073 森羅万象を消そうとも
簒奪者たちが集う屋敷――その一室を勝手に借りたマヴェリカは、さっそくその部屋のど真ん中に陣取る。
そしてどこからともなく取り出したナイフで指先を切ると、血で地面に術式を描きだした。
「部屋に入るなり変なこと始めた……怖い」
部屋の入口付近で怯えるアンターテは、イナギの後ろに隠れる。
そんなイナギも眉をひそめている。
「随分と古めかしい方法で術式を描くのでございますね」
「品のない方法ですまないね。あんたたちの面倒を見るのはちょいと後回しだ、リージェの方を先に済ませる」
「あれって普通、宝石の粉末とかでやるんじゃないの?」
「昔は血を使うのが一般的だったのでございます」
不特定多数の魔力を流す必要がある場合は、アンターテが指摘したように魔力抵抗の低い宝石の粉を使い、術式を描くことが多い。
一方で個人が使うだけならば、血でも問題はないのだが、個人で魔術を使う場合は脳内でイメージするだけで勝手に魔法陣ができあがる。
そもそも書く必要が無い。
「魔力は血液を使って体内を循環してるからね。当然、流した血にも魔力は溶け込んでるってわけさ。もっとも、今この方法を使うのは別の理由だが」
「特殊な魔術ということでございますか」
「そういうこと。ひとまずあんたたちはそこらの椅子にでも座って休んで――いや、これでも読んで待っててくれ」
そう言って、マヴェリカはローブの内側から、とても入るとは思えない分厚さの本を取り出し、イナギに放り投げた。
受け取った彼女は中身に軽く目を通す。
「守護者に関する魔導書……」
「みせて」
「あちらで一緒に読みましょう」
「ん」
イナギは椅子の埃を風を纏った手で払うと、そこに腰掛ける。
アンターテは彼女の膝の上に乗った。
そして本を開くかと思いきや――イナギは再度、マヴェリカに声をかけた。
「ところで、リージェの対応を行うとおっしゃっておりましたが、居場所はわかるのでございますか?」
「エレイン様みたいに魔力を使って遠くを見たりできないよね」
「リージェはクロドが自分の想い人を喰ったことに気づいて、アンタムと二人で逃げてる」
マヴェリカは器用に魔法陣を描きながら質問に答える。
「連絡を取っていたのですか」
「向こうから『どうすればいい』って聞かれたから、とりあえず逃げろって勧めただけさ。で、さっきここに来る途中にそのアンタムから連絡が入ってた」
「連絡って……そんな大きな装置、持ち運んでるの?」
「私の場合はこれでできる」
またしてもローブの内側から何かを取り出すと、アンターテの手元に投げた。
彼女がキャッチしたのは、手のひらに収まるサイズの水晶玉だ。
内側には何やら文字が浮かんでいる。
「水晶で連絡を取り合ってるんだ」
「準備すれば音のやり取りもできる優れものだよ。さっきエレインと話してた情報の圧縮ってのも、最初はその水晶で情報をやり取りするためのものだったんだ」
「冒険者ギルド等にある大型の装置を使えば同様のことができますが、この大きさは革新的でございますね」
「普及したら便利だなーとは私も思うよ。ただ宝石が貴重な上に扱いが厄介でね、私以外だと研究者であるアンタムぐらいしか扱えないんだよ」
だからマヴェリカは片割れをアンタムに渡した。
単純に魔術が使えれば扱えるというものではなく、研究者としての知識と技術が必要なのだ。
「それで、そのアンタムさんは何とおっしゃっておられたのです」
水晶に浮かび上がる文字は、王国で一般的に使われている言語ではない。
おそらく暗号なのだろう。
内容はマヴェリカに聞くしかなかった。
「王都から北に逃げてテニュスと合流。自分とラパーパは裂け目の対応に向かい、リージェはテニュスと二人で逃げてるそうだ」
「逃げてるってことは、追ってる人たちもいるんだ」
「王国軍――クロドの側近と、王魔騎士団、王牙騎士団が動いてるらしい」
「数も質も上等で厄介でございますね、中には守護者を扱える者もいる上に、クロドの側近は……」
「侵略者、かもね」
アンターテがそうつぶやくと、イナギの表情が曇る。
王都での惨劇を思い出したのだろう。
「しかも戦うだけでなく、行く宛もなく逃げ続ける必要があるわけだ。救いの手は必要だろう」
「じゃあその救いの手ってやつが、マヴェリカがやってる血の魔術なんだ」
「そういうこと……っと。よし、始めるよ」
マヴェリカが床に描かれた魔法陣の中心に立つと、血で描かれた模様が光を放つ。
そして彼女は自らの胸に手を当て――ぞぶりと、指先を体内に沈ませた。
「う、ぐっ……ぐ、があぁああ……っ!」
心臓を直に鷲掴みにし、前かがみになり苦しむマヴェリカ。
見ているイナギとアンターテは、当然のように困惑する。
「む、胸に腕が……入ってる……」
「何をしているのでございますか、マヴェリカ!」
「あ……が、はぁっ……! あ、はあぁ……さすがに、これは痛いねぇ……!」
そう言いながらも、口元に笑みを浮かべている。
そうして体内から取り出したのは、血、あるいは内臓にも見える赤い塊。
マヴェリカは膝をつき、手を床の術式に当てると、その塊を思い切り握り潰した。
ぐちゅっ、と肉片が飛び散る。
そして肉片は術式の中に、まるで沼に沈むように消えていった。
「それって、本当に魔術……? 怪しげな儀式とかじゃない?」
頬を引きつらせるアンターテ。
マヴェリカは深呼吸を数回繰り返して、彼女の問いかけに答えた。
「ふぅ……魂の一部を切り取って、別の場所に送り込んだんだ」
「魂の損傷は危険だってさっき話してた」
「程度による。生物が、世界がそうであるように、魂にも自己治癒力は存在する。傷が深くなければ、時間でどうにか……ぐっ、なる、もんさ」
痛みはまだ残っているのか、時折顔をしかめるマヴェリカ。
「それでは、魂を二つに切れば増えることになりませんか」
「言ったろう、傷が深くなければって。加減は必要だ……何だいイナギ、その顔は。私の魔術に何か不満でも?」
「先日の魂に関する説明とは少々辻褄が合わないと思いまして」
「そうだったかい? なら私の言葉が足りなかったんだろうさ」
「あなたが何を隠そうと構いません、ただし――わたくしたちに害をなす嘘がなければ、ですが」
「それは無い」
あっけらかんと即答するマヴェリカ。
誤魔化す、誤魔化さないという二択ですらなく、そもそも“興味がない”と言わんばかりの反応だ。
嘘をつくにはエネルギーが必要。
興味のないことに、そんな無駄なリソースを注ぐ必要はない。
「承知いたしました、では目をつぶりましょう」
自分たちに害がないのなら、とこちらもあっさりと納得するイナギ。
アンターテはそんな二人のやり取りに釈然としない様子だったが、口は挟まなかった。
「それで、結果として何が起こるのでございますか」
「私は世界中にスペアの肉体を隠してる。数えるのを諦めるぐらい大量にね」
「うっかり掘り当てた人がかわいそう……」
「見られたら腐って崩れるようになってるよ」
「余計に怖がると思いますが」
「そのせいでゾンビの噂話なんてのが――って、それはどうでもいいんだよ。要はそのスペアに魂の一部を与えることで、命を吹き込もうってわけだ」
自在に操れるものではないし、“本体”のように多彩な魔術を使えるわけでもない。
だが、目的ぐらいは共有できる。
「さあ、私の分身ちゃんたち、リージェをここまで連れてきな……!」
◇◇◇
オグダートとスティクス――炎と水の守護者が激しくぶつかり合う中、リージェは森の中を駆ける。
「視界が悪くなって逃げやすくはなりましたが……すごい熱気」
スティクスが放った水をオグダードが蒸発させた結果、周囲は水蒸気の霧で覆われていた。
生い茂る木々に、霧の白幕。
逃げるにはうってつけの視界の悪さだ。
だが走っているだけで服が濡れるぐらい湿っており、なおかつ温度が高いため、まるでサウナの中を走っているかのような過酷な環境だ。
「走ってると、すぐに息が……苦しくなりそう……はぁ……」
明らかに酸素が薄い。
だがそれで最も不利になるのは、ただの人間だ。
簒奪者の肉体を持つリージェはむしろ有利である。
今のうちにできるだけ遠く逃げたい――その一心で走っていたが、ふと人の気配を感じて足を止める。
木の幹で身を隠し、気配のする方角の様子をうかがった。
(見えないけど近くに人がいます……でも、ここに隠れたのは見えなかったはずです。お願い、そのまま通り過ぎて……!)
落ち葉や地面に落ちた枝を踏み砕きながら、鎧を纏った騎士が近づいてくる。
リージェはぎゅっと目を閉じ、祈り続けたが――
「リージェ様、そこにおられたんですね」
祈りは神に届かなかった。
間違いなく向こうからリージェの姿は見えていないはずなのだが、騎士はそこに彼女がいることを確信している。
(どうして気づくんですかっ! まさか、騎士だから気配で?)
騎士団に入った時点でエリート魔術師である。
騎士団長クラスであるテニュスやスィーゼ、ジンほどではないものの、彼らにとって気配を殺し慣れていない素人の気配を探ることなど造作もないことだった。
男は少し距離を取って、リージェからも見える位置に移動してくる。
「ご安心ください、我々は味方です。誘拐されたあなたを連れ戻しにきただけです」
そしてじりじりと距離を詰めた。
一方、リージェは距離を保つために後ずさる。
「わたしは誘拐なんてされていません、自分の意思で逃げています」
「クロド様が心配しています」
「そのクロドが危険なんです!」
「団長……アンタム様に吹き込まれたんですね。残念ながら、彼女は侵略者だと判明しました」
「それはクロドの嘘です! 彼こそが侵略者なんです!」
必死に主張するリージェだが、騎士の反応は変わらない。
「申し訳ありませんリージェ様。我々は王国に忠誠を誓う騎士として、クロド様に従います。もし抵抗するのであれば――」
彼は殺気こそ纏っていないが、剣を抜きリージェと向き合う。
「手荒い手段を使わねばなりません」
唇を噛むリージェ。
相手はただの騎士だ、倒そうと思えばどうとでもなるが――
(相手は侵略者でもない、ただの人間。なのに戦わないといけないなんて!)
侵略者でもなければ、簒奪者でもない。
戦う理由などない人間を傷つけることへの葛藤。
ドロセアならば迷いなく斬り捨てているだろうが、リージェにはそれができなかった。
そのとき、右側から別の気配が近づいてくる。
(っ……この嫌な感じは!)
明らかに騎士とは異なる感覚。
背筋にぞくりとした寒気と嫌悪感が走る。
あきらかに人間ではない。
ならば考えられるのは、クロドか、あるいはその手下である侵略者か。
一瞬、騎士の意識がそちらに向いた。
リージェはその隙を突いて逃げ出す。
「あっ、お待ち下さいリージェ様! 誰か、彼女を捕まえてくれっ!」」
リージェの目の前に行く手を阻むように三名の騎士が現れた。
どうやら逃げ道を塞いでいたらしい。
(立ち止まれば侵略者が来てしまいます。彼らを生かすためにも――強引に突破するしかありません!)
迷いを振り切り、手を前にかざすリージェ。
「死にたくなければ退いてくださいッ!」
ヒュゴォッ――容赦なく放たれた直径一メートルほどの光線が、騎士と騎士の間を貫く。
その進路上にある木々は一瞬で蒸発し、遥か彼方まで道が開けた。
騎士たちに傷は無いが、彼らは瞬時に理解する。
リージェは聖女。普通の人間ではないのだと。
そこに生じる怯え。
踏み込むことへの恐怖。
それはリージェがその隙間を抜け包囲を突破するには、十分すぎる迷いだった。
「しまった――」
「逃がすな、捕らえろーッ!」
即座に追ってくる騎士たち。
加えて、魔術により木の蔦がリージェにまとわりつき、そして目の前には氷の壁が立ちふさがる。
それは些細な問題だった。
狙いを定めるまでもなく、全身から放つ光が全てを焼き尽くすからだ。
「クソッ、こんなに早いとは!」
障害物のない直線を全力疾走する場合、リージェのスピードは騎士たちを上回っていた。
彼女自身も簒奪者としての身体能力の高さに若干振り回され、転びそうになりつつ、必死に走り続ける。
しばらくすると、周囲から騎士の気配はなくなっていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
しゃがみ込み、呼吸を整えるリージェ。
オグダードとスティクスの戦いも随分と遠くになったように思えるが、心なしか、徐々に向こうの方から彼女に近づいているような気もする。
ひょっとすると、テニュスはリージェの位置を気にして、見失わないようにしているのかもしれない。
「よし、ここまで来れば……人の気配もありませんし、ひとまず包囲網は抜けられたみたいです」
リージェは安堵する。
そんな彼女の背後から、男の声がした。
「見つけたよ、リージェ」
リージェは立ち上がり、振り返る。
気配もなく、まるで世界の中で彼のいる場所だけが、別の何かで作られているような異物感がある。
彼が侵略者だと思って見ているからだろうか。
「クロド……!」
「悲しいな、いつもみたいにお兄ちゃんって呼んでくれないかな」
「気持ち悪いことを言わないでくださいッ!」
怒鳴るリージェに対し、クロドは悲しむような演技をした。
それが余計にリージェの怒りを煽り立てる。
「僕は君を愛している。ならば君も僕を愛しているはずだ」
「わたしの胸にあるこれですか? この気持ちの悪い、歪んだ、植え付けられた感情が愛だと? こんな生ぬるくてドロドロとした醜いものを、わたしは愛情と思っていません!」
「そこまで言うのか……困ったな」
今度は本当に困った様子で頭をかくクロド。
「逃したとはいえ、大半は奪ったはずだというのに。あの僅かな残骸にそこまでの感情が残っていたとは思えないが」
本来なら十分にドロセアの存在を消せるぐらい、牙は食い込んだはずだ。
しかし彼女はまだ生きている。
記憶こそ奪えたものの、その“存在”は周囲の人々の中に残っている。
「まあ、そうなってしまったからには仕方ない。もはや矛盾を気にする段階ではなくなった、ここで君も――」
クロドの背後の空間が歪む。
そこに、他の侵略者同様の、紫と黄の蠢く肉が現れる。
形は横に長い楕円形、大きさは縦1メートル、横2メートル程度。
横に薄っすらと切れ目があり、そこからぐぱっと開くと、緑の粘液が糸を引いた。
ずらりと奥まで幾重にも並ぶ、腐った肉のような色をした歯。
それらは不揃いに、形状もそれぞれ異なっており、見ているだけで心が不安定になるような、そんなおぞましさを孕んでいた。
リージェが思うに、それはおそらく“口”なのだろう。
「寂しさごと食らってあげるよ」
その異形はぬるりと伸びるようにリージェに迫った。
彼女が反応できないほどの速さで。
「あ――」
もう避けられない。
そう思った次の瞬間――二人の頭上に影が落ちる。
クロドが空を見上げると、そこには青い巨人が浮かんでいた。
「何だッ!?」
とっさに後ろに飛び避けるクロド。
リージェも同様に距離を取った。
その直後、木々をへし折り、地面を抉りながらスティクスが落下する。
『ぐ……やるじゃないか、テニュス!』
どうやらオグダードに吹き飛ばされ、都合よくここに落下したらしい。
「今のうちに……!」
どうやらクロドは守護者までは食えないようだ。
そもそも、ドロセアに騙し討ちを仕掛けた時点で、クロド当人には守護者を打ち倒すほどの戦闘力がないことはわかっている。
中型侵略者に裂け目を開かせなければ、大型侵略者を引き込めないという縛りもあるあたり、侵略者の能力も万能ではないのだろう。
だが油断はできない。
先ほどは気配もなくリージェに近づいてきたのだ、どこまで逃げれば“撒いた”と言えるのか未知数だ。
「リージェ様!」
そのとき、リージェの前方に騎士が現れる。
「お願いです、邪魔しないでくださいッ! わたしはクロドから逃げないといけないんです!」
そう声を荒らげると、騎士は彼女の進行を妨げることなく、横に並んで駆け出した。
風属性の使い手だったようで、速度を強化することでどうにか並走できているようだ。
「わかっております。侵略者の存在を確認しました、あなたを追っているんですね」
「協力してくれるんですか?」
「その方が王国のためになると判断しました」
すると、さらに別の騎士が合流する。
彼女は地面からせり出した岩片で自らの体を弾き飛ばすように加速し、速度を合わせている。
「命令違反だから後で処分されるけどね」
「王国のためだ、それぐらいのことは――」
使命に燃える二人の騎士。
そんな二人の真横に侵略者の口が現れ――次の瞬間、リージェの記憶からも存在そのものが消えた。
「あれ……?」
さっきまで誰かと話していたはず。
そんな気がして、呆然とするリージェ。
わずかに速度が緩むと、男の声が彼女の耳に囁きかける。
「リージェ、もう逃げられないよ」
声の方に振り向くと、そこには優しげな笑みを浮かべるクロドの顔と、大きく開いた侵略者の口があった。
「い、いや……いやあぁぁあああっ!」
リージェは叫び、反射的に光の魔力を弾けさせる。
生じた爆風でクロドはよろけ、リージェは勢いよく吹き飛ばされた。
そのまま木の幹に背中を強打し、「あぐぅっ」とうめき声をあげながら地面に崩れ落ちる。
脳を揺らされ、薄れる意識。
体を起こして逃げようともしない。
どうやら半ば気絶したような状態のようで、口も半開きだ。
「もう誰も割り込んでくれるなよ」
そう願うようにつぶやきながら、クロドの“口”はリージェに食らいつく。
だが触れる直前、何者かが彼女の体を抱き上げ、距離を取った。
「ちっ、今度は誰が――」
クロドはそこに立つ人物を見て、動きを止める。
「マヴェリカさん?」
「……」
彼女は両手で大事そうにリージェを抱えたまま、無言でそこに立っている。
「仕方ない、ならあなたごと消しますよ。たとえ矛盾が生じようとも!」
クロドの口が素早く食らいつく。
が、マヴェリカはそれ以上の速さでそれを避けると、彼の背後を取った。
リージェを抱えたまま、右足で蹴りつけるマヴェリカ。
体をのけぞり、それを避けるクロド。
当たっていないはずの髪の毛が、鋭利な刃物によってはらりと斬られた。
続けて蹴りつけようとするマヴェリカから、クロドは大きく飛んで距離を取る。
「今のは剣……? 足からシールドの刃を伸ばして攻撃してきたのか」
違和感がある。
果たしてあのマヴェリカが、こんな戦い方をするのだろうか、と。
彼女は腰を落とすと、再びクロドに攻撃を仕掛けようとしている。
その脚部には、うっすらと鎧のようなものが浮かび上がっていた。
「馬鹿な……その守護者の形状は……ドロセア、なのか?」
◇◇◇
マヴェリカたちのいる部屋には、先ほどまでいなかったドロセアの姿があった。
彼女は言葉を発さずに、じっとマヴェリカの魔術を見たかと思うと、シールドを用いて空中に魔法陣を描き始める。
「どうなっているのでございますか」
イナギは、ドロセアの術式を観察しながら言った。
それはマヴェリカの描いた術式と似た形をしていたが、細部で異なっている。
「こっちが血まで使って発動した魔術を、見様見真似でやってんだよ。シールドを使ってね」
「そんなことできるの?」
アンターテの問いに、マヴェリカは首を横にふる。
「普通は無理だ。魂を扱う魔術は属性には縛られないが、何かと特殊だからね。理解するのも一苦労だよ。加えて、術式の先にあるのは私の体なんだ。他人の肉体に入って操るなんて真似、できるわけがない!」
ここでドロセアを部屋に連れてきたエレインが口を開く。
「それを見ただけで理解し、知識としてとりこみ、己の脳内で再構築して自分の魔術として使いこなす。はっきり言って異常ね」
彼女曰く、マヴェリカが広間を出ていった少し後、ドロセアが急に立ち上がったかと思うと、ふらふらとこの部屋を目指して歩きはじめたらしい。
まるで何かを求めるように。
「元から異常だったたというのに、存在質を半端に奪われて余計に壊れてしまったのね」
「どうかな」
「他に何かあるっていうの」
マヴェリカは心なしか嬉しそうに答える。
「私がここでリージェを助けようとしてること、心のどっかで理解してるのかもねぇ」
ドロセアは失われた自分を欲している。
その大半を作り上げたのはリージェだ。
本能が――遠く離れた、見えるはずもない彼女を求めて、ドロセアを突き動かしている。
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