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十話 手紙

 ラザロ様へ。

 春の花の蕾が見え始めた頃ですね、お元気にしていますか。私は元気です。ラザロ様がお元気でしたら、私は嬉しいです。

 私は、もうすぐこの学び舎を卒業します。十四歳になりました。あなたにとってはまだ子どもかもしれませんが、私にとっては、長い時間でした。大人になりましたよ。

 

 月に一度、ラザロ様と手紙を交わしていましたから、この四年間寂しくはありませんでした。寂しいというよりも、早くあなたに会って私を見せたいという気持ちの方が強かったです。……これって、やっぱり寂しいと言うのでしょうか?


 でも、寂しいことも、私の力になりました。

 ラザロ様に恥じない私になりたくて、毎日、勉強を頑張りました。舞踏も、お茶会の作法も、歴史も、音楽も……難しいことはたくさんありましたが、ラザロ様と踊るときに、恥ずかしくないようにと、何度も練習しました。


 昔は、あなたの胸に顔を埋めてばかりだった私ですが……今は、少し、あなたの隣にふさわしくなれた気がします。

 本当は、すぐにでもこの手紙と一緒に帰ってしまいたいくらいです。でも、もう少しだけ、待っていてください。

 卒業式が終わったら、きちんと整えた心と姿で、あなたの元へ帰ります。


 ……ラザロ様。

 私は、ずっと、あなたの妻です。

 誰よりも、あなたを想っています。

 この気持ちは、子どもの頃よりずっと深く、静かに、でも強くなりました。


 あなたの手を取って、もう一度、あの夜会のときのように、今度は、ちゃんと大人の貴婦人として、あなたの隣で踊りたいです。

 そのとき、驚いてくれるでしょうか?

 少しでも、きれいになったと、思ってくれるでしょうか?


 ラザロ様に、誇らしいと言ってもらいたくて。

 ラザロ様に、愛しいと、思ってもらいたくて。

 私は今日も、明日も、あなたを想いながら、学び舎で過ごしています。


 もうすぐ、です。


 この手紙を書いていると、胸がいっぱいになってしまいます。うれしいのか、泣きたいのか、自分でもよくわかりません。

 どうか、お元気でいてくださいね。

 そして、私を、あなたの妻を、待っていてください。


 愛を込めて。

 あなたのエリーゼ。


 ……


 ラザロは、書斎の窓辺に佇んでいた。手には、遠く王都の学び舎から届いたばかりの手紙。封を切ると、かすかに春の香りが立ちのぼったような気がした。


 ───エリーゼ。


 彼女の筆跡は、まだ幼さを残しているけれど、どこかきちんとした、真面目な気配を湛えている。それが、眩しかった。

 ひとつひとつ、丁寧に綴られた言葉を目で追うたび、胸の奥がじわりと熱くなる。

「……もう、十四歳か」

 ぽつりと呟く。四年前、まだ腕の中にすっぽりと収まっていた少女は、今や、自分の意志で未来を見据える女性になろうとしている。

 手紙の最後の行を読み終えたとき、ラザロはそっと手紙を胸に当てた。

 窓の外では、庭の花々がまだ冬の名残を残していたが、よく目を凝らせば───枝先には、ほころびかけた小さな蕾がいくつも見えた。


「……会いたくなってしまうではないか」

 思わず、そう呟いていた。

 自嘲するように笑いながらも、指先が震えるのを止められなかった。


 寂しくないと思っていた。

 待てるはずだった。

 子どもを見守るように、静かに見届けるつもりだった。


 だが、今のラザロにはわかる。

 自分は、あの小さな妻を、ただ見守っているだけではいられない。

 会いたい。触れたい。確かめたい。

 どれほど、彼女が自分にとって大切な存在かを……そして、今も変わらず、いや、それ以上に愛しいということを。

 胸の奥に、春のような疼きが芽生える。

 「……あと、少しだ」

 自分に言い聞かせるように呟き、ラザロは目を閉じた。

 心の中に浮かぶのは、もうすぐ帰ってくる愛しい妻の姿。

 外の世界はまだ寒い。けれど、確かに季節は移り変わろうとしている。

 庭の片隅、冬枯れた土の中から、ひとつ、ふたつと、春の花の蕾が、静かにその身を膨らませていた。

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