封じられた始まり
この物語の冒頭に現れる男は、主人公ではない。
彼はただ、ある記憶に引き寄せられ、静かに歩いていた。
ふと口をついた鼻歌が、封じられた過去を呼び覚ます。
すべてがまだ動き出す前の、あの話へ。
プロローグ
ネオンの光が街を照らし、車のクラクションが絶え間なく響き渡る中、歩道を行き交う人々は次々と動き続けていた。
若者たちは笑いながら道を歩き、ビジネスマンたちは急ぎ足でタクシーを捕まえようとしている。
街は眠ることなく、あらゆる物語が交錯しているようだった。
その中を、ひとりの男が歩いていた。
周囲の喧騒には目もくれず、静かに足を進めている。
カジノの前を通り過ぎ、煌めくネオンが一瞬目を引いたが、足は止まることなく、さらに歩みを進めた。
バーの前も通り過ぎ、煙草の煙が漂う中で、酔った客たちの笑い声が交じり合っていたが、男はそれにも無関心だった。
人々が賑わう通りを抜け、次第に人通りが少なくなり、街の音も遠くなっていった。
男は路地裏へと進んだ。
周囲のネオンの光も届かず、薄暗い空気が漂っていた。
どこか不安げで冷たい印象を与えるその場所は、街の喧騒とは全く異なる時間が流れているようだった。
路地裏に足を踏み入れた瞬間、男の周囲の音は完全に消えた。
唯一聞こえるのは、足音と男の呼吸だけだ。
彼はその静寂の中、ふと鼻歌を口ずさんだ。
「楽しみは、あとに残しておく」
「追い詰められれば、もっと鮮やかになる」
「命がどうだって、構わないさ」
「終わりなんて、もう少し先だろう」
その歌は、無意識に口からこぼれたものだったが、そのリズムには楽しげでありながらも、冷徹さと余裕が感じられた。
周囲の静けさと対照的に、男の鼻歌だけが、ひっそりと響いていた。
歌詞に込められた意味は、もはや彼自身の中で確信に変わっていた。
どんな危機が迫ろうとも、どんな困難が待ち受けていても、彼はそれをまるでゲームのように楽しむことができる。
そして、「終わり」なんてまだ先のことだと感じていた。
男はしばらく足を止め、考え込むように目を閉じた。
心の中で誰かの顔が浮かび上がったが、その人物の顔はぼんやりとして、名前も思い出せない。
遠い昔の記憶がかすんでいくようだった。
再び鼻歌を口ずさむ。
「楽しみは、あとに残しておく」
「追い詰められれば、もっと鮮やかになる」
「命がどうだって、構わないさ」
「終わりなんて、もう少し先だろう」
もう一度目を閉じ、鼻歌を繰り返す。
そのリズムに合わせて、やっと思い出した。
「彼か……懐かしいね。」
男の表情に一瞬、懐かしさが浮かんだが、それもすぐに冷徹な表情に戻った。
再び歩き出し、路地裏の暗闇に包まれる。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
実は、これが初めて書いた小説です。
まだプロローグだけですが、次回からはついに主人公が登場します。
楽しみにしていただけたら嬉しいです!