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スマイルをください

作者: 橋本たなか


幻を見ているのかと思った。

 

「いらっしゃいませ。スマイルバーガーへようこそ」


一言一句、ハッキリと聞き取れる彼女のその声は、昔と全く変わっていない。

まっすぐと僕だけを見つめる彼女。

真っ黒に染まった瞳には僕しか映っていない。

立っているのが精一杯で逃げ出したい気持ちを堪えて一歩踏み出して、乾いた口を開く。


「チーズバーガーのポテトセットを一つ。飲み物はコーラで」

「店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「番号札をお持ちになって店内でお待ちください」


並べられている番号札を一枚取り、そのまま席の確保へと向かった。

夜中の23時。

疎らに人がいる店内をうろつき、四人掛けテーブルのソファーへと腰を下ろした。

平然を装っていたが、心臓は今も鳴りやまない。煙草を吸った時のような長い息を一つ吐いた。

ハンバーガーを待ちながら、彼女を思い出す。

彼女の声、瞳、唇の形、鼻筋、眉毛に輪郭。

10年経ったはずなのに、彼女は全く変わっていない。

変わっていないのが、現実を突きつけられる。

彼女が10年前に死んだという現実。


新しく出来たハンバーガー屋が最新型というのは、職場の新入社員との会話で知った。


「なんか、定員が最新型のAIらしいですよ」

「AI?」

「人型っすよ。しかもめっちゃ美人だって」

「美人って言ってもロボットだろ?」

「AIは人工知能っすよ。ロボットとはまた違うっす」

「ふーん?」


理解できたのかできていないのか、曖昧な返事をした。

人員の削減のため、試験的に導入されたらしい。試験のため、導入される時間は比較的に人の少ない22時から24時の2時間。AIをレジに置き、最少の人数で運営すると、夜のニュースでも取り上げられていて、なんとなく気になってはいた。

でも遅い時間だし、一緒に行く人もいないし、夜のハンバーガーなんて体に悪いし、色んな理由をつけて行かなかった。

しかし今日、色んな事が重なった。

残業で会社を出るのが遅くなって、コンビニ飯は飽きいて、だからと言って何か作る気にも起きなくて、そして明日は休日で、なんかジャンクフードが食べたくなって、目の前にはハンバーガー屋さん。

まるで何かに導かれるように、店のドアを開けた。

店に入ると店員が一人、レジ横に立っていた。

後ろに結んだ黒くて長い髪。

大きな瞳。

「いらっしゃいませ」の弾ける声。

忘れていた記憶が洪水のように押し寄せてきたのだ。

 

瀧澤 星羅


芸名はセイラだった。

話したことも、目が合ったことすらない。

それでも、僕は君と一緒に過ごしてきたのだ。


星羅とは小学校と中学校が一緒だった。

星羅は小さい頃から小動物のように可愛らしく、“かわいい”という言葉は彼女の為にあるものだった。

同級生は男女問わずみんな星羅のことが好きだったと思う。

可愛くて明るくて優しい。

嫌いになる人がまず存在しない。

もちろん僕も好きだった。

自分が可愛いということを自覚していながらも、彼女はそれを鼻にかけたり天狗になったりしなかった。

ボランティア活動は率先してやっていたし、クラスの委員長や、みんなが嫌がりそうな目立つ役は必ず引き受けていた。

それを「目立ちたがり屋」と揶揄する人もいたが、そんな人にも彼女は平等に優しく接し、嫌っていた人間さえも虜にした。

彼女と関わると、絶対に好きになる。

顔だけではない魅力が星羅にはあった。

一度だけ、名前を呼ばれたことがある。

小学校の低学年の時、クラスみんなでかくれんぼをしていて、鬼になった星羅に見つかった。


「真人君、みーつけた!」


歯が一本抜けた星羅の顔は、太陽の逆行でよく見えなかった。それなのに目が離せず、その場で固まって動けなかった。

それぐらい、くぎ付けになるくらい、彼女は魅力的だった。


中学1年の夏休み、星羅は東京でスカウトされ、芸能界入りを果たした。

その事に関して、地元の人間で驚いた人は少なかった。みんないつかそうなる事が分かっていたんだ。

星羅は雑誌の専属モデルとして活躍し始めた。最初は片隅に載るだけだったけど、徐々に1ページを飾り、1年後には表紙の1人になっていたことは、姉から盗み見ていた雑誌で知った。

それでも学校には変わらずに来ていた。

休みの日に東京に行き、写真を撮られて帰ってくる。


「夜行バスって人に囲まれて寝ているみたいで面白い」


彼女はいつも楽しそうだった。彼女が楽しそうだったから、僕も楽しかった。

彼女が変わり始めたのはテレビに出始めてからだろうか。

とあるバラエティ番組に出演した星羅は、学校にいる星羅とは違って、芸能人のセイラであった。

出演者の希望に応える答えを出し、視聴者が欲しい顔をしてみせた。

昔と同じように、星羅は何でも引き受けたのだろう。

地元の人間は星羅を知っているから何も言わないが、世間はテレビに出ているセイラしか知らないから、好き勝手に言っていた。「調子に乗っている」とか」とか「上下関係を知らない」とか。


「気にしなくていいよ。僕は君がそんな人じゃないって知っているよ」


気の利いたことを言いたかったけど、僕は彼女と話したことがない。僕が出来ることは陰ながら応援することだけだった。

僕の代わりに言ってくれる人は沢山いたと思うし、星羅は変わらず学生生活を送ることが出来ていて、明るい星羅のまま卒業した。

高校生になって、僕は地元の男子校で、星羅は東京の芸能人が沢山いる高校に入学した。

 

高校生になって、テレビへの露出が明らかに増えていった。

バラエティ番組や朝のニュース番組やドラマへの出演。写真集の出版が決まったのが高校2年生の時で、初めてサイン会が催されることになった。

その日は平日だったけど、学校をサボって初めて東京行きの夜行バスに乗った。星羅が「面白い」と言っていた夜行バスだ。

同級生に会いに行くだけだと鷹を括っていたが、緊張していて一睡も出来なかった。

フラフラになりながらサイン会の会場に着くと、開始の1時間前だというのに、会場に行列が出来ていた。

やはり、星羅の魅力は全国区だったのだ。

その確信で少し涙ぐんだ。

サイン会が始まった。

持ってきていた写真集を握りしめながら、何を言おうか頭を巡らせていたが、いざ星羅を目の前にすると、何も言えなかった。


「今日は来てくれてありがとう!」

「あ、はい」

「写真集持ってきてる?」

「はい」

「名前書くね」

「真人、でお願いします」

「真人くん!」


久しぶりに呼ばれた名前だった。


「いつも応援ありがとう!」


星羅は笑顔を見せた。

写真集を受け取り、僕は頭を下げて会場を出た。

熱いものが込み上げてきて顔を上げる。

 

いつも応援ありがとう


来てくれた人みんなに言っている言葉だと思うけど、それは僕が1番言って欲しかった言葉だった。

星羅は僕が小・中学校の同級生だとは気付いていないと思う。

それでも、それでも僕は嬉しかったんだ。

彼女の笑顔が、僕の見たかった笑顔じゃなかったとしても。


星羅が芸能界の引退を発表したのは、高校3年の春だった。

理由は勉強に専念するため。それなら休止で良いでは無いかと思ったが、思い虚しく、忽然とテレビから姿を消した。

それはまるで、最初からいなかったかのように自然だった。

星羅の代わりは沢山いた。星羅が居なくてもその穴を埋めるのは一瞬だった。

むなしいことに、それは僕も同じだった。

あんなに彼女を追いかけていたのに、彼女がいなくなって数ヶ月後には新しい"推し”を見つけていた。

そんな自分に絶望する暇もないくらい、また新しい人に染まっていく。

だから星羅が死んだというのも、成人式の時に噂で聞くしかなかった。


「ネットでの悪口に耐えられなくなったんだって」

「不治の病を患っていたらしいよ」


彼女は芸能界を引退した一般の女の子に戻っていたから、どれだけネットで調べても彼女が何故死んだのかは分からない。

それでも、僕は星羅を忘れていた。

あんなにも恋焦がれていたのに、目の前からいなくなると簡単にも忘れてしまう。

だからこそ、目の前に現れると一瞬で思い出すのかもしれない。


「お待たせいたしましたー。チーズバーガーのポテトセットです」


顔を上げると、生身の女の人がバケットを持って立っていた。


「あのー、大丈夫ですか?」

「え?」

「あー、いえ。ごゆっくりー」


女は触れてはいけないものに触れたように、そそくさと戻って行った。その姿が妙にぼやけていて、僕は自分が泣いていたことに気が付いた。

頬に流れる水滴を払い、ハンバーガーを食べる。食べる。飲み込む音とひゃっくりが一緒になり、大きなゲップのような音が店内に響く。

それをかき消すように、また急いで食べる。

星羅は、どうしてまた僕の前に現れたのだろうか。

どうして死んだ彼女がAIロボットになったのだろうか。

ただ、ランダムに選ばれたのだろうか。

それとも、誰かが星羅を忘れないように作ったのだろうか。

それとも、忘れて欲しくないから作ったのだろうか。

どれにしても、死んだ人間を作るなんて……

なんて、おこがましくて思えない。今まで星羅を思い出そうともしなかったのに、今更僕がとやかく言うことでは無い。

それでも、流れる涙は止まらない。


ハンバーガーを食べ終えた僕は、もう一度レジへと向かった。

そこには、まだ星羅が立っていた。


「いらっしゃいませー。スマイルバーガーへようこそー」


先程と同じ文言を連ねる星羅の前に立つ。


「アイスコーヒーをひとつ。持ち帰りで」

「アイスコーヒー、お持ち帰りですね。以上でよろしいですか?」


カクンッと小さく傾く首。どこからどう見ても星羅だった。

唾を飲む。


「あと、スマイル、ください」


奥でアイスコーヒーを作っていた店員がこちらを見ていた。

変なことするなよ、と目で訴えているように見えた。

僕はただ、手のひらが痛むほど、拳を握り締めた。


「かしこまりましたー」


彼女はニコッと口角を上げ、笑うように目を細めた。


「お待たせいたしました。アイスコーヒー1点です」


奥にいた店員がすかさずストローの刺さったプラスチックのカップを差し出す。


「ありがとう、ございました」


僕はそれを受け取り、深く頭を下げて店を出た。

ロボットの彼女はずっと笑顔だった。

星羅の笑顔が好きだった。歯を出して大きな口で笑う、暗闇なんて相殺してしまうような太陽みたいな笑顔が好きだった。

口角を上げて微笑むのはセイラの笑顔だ。

サイン会の時もさっきの笑顔も、星羅はセイラの顔をしていた。

暗くなったのに星なんて全く見えない、街頭ばかりが明るい街をアイスコーヒーを飲みながら歩いた。

ハンバーガー店は、その数日後に取り壊されることになった。

星羅はどこに行ったのだろうか。

彼女の顔を、僕はもう思い出せない。



未だにAIとロボットの違いが分からず、なんとなくで書いています。

今回は死んだ大好きだった人間が目の前に現れたら……と妄想して書いたらロボットになりました。

「推し」を神格化したらロボットになる。

でも、“僕”は結局、生身の星羅が好きだったのよね。辛いね。でも忘れて生きていく。

“僕”は人間だからそんなもんです。



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