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009 ”簒奪者”

 



 教会本部の地下には、一部の幹部しか知らない大きな祭壇があった。


 ゆりかごのようなその施設の中で眠っているのはリージェだ。


 彼女は穏やかな表情を浮かべている。


 もう数ヶ月は目を覚ましていない。


 そんな彼女の腕には針のようなものが刺されており、そこから血が滴っている。


 落ちた雫は床に置かれた容器に貯められていく。




「ドロ……セア……」




 幸せな夢でも見ているのか、時折うわ言のようにドロセアの名前を呼ぶ。


 その様子を少し離れた場所から見つめているのは、白いローブをまとったガイオス教徒らしき男と、一人の整った顔立ちをした金髪の青年だった。




「何の罪もない少女にこのようなこと……」




 青年は悔しげに拳を握る。


 男は慰めるように、そんな彼の背中に手を当てた。




「カイン王子、全ては世界の平和のためなのです。聖女様もいずれは役目を理解し、自ら血を捧げてくれるようになるでしょう」




 王国の第二王子、カイン・ガイオルース。


 それが青年の名だった。


 カインは首を横に振り、目の前の光景を受け入れられない様子で言葉を絞り出す。




「ですが、今は無理やり眠らせているだけなのでしょう。聞きました、彼女は自らバルコニーから飛び降り命を絶とうとしたと」


「ええ、この部屋にこられた後もしばらくは暴れていましたよ。こうするしかなかったのです」


「ゾラニーグさんがきちんと説得すればこんなことには!」




 男――大司教ゾラニーグはカインの肩を掴むと顔を近づけ、瞳を見開いて語気を強める。




「説得する時間の分だけ、世界の平和は遠のくのですよ?」


「それは……」




 言いよどむカイン。


 大司教、かつ改革派のトップまで上り詰めた男の迫力を前に、まだ未熟な王子は抗えない。




「聖女様の血は人に魔力を与える」


「しかし過ぎた魔力は、魔物化をもたらすのでしょう」


「どのような薬も使い方を誤れば毒となります。聖女様の血も同じことです、適切な使い方をすれば世界を救う鍵になりうる」


「……本当に、そのようなことが可能なんですか」


「ええ、もちろんです」




 ゾラニーグは胸に手を当てると、胡散臭い笑みを浮かべ断言した。




「才能を持つ者と持たざる者の間にある隔たりはあまりに大きい。S級魔術師が神のように崇められる一方で、等級を持たない人々は“Z級”などと呼ばれ馬鹿にされる。時には暴力を振るわれ、Z級というだけで殺されてしまった者もいるほどです」


「到底、人がすることとは思えません」


「しかしそれもまた人間です。弱者を前にすると、己に宿る獣を押さえきれない人間が少なからず存在する。ならば、そのような暴力を無くすためにはどうするべきか!」




 熱弁する彼の声が部屋に反響する。


 さながら洗脳音声のようにカインの脳内に響き渡る。




「そう――力の差をなくせばいい」




 綺麗事だ。


 カインはそれを理解しながらも、しかしゾラニーグが思い描く未来に期待も抱いていた。




「聖女様の血さえあれば、誰もがS級魔術師になれる。誰もが等しい力を持てば、理不尽な暴力は消える。そうは思いませんか」


「……思います。少なくとも、今よりは平和になる」


「そのためには聖女様の血が不可欠なのです」


「本当に、血の用途はそれだけなのですね?」


「もちろんです。それに、何も命を奪おうというわけではありません、役目さえ終われば彼女は解放されるでしょう。それまで眠っていただけば、寂しさを感じることもない」


「そう……ですね」




 カインの表情は曇ったままだ。


 まだ足りないか――そう判断したゾラニーグは、別の場所に彼を案内した。


 今度は先ほどの祭壇とは打って変わって、頑丈に作られた無骨でただ広いだけの部屋だ。


 二人は部屋の内部を、これまた頑丈な鉄の扉――そこに付けられた小窓から見つめる。


 中にいるのは、エルクと数体の魔物だった。


 彼は体中から炎を溢れさせながら、殺意をむき出しにする異形たちと対峙する。




「ご覧くださいカイン王子。彼は元々A級魔術師だったエルク・セントリクスという男です」


「何者なのですか?」


「王都のスラムで燻っていたので我々が拾い上げたのですよ。彼は聖女様の血の力によって、S級にも匹敵する魔力を手に入れました」




 魔物たちがエルクに一斉に飛びかかる。


 彼はニヤリと笑うと、その場から微動だにせずに、足元に術式を浮かび上がらせる。


 そして噴き出した炎が魔物たちを焼き尽くした。




「魔物が一瞬で灰に……」


「王牙騎士団にテニュスというS級魔術師がいたはずです。エルクの放つ炎の温度は、彼女に匹敵する」


「あれが聖女の血の力だというのですか」


「はい、間違いなく」


「……ですがA級魔術師は元から恵まれた境遇なはずです。これでは強者がさらなる強者になるだけ、平等な世の中は来ないのではないですか」


「まだ研究は道半ばです。魔力を持たぬ人間が強大な力を得るのには、それなりのリスクが生じるもの。まずはA級をS級に引き上げるところから始めなければ、我々は非人道的な人体実験を行っているわけではありませんので」


「慎重に、段階的に進めているということですか」


「世界の平和のためなのですから、犠牲者など出すわけにはいきませんよ」




 あくまでゾラニーグは聖職者だ。


 その根っこには創造神ガイオスを信仰し、この世界を愛する気持ちがある。


 胡散臭くは見えるが、カインもまた同じ信者(・・・・)として、信用したいとは思っている。


 だからこそ細かいところまで確かめるのだ。




「先ほどエルクという男に襲いかかっていた魔物はどこから連れてきたものです?」


「ああ、あれなら……周辺地域で発見された魔物を、冒険者に依頼して捕獲させたのですよ。魔物は放置していれば人々を傷つける。どうせ駆除されるものなら、こうして有効活用した方がいいでしょう?」




 どうやって教会の地下まで運び込んだのか、という疑問点はあるものの、そこまで矛盾したことを言っているわけではない。


 だが何かがカインの心に引っかかっていた。




「どうでしょうかカイン王子、例の件……受けていただけますか」




 しかし決断はせねばならない。


 長引くほどに、この世界の平和が遠のくのは事実なのだから。




「わかりました、働きかけてみましょう」


「ありがとうございます! 悲しいことに、世界のためと言ってもお金が無ければ研究は進みませんから。王子の決断のおかげで、世界平和にまた一歩近づけそうです」




 それに大義を成すためには、時には細かな疑問を噛み潰して無視する大胆さも必要だ――と、カインは自分に言い聞かせた。




 ◇◇◇




「団長、少しいいかなあ」




 デスクワークに勤しむジンの部屋を訪れたのは、やけに胸元の開いた服を着た、ウェーブのかかった青髪の女性――副団長のスィーゼだった。




「扉を開く前に先にノックをしろ」


「ノックっていうのは『自分がここにいる』って主張するための行為だ。けどスィーゼは思うんだ、“スィーゼ”を主張するのに必要なのはノックじゃない、この完成した美しい姿を見せるこ」


「報告があるなら簡潔に言え」


「冷たいねえ、団長。さすが冷徹のジンだ」


「勝手に呼び名を増やすな」




 スィーゼはモデルのような歩き方でデスクに近づくと、持ってきた書類をジンの前に差し出した。




「少し前に話に出た、スラムでの行方不明者の一件。ある程度の調べが付いたから報告書を持ってきたよ」


「行方不明者の素性もわかったのか」


「あそこの連中は勝手に生まれて勝手に死ぬことが多いからねえ、戸籍にも名前すら残っていなくて苦労したよ」


「ではここに書かれている名前は――」


「あくまでスラム内の仲間にそう呼ばれてるってだけさ」


「それが全員か……」




 スィーゼが頷くと、ジンは大きくため息をついた。




「ゴロツキ連中が人身売買に手を出したのかと思っていたが、戸籍の無い子供ばかりを狙っているとなると、上流階級の人間が絡んだ計画的な犯行だな」


「あのエルクって男だけじゃ、そこまで頭は回らないだろうね」




 スラムでの行方不明事件が王牙騎士団内部で噂になったのは、今から一ヶ月ほど前のことだった。


 行方不明だけなら王都の治安維持を行う衛兵に任せるべきなのだろうが、問題はそこにエルクが絡んでいるという話が出てきたことだ。


 騎士団からの脱走者が人身売買に関わっている――こんなことが表沙汰になれば、ジンたちの面子は丸つぶれである。


 そもそもエルクは養成所から逃げ出しただけなので、王牙騎士団というより、全ての騎士団が巻き込まれた形ではある。


 だが組織の性質上、自由に動ける時間の大きい王牙騎士団が調査に適しているということになったのだ。




「しかも彼は数日前から行方をくらましているんだよ」


「捜査に気づかれたのか」


「その割には手下のゴロツキたちは自由に動いてる。誘拐を行っている様子は無いけれど、羽振りは良さそうだったよ」


「依頼人からまとまった金が入り……王都から逃げたか?」


「それだと厄介だね、被害者が戸籍のない天涯孤独の人間ばかりで証拠もつかみにくい。正直、気に食わないからとっとと探し出してボコボコにしてもいいとは思うけど」


「正当な理由のない私刑を王都で行えば、住民からの糾弾は避けられん」


「だよね。あーあ、誘拐現場に出くわして現行犯で捕まえられたらよかったんだけど」


「すまんな、人員不足を押し付けてしまった」


「本命が他にいるんだから仕方ないよ。例の“正しき選択(ジェンティアナ)”を雇ってた貴族、まだ尻尾も出さないみたいだし」


「ただの貴族がここまで逃げ回れるとなると、逃亡にも“正しき選択”が力を貸していると見て間違いないだろう」


「もう組織ごと潰したほうが早くない?」


「俺もそう思っている」




 だがそう簡単な話ではない。


 “正しき選択”はどこかに本部があるわけでなく、王国以外の国を含めた大陸に散り散りになって活動している。


 一人殺したところで、すぐさまどこかから補充されるだけだろう。


 探せば拠点のようなものはあるかもしれないが、そこを攻撃したところで組織に大したダメージは入らない。




「……テニュスを逃してもう三ヶ月か。何も進んでいないと知ればあいつもがっかりするだろうな」




 すでに数通、ジンはテニュスからの手紙を受け取っている。


 どうやら彼が想像する以上にドロセアとは親しくやっているようだ。


 何なら父性が軽く嫉妬してしまうぐらいに。


 するとテニュスに思いを馳せるジンを見て、スィーゼが不快そうに吐き捨てる。




「二度と戻ってこなければいいんだ」


「お前なあ……まさか本人にそんなこと言ってないだろうな」


「言ったよ」




 彼女は悪びれもせずにそう言い切った。




「悪いのは団長だよ。スィーゼというものがありながら、あんな子供を次期団長に指名するなんて」


「では次期団長にふさわしいのは自分だと?」


「まだ団長には追いつけないけど、実力もある。人望もそれなりにある」




 前のめりになって自慢気にそう語るスィーゼに対し、ジンはただ一言。




「テニュスは私より強くなるぞ」




 そう告げた。


 スィーゼの表情が露骨に歪む。




「S級魔術師が組織のトップにいることで、王牙の抑止力はさらに大きくなるだろう」


「あんな小娘に部下はついていかないよ」


「そんなものは力でねじ伏せればいい、私もそうした」




 ジンは貴族の出ではあるが、A級魔術師だ。


 騎士団でもS級は貴重だが、A級ぐらいならそれなりにいる。


 そもそも、人類の魔力保有量が向上し、A級魔術師の数が増えてきたからこそ、S級なんて“例外”が後付けで作られることになったのだ。


 つまりただのA級魔術師というだけでは騎士団長として認められない。


 絶え間ない鍛錬と、過酷な戦場で生き抜いてきた経験、運の良さ――それらを総合して優れた戦士だと認められたからこそ、彼は団長になれたのだ。




「いいかスィーゼ、王牙騎士団は王の牙だ。陛下をお守りする王導騎士団とは違い、陛下の敵を噛み潰すのが役目だ。ならば必要なものは何だ?」


「……力だねえ」


「いかにも。人望が必要無いとは言わんが、そんなものは二の次だ。次期団長を目指すのならば、強くなれ。私を越えた程度では団長にはなれんぞ」




 お説教を受けたスィーゼは、手で顔を覆うと大きなため息をついた。




「はぁ、団長さあ……」




 そしてふらふらと後ずさったかと思えば、次の瞬間には両手を大きく広げ、




「かっっっこいいぃぃぃ~~~っ!」




 とやかましく叫んでいた。




「今の本気で痺れたってぇ、どんだけスィーゼを心酔させたら気がすむわけ? やっぱ無理だって、団長は団長だけ! スィーゼがスィーゼ以上だって認められるのは団長オンリー! テニュスに渡すわけにはいかない、力が全てだって言うんならスィーゼが団長の力になるよ!」




 テニュスもジンの厄介ファンなのだが、スィーゼはそれ以上の厄介ファンであった。


 今度はジンがため息をつく番だ。




「まあ……お前はそれでいいのかもしれんな」




 優秀な魔術師というものは、変人が多い。


 多くの魔術師が集まる騎士団で生きていくためには、こういった人種に慣れるスキルも必要なのだ。


 するとそのとき、別の騎士が団長室に飛び込んでくる。




「団長、大変ですッ!」


「ノックをしろ」


「申し訳ありませんッ! ですが、これを……スラムの調査を進めていたんですが、闇市でこんなものが売られていましたッ!」




 騎士はジンの机に駆け寄ると、布袋の中から薄汚れ歪んだ指輪を取り出した。


 長時間焼かれたのか、一部が溶けて変形してしまっていたが、質の高い金で作られているようだ。


 そしてリングの内側に刻まれた文字を見せつける。




「コヨグの指輪です」




 それを聞いたジンの顔つきが変わる。




「出処はどこだ」


「商人いわく、王都近くのゴミ山から見つけてきたと」


「コヨグのやつ、王都から逃げる前に処分したのかな」


「いや――」




 ジンは指輪に手を伸ばすと、そこにわずかに焼け付いた汚れを指さした。




「これを見ろ」


「焦げ……だけじゃないね。時間が経って黒くなった血? いや、紫色か。しかも肉片……これってまさか!」


「ああ、魔物化した人間の肉片だ」




 人間が魔物化した場合、その多くは紫色に変色し、膨張する。


 その特徴を知っているのは、過去に行われた魔物化実験について知っているごく少数の人間だけだ。




「スィーゼ、保管していたコヨグの毛髪を持って来い。今すぐ魔術研究所に向かう!」




 ◇◇◇




 王立魔術研究所――ここは王国で唯一、魔力を可視化できる装置が設置されていた。


 最近、とある魔術師の論文が発表されたことで一気に装置の精度が上がり、さらに細かく魔力粒子の観察を行うことができるようになった。


 ジンたちは研究員に肉片とコヨグの毛髪を手渡し、粒子を比較させる。




「肉片の方は複数パターンの粒子が混在していますが、毛髪に残された粒子と完全に一致するものがありました」


「つまり……同一人物ということだな」




 この瞬間、コヨグの魔物化は確定した。




「つまらないオチだね。あれだけ逃げ回って王国の尊厳を貶めたんだ、スィーゼの手で殺してやりたかったんだけど」」


「金の切れ目が縁の切れ目ということだろう。“正しき選択”は要求される依頼に応じて報酬額を釣り上げていく。対立する貴族を殺させただけでなく、私を狙い、自分を匿わせ……どれほどの金があっても足りん」


「それで支払えなくなり、魔物に変えられて殺されたわけだね」




 魔物に変える薬品が生まれれば、暗殺に利用される可能性がある。


 そんな危惧が、早くも現実のものとなったわけだ。




「団長、つまりこれって、コヨグのやつを殺ったのは……」


「“誰”が殺ったかはともかく、場所はあそこ(・・・)だろうな。もしかすると最終的にコヨグを匿っていたのは“正しき選択”では無かったのかもしれん」




 状況証拠だけだが、改革派と“正しき選択”が裏で手を組んでいるのは確定したようなものだった。




 ◇◇◇




 改革派が“黒”なのはもはや疑いのようのない事実だ。


 怪しげな薬を作った挙げ句、暗殺組織と繋がっているのは看過できない。


 だが想像以上にガードが固く、なかなかボロを出さない。


 コヨグの一件が片付いたため、教会の調査に人員を割くことができるようになったが、それでも思ったような成果は得られていなかった。


 ジンは団長室の椅子に腰掛け、腕を組み考え込む。




(行方不明だったエルク・サンクトゥスが王都に戻ってきた。名前は偽名を使っているようだが、誘拐に関わる様子はない。おかしな点と言えば、以前と違い冒険者として格段に腕を上げていることだ。以前よりも遥かに難度の高い依頼をこなし、注目を受けているという)




 エルクの性格がかなり難ありであることをジンはよく知っている。


 そんな彼が、ほんの数日で真人間になるはずがなかった。




(どういう心変わりだ。行方不明だった間、どこへ行っていたんだ。真っ当に修行でもしてきたと? そんなわけあるか、何か裏があるに決まってる)




 苛立つ心を沈めるように、コップに入ったコーヒーを一口含む。




(だがエルクの手下も一緒になって冒険者としての名を上げている。連中が誘拐から手を引いた以上、そちらを追っても真相には近づけん。やはり改革派の裏の顔を暴く物証を得るには、資金源の線で追うべきか)




 大きな金の流れは人の心を惑わせる。


 一番ボロが出やすい場所だ。




(聖女を匿うまでは宗教上の理由でどうとでもなるが、そこから先――人間を魔物に変える実験を行っているのだとすれば、それはもはやガイオス教とは何の関係もない、改革派の連中の私利私欲だ。そこには間違いなくまっとうではない金の流れがある。しかし主流派の人間を使って横領や裏帳簿が存在しないか探らせたが、怪しい点はどこにもなかった)




 それは決して、教会が“白”になったという意味ではない。


 むしろより黒は濃くなったと感じさせる要因の一つだ。




(つまり改革派は外部(・・)から金を集めているということだ。そこに“正しき選択”が含まれているとすれば――組織における金の流れは何らかの形で記録に残ることが大半だ。改革派を暴くために教会本部に踏み入るのは立場上難しいが、“正しき選択”の方から暴くことはできる)




 そのとき、部屋の扉が勢いよく開いた。


 飛び込んできたのは男の団員だ。




「団長、見つけました!」




 ノックに関してはもう諦めた。


 団員は手に握りしめた地図をテーブルの上に広げた。


 そしてバツ印が付いている場所を指し示す。




「改革派の幹部が保有する建物の中に、数ヶ月前から複数名の人間が出入りしている場所があると」


「場所はどこにある」


「王都の近村です。元は診療所として使われていましたが、現在は廃墟になっているものを改革派の人間が買い取ったそうです」


「決まりだな……スィーゼを呼んでくれ、作戦会議を行う!」




 呼ぶに向かうまでもなく、ぞろぞろと部屋に入ってくる騎士団の面々。


 “正しき選択”には随分と舐めた真似をされてきたのだ。


 彼らの表情はやる気に満ち満ちていた。




 ◇◇◇




 数時間後、ジンは部下を引き連れてアジトと思われる民家まで来ていた。


 村の人々が騒がぬよう、周囲からは適当に理由を付けて避難させてある。


 ここにいるのは、建物を取り囲む騎士と、中に潜む暗殺者だけだ。




「こんな明るい時間に大人数で“奇襲”ね」




 残れと命令されたのに勝手に付いてきたスィーゼが言った。


 確かに空はまだ明るい。


 奇襲と呼ぶには、いささか派手すぎる作戦だ。




「宵闇に潜むのは奴らの得意分野だ。私たちは騎士なのだ、堂々と真正面から攻め込めばいい」


「かっこいいなあ。真っ向勝負なら騎士が暗殺者に負ける道理は無いと」


「何だスィーゼ、怖気づいたか」


「ええ、団長がかっこよすぎて怖い」


「私はお前が怖いよ」




 全員が配置に付いたので、軽口もここまでだ。


 ジンは剣を抜き、標的である建物に向かって切っ先を向け叫んだ。




「総員、突撃ィーッ!」




 騎士たちが一斉に建物に突入する。


 窓を割る、扉を蹴飛ばすなどといった上品な方法は使わない。


 壁を砕き、蹴飛ばしての侵入だ。


 するとあらかじめ仕掛けてあった罠は、飛んできた瓦礫に反応して想定外の場所で作動する。


 ジンと共に駆けるスィーゼが呟いた。




「待ち伏せされていたね」


「わかっていた。残念ではあるが」




 その直後、妙に前進が遅かった数名の騎士が魔術を発動させる。


 地面が盛り上がり岩壁になると、退路を失ったジンたちの前に十名ほどの暗殺者が姿を現した。


 中でもリーダーらしき男が笑いながら彼らを見下す。




「内通者に気づかんとは、王の牙も間抜けだな。罠は突破されたがここまでだ、死ねぇッ!」




 魔術や暗器が一斉に放たれる中、ジンは笑みを浮かべた。




「間抜けはお前たちだ」




 魔術の着弾より早く、ジンの術式が手足で光り、その姿が消えた。


 次の瞬間、暗殺者たちの四肢や首が切り刻まれ、宙に舞う。




「バカな、早すぎる――」


「暗殺者ならその遅さを恥じろ」




 スィーゼを含む他の騎士たちも同様に、止まることも後退することもなく、前へと進み敵へと斬りかかった。


 ジンは幹部らしき男の足首を切断し動きを止めると、倒れ込んだ彼の額に切っ先を当てた。




「アジトがあるという情報自体が内通者による罠だったのだろう。そんなことはわかりきっている。別の騎士をさらに後方に待機させてある、今ごろ内通者は皆殺しにされているはずだ」


「なぜ……罠だとわかっていて……」


「お前たちの組織は面倒なんだ。事を終えると散り散りになって逃げる。決まった拠点を持たない。必要以上に群れない。だが今回は違うだろう、罠という名目で自ら集まった」




 それは罠どころか、待ちに待った“好機”であった。




「絶好の轢殺日和じゃないか。おびき出されたのはお前たちだ、選択を誤ったな」




 皮肉たっぷりにそう告げると、ジンは敵の首を撥ね飛ばした。


 転がった頭部は虚ろな瞳で茜色に染まろうとしているを見上げ、口をパクパクと動かす。


 ジンはその場を立ち去ろうとしたが、聞こえてきた言葉にふと足を止めた。




「神は……」




 暗殺者がなぜ教会と手を組んだのか。


 神も信じない人殺し集団は、何を考えて魔物化などというものに手を出しているのか。




「我々の、行いを……みとめて、くだ……」




 まるで信者のようなことを呟く暗殺者の頭を――誰かの足が、ぐちゃっと踏み潰す。


 ジンが顔を上げると、そこには金髪の少女が立っていた。




「リージェ・ディオニクス……!?」




 リージェは純粋すぎる笑みを浮かべると、前方の床に術式を展開。


 そこから頭の大きさほどの光の玉を生み出した。


 浮かんだ玉は卵のようにひび割れて、中から全てを白く染める強烈な光を放つ。


 本能が――“死”を感じる。




「団長、危ないッ!」




 スィーゼがシールドを張りながらジンの目の前に飛び出した。


 同時にジンもシールドを展開し、可能な限り“光”から距離を取ろうとする。


 しかしそれよりも早く卵は爆ぜて、一帯はまばゆい閃光に包まれた。


 視界が戻る。


 音が無い。


 不自然に静かだ。


 ジンが足元を見ると、そこには真っ赤に体を火傷したスィーゼが転がっていた。




「う、ぐうぅ……目が……っ! 見えない……!」




 体の大半を焼かれ、視力を失っているようだ。


 誰よりも早く反応できた(・・・)ジンは、辛うじて無傷だった。


 だがその速度でシールドを展開できたのは彼だけ。


 わずかに遅れたスィーゼは見ての通りの傷を負い、そして他の騎士たちは――




「……何だこれは」




 焼け焦げた炭になって、地面に転がっている。


 暗殺者たちの亡骸も。


 そこにあった“正しき選択”のアジトも。


 全ては炭化していた。


 ジンは強く己の剣を握りしめ、構える。




「リージェ・ディオニクスぅぅぅぅッ! ドロセアが死に、自暴自棄に陥ったかッ!」




 怒りを向けられても、前方に立つ少女は笑顔を崩さなかった。


 おかしい。


 直感的にそう思った。


 あのドロセアと接した際に感じた、“普通の少女”の雰囲気。


 リージェも田舎で暮らしていたのだから、多少なりともそれを纏っていていいはずだ。


 しかし目の前のリージェは、なにか超然とした、人間離れした風格を漂わせている。




「そうか……革命派め、命の冒涜にまで手を染めたか! ならばこの疾風のジンがその野望を叩き潰してくれるッ!」




 事を察したジンは怒りに滾り、魔力を全開にしてリージェに斬りかかる。


 目にも留まらぬ速さだ、暗殺者たちも視認すらできなかった。




「その程度で“音よりも速い”なら、もっと速いわたしは――」




 するとリージェはそれより遥かに早く動いて、ジンを捕まえる(・・・・)


 空中でねじれて尖った手刀を腹に突き刺し、地面に叩きつける。l。




「光速のリージェと名乗ってもいいですか?」


「げ、はっ……が……あ……!」




 ジンは大量の血を吐き出しながらも、その変形した腕を見て声を発する。




「その腕、魔物……が……ッ!」




 紫色に変色し、常に蠢き続けるその異形の腕。


 明らかに人間が魔物化したときのものだ。


 だがリージェはそれを魔物化とは認めない。




「魔物? 違いますよ、これは少し時代を先取りしただけの正統なる進化です。新人類によって、旧き人類が淘汰されるときが来たんですよ」




 まるで人間味を感じない口調で、つらつらと理屈を羅列する。




「わたしたちは“簒奪者(オーバーライター)”、この世界の救世主です」




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[一言] 『適切な使い方をすれば世界を救う鍵になりうる』 こういうのって大体…適切な使い方を“間違える”か“分かってない”か“(勝手な理由で)しない”愚か者が使って世界滅ぼす流れだよね…
[一言] そもそも世界平和なんて人類が欲を持ってる限りありえないんだよなあ・・・そしてやっぱ宗教家って糞だな
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