ルシアン
静かな街の片隅にひっそりと佇むバー。アマギリ・レインは12歳からその場所で働き、17歳の今も、慣れ親しんだ場所で毎日を過ごしていた。彼にとって、バーはもはや家のような存在だった。しかし、その静かな日常が、ある夜、突如として崩れ去る。
無愛想な酔っ払い、血の臭い、そして誰もが目を背けたくなるような恐ろしい出来事。その夜、アマギリは目の前で起こった衝撃的な事件に呑み込まれていく。目を覆いたくなる現実、そしてその現実を冷徹に受け入れる男――すべてが彼を突き動かし、運命を変える瞬間が訪れる。
だが、恐怖に震える彼の前に現れたのは、まるで何もかもが計算されたかのように冷徹な男。彼の一言が、アマギリの心に重くのしかかる。
アマギリ・レインは、叔父が経営するバーで働きながら、毎日を過ごしていた。12歳からこのバーで手伝いをしてきたが、気づけばもう17歳になっていた。バーは町の片隅にひっそりとあり、常連客と、たまに訪れる無愛想な顔たちに囲まれていた。薄暗い照明と、ガラスの酒瓶が並ぶ棚が静かに揺れる中、アマギリはその場所に馴染みすぎて、まるで自分の家のように感じていた。
両親は5歳の時に飛行機事故で失った。原因は分からずその事故はただ「不運」の事件として処理された。そして叔父に引き取られ、今もこうして静かな夜の時間が流れている。
ある晩、アマギリはいつものようにバーの中で働いていた。カウンターでグラスを磨きながら、店内に響く微かな物音に気づいた。少し離れたテーブルで、ひとりの酔っ払いが立ち上がっている。
その男は、酔ってふらふらと歩きながら、周りのものをひっくり返していた。顔は赤らんで、目はどこか焦点が定まらない。酒の匂いが強く漂い、怒りをあらわにしている様子だった。
「おい、どけ! 何だよ、これ!」男がテーブルを力任せに叩く。瓶やグラスが音を立てて転がる。
アマギリは一瞬、冷や汗をかいた。この状況を放置しておくと、きっともっとひどいことになる。すぐにでも介入しなければならない。彼は、無意識に動こうとしてカウンターを離れた。
「もう、いい加減にしろよ。」アマギリは男に声をかけた。優しさを込めて、冷静に話すが、その声にはわずかな緊張感が滲んでいた。
だが、男は酔っていた。アマギリの声を無視し、またテーブルを蹴り上げて周りに迷惑をかけ続ける。
「お前、何だよ、しつけぇな。」男はアマギリに目をやると、顔を歪ませてにやりと笑った。次の瞬間、その笑みが一変し、いきなり手を腰に回した。
アマギリの心臓が激しく脈打った。男が腰の下に隠していたものを取り出す。銃だ。
「え?」アマギリは一瞬で理解した。
「お前ら、すべてぶっ壊してやる!」酔っ払った男は呂律の回らない言葉を吐きながら、アマギリに銃を向けた。
「パパ……!」アマギリの声が震えた。目の前の叔父が駆け寄ってきたが、その体勢は遅すぎた。
「バン!」銃声が響いた。アマギリの目の前で、叔父が撃たれ、そのまま店の床に倒れ込む。
「パパ…っ!」アマギリは驚愕のあまり動けない。目の前で血が広がり、息が詰まる思いだった。どうするべきか、何をすべきか、それすら考える余裕がない。ただ目の前の現実を、呆然と見つめるだけだった。体が震え、足元が崩れそうになる。頭の中で何もかもがぐちゃぐちゃになって、冷静に考えられるはずがなかった。
男は平然と銃を下ろすと、今度はアマギリに向けて銃を再び構えた。
「ひっ!」アマギリは恐怖に震え、足が動かなかった。どうしていいかわからない。まるで身動きが取れない。
すると突然、バーカウンターで酒を飲んでいた特徴的な中折れ帽を被り、丸いサングラスを掛けている男は、軽く鼻歌を口ずさみながら酔っ払った客の元へ足を進めた。メロディーはどこか陽気で、けれどその響きには冷徹な何かが潜んでいた。
「楽しみは、あとに残しておく」
「追い詰められれば、もっと鮮やかになる」
「命がどうだって、構わないさ」
「終わりなんて、もう少し先だろう」
そして、いよいよ酔っ払った客の前に立った。酔っ払いはふらふらと銃を向け、男にかける言葉もない。だが、その瞬間、男の手が素早く動くと、もう一度銃声が鳴り響いた。
「バン!」
男は、全く躊躇することなく、酔っ払った客を撃ち抜いた。銃口から煙が立ち上る中、倒れた男の死体が床に落ちた。
アマギリは一瞬呆然としたが、すぐにその光景を目に焼きつけた。恐怖に震えながらも、彼は本能的に動こうとする。
男は無表情で、倒れた死体を見下ろしていた。さらに、ゆっくりと手を伸ばし、死体をひっくり返すと、周囲を気にすることなく、無心でその死体を弄り始めた。全く感情のない動きで、まるで何かを整理するかのように手を動かす。
その光景にアマギリの心臓はさらに締めつけられる。息を呑み、足元が震える。恐怖で身動きが取れない。
その時、アマギリの目に映るのは、店内に残された他の客たちの顔だ。彼らは固まって動けず、ただ男の恐ろしい行動を見ている。アマギリの視線が一瞬で彼らを捉え、冷静に判断を下す。
「早く! 逃げろ!」アマギリは必死で叫んだ。
客たちは、恐怖で硬直したまま一歩も動けない。アマギリは、もう一度声を張り上げる。
「今だ! 逃げろ!」
その瞬間、一人の客がようやく動き出し、恐る恐る足を踏み出した。続いて他の客たちも、まるで我に返ったかのように少しずつ店の隅から離れていく。アマギリは一人ひとりを確認しながら、ゆっくりと彼らを動かしていく。恐怖に押し潰されそうになりながらも、必死でこの場を乗り切ろうとしていた。
「早く行け! ここにいちゃダメだ!」
客たちは次々と店を去り、アマギリは最後の一人が出て行くのを見届けてから、再び男の方へ目を向ける。その男は、死体をいじり終えると、何もなかったかのようにバーカウンターに戻り、酒を作り始めた。
その手捌きは、まるで何十年もバーを切り盛りしてきたかのように見事だった。アマギリは、男が行動を起こすたびに冷徹さを感じ、その度に心の中で警戒を強める。
男は、酒を注ぎながら鼻歌を口ずさみ続ける。その歌声は、どこか不気味で無機質だった。
「楽しみは、あとに残しておく。」
「追い詰められれば、もっと鮮やかになる。」
「命がどうだって、構わないさ。」
「終わりなんてもう少し先だろう。」
アマギリはその言葉の意味が分からなかった。ただ、彼が放つ異常な空気に耐えきれず、足元が震えるのを感じていた。
男は酒を完成させると、アマギリに目を向け、無表情で「ルシアン」を差し出す。
「飲むか飲まないか、君が決めてね。」アマギリはその瓶をじっと見つめた。心の中で恐怖が渦巻き、足が動かない。男の目が冷たく、すべてを見透かしているように感じた。
物語をお読みいただき、ありがとうございます。
アマギリ・レインの物語は、何気ない日常が一瞬で崩れ去り、彼の運命を大きく変える瞬間から始まります。平穏無事な生活から、予測不可能な事件が次々と巻き起こる中で、アマギリは何を選び、どんな未来を歩んでいくのでしょうか。
彼の心の葛藤や恐怖、そして出会う冷徹な人物たちとの絡みが、物語をどう彩っていくのか、私自身もとても楽しみです。また、アマギリが成長していく過程での変化や、彼を取り巻く世界の広がりにもご注目いただければと思います。
今後の展開については、まだ多くの謎が残っていますが、アマギリがどのようにその謎を解き明かし、乗り越えていくのか、ぜひ楽しみにしていてください。
最後に、この物語に目を通してくださったすべての方々に、心から感謝します。物語の中で伝えたかったこと、そしてアマギリの成長を共に見届けていただければ嬉しいです。
次回の物語でもお会いできることを楽しみにしています。