の子なら他にもいるけど、ミスティさんは一人だけだろ? 僕はミスティさんに用があるんだ。駄目かな?」


「駄目ね」


「どうしても、話を聞いてもらいたいんだ。何ならここでもいいけど、でも、人にはあまり聞かれたくない話だし……」


 聞かれたくない話? そんな言われ方をしたら気になるじゃない。


「ああ、もう、しつこいわね。わかった。で? どこへ行くの?」


「ありがとう! 魔具工房の屋上なんかどうかな? 今ならたぶん、誰もいないよ?」


「屋上?」


 どうやら本当にデートの類ではないみたいね。あたしは多少いぶかしく思いながらも、彼についていくことにした。


 魔具工房の屋上は周囲を鉄柵で囲われていて、基本的には広場のようになっている。ハンスはそこに着くや否や、「ちょっと待ってて」と言い残して階下に降りていく。

 いったい何のつもりなのだろうか? だんだんとあたしはここまで来てしまったことを後悔しはじめていた。


「いったい、何なのよ……」


 鉄柵に肘をついて顎を手に乗せ、店の前の通りを歩くまばらな人ごみを見おろしながら、誰にともなく言葉を漏らす。


「ごめん、待たせちゃったかな?」


 その声に振り向いたあたしの目に飛び込んできたものは、いつも通りのハンスの姿と、彼が手に持った色鮮やかな布の束だった。


「なに、それ?」


「ああ、これはね。僕が造った【魔法具】さ。爺さんと違って僕はこういう繊細な感じのものを造る方が得意なんだ」


「……答えになってない」


「そっか。ごめんごめん。えーと、そうだな。これは一言で言えば、踊りの時に使う装飾品の一種でね。手に持って振りかざすと、角度や振る力の強さに応じて色を変えながら輝くようにできているんだ」


「で? それであたしに踊れって?……ふざけないで」


「違うよ。これは僕が使うのさ。ミスティさんが踊っているのが素敵だったから、僕もやってみたいと思ったんだ。でも、自信がないからミスティさんに見てもらえればと思ってさ」


「はあ? ……あんたって、本当にわからないわね。まあ、いいわ。そんなに言うなら、やってごらんなさいよ」


 あたしの言葉に、ハンスは嬉しそうに頷くと手にした布を持って踊り始めた。細長くしなやかなその布は、動きに合わせて目まぐるしく色を変えて輝くけれど、当の持ち主が全然なっていない。へっぴり腰で、型も何もあったものじゃないし、何より布自体をまったく自由に操れていないのだ。


「よし、いい感じ!」


 なのに、一人悦に入ったかのように踊り続ける彼の姿に、あたしはそれこそ怒りすら覚え始めた。これは、『踊り』というものに対する冒涜じゃないかしら?


「ああ! もう! ちょっと貸しなさい!」


 我慢できなくなったあたしは、彼の手から強引に布を奪い取ると、かつて見様見真似で覚えた踊りの振り付けを思い浮かべながら、身体を動かす。

 手にした布は手触りが柔らかくてしなやかなのに、強靭な芯が通っている感触もあり、まるで鞭のようだ。この布ならば、あたしの【エクストラスキル】“変幻双蛇”で自在に操ることができそうだ。


「おお、すごい!」


 ハンスの感心したような声が聞こえてくる。

 あたしはそんな声など聞こえないかのように、夢中で踊り続けていた。なにより、自分の動きに合わせて色を変える布を操るのが楽しい。動かし方のパターンを工夫することで、赤にも青にも虹色にも変化するのだ。


 そうして、どれくらいたった頃か? 踊りつかれて動きを止めたあたしに、ハンスが勢いよく駆け寄ってくるのが見えた。


「すごい! すごいよ! ミスティさん! やっぱり素敵な踊りだね!」


 あたしは肌をじっとりと湿らす汗を感じながら、軽く息をついて彼を半眼でにらみつける。


「最初から、これが魂胆だったわけね……」


 まんまと、引っかかったわけだ。でも、悪い気はしない。きっとこの布だって、彼があたしのために造ったものなのだろう。これほどの【魔法具】を造るのに、彼はどれだけの労力を費やしたのだろう?


「よかったら、その『彩光の鞭布』、もらってくれないかな? もちろんお代はいらないよ。ただ、時々でいいから、こうしてぼくに踊りを見せてくれたら嬉しいんだ」


 あたしは手にした布をじっと見つめる。なぜか、肩の力が抜けていくのを感じた。

 ゆっくりと顔を上げ、あたしは答える。


「……見物料は、高いわよ? この街には冒険者ギルドがないんだから、あたしがそれで稼げなくなった分は、ちゃんと責任を持ちなさいよね」


「ミ、ミスティさん!」


 感極まったように声を上げ、両手を広げてあたしに抱きついてくるハンス。

 普段ならこんな真似をする男がいれば、股間でも蹴り上げてやるところだけれど、今はあまりのことにとっさに反応もできず、あたしはされるがままに抱きしめられていた。


 ……こいつ、意外とたくましい体つきをしてるのね。

 ……って、あたしは今、何を考えて!?

 しばらく身を硬直させていると、ハンスのつぶやきが耳に届く。


「だ、大丈夫だよね? 黒い虫が飛んで来たり、地面に穴が開いて生き埋めにされたり、そんなことないよね?」


 黒い虫? 生き埋め? 何を意味が分からないことを言っているのかしら?


 ……後日、その意味を知ったあたしが『跳ね回る狂乱の牙鞭(カルラ・デイモス・パラス)』によるお仕置きを決行したのは、別の話だ。


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