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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第8章 天空の神殿と世界の真実
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幕 間 その13 とある魔貴族の使命

     -とある魔貴族の使命-


 ノエル・グレイルフォール──それが僕の名前。

 『魔族』の名門グレイルフォール家に生まれた僕に与えられた使命。

 それは、小さな女の子の世話だった。初めてその話を聞かされた時、僕にはその意味が分からなかった。当時の僕はまだ10歳だったし、そんな僕に子供の世話を任せるなんて、おかしな話だったからだ。


 僕に指示された事項は三つ。

 ひとつ、彼女に『魔族』としての一般教養を身に着けさせること。

 ひとつ、彼女に【魔導装置】や【魔装兵器】の制御方法を指導すること。

 ひとつ、彼女の精神的支柱となり、彼女を『制御』すること。


 ますます、意味がわからない。確かに僕はこの歳にして天才と称される【魔導装置】の使い手であり、学術的な知識量も神童と呼ばれる域に達している。

 でも、僕でなければならない理由などないはずだ。そう思っていた。


 当時、まだ5歳だという彼女には親と呼べる存在がいないらしく、研究施設の中という隔離された環境で育ったがゆえに、一般常識などほとんど持ち合わせていないようでもあった。


 ──そのことは、最初の挨拶の時点からはっきりしていた。


「初めまして、えっと、シリル?」


 僕は初めて見る少女に、多少緊張気味に話しかける。銀色の髪に銀色の瞳。黒いワンピースに身を包んだその少女は、元老院にとっても特別な存在らしい。


「……初めまして」


 彼女はこちらを見ようともしない。人見知りなのかなと思い、僕はなるべく親しみを込めた言葉で自己紹介を始める。


「僕はノエル・グレイルフォール。ノエルでいいよ。よろしくね」


「……なにが?」


「え?」


「何がよろしいの?」


「あ、えっと……」


 そんなレベルで常識を知らない彼女に面食らいながらも、根気よく付き合い始めた僕は、年齢が近いことも幸いしてか、どうにか彼女と親しい関係になることができた。


 これは、出会ってからしばらく後のある日の会話。


「ノエルのお父さんとお母さんってどんな人なの?」


 幼いシリルの可愛らしい声。繰り返される様々な質問も、普通ならうんざりしてしまうところだけれど、僕にとってはこうした問答に費やす時間は掛け替えのないものだった。

 僕は彼女に微笑みかけながら、いつものとおりに答えを返す。


「ん? そうだね。名門であることに胡坐あぐらをかかない立派な人たちだよ」


「そうじゃなくて。ノエルにとって、どんな人って意味」


「ああ、そうか。うん。厳しいけれど、優しい人、かな。僕を怒るときも、思いやりを持って怒ってくれてるんだなってわかる。頼りになるし、尊敬もしてる。でも、なにより、僕を大事に思ってくれていることが嬉しいんだ。大好きなひとたちだよ」


 一人娘を大事にするのは親として当然なのかもしれないけれど、それでも彼らが『魔族』としては人一倍、肉親の情に厚いことは確かだ。


「ふうん、じゃあ、ノエルとおんなじね」


「え?」


 僕は意味が分からず首をかしげる。


「だって、わたし、ノエルのこと大好きだもん。わたしにとってのお父さんとお母さんね」


 ……僕のすべてを、彼女のために費やそう。僕がそう決めたのは、彼女が無邪気な笑顔を見せた、まさにこの瞬間だったのかもしれない。


 そうして5年が過ぎた頃、事件は起きた。彼女が詠唱型【古代語魔法(エンシエント・ルーン)】を練習していた訓練施設に『パラダイム』の間諜が侵入したというのだ。【魔導装置】の制御訓練ではなかったため、現場を離れていた僕だったけれど、彼女の教育係という立場にあるものとして、いち早く現場に駆けつけた。


 そこで僕が見たものは……床一面の血の海。

 そして──その中心にぼんやりと佇むシリルの姿。


「シ、シリル!」


 周囲の大人たちが右往左往する中、僕は血液でぬかるんだ床もお構いなしに彼女に駆け寄る。


「大丈夫? しっかりするんだ!」


 僕は彼女の肩をがくがくと揺さぶる。すると、それまで焦点の合わない虚ろな目だったものが、急に光を取り戻す。


「……ノエルは、知っていたの?」


「え?」


「わたしは、救世主なんかじゃなくて、大人たちの目的を果たすための、ただの『道具』なんでしょ?」


 その言葉に、僕は衝撃を隠せなかった。それまで、僕はことあるごとに彼女に向かい、「君は世界の救世主になるんだよ」と語りかけていた。

 でもそれは、そうしろという命令を受けていたからだ。当時の僕はそれが正確に意味するところを知らなかった。そして彼女は、僕の受けた衝撃を誤解してしまった。


「……そう、やっぱり知ってたんだ。ノエルも、わたしが大事な道具だから、優しくしてくれたのかな?」


「ち、ちがう! そんなわけないじゃないか。僕はずっとシリルのことを……」


 そこまで言いかけたところで、周囲の大人たちがやってきてシリルを連れ去ってしまった。彼女の誤解を解くチャンスを、僕は失ってしまった。

 それから心を閉ざした彼女は、誰に対しても笑顔を見せず、因子制御の訓練や冒険者となるための訓練を黙々とこなし続け、そのまま、とうとう旅立ちの日を迎えた。

 けれどその日まで、彼女は一度として僕に笑顔を向けてくれることはなかった。


 でも、旅立ち間際。


「ノエル。それじゃ、行ってくるわ」


「……うん、気を付けて」


 僕は、力なくそう言うことしかできない。本当はすごく心配で、できることならついていきたいくらいなのに、僕の立場がそれを許さない。


「ふふ。そんな顔をしないで。……心配してくれて、ありがとう。わたし、ちょっと意地になっていたと思う。あなたは、他の大人たちとは違う。……でも、あなたにだって立場があるのに、わたし、それをわかってあげられていなかったと思うわ」


 そんなふうに、彼女はそっと笑いかけてくれた。

 ──違う。立場なんて関係なく、僕は君を守りたい。そう思っていたんだ。でも、最後までその言葉を口にすることはできなかった。


 それからの四年──僕は『セントラル』での地位を確保しつつ、彼女の冒険者としての活躍を可能な限り見守り続けた。


 でも一方で、あまりに彼女に近すぎる位置にいる僕には、『世界の理』計画の全貌までは知らされない。けれど、その計画が彼女の命運を左右するのだとすれば放置はできない。だから僕は、中枢情報管理装置への不正侵入という手段まで用いて、可能な限りの情報を入手したのだ。


 今度こそ、本当の意味で彼女の支えになりたい。

 僕が彼女のことを、正真正銘の救世主にしてみせる。

 そう思っていた僕の前に現れたのは、かつての無邪気な表情を取り戻したシリルと、彼女を支える仲間たちの姿だった。

 その中でも特にルシア──彼の存在は彼女にとって、僕がなろうとしてなれなかった『精神的支柱』そのものになっている。彼女が求め、この世界に現れた【異世界】の人。

 僕は彼らが羨ましい。心底、そう思った。でも、僕は僕のやり方で、彼女を救う。

 世界を救うのが彼女なら、彼女を救うのはこの僕だ。それこそが、僕の使命。


 ──そのためになら、僕は元老院とだって渡り合おう。


「『最高傑作』の護衛だと?」


 僕の目の前の通信画面には、何も映ってはいない。ただ、声だけが響いている。姿を隠すことで己の神秘性が高まるとでも思っているのだろうか? くだらない連中だ。


「ええ。ご報告させていただきましたとおり、シリルはアルマグリッドの街で『パラダイム』に命を狙われました。危ういところで助かったのも、彼らのおかげなんです」


「ふん。因子制御を解いたのが問題だろう。それこそお前の監督不行き届きではないかね?」


 今度は別の画面から別の声が響いた。


「身を護るためですよ。正体が知られれば、制御など枷にしかなりません。擬態で誤魔化すには限界が来ていたのです」


「我らの判断が誤っていたとでも? 生意気を申すな、小娘が!」


 相手は相当苛立っているようだが、それならそれで扱いやすいはずだ。

 ──そう思っていたけれど、当然のことながら元老院も愚者ばかりではない。


「……問題は、『最高傑作』が『パラダイム』に奪われるリスクだ。連中が再び活動を本格化したというのなら、汝の言うとおり、護衛は必要かもしれぬ」


 これまでとは全く異なる声が割り込んできた。一切の感情というものが込められていない、合理性の権化ともいうべき機械的な二重音声。これこそが僕が今、最も警戒すべき相手。


「神官長、それならいっそ『アストラル』に召還のうえ、厳重に管理してはどうでしょう?」


 元老院の議員の一人が言うものの、神官長と呼ばれた人物はそれを即座に否定する。


「『アストラル』は世界ではない。──ゆえにアレが世界を『理解』していないなら、外での経験は必要だ」


「……」


 ぴたりと押し黙る議員。

 結局のところ、神官長の意向に真っ向から逆らえる議員などいない。


「……ノエル。映像で見る限り、確かに彼らには護衛として十分な力があるだろう。だが、それなら元老院直属の者でも同じことだ。彼らにこだわる理由は何だ?」


 さすがに『魔族』の最高権力者とも言うべき大物──元老院議長にして、『大聖堂』の神官長。核心を突いた問いをしてくる。僕は答えに窮したものの、結局は下手な偽りより、思うところを話してみることにした。


「先ほどお見せした映像のとおり、現在のシリルの仲間たちは元老院直属のSランクにも引けをとらない強者です。『アストラル』での装備の充実や『幻獣』調整も加えれば、なおのことです。それに、……彼らはシリルとの間に十分な信頼関係を築いています」


 ここが正念場だ。だが、彼らにこんな理屈が通じるか否か……。


「はは! 笑わせる。道具の分際で信頼関係だと?」


「たかが道具を護るのにはもったいない気はするが、『最高傑作』である以上、直属のSランクどもに護衛させるのが適当ではないかな?」


 勝手なことを口々に話す元老院のメンバーたち。僕は怒りを押し殺して『答え』を待つ。

 元老院には身分の上下はなく、神官長だからといって他の者の意見を無視することはできないのが建前だ。だが、連中が何を言おうと結局のところ、神官長の考えこそが結論になるだろう。


「アレはノエルに育てさせた『意思あるモノ』だ。戦闘では互いの意思疎通も重要な要素である以上、今の仲間に任せるのが最良だと判断する」


「あ、ありがとうございます!」


 僕は頭を下げて礼を言う。どうやら、上手くいったみたいだ。

 舌打ちをするような気配を残し、元老院のメンバーたちとの通信が切断されていく。

 だが、一人通信を残した神官長が言葉を続ける。


「ただし、ノエル。お前が隠している映像記録。それを我に見せることが条件だ」


 冷ややかな一言──やっぱり、見抜かれたか。


「え? なんのことですか?」


「二度は言わぬ。あの、黒髪の人間のものだ。『森』の区画の戦闘記録。あれには九体中、八体までの記録しかなかった」


 さすがに神官長は、大した観察眼をお持ちのようだ。それに、たかが衛士隊用の訓練区画における『幻獣』の設置数すら把握しているだなんてね。

 あの映像だけで、ルシアが異世界人だと気付かれる可能性は低い。でも、『ゾルラフェイド』が頭部から伸ばした触手。あれはルシアの記憶があまりに異質で、あの『幻獣』の擬態能力を超えたがために生まれたものだ。僕が故意に隠していたという事実と相まって、少なくとも彼が異質な存在であることは見抜かれる。


 ──否、見抜いてもらわないと困る。これは、『取引材料』なのだ。

 彼が【異世界】から来たというのなら、『神官長』はきっとそれに食いつく。そこから奴の隠された思惑に辿り着く糸口だって得られるかもしれない。

 僕はシリルのためになら、どんなものだって囮に使うし、必要とあらば犠牲にだってするだろう。ただ……それだけのことだ。


1/12 「ハッキング」を「中枢情報管理装置への不正侵入」に変更。

※用語の統一のため

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