孤島の楽園にて(結) 神崎小百合視点
グループ小説第二十五弾「サバイバル企画」です。「砂漠の薔薇」で検索すると、他の作者さんの作品が読めます!「起承転結」の「起」加賀上美砂視点は春野天使、「承」九瀬亮視点は工藤流優空さん、「転」菱河陽向視点は雨宮だりあさん、が書かれました。
空が白み始めた。
水平線の向こうから日が昇り始めている。私達はこんな状況に置かれてるのに、太陽は何事もなかったかのように静かに海から上り、光りの矢を放っている。でも、その光景はあまりにも綺麗で、一瞬、今の状況のことなんか忘れて朝日に見入っていた。
「綺麗だな」
突然、私の横で声がした。視線を移すと、そこには九瀬君が立っていた。朝日を浴びた九瀬君の黒髪がキラキラして、光りの中の彼の端正な横顔は、朝日以上に綺麗だった。
「ほんとに。あんなスゴイ嵐が襲ってきたなんて信じらんない」
私は九瀬君の横顔にみとれながら、ニッコリと笑った。とたんに彼は顔をしかめる。私がいることに今初めて気付いたみたい……さっきのは独り言で、別に私に言った訳ではないらしい。九瀬君が私に会いに来てくれた、なんて妄想しても虚しいだけかも。彼の後を追いかけても、いつも嫌な顔して逃げられるだけ。
分かってる。九瀬君は私みたいなタイプが苦手だってこと。私だって馬鹿じゃない。でも、どうしても九瀬君の前では、可愛い女の子を演じてしまう。美砂のように大人っぽくクールになんて出来ないから。
それでも私は九瀬君が好き。彼を諦めることは出来ない。
「美砂と陽向は?」
彼はサラリと話題を変えてきた。
「さっきまで近くにいたけど、二人ともシェルターに戻ったみたい」
「ふーん、腹ごしらえしたら、のろしをあげてみるか。けど、風もおさまってきたし、そろそろ救助のヘリでもやってくるかもな。一日以上、連絡不通ならおかしいと思うだろうし」
九瀬君は冷静に言った。昨日は島の状況を見て、みんなパニックになったけど、考えてみるとじっと待っていれば、誰かが島の様子を見に来るはずだ。もうすぐ救助が来るに違いない。早く、家に帰りたい。でも……四人だけの無人島での生活っていうのも、ドラマチックでワクワクする。もし、九瀬君と私、二人だけなら、映画の世界みたいにロマンチックなのに。私は乙女チックな想像を膨らませたりするが、九瀬君はそんな私を置いてサッサと戻ろうとしている。
「あっ、待って! 九瀬くーん!」
九瀬君が毛嫌いする甘ったるい声を出して、私は彼を追いかける。彼は振り向きもせず、足を速めて歩いて行くが、ふと足を止めた。
「待ってよ、九瀬くーん!」
立ち止まった彼の元に私は走って行く。九瀬君は何か考えているように、じっと足元を見つめていた。
「どうかしたの、小百合?」
缶コーヒーを手に持ったまま、美砂は私の顔を見る。
「ううん、別に……」
少し離れた場所に座り、陽向君と缶コーヒーを飲んでいる九瀬君に、私は視線を送る。彼は私の視線に気付いて、チラリと目を向けた。
「なんとも、ない?」
私は探るような目で美砂を見た。
「何が?」
「コーヒー……」
「あぁ、生温くてちょっとまずいかなぁ。でも、貴重な食料だもの。冷えてなくても文句は言えないし」
美砂はクスッと笑うと、残りのコーヒーを飲み干した。
おかしい……確かにあれを入れたのに。側を離れて行く美砂の背中を見つめながら、私は首を傾げた。
もしかして……。
「お前って怖いな」
入れ替わりに近づいて来た九瀬君が、私の耳元で囁いた。
「ウソだったの!?」
九瀬君は目を丸くすると、肩をすくめる。
「当たり前だろ。まさか、本気にして実行に移すとは思わなかった」
私は唇をかんだ。自分自身の浅はかさと空恐ろしさを、嫌と言うほど実感する。
さっき海岸で、九瀬君はそこに咲いている小さな花をじっと見つめていた。
「可愛い花ね」
無邪気に私が話し掛けると、九瀬君は大まじめな顔で声を落として言った。
「小さくて可憐に見えるだろ。けど、この花には毒があるんだぜ。すりつぶした葉っぱから出た汁は、一滴口にするだけで、人間一人簡単に死んでしまう」
「ウソ……」
私は息を呑んで、小さな花を見つめた。
「まさか、こんなとこに咲いてるとはな。もし仮に、ここに救助が来なかったら、飢え死にする前にこれで楽になるかな」
九瀬君はフッと笑うと、私を一瞥して歩いて行った。
私は九瀬君の言ったことを、簡単に信じてしまった。そして、その場から動けなくなった。
美砂はお嬢様で、何でも欲しい物を手に入れている。全ては自分中心に動いていると思っている。私のことを親友だと思いこんで、親しくしているけど、本当は私のことなどちっとも分かっていない。いつも、私は美砂の味方で美砂の言うことは何でも聞いてくれると思っている。対等に付き合っていると思っているけど、やっぱり上から目線で私のことを見てるんだから。
でも、それは仕方ない。私も両親も美砂に養われてるから。美砂達一家がいないと生きていけないから。
私はその場にしゃがみ込んで、じっと花に見入る。
美砂が九瀬君に気があることは知っている。隠していても態度で分かる。九瀬君が美砂に気がないとしても、美砂ならいずれ彼を手に入れてしまうかもしれない……。
そんなの許さない! 彼は九瀬君だけは、美砂に渡したくない! 彼女さえいなければ!
気付いたら、私は花を手にしていた。そして、美砂の缶コーヒーに葉の汁を入れて……。
悔しくて涙が溢れてきた。完全に九瀬君に心を読まれ、試された。まんまと九瀬君の罠にかかった。
こんな状況になって、島にいたほとんどの人間は死んでしまったんだから、美砂一人死者に加わったとしても、たいしたことはないと思った。
私はどうかしている。危うく、殺人者になろうとしていたんだ。もし、美砂がいなくなったとしても、九瀬君が私に振り向くはずはない。私の本性が彼にばれてしまったようなものだもの……。
「そろそろ外に出て、のろしでも上げに行こうよ!」
一息ついた陽向君が元気な声で言う。
「そうね、高台に行って待っていれば、そのうちヘリが迎えに来ると思うわ」
自分が殺されかけたことも知らず、美砂も明るく言う。本当に二人ともお嬢様とお坊ちゃまなんだから。
「小百合、行きましょう!」
美砂が私に笑顔を向ける。
「うん!」
心とは裏腹に、私もニコッと笑った。
島の高台からは、島全体が見渡せる。本当に島の施設は跡形もなく消え去ってしまった。私達四人が生きているのは、奇跡に違いない。
九瀬君と陽向君は、木ぎれに火をつけてのろしをたいている。私は岸壁の端に立って、海を眺めた。波はまだ高いけれど、もうフェリーにも乗れそうなくらい落ち着いてきた。真っ青な空とエメラルドグリーンの海は、島を訪れた時に戻っている。
「ひゃ、ここから下を覗くと足がすくむね」
美砂が私の斜め前に立って岸壁の下を覗いている。切り立った岸壁には、白い波が打ち付け、渦を巻いて砕け散っている。
「ホント、落ちちゃったら、命ないよね……」
ふと、私は美砂の背中を見る。私の直ぐ目の前で、美砂は無防備な背中を向けている。私が手を伸ばして、その背をポンと一押ししたら……。私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「おっ、ヘリだ! ヘリが来た!」
その時、空からプロペラの音がして、一機のヘリが島に近づいて来た。
「オーイ! ここだ!」
九瀬君と陽向君が、大声を上げてヘリに手を振る。美砂も顔を上げ、声を上げながら手を振った。
私は伸ばしかけた二本の手をゆっくり下げると、空を見上げ声を限りにヘリに向かって叫んだ。
私はやっぱり美砂を殺せない。まだ今は、彼女の支配下に置かれているから。まだ今は、純粋無垢な可愛い女の子を演じ続けなければならない……。 完
「結」が大分遅くなりましたが、急きょ春野天使が書かせてもらって完結させました…。間があいたので、ちょっとつじつまが合ってないかもしれませんが…。放置し続けるのも気持ちが悪いので、独断で書きました。聖司さん、余裕が出来ましたらこれと違う「結」を書いて下さいね。
参加者の皆さん、どうもお疲れさまでした~