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066 君と二人きりの楽園で

 



 大地を揺らし、魔物と化した巨大なエレインが出現する中、別の場所では二体の化物が壮絶に殺し合っていた。


 もはや人の形を完全に失った、無数の触手の足を持つアンターテ。


 彼女はその尖った先端を目の前にいる化物に突き刺し、赤い返り血を浴びた。




「ォォォォ――」




 しかし傷つけている当人の方がなぜか苦しそうだ。


 一方、そんなアンターテと相対するのは赤い鬼。


 大きさはアンターテと同じぐらいで、額からは角が生えており、肌は赤いがその中にはところどころ皮を突き破って露出した筋肉も混ざっている。


 ぎょろりとした目、鋭い牙、人型ではあるが人とはかけ離れた姿――それが元々イナギだったことは、言われなければ誰も気づかない。


 鬼は腹を突き刺されながら、その尖った爪を目の前の異形に突き立て、そして噛みつく。




「グルゥアァァァァアアアッ!」




 やはり、攻撃している本人の方が悲しげだった。




「ォ、ァァァ……」


「ガアァァァッ!」




 二体の化物は、突き刺し、引きちぎり、締め上げ、殴りつけ、ただただ本能の赴くままに暴力をぶつけ合う。


 ほぼノーガードで、それは互いが死ぬまで続くあまりに不毛な戦いだった。


 だがもう、それしかできることはない。


 なぜなら一度魔物化してしまった肉体は、エレインでも無い限り人の姿に戻すことはできないからだ。


 あるいはドロセアなら可能かもしれないが、どうやって理性を失った彼女たちの肉体構造を調べるというのか。


 そんな時間も方法も無い。


 未来はわからないが、少なくとも現状において簒奪者(オーバーライター)の魔物化は不可逆(・・・)であった。




「アンターテ……アンターテエェェェェエッ!」




 だから鬼は叫ぶ。


 異形は赤い涙を流す。


 せめて痛みを。


 せめて苦しみを。


 もう与えられるものは残っていないから、地面に散らばったゴミクズをかき集めて、大事に大事に抱きしめるように。


 二人はひたすらに殺し合った。




 ◇◇◇




 ドロセアとリージェの乗る白い守護者(ガーディアン)は、一気に山の斜面を駆け上がりエレインに迫った。


 対する白い顔のない巨人――エレインは、顔だけをそちらに向ける。


 途端に周囲の木々が巨大化し、まるで生きているかのようにくねりだした。


 そして幹が開き、まるで食らいつくようにドロセアに迫る。




「木が生き物になった!?」


『こんなものぉッ!』




 剣で斬りかかるドロセアだったが――刃は途中で止まる。




『金属より硬い!? リージェ、私に魔力をっ!』


「……わかった!」




 同乗するリージェにできることは、魔術による援護とドロセアに魔力を渡すことぐらい。


 そのうち援護に関しては、これだけの巨大な相手となるとほぼ戦力になれないだろう。


 もちろん、ドロセアの肉体が魔物化してしまうというデメリットはあるが――カタレブシスとの戦いを経て、さらに強くなった彼女なら完全に制御できるはずだ。




「がんばれ、お姉ちゃん……!」




 抱きついて、ドロセアに魔力を流し込むリージェ。




『力が湧いてくる……! おぉぉおおおおッ!』




 体内にあふれる“熱”を、力にして剣を振るう。


 剣によって守護者を取り囲む木々は両断され、再びエレインへの道が開いた。




「すごい……ほとんどお姉ちゃんの体が変化してない……」




 以前はすぐにその魔力を使い果たさなければ、即座に魔物化していた。


 しかし今回は、ある程度は体に留めた状態で戦えるようになっている。


 離れていた期間を考えると、驚異的な成長速度だった。


 リージェの魔力のおかげでさらに強化されたドロセアの守護者は、加速しながらエレインに迫る。




「さすがねドロセア、ならこれはどうかしら」




 次の瞬間、何の前触れもなくドロセアは炎に包まれた。


 守護者の内部の温度も上昇し、慌てて外に脱出する。


 すると、次は周囲の大気ごと氷結してしまった。




「これは……魔術?」


『ぐ、ううぅぅ……! まるで見えない(・・・・)、これが――』


「ええ、これが精霊と対話するということ」




 必死に全身に力を込め、氷を割って内側から脱出する。


 しかし今度は岩に覆われてしまった。


 そしてその岩は、ドロセアを閉じ込めたままふわりと浮かび上がる。




「この世に存在するあらゆる自然現象は精霊が引き起こすもの」




 岩の周囲に氷の槍が浮かび上がると、それらが一気に岩に突き刺さる。


 針山のようになったかと思えば、今度は灼熱の炎に包まれた。


 岩がどろどろに溶けるほどの高温だ、中にいる人間は無事では済まないだろう。


 なおもエレインは攻撃の手を緩めない。




「この体になって精霊たちの声がより鮮明に聞こえるようになったわ。まるで、本当の神様にでもなったような気分」




 闇が炎もろとも全てを溶かし、そして太陽のようなまばゆい光が一切を焼き尽くし――


 まるで見せつけるように全ての属性を自在に操り、ドロセアを一方的に痛めつけるエレイン。


 普通ならばこの時点で跡形もなく消滅しているはずだ。


 しかし――光の中から、それは現れた。




『神様だって殺すよ、私は』




 一気に飛び出して、エレインの目の前に迫る。


 無論、無傷とは言えず、守護者のいたる部分にはダメージが見て取れた。


 貫かれ、焼かれ、溶かされ――それらの痛みはドロセアにも届いているし、守護者の内側にいるリージェも無傷とは言えない。


 しかし死んではいないのだ。


 振り下ろされる剣は、エレインの首筋を斬りつけ――




(もらった!)




 ドロセアは確かに手応えを感じた。


 何かを斬った感触があった。


 だが、目を向けるとエレインは無傷だ。




『……っ!?』


「どうして……斬れてないんですか?」


「あら、驚いているようね」




 エレインに顔はないが、きっとあったら不敵に微笑んでいるんだろう。


 そんな声だった。




「さっきも言ったけど、精霊はあらゆる自然現象を引き起こす、いわば世界の源。頼めば攻撃をなかったことにできるの」




 つまり、どれだけ剣で斬りつけても無駄だということ。


 あまりに絶望的な現実であった。




「逆に、こうしてあなたが攻撃を受けたことにも――」




 エレインが着地した守護者に手を近づける。


 すると、その内部にて、生身のドロセアの体から血が噴き出した。




『があぁぁっ!』




 突如として生じた体の裂傷――その衝撃と痛みに、ドロセアは膝をつく。




「お姉ちゃんっ!?」




 慌てて治療を試みるリージェ。




「わざわざ外側から串刺しにする必要もなかったわね。直にあなたの肉体を破壊してしまえばよかっただけだもの」




 連続してドロセアに襲いかかる、斬撃という現象(・・)


 刃を振るうという過程をすっ飛ばして、斬りつけられたという結果だけがドロセアを襲った。


 瞬く間に守護者の内部は血だらけになっていく。




『こ、こいつ……がふっ、ぎ、があぁぁあっ!』




 リージェがどれだけ治療しても、すぐに傷は増えていく。




「やめてっ、こんなの戦いじゃありません!」




 彼女は思わずエレインに向かって叫んだ。


 だがエレインは冷たく返す。




侵略者(プレデター)はもっと容赦ないわよ」


「お姉ちゃんはそんなものに興味ないんですッ!」


「力ある者の責任――逃げられないのよ、運命からは」




 どこか諦めたように言う彼女に、リージェは声を荒らげる。




「あなたにマヴェリカさんを選ぶ勇気がなかっただけでしょう、押し付けないでくださいッ!」


「言うだけなら簡単だわ」




 次の瞬間、リージェの首に裂傷が生じ、大量の血が噴き出した。




「あ、ぐ……?」




 自分の“内側”で起きた出来事だ、見えずとも何が起きたのかはドロセアにもわかる。


 リージェはすぐさま魔術で傷を塞いだが――




『ぶち、殺すッ!』




 エレインへの湧き上がる殺意は止まらない。




「あなたが先に死ぬのよ」




 だがなおも、彼女の斬撃は、防御不能の攻撃としてドロセアを斬り刻み続けた。




(魔力が満ちるこの世界では、“魔力以外”を使えばそれが浮き上がって見える――)




 決して“何も起きていない”わけではない。


 右目に見えるのは、大気中に浮かぶ魔力。


 斬撃が発生する際、そこには間違いなく“変化”が生じていた。




(見ろ、ドロセア。魔力だけでなく、それ以外の全てを。できるはずだ。お前なら、リージェを守るためなら、必ず!)




 シールドには物理障壁と魔力障壁が存在する。


 これは魔力の結合の仕方を変えることにより、それぞれ物理現象と魔術を防ぐ防壁なわけだが――つまり、組み替えれば物理と魔術以外の現象にも対応できるということだ。


 視認し、分析し、実行する。


 その場で、“エレインの攻撃に対応する障壁”を作り出す。


 それは斬撃を防ぐのではなく、精霊の行使による守護者内部への干渉を防ぐものであった。


 今までできていた攻撃が突如として止まり、エレインは戸惑っているようだ。




「あなた……これにすら適応するの? 化物ね」


『お前を殺すためなら、何にだってなれる』


「私も世界を救うためなら――」


『何にもなれなかったお前と違って』




 断じて同じだとは認めない。


 エレインの感情に揺さぶりをかけつつ、ドロセアは再び剣を握った。




 ◇◇◇




 一方でテニュスは、ひたすらにカルマーロがけしかける不気味な人形を斬り続けていた。


 数が増えるたびに、その亡骸から発せられる黒いもやは量を増していき、かなり視界が悪くなっている。


 それは心を乱す毒であると同時に、触れたもの全てを溶かす酸でもあった。


 生い茂っていた木々はすっかり枯れ果て、周囲は更地になっている。




「さっき攻撃の手が緩んだよなぁ。エレインの方を見るとは随分と余裕があるじゃねえか」




 遮蔽物もない広い空間で、テニュスはどこから出現するか分からない人形への相手を強いられていた。


 もっとも、今の彼女に精神制御は意味をなさないし、守護者に乗っている限りは酸の効果は無いのだが――それでも、長期戦になればいずれテニュスの魔力が尽きる。




「クケケッ、ケキャッ!」


「何とか言えよコソコソ隠れてねえでさあぁぁぁッ!」




 大声でそう呼びかけながら、迫る人形を一振りでねじ伏せた。


 上半身と下半身が分断された人形は、その数秒ビクビクと震えたあと、やがて闇を吐き出しながら消える。




「このまま隠れてりゃ消耗したあたしが諦めるとでも思ったのか?」




 だが、決してテニュスは、ただがむしゃらに斬っているだけではなかった。




「クエエェェエッ!」


「それともドロセアが負けてエレインサマが助けてくれると思ったんですかぁぁぁ!?」




 再度現れた人形を頭から真っ二つにしながら、カルマーロを煽るテニュス。


 伊達に最年少で騎士団長に入っていない。


 幼少期から天才扱いされていたテニュスだが、才能に溺れて訓練で手を抜くことはなかった。


 無論、才能を認められているからといって、実戦を避けていたわけでもない。


 大きな剣を振り回し、荒々しい口調で声を響かせる彼女を、猪突猛進な戦闘狂だと思い込む者は多いが――




「答えはどっちもノーだ。わかるか? わかってるよなぁ! 少しずつ、あたしの足音が近づいてることに」




 実際のところ、彼女の戦い方は大胆かつ堅実である。


 炎の剣を地面に突き立てるテニュス。




「見つけたぜ、カルマーロ」




 すると彼女の背後から火柱が噴き上がった。


 同時に、「グアァァァアアッ!」という苦悶の声が響き渡る。


 そして姿を表す、まるで黒子のように全身を黒のローブで覆ったカルマーロ。




「ウ、アァ……ク……なぜ、気づく。理解、不能」




 よろめきながら、彼は戸惑う。


 しかし言葉を話せるあたり、薬を使っておきながらも理性をかなり保っているようだ。


 アンターテと違い、ある程度は人型を保っているのも一つの要因だろう。




「人形の出現位置から、てめえが“視覚”に頼ってあれを出してることに気づいた。だったら人形を倒し続けてりゃ、少しずつ居場所を絞れるって寸法だ」




 人形をいくら倒したところで無駄なのは一目瞭然だった。


 だが戦闘において無駄なことを繰り返すほど、彼女は愚かではない。




「それとも、あたしが何も考えずに斬りまくってるだけだと思ったのか?」




 そう言って、オグダートは剣の切っ先をカルマーロへ向けた。




「まだ……戦える」


「そうかよ、まだ痛めつけていいのか。ありがとよ、存分にストレス解消させてもらうッ!」




 オグダートの胸部の宝石が光を放つ。


 渦巻く炎が、容赦なく敵へと放たれた。




「浄炎砲アマネト、焼き尽くせえぇぇぇぇええッ!」




 ◇◇◇




 エレインから一旦距離を取るドロセア。


 斬撃が通用しないということは、おそらく防御も意味をなさない。


 精霊を利用した自然現象による攻撃にはそろそろシールドで対処できそうだが、しかしあの腕で直に殴られたら――この体格差だ、ひとたまりもないだろう。


 かと言って、近づかないとどうしても剣の威力は落ちてしまうのだが。




「一つに対応したところで、私にはいくらでも手段があるわ」




 周囲を走り回る守護者を倒すため、精霊たちと対話を続けるエレイン。


 だがシールドの妨害もあって、いきなりドロセアを氷漬けにしたり、岩の中に閉じ込めて動きを止めることはできなくなっていた。


 もっとも、だとしても足元や、周囲のもっと広い範囲を包み込むことは可能だ。


 ドロセアは時に濁流に飲み込まれ、時に蔦の波に呑まれ、時に空気を奪われ窒息しながらも、必死に逃げ回る。




「守護者なんて本来の目的を外れた邪道、やはり正道には届かないのよ」




 逃げ続けるしかないドロセアを見て、少し失望した様子でエレインは言った。




「お姉ちゃん……大丈夫?」




 魔力はリージェから供給されているが、ドロセアの体力の方が心配だった。


 実際、守護者を操る彼女の額には汗が浮かんでおり、表情も険しい。


 だがその一方で、ドロセアは反撃の糸口を掴みつつあった。




(さっきからエレインの様子がおかしい)




 逃げ回る中で、一点――まるで洞窟の向こうに小さな光が見えるかのごとく、その違和感は浮上した。




(仕掛けてくる攻撃のうち、なぜか火だけ弱まってる。精霊を直に行使してるって言ってたけど――火のときだけ手を抜く意味がわからないし、まさか精霊が弱まってる?)




 走りながら、ドロセアは一瞬だけテニュスの方を見た。




(テニュスの守護者、オグダート……守護者の使う魔術は生身で使うときより明らかに威力は高いのに、魔力の消費はさほど多くない)




 現状、ドロセアの守護者の武装は剣ぐらいのものだし、魔術を使う際は生身のとき同様、シールドによる模倣を利用する。


 しかしテニュスやラパーパ、スィーゼの守護者は様子が違った。


 最初から魔術を用いた武装が備え付けられていたし、何ならそれぞれに名前だって付いている。


 ドロセアの守護者とは明らかに異なっているのだ。


 本人たち曰く、守護者を発現させたときに勝手に頭に浮かんできたらしい。


 結果として、S級魔術師のテニュスはもちろん、B級であるラパーパも、簒奪者をも越える威力の魔術を使えるようになった。


 通常の――つまり、魔力を餌に精霊を行使し、自然現象を引き起こす魔術とは、一線を画す。




(仕組みが違う? いや、今はそんなのどうでもいい。エレインに隙があるなら、その瞬間を狙って――)




 様々な属性の攻撃をどうにか防ぎきり、炎が自らを包む瞬間を待つ。




「守護者の装甲も魔力で作っている以上、限界はある。いつまで耐えられるかしら」




 そして樹木を一瞬で灰へと変える地獄の炎が一帯を焼き尽くすタイミングで――ドロセアは前に飛び出した。


 炎を突っ切り、エレインの目の前に守護者が現れる。




「また無謀なことを。でも無駄よ、その剣で斬りつけたところで」


『リージェ、ありったけの魔力をちょうだい!』


「わかった、全力でお姉ちゃんにあげるっ!」


『うおぉぉおおおおおおおおッ!』




 光を纏った、大量の魔力を得た剣で斬りかかるドロセア。


 それを手のひらで軽く受け止めるエレイン。




「変異を厭わない捨て身の攻撃。いくら魔力の密度を高めたところで、剣である限りは――」


『精霊が邪魔をするのならッ、精霊ごと斬るッ!』


「そんなことできるはずがないでしょう」


『やらなきゃわからない!』


「お姉ちゃん頑張れ、頑張れ、頑張れぇっ!」


『こんのぉぉおおおおおおおおッ!』




 ドロセアは手のひらに押し付けた剣に、延々と力を込め続ける。


 エレインには、ただただ無意味に魔力や体力を無駄にしているようにしか見えなかった。


 しかし――彼女は僅かな痛みを、手のひらに感じた。


 その白い肌にドロセアの剣が食い込み、わずかだが血が流れているのだ。




「そんな、何が起きているの。精霊では対応できない? いや、違う。精霊の数が――減っているの?」




 エレインの“存在しない眼”は、その異変を視認していた。


 斬撃を無効化していた精霊。


 それが、彼女の周囲からいなくなっているのだ。




「守護者の形が変わる……」




 さらに、眼前にいるドロセアの守護者が変形していく。


 大量の魔力を注がれたことによる魔物化とも思われたが、しかし鎧はより大きく、そして複雑に装飾を刻んでいる。


 人工的な“意図”を感じさせるその形状は、知性を感じさせない肉の膨張である魔物化とは明確に異なっていた。


 すなわち、それは守護者としての正当なる進化だったのだ。


 エレインはそのことも気になっていたが、それ以上に、精霊の変化に驚愕している。




「まさか、守護者が使う魔術は……魔力を精霊に与えるのではない? 確かに既存の魔法陣は使っていない。まさか、魔力で強制的に精霊を隷属させているというの? 精霊を食う――そんな形で魔術を使うなんて」




 剣を受け止めるエレインが困惑する中で、ドロセアとリージェはそんな彼女の言葉を一切聞いていなかった。


 ドロセアに魔力を注ぐリージェ。


 そんなリージェの存在を感じるドロセア。




(リージェを感じる。抱きつかれてるとか、魔力をもらうとか、そんな浅い繋がりじゃなくて、もっと深く繋がって……)


(お姉ちゃんがいます。ただ抱きついてるだけじゃなくて、わたしの中にも、わたしの外にも、すべてがお姉ちゃんと一つになってるみたいです)




 二人はやがて魔力のみならず、魂までもを触れ合わせる。


 守護者とは、防衛本能の具現化。


 肉体に宿る魂が、真に望む形になる。


 ならば、生涯をリージェのために捧げると誓ったドロセアは、“リージェが傍にいること”を前提とした形状をしているはずだ。


 一方でリージェもまた、幾度かの別離を経て、自らをドロセアと並んで生きる命なのだと定義した。




(私の本能のあるべき姿は)


(わたしの正しい形は……)




 ――二人で共にあること。


 互いに互いを守り合うこと。


 本能すらも相手のために。


 それは己を守る鎧ではなく、リージェを、ドロセアを守るための純白だった。


 そして、二人の頭に一つの名前が浮かび上がる。




『守護者エデン』




 ドロセアとリージェのための閉じた楽園。


 二人の力の完成形。


 その名を得た瞬間、エデンの装甲に刻まれた印は光を放ち、そして背中には翼が形成される。


 飛行能力を得たエデンは、翼から光の粒子を吐き出しながら、さらに握った剣に力を込める。


 無論、その剣の形状も変化しており、宝剣と呼ぶべき華美なものになっていた。




『貫けるはずです!』


『うん、このアーウォンの剣なら……ッ!』




 ぞぶりと、銀の刃はエレインの手のひらにさらに沈み込む。


 彼女はなおも精霊の行使で防ぎきろうとするが、それを可能とする精霊の数が減っていく。


 エレインには見えていた。


 周囲の精霊がドロセアの剣に吸い込まれ、それをすりつぶして己の力へと変えていることを。


 やがてエレインの手と剣が触れ合う部分の精霊が完全に枯渇する。


 この世の物理法則を司る精霊が消えれば――




「この剣は……いけない、精霊を食い尽くそうというの? ああぁっ!」




 当然、“空間そのもの”の崩壊がはじまる。


 そうなればもはや、どのような防御も意味をなさなかった。


 空間がひび割れ、引き裂かれ、そこを起点にドロセアの斬撃がエレインの腕を斬り飛ばす。


 巨大な腕が宙を舞い、ずしんと山に突き刺さった。


 直に斬られた手のひらの周囲はぐちゃぐちゃに潰されており、原型を留めていない。




「空間ごと……世界ごと、肉体を、崩壊させる剣」




 この世の理そのものを断つ。


 それが原罪(アーウォン)の剣。




「あなたたち、なんてものを……!」




 そのあまりに無法な能力に、怒りを隠せないエレイン。


 一方で当のドロセアとリージェは、それとは真逆に上機嫌だった。




『リージェ、どうやらこれは効くらしいよ』


『はい、あんなやつボッコボコにしてやりましょう!』




 二人は笑みを浮かべながら、神気取りの怪物へ襲いかかる。




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