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067 終戦後夜と開戦前夜

 



『死ね、エレイィィィンッ!』




 殺意をむき出しに、アーウォンの剣で斬りかかるドロセア。


 エレインは生み出した岩をぶつけて防ごうとしたが、精霊もろとも剣に消されてしまう。


 彼女は見た。


 剣にすり潰され、断末魔の叫びをあげ散っていく愛らしい精霊の姿を。




「違う、これは……」


『何が違う、言ってみろッ!』


「こんなものは、私の後継者にふさわしくない」




 そのとき、エレインの背中に、純白の翼が生えた。


 大きく羽ばたく翼で、彼女は一気に空高くまで舞い上がる。




『うわ、すごい風です!』


『く、逃げたっていうの!?』


『こっちにも翼はあります、追いましょう』


『お願いリージェ!』




 エデンの背中にあるシェメシュの翼は、リージェの光魔術により生まれたものだ。


 鳥の翼をより機械的にしたようなその翼から光の粒子を噴出させ、ドロセアたちもまた空に舞う。


 だが、天を見上げると、先に飛び立ったエレインが大量の“災害”を降らせようとしている。


 剣を構えるドロセアだったが、それで防げるのは己の周囲だけだ。


 イナギやテニュスの戦いを邪魔してしまうのはもちろん、麓の村までも巻き込まれてしまうだろう。




『お姉ちゃん、ここはわたしが迎え撃ちます』


『できるの?』


『はいっ、任せてください。シェメシュの翼……最大出力でッ!』




 エデンの翼は、元の形が見えなくなるぐらいまばゆい光を放つ。


 やがてその光そのものが巨大な翼の形となり、左右に大きく広がった。




『全て撃ち落とします!』




 そして一斉に白いレーザーが放たれ、ほぼ直角に曲がり位置を調整しながら、エレインの攻撃を相殺していく。


 隕石のごとく降り注いでいた岩や氷は空中で爆ぜ、破片が地上に降り注いだ。


 道は開けた。


 エデンは一気に加速し、エレインとの距離を詰める。


 それを見て彼女はさらに高度を上げた。




『決着を付けるんじゃなかったの、エレイン!』


「それはいけない、その力は……」


『私たちの戦いだって見てきたでしょうに、今さら気づいたの?』


「そこまで残酷なものだとは――」




 頭上より吹き付ける、黒い溶解の暴風。


 対するエデンは光の翼をはためかせ、キラキラと輝く粒子をばら撒き、それを相殺する。


 光と闇が空中で混ざりあい、混沌のマーブルが空を覆い尽くした。


 視界を覆う黒白を突っ切り、アーウォンの剣でエレインに斬りつける。


 体をひねるも、掠めた切っ先が彼女の脇腹を崩壊させ、流れ出た血が地上に赤い雨として降り注ぐ。




「あらゆる自然現象を操る私と対になる……あらゆる自然を殺す剣……存在質そのものを食らう、罪深き刃……」




 対するエレインは、体のひねりを利用し手の甲でエデンを振り払う。


 ただの打撃――だが、だからこそ威力は高い。


 吹き飛ばされたエデンは、さらに空高く、星の曲線が見える高度まで舞い上がった。




「わかっているの? それは侵略者(プレデター)と同質のものよ、彼らは存在質を奪うためにこの世界に来たのだから」




 打撃が有効だと理解したエレインは、リスクを承知の上で接近戦を挑む。


 互いに一撃が致命傷になりかねないため、基本的には翼による高速機動を行いながらのヒットアンドアウェイによる戦闘だ。


 成層圏にて、神と騎士は幾度も衝突を繰り返す。




『わかる言葉で話してよ。何? 存在質?』




 エデンの斬撃はエレインを捉えたように見えたが、しかしなぜか攻撃は命中しない。


 斬撃の無効化――ではなく、光の屈折により目に写る位置をずらしたのだ。


 攻撃を躱したエレインは、エデンを背後から殴りつける。


 逆行する流れ星のように打ち上げられ、戦いの場は成層圏すら突き抜ける。




『くぅ……ッ!』


「この世界や物質の存在そのものよ、精霊もある意味で存在質の一種と言えるわ。これを奪われると、世界は形を保てなくなる」


『ふーん、じゃあ侵略者も簡単に殺せるってことだよね!』




 本来なら空気が薄くなり生身では行動できないはずだ。


 だがエデンの内部は地上と同じ環境を再現していた。


 エリオンの楽園――そう呼ばれる、限定的だが絶対的な堅牢さを持つ結界の影響であった。


 それは意図的に発動させるものではなく、エデンの装甲に付与された――というより、エデンの装甲そのものの名称である。


 存在自体が、精霊を隷従させる魔術なのだ。


 ゆえにドロセアもリージェも問題なく行動できるし、光の翼のおかげで自由に移動もできる。


 気圧の変化、空気の薄さで殺せると思ってエレインは高度を上げたのだろうが、むしろ(くびき)から解き放たれたことで、速度は上がる。


 幾度かの衝突。


 その末に、エデンの斬撃がエレインの右足を切断した。




「ふ、ぐ……ッ、そのために、一体どれだけの精霊が犠牲になることか」


『どうでもいいよ』


「リージェもそうだというの? 優しい心を持つあなたも」




 ドロセアへの攻撃が無意味だと判断すると、彼女はすぐにリージェに標的を移す。


 だが今回ばかりは、それも無意味だ。




『エレインさんとマヴェリカさんを引き裂いたのも精霊で、全人類を魔物化させるという計画を肯定したのも精霊なんですよね。彼らが多少犠牲になったとしても、わたしは胸を痛めません』




 リージェに続いて、ドロセアも答える。




『むしろ世界を救うために犠牲になれるなら本望なんじゃないの』




 冷たく、見下した声で。




『お前がそうあるように』




 どれだけの人間を犠牲にしてきたのか。


 どれだけ私を苦しめてきたのか。


 ならば精霊が、エレインが犠牲を払うのは当然のことだ。


 そう、糾弾するように。


 戦いはなおも続く。


 互いに間合いを測り――衝突。


 すれ違った後、精霊による攻撃とレーザーがぶつかりあい、雲を見下ろす場所で幾重にも弾け爆炎が弾ける。


 攻撃の出力は同等。


 速度は小ささの分エデンが上回り、パワーは質量分エレインが上。


 力量は互角かと思われた。


 だが前に指摘された戦闘経験、そしてセンスの差がここで戦況を決める。


 両者が接近した際、エレインは光魔術による屈折や、氷魔術による反射等の小細工でそれをやり過ごしてきた。


 だが、エレインほど大きな力を持つ者が小細工に頼る時点で、限界は見えていたのだ。


 看破されれば二度は通用しない。


 衝突を繰り返すたびにエレインの手札は減っていき、接近戦闘における技術でドロセアが追い詰めていく。


 増える切り傷。


 欠損してく手足。


 揺れる心、途切れる集中、そして――




「ああ……そうね」




 エデンの剣が、エレインの胸を貫いた。




『リージェ、全力で加速を!』


『はいっ!』




 リージェの魔力が翼に注がれ、ただ加速するためだけに全てが使われる。


 向かう先は、地上だ。


 落ちてゆく、堕ちてゆく。


 天使になったつもりだった、神になったつもりだった、そんなただの人間が。




(精霊と共にある私が力不足だというのなら、それを越えるには精霊を隷属させるしかない)




 雲を突き抜け、再びスペルニカの山の頂上へ。




(“道理”だわ――)




 山を割り、その高度を数百メートル落とすほどの勢いで大地に突き刺さる。


 落下の衝撃は相当なものだったが、それでもエレインの肉体は健在だった。


 やはり、彼女に傷を付けられるのはエデンの持つ剣だけなのだ。


 ドロセアは胸から刃を引き抜くと、今度は首元に移動し、陽を反射し光り輝く宝剣を高く掲げる。




 ◇◇◇




 振り抜かれた炎の剣が、カルマーロの首を飛ばした。




「姿が見えてからは大したことなかったな」




 そう言いながら、オグダートは切断した頭部に歩み寄る。




「すっきりしたよ。おかげでいい気分のまま侵略者との戦いに集中できそうだ」




 まだカルマーロには辛うじて息があるらしく、黒いローブに包まれる中、辛うじて見える口がわずかに動く。




「敗北……死……」


「ああ、お前の負けだ。そしてエレインも負けてる。完全敗北だな」


「我……何の、ために……」


「知らねえよ、自分で見つけろそんなもん」




 テニュスは彼を冷たく突き放すと、顔面に剣を突き刺した。


 それきりカルマーロは二度と動くことはなかった。




 ◇◇◇




 イナギの爪が、アンターテの体を深く深く貫く。




「ゥ……ァ、ァ……」




 一方で、アンターテの伸ばした触手も無数にイナギに突き刺さり、彼女の体を突き抜けていた。




「グルゥゥ……ウ、ォォオオ……」




 虚しい殺し合いの末に、二人はもはや動く力すらなかった。


 まるで抱き合うようにお互いを傷つけあい、そして名前も呼びあうこともできず朽ち果てていく。




『ごめんなさい、イナギ』




 触手から力が抜ける直前、そんな声が聞こえた気がした。


 たぶん気のせいだ。


 イナギが死の間際に見た、虚しい妄想だ。




「アンター……テ。わたくしが……間違った、から……」




 そしてイナギの両腕から力が抜ける。


 ずるりとアンターテの体から引き抜かれ、そしてだらんと垂れ下がった。


 二人の異形は絡み合うようにずしんと地面に倒れる。




 ◇◇◇




 そして振り下ろしたアーウォンの剣は、エレインの首を断った。


 思いの外、生命力が低いのか――はたまたもう生きるつもりがなかったのか。


 エレインはあっさりと絶命し、動かなくなる。




『勝った……んですかね』


『そうみたい』




 勝者となったドロセアとリージェは、守護者を解除して地上に降り立つ。


 生身で見ると、エレインの巨大さがさらに際立つ。




「はへぇぇ……こんな化物相手に、よく勝てましたね」




 腰を抜かし、ドロセアにもたれかかるリージェ。


 そんな彼女を抱き寄せながら、ドロセアは微笑む。




「空より高いところまで行っちゃったもんね。あんな景色、なかなか見れないよ」


「今度はデートで見たいです」


「じゃあ二人でそのうちね」


「はいっ!」




 そんな話をしながらじゃれあっていると、誰かが拍手をしながら近づいてくる。




「おめでとう、そしてありがとう」




 マヴェリカだ。


 ドロセアは彼女を見て、訝しむような顔をした。




「師匠。戦いの間、何をしてたんですか」


「観戦してただけだよ」


「……」




 じーっとにらみつけると、観念したのか両手を上げるマヴェリカ。




「はは……誤魔化せないねえ、ごめん。けど今はまだ話せないんだ。安心しておくれ、私の個人的な用事だから」


「そうですか、迷惑かけないなら別にいいですけど……」


「それはないと断言できる」




 前科があるので信用はしきれないが、しかし今は見逃すことにした。


 そしてドロセアはマヴェリカに近づく。




「師匠」


「何だい」




 そのとき、ちょうど戦いを終えたテニュスが山の頂上まで駆け上ってきた。


 戦闘後だというのに元気なものだ。




「おーい! ドロセア、無事で――」




 大きな声でそう呼びかけた瞬間、彼女はとある光景を目撃し、




「うわあ」




 とドン引きすることになる。


 ドロセアは握り拳で、マヴェリカの頬を殴り飛ばしていたのだ。


 見事な右ストレートを振り抜くドロセア。


 ひしゃげた顔で、空中に浮かぶマヴェリカ。


 魔女はドサッと地面に落下すると、そのまま転がりテニュスの足元付近までやってきた。




「い、いや、久しぶりだねえ……」




 テニュスはしゃがみ込み、薄目で彼女を見る。




「痛そうだな」


「思ったより強烈だったよ」




 そして苦笑いするマヴェリカの目の前で、テニュスもまた拳を握るのだった。




「あたしも殴っていいか」


「……ほどほどでお願いできるかい?」




 もう勘弁してくれ、と言わんばかりの弱々しい声。


 テニュスは思わず噴き出し笑った。


 それに釣られるようにマヴェリカは笑うと、ドロセアまで腹を抱えて笑いだす。


 唯一蚊帳の外であるリージェは、なぜ三人が笑っているのかわからず戸惑っていた。


 笑っている間に、マヴェリカはテニュスが差し伸べた手を握って立ち上がる。


 すると、ドロセアはふいに黙り込んだ。


 彼女の視線は、山の下の方――抱き合い倒れる化物二体の亡骸に向けられている。


 短い付き合いではあったが、悲しいものは悲しい。




「死んじまったんだな」




 テニュスも寂しそうに言った。




「イナギさん……ああするしか、なかったんでしょうか」


「あっちの簒奪者はアンターテだったか。あの子はドロセアたちが来る前に薬を飲んでたみたいだからね。ああなったら、遅かれ早かれ魔物化するしかない。そうなればエレイン以外の人間は元に戻せない」




 マヴェリカは仕方ないと言うが、それでもリージェは納得しきれなかった。




「時間があれば私も戻せたかもしれないけど……」


「仕方ねえよ、その時間がねえんだから」


「だね。一緒に逝けたことがせめもの救いだったって、そう思うしかないと思う」




 諭すようにドロセアに言われ、無言で頷くリージェ。


 付け加えるように、あるいは自分に言い聞かせるようにマヴェリカは言った。




「一人で置いていかれるぐらいなら、ついていった方が幸せだよ。私はそう思う」




 ◇◇◇




 数日後――ドロセアたちはアンタムと合流し、王都近辺のテントまで戻ってくる。


 真っ先に彼女たちを迎えたのはラパーパだった。




「テニュス様ぁーっ!」




 勢いよく胸に飛び込むラパーパを、しっかりと受け止めるテニュス。




「ただいまラパーパ、そっちもうまくいったらしいな。すごいじゃねえか」


「ごめんなさい、戦いに協力できなくて。無事で何よりデス!」


「お前が待ってるんだ、無事で帰ってくるに決まってんだろ」


「テニュス様ぁ……」




 すっかりとろけるラパーパ。


 テニュスの胸に頬ずりする彼女は置いといて、まずは国王に挨拶をする。




「エレインを倒し、リージェさんを救出できたのですね。ご苦労さまでした」




 二度は同じ過ちは繰り返さないということか、エレインの死を聞かされてもカインは動揺しなかった。




「まあ、あーしは参加してないんだけどね」


「カタレブシスから感謝の文が届いていますよ」


「アンタムさんが裂け目を塞いでくれたから、安心して戦えたんです」


「ドロセアちゃん優しーね。まあ、無事に勝てたんなら最初からあーしの出番はなかったのかも」


「この後には侵略者との戦いが控えています、力を温存しておくのも重要なことでしょう。それに――」




 カインは気まずそうに、アンタムから視線を外す。




「何よカイン、その顔は」


「戻ってきてすぐで申し訳ないけど――アンタムには、北部に向かってもらいたいんだ」


「もしかして……」


「うん、また裂け目が発生したそうだ。早急に対応しないと大型侵略者が現れてしまう」




 まだ侵略者の大軍を迎え撃つには戦力が足りない。


 時間稼ぎに過ぎないが、どうにかそれで猶予を伸ばすしかなかった。


 すると、ラパーパといちゃついていたテニュスが声をあげる。




「待て、そっちにはあたしとラパーパで向かう」


「それでも構いませんが、なぜあなたがたが?」


「アンタムは王魔騎士団の育成に回ってもらった方がいい、守護者を使えるやつを増やすべきだ」


「なるほど、正しい考え方だ。しかしテニュスさんまで一緒に行く必要はないのでは? 裂け目を塞ぐだけならラパーパさん一人で――」




 そこまで言ったところで、カインはテニュスに睨まれていることに気づいた。


 テニュスとしては軽くやったつもりだが、カインはすると蛇に睨まれた蛙のように固まっている。




「そんぐらいのご褒美はもらったっていいだろ。あたしにも多少は休息が必要だ」


「おこちゃまだねえ、カインは」


「……気が利かなくて申し訳ありません」




 アンタムにまでからかわれ、カインはバツが悪そうに頬を赤らめた。




 ◇◇◇




 カインとの話を終え、ドロセアとリージェは兵士たちの休憩所に移動する。


 二人は椅子に隣り合わせで、肩を触れ合わせながら座った。




「テニュスさんとラパーパさん、もう出発しちゃいました。忙しいんですね」


「侵略者がすぐそこまで迫ってるからね、私たちも故郷に帰ってゆっくりってわけにはいかなそう」


「でもお姉ちゃんといっしょにいられます」


「うん、それだけでどこにいたって幸せだよ」




 互いに肩をくっつけあって、甘ったるい空気を振りまく。


 近くに座る兵士は少し気まずそうだった。




「それにしても、マヴェリカさんはどこに行ったんでしょうね」


「さあ、帰り道で急に消えてたし、まだ何か企んでそうな感じではあった」




 現在、マヴェリカはここにはいない。


 カタレブシスから王国に移動するあたりで、いつの間にか姿を消していた。


 まあ、あっさり王都まで付いてくるとは思っていなかったので、ドロセアとしても予測の範疇ではあったが。




「い、いい人だとは思うんですが……」


「でも少しずつわかってきた気がするよ、師匠のこと」


「どんな人なんです?」


「たぶん、善悪で動いてるんじゃないんだ。エレインを取り戻すことしか考えてない」


「あー……」


「だから時に弟子を傷つけることもあるし、身勝手な行動も取る」


「困った人ですね」


「案外、周囲から見た私もあんな感じなのかも」


「そんなことないですっ」




 即座に否定され、さすがに師匠を不憫に思い苦笑するドロセア。




「別にそれを悪いことだとは思わないよ。リージェを取り返すのに必要なら、私もそうしただろうから」


「同じ、なんですか?」


「似てるかもな、とは思う。私もあくまでリージェと一緒にいたいからエレインとかと戦うだけで、別に世界を救いたいなんて思ってないし」


「だとしたら、マヴェリカさんが次に何をしたいのか予想できたり……します?」


「それはわかんない。ただ――」




 彼女は目を伏せ、ため息混じりに告げる。




「たぶんエレインは死んでない」


「えぇっ!?」




 驚きのあまり、椅子ごと転びそうになるリージェをドロセアは抱きとめた。




「だって考えてみてよ、あの人は魔力そのものなんだよ? 肉体が失われて、再生に時間はかかるかもしれないけど、魔力が存在する限り消滅するなんてありえない」


「じゃあマヴェリカさんは、それを知ってる?」


「あるいは、あの喜びようを見るに――」




 考え込むドロセアだったが、言葉を途中で止め、じっとリージェを見つめる。




「お姉ちゃん?」




 凝視され、どきどきと彼女の心臓は高まっていく。


 すると、ドロセアは突如としてリージェを胸に抱きしめた。




「ひあっ、ど、どうしたんですか急にっ!」


「せっかく王国に戻ってゆっくりできる時間なのに、エレインのこと話したくないな」


「あ……そ、そう、ですね……」


「リージェと、もっと近づきたい」


「これ以上は……その、人の目が、ありますし」


「無かったらいいの?」




 リージェは顔を真っ赤にしながらも、こくこくと頷いた。


 むしろ、自分の方から求めたい。


 そう思う程度には、ドロセアのことが好きだから。




「あっちのテントなら、たぶん人がいないと思う」


「移動、しましょうか」


「二人きりになったら歯止めきかないかも」


「それは、わたしも、いっしょです」


「一緒ならいいか」


「はい、いいです」




 二人は手をつなぎ、指を絡め、そして立ち上がる。


 そのまま他のテントに移動しようとしたところで――




「ドロセア」




 男が声をかけた。


 急速に現実に引き戻され、がっかりした顔で振り返る。


 そこにはクロドが立っていた。




「あはは、すまないね。邪魔してしまったかな」


「はい、かなり」




 ドロセアの横で、リージェも頬を膨らませている。




「それは本当に申し訳ない。ただ、急ぎの用事があるんだ」


「私にですか?」


「こっちに来てくれないかな、できれば一人で」




 せっかく二人一緒だったのに――そう思い、リージェはドロセアの顔を見つめる。


 当然、ドロセアも離れ離れになるのは嫌だ。


 しかし王族の頼みとなれば、断るわけにもいかない。


 しぶしぶドロセアはクロドの誘いに乗るのだった。




 ◇◇◇




 正しき選択(ジェンティアナ)の首領、ジェシーは王都での事件発生の少し前から、王都近隣の村に身を潜めていた。


 村人に紛れて生活しているわけではなく、文字通り、牛舎の隅に隠れた狭い地下室に隠れているのだ。


 ゾラニーグの依頼を受けた結果、正しき選択はクロドの出生にイグノーという貴族が関連している事実を掴んだ。


 その結果、クロドは王族の血を引いていないことが発覚したわけだが――その後も、ジェシーはクロドやイグノーの調査を続けていたのだ。


 最初は単純に、王族の弱みを握るためだった。


 だが、その頃から“正しき選択”という組織全体に異変が起きる。


 行方不明者、死者が大量に出たのだ。


 特に王都壊滅以降、ここ数日――組織そのものを潰す勢いで構成員が殺されている。


 原因がクロドかイグノーにあるのは明らかだった。


 正しき選択はこれを受けて、何かしらの隠したい事実がそこにあるのだと判断。


 組織の存続を投げ捨ててでも、真実を追うことを選んだ。


 そして、ついに掴んだのである。


 血で汚れた一枚のメモを、暗い地下室でジェシーは読み上げる。




「クロドの父親、イグノーは侵略者。両親に奇跡の村を訪れた過去あり……」




 つまり、クロドは二代目(・・・)の侵略者だった。


 両親が奇跡の村を訪れたのではなく、祖父母が訪れていたのだ。


 加えて、ジェシーの手元にはいくつかの不自然な情報が残されている。


 それはジンとともに行動していたゾラニーグという人物に関して。


 王都に残された記録からは彼の名は消えている。


 だが、身を隠すジェシーが持つ記録からは、それを消すことができなかった。




「私と会っているはずなのに、覚えていない。存在そのものが消された教会の幹部……そういえばエレイン様が言っていたわ、侵略者は存在質なるエネルギーを食らうことでこの世界を滅ぼそうとしていると。つまり存在の消滅は、侵略者の“本体”が持つ固有の能力と考えられる」




 だが一方で、小型、中型、大型の侵略者はその力を持たない。


 相手の存在を消せるのは、さらに上位の侵略者だけだ。




「そして他の侵略者と違い、情報を探ろうとしただけで正しき選択そのものを消そうとする異常な行動……ここから推察できることは」




 ジェシーは目を閉じ、“使命”のために散っていった仲間たちを想い、一つの結論を出す。




「クロド・ガイオルースは、侵略者の指揮官だわ」




 だからこそ、世界を見回せる王族に入り込んだ。


 武力も技術力も人口も優れた王国は、侵略者にとってあまりに都合のいい侵略拠点だったのである。


 ジェシーはメモを握りしめると、地下室を出て王都を目指す。


 一刻も早く、誰かにその事実を伝えるために。




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