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063 前菜は一口で食べる

 



 王都で起きた事件から三日ほどが経った。


 カタレブシスにあるエレインの屋敷では、リージェが疲れた様子でマヴェリカの部屋に戻ってくる。


 本を読んでいた魔女は、それを閉じてリージェに歩み寄った。




「お疲れ様。変なこと言われなかったかい?」


「簒奪者の尊さと、世界を守る大事さをひたすらに説かれました……」


「そりゃお疲れ様だ。ほい、甘いものでも食べな」




 どこから持ってきたのか、マヴェリカはテーブルの上に置かれた果物を一つ手に取ると、リージェに手渡した。


 彼女は悲しそうな顔をしながら、赤い一口大のそれを口に運ぶ。


 甘酸っぱい味が広がる。


 腹は膨れるが、心はがらんどうのままだった。


 彼女はその後、ソファに腰掛ける。


 マヴェリカは自らが運び込んだチェアに座ると、いくつかリージェに質問を投げかけた。




「まだガアムはあんたを簒奪者側に引き込もうとしてるのかい?」


「みたいです」


「それで心が動くことは?」


「世界を守ることは大事だと思います。ですが、わたしは……お姉ちゃんと一緒にいたいです」


「それは相手に伝えた?」


「言いました。そしたら、愚かで浅い考えだって罵倒されました。簒奪者は、人間と共存できる存在ではない、とも」


「ちゃんと無視したかい」




 こくりと頷くリージェ。




「ならよし」




 マヴェリカは満足げだ。




「お姉ちゃん、カタレブシス軍を全滅させたんですよね」


「ああ、一人でね。明らかに以前より強くなってる」


「わたしは普通の人間じゃありません。だから、お姉ちゃんの近くにいるべきではないんじゃないか――そう思ったことも、ありました。でも違うんですよね」


「ああ、違うね。完全に間違いだ」




 彼女は言い切った。


 迷いなく、それこそが世界の真理だとでも言わんばかりに。




「あの手の人間は、どんなに離れていてもまた会おうとする。人間なんて簡単に辞めてしまえるのさ」


「離れれば離れるほどお姉ちゃんは強くなって、同時に傷ついていく。わたしが傍にいないと……」




 無理をしている――というわけではないのだろう。


 だがイナギに指摘された通り、孤独に戦うドロセアはどこまでも自分をすり減らせてしまう。


 いくらリージェの元に戻ってくれば満たされると言っても、確かにそこで彼女は“痛み”を感じているのだ。


 早く会いたい――そのあとは二度と離れたくない――そう願うリージェを見て、マヴェリカは「うんうん」と頷いた。




「いい彼女さんだねえ」


「で、ですからまだ彼女ではっ!」


「時間の問題だろう? いやあ、本当にいい子だ。勝手に使命を背負って離れていくやつより、ずっと」


「エレインさんと……その、お付き合いされてたんですよね」


「してたよ」


「でも、あの人は離れていってしまったんですか……」


「行き過ぎた自己犠牲さ、それを強いられたとも言える」




 マヴェリカはチェアの背もたれに身を預け、天井を見ながらしみじみと語る。




「エレインはそれなりに裕福な家の子供だった。対して私は普通の農家の家の子だ。けどそれは大した問題じゃない」




 わたしたちと同じだ――とリージェは感じる。


 大した問題ではない、という部分も。




「問題はエレインが幼い頃から精霊の声を聞けたってことだ。そのせいで不気味がられて、あの子には私以外の友達がいなかった」


「唯一の友達だったんですね」


「人間では、ね。エレインにとっては精霊も友達でさ、そいつらの声は私には聞こえないから、置いてけぼりにされることもよくあったよ」




 エレインはマヴェリカと一緒にいるときも、急に何もない空に向かって話しかけることがあった。


 マヴェリカの場合、それを気にしなかったというだけだ。




「十代の終わり頃、私たちは恋人になった。一緒に暮らす約束もした。将来の約束もして、唇も重ねた。私はエレインだけを見つめて――けれどエレインは、私だけを見ていなかった」




 どれだけ仲を深めても、抱き寄せても、エレインは精霊を見続けた。


 独占はできなかった。




「精霊どもの囁きは、彼女の心を蝕んでいった。五百年後の世界の終わり。侵略者による捕食の本格化。それを察知していた精霊たちは、悪魔のようにエレインに囁き続け、そしてあの子は決断した」




 マヴェリカには精霊が見えない、だから精霊のことを彼女に相談はできない――エレインは勝手に自分の中でそう決めていたようだ。


 精霊の声が聞こえるせいで友達ができなかったのだから、同じようにマヴェリカに嫌われたくないと思っていたからだろう。


 しかしそれが最悪の結果を招いた。




「私と別れて、自分を小さな粒に変えて、全人類に魔力という救いの手を差し伸べよう、と。そう、私と一緒に生きられる世界を捨てて、自分一人で神様の世界に行っちまったんだ」




 ひょっとすると、エレインはずっとマヴェリカの近くにいる、だから寂しくない――なんて思っていたのかもしれない。


 が、見えない聞こえない抱けないでは一緒にいることにはならない。


 当然寂しいし、マヴェリカの心は病んでいった。




「さっきは自己犠牲って言ったけど、それは違うかもしれないね。私もだ。私も犠牲になった。心や、幸せや、未来、ああそして人間性すらも、何もかもをエレインがいなくなったことで失った」




 エレインが隣にいることを前提として組み上げた将来の計画は、何もかも崩れ去った。


 人生におけるあらゆる目標を失ったマヴェリカは、それから四百年もの間、またエレインに会えることを願って生き延び続けた。


 肉体を捨てて。


 人ではない何かになってしまった、と自覚しながらも。


 それでも構わない、と歪み続けて。




「本当はさ、ちょっと期待してたんだ。再会したら謝罪の一言ぐらいあるだろう、って。きっと魔力になったあとも、エレインは私が無様に醜くこの世界にしがみついてきた姿を見てきただろうからね。でも、それは無かった。ああ、それとも怖くて見てなかったのかねえ、時に人の姿を失い、時に人を食らってまで命を繋ごうとした、醜い魔女の姿を」




 再会はあっさりしたものだった。


 マヴェリカがこの世に存在しているのを知っていたからだろう。


 しかし、エレインはマヴェリカと一定の距離を取って接しているようにも思える。


 そもそも、マヴェリカが何を(・・)しているか知っていたら、ここに招き入れたりはしないはずだ。




「……すまない、つまらない昔話だったね」


「い、いえ……」


「とにかく私が言いたいのは、愛する人がいるなら、一緒にいるのが一番大事ってことだ。離れていいことなんて一つもありやしない。やれ相手のためを思ってだの、やれ将来のためだの、見えもしない未来を勝手に想像して別れようとする意味の分からない輩もいるが、そんな連中の戯言に耳を傾ける必要はないんだ」


「わたしはお姉ちゃんのことが大好きですから、その気持ちのままに生きていきたいと思います」


「そうそう、その意気だよ!」




 マヴェリカの真意がどこにあるのかは、やはりリージェにもわからなかったが――しかし、本気でドロセアとリージェのことを応援していることは伝わってきた。




「ちなみに、この会話もエレインはたぶん聞いてる」


「え、そうなんですか?」


「この屋敷は特殊な結界で包まれてるからね。まあ、魔力がエレインそのものである時点で、世界全体が彼女の結界であることは間違いないんだが、中でもこの屋敷はその濃度が高い」


「外に出ようとしても、出られませんでしたね」


「私みたいに特殊な体を持ってるから対処法もあるんだけど、リージェ単体だと厳しいねえ」


「でも……さっきのをエレインさんが話を聞いてるなら、次に会ったときって……」


「聞かなかったフリして無視されるよ」


「……それって、罪悪感があるからじゃないでしょうか」


「だろうね」




 本来なら気まずいことこの上ないはずだ。


 そんな中、エレインはあえて無視する。


 そこに人間から脱却しきれない彼女の一面を見て、マヴェリカは無性に愛おしさを感じていた。




「エレインは今でも私のことが好きだし、悪事を働いたときはきっちり胸を痛めてるんだろう」


「なのに……わたしをさらったりしたんですか」


「自分は以前までのエレインじゃない、こんな悪事も簡単にやってしまうぞ――って自分に言い訳してるんだよ。四百年もあれば人は変わるが、けれど根っこの部分は変わらない。変われない。ずっと生きてきた私にはそれがよくわかる」




 エレインは生まれながらの悪人ではない。


 マヴェリカ以外の人間から嫌われて、こんな世界に愛想尽かしてもおかしくないのに、それでも精霊たちの願いを聞き入れて自分を犠牲に世界を救おうとしている。


 けれど一方で魂の奥底から“上位存在”めいた行いができるほど思い切りもよくなく、ひどく中途半端だ。


 行き場のない人間を集めて面倒を見たりする一方で、リージェをさらって、ドロセアを傷つけて、悪人ぶってみたり。




「善にも悪にもなれないその半端さは、ある意味で悪より悪だよ。私は嫌いだ、そういうやつが。だから、エレインが必要以上に悪いことしてたり、性の悪いことを言い出したときは思いっきり笑ってやりな。『ああこいつ、無理して悪人気取ってるんだな』って」


「で、できるでしょうか……」


「リージェができなくとも、ドロセアに言っとけば笑ってくれると思うよ。あの子は、敵に容赦ないからね」


「それは、わかります。怖いですけど……ああいうときのお姉ちゃんは、かっこいいです」




 凛々しいドロセアの姿を思い出し、ぽっと頬を赤く染めるリージェ。


 そんな彼女を見て、マヴェリカは「ほんと羨ましいね」と呟くのだった。




 ◇◇◇




 屋敷の別室では、車椅子に座ったエレインが本を読んでいる。


 壁にもたれ、同じく本を読むガアムは、そんな彼女の姿を見て口を開いた。




「難しい顔してんな、本の内容なんて頭に入ってねえだろ」


「表情なんて見えないはずよ」


「観察してりゃわかる」




 なぜ心ここにあらずなのか――ガアムにはその理由はさっぱりわからない。


 だが、エレインが悩んでいる、あるいは落ち込んでいることだけはわかった。


 もっとも、どうせ聞いたところで彼女は何も語らないだろう。


 ガアムはそう割り切って、別の話題をエレインに振った。




「前に言っといた通り、他国にいる簒奪者を呼び戻したからな」


「本当に呼んだのね」


「エレインとやり合う前に、できるだけドロセアを消耗させる」


「無駄だって言ったのに」


「目の前でエレインが戦ってるのを、指を咥えて見てるわけにはいかねえだろ!」




 迫るエレインとドロセアの決戦――エレインは、その戦いに関してガアムたちに何も語らなかった。


 どうやって、どこで、誰が戦うのか。


 それを語らないということはつまり、エレインが全てを一人で終わらせようとしているとガアムは理解する。


 だからこそ仲間を呼んだ。


 ドロセアにばかり向けられるエレインの視線を、自分たちに戻すために。




「本当に守護者(ガーディアン)と戦うつもりなのね」


「ああ、当然だ。簒奪者の方が優れてるってことを証明してやる」




 エレインの前にある本が閉じられると、ガアムに眼球が向けられる。


 やはり感情は読み取りにくいが、呆れているようにも見えた。




「だったら――私も用意するわ、あなたたちに必要なものを」




 テーブルの上にある瓶が浮かび、ガアムの手元にやってくる。




「覚悟を示しなさい」




 エレインは冷たい声でそう告げた。




 ◆◆◆




 王都での戦いから五日後。


 王都にてカタレブシス側との話し合いが行われた。


 軍の大半を失った彼らは、ほぼカインの要求を飲む形となり、停戦は成立。


 そもそも、勝手に攻め込んできて、勝手に自滅した形だ。


 君主も命令したわけではなく、軍部の暴走――というか実際はエレインが命令したのだが――ということで、当然のように国として責任を負ってもらわねばならない。


 何もかもの主導権が王国側にあるのは当然のことだった。


 領地の扱いや賠償内容はさておき、テニュスが要求していた、ドロセアたちのカタレブシスへの入国も当然のように許可されることとなった。




 ドロセアとラパーパが交代で塞ぎ続けた裂け目が完全に消滅したのも、ちょうどその頃だった。


 ただシールドを張って待つだけという退屈な作業から解放され、ほっとする二人。


 ちなみに途中、カタレブシスの要人たちが裂け目を視察しにきたことがあった。


 停戦交渉と同時に、侵略者の脅威も共有したらしい。


 後にわかったことだが、王国がカタレブシスに要求した賠償は事前の予想よりも少なかったようだ。


 カインの頭には両国で手を組み、侵略者の攻撃に備えるという考えもあったのだろう。




 こうして、ドロセアはついにエレインとの決戦へ向かうことになった。


 同行者はテニュス、ラパーパ、イナギ、そしてイグノーの領地から戻ってきたアンタムだ。


 スィーゼは防衛のために王国に残るらしい。


 守護者を使える人間を一人ぐらい王国に置いておきたい、そうカインが思うのは当然のことだし、彼女もジンの墓から離れたがらなかったので、話はすぐにまとまった。




 王都付近を出発し、ドロセアたちはまず国境の手前にあるフルクス砦を目指す。


 そしてミダスと戦ったアーレムの手前あたりで、想定外の出来事が起きる。


 国王カインからの伝言を受け取った兵士が接触してきたのだ。




「王都南部にて、新たな裂け目が発生しました。ラパーパさんに塞ぎに向かってほしい、とのことです!」




 新たな“裂け目”の発生――しかも情勢が不安定なイグノーの領地内だという。




「それはワタシしかできない……デス、ね」


「裂け目ができちまったなら仕方ねえ、言ってくれるか」




 ラパーパは不安そうに、テニュスの手を両手でぎゅっと握った。




「そう不安がるなって、あたしはカルマーロとのケリを付けるだけだ。むしろラパーパのが心配だぞ?」


「じゃ、じゃあ、お互いに無事に戻りましょうねっ! まだ、二人でぜんぜんゆっくりできてませんし……」


「ああ、戻ってきたら必ず、な」




 テニュスはラパーパの頭を撫で、笑いかけた。


 ラパーパは顔を真っ赤にしてはにかむ。


 その後、名残惜しそうに一行から離れていった。




「正直言うと、ほっとしたんじゃない」




 歩きながらドロセアが問うと、テニュスは少し目を細めて答える。




「まあな。侵略者との戦いも十分刺激的だったが、今度は簒奪者とはいえ生きた人間相手だ。しかも、間違いなく殺し合いになる」


「ラパーパは向いてないね」


「ああ、無理させずに済んだのはよかったよ。つっても、裂け目の方も大丈夫とは言えねえけどな」


「あーしが思うに、発生したばっかなら大丈夫なんじゃないカナ」


「大型が出てくるまでには、それなりに時間が必要でございますからね」




 アンタムとイナギのフォローに、テニュスの表情は少し柔らかくなる。


 決戦前とは思えない穏やかな空気でドロセアたちは進んでいたが――フルクス砦を抜け、カタレブシスの領土内に入ったあたりから、ドロセアが殺気立ちはじめる。


 取り巻く空気が張り詰め、表情も険しい。


 エレイン本人と戦うのは、おそらく彼女だ。


 気持ちが昂ぶるのも仕方のないことだろう。


 しかしカタレブシス軍との戦いを経て、ドロセアの纏う殺気は格段に重みを増した。


 自分に向けられたものではないとはいえ、それを間近で浴びるテニュスやアンタムは緊張せざるを得ない。


 だが一番怯えていたのは、カタレブシスに入ってから合流した、軍の幹部だろう。


 案内人、あるいは監視人として、スペルニカに到着するまで同行するとのことだが――目の前にいるのは、自国の軍をたった一人で蹂躙した化物だ。


 しかもその当人が殺気を纏って歩いているというのだから、魔物なんて比べ物にならないほどの恐ろしさだろう。




 エレインのいるスペルニカは、カタレブシスの北東部に存在する。


 王国と面する国境からは、真っ直ぐに北へ向かうとちょうどスペルニカだ。


 カタレブシス軍の用意した馬車でひたすら北へと進むと、徐々に気温が下がってきた。


 前方にある山の上の方は雪を被って白くなっている。


 しかしスペルニカはその山の途中にある村なので、雪の心配はなさそうだ。


 幸いなことに雨も降らず、旅は順調そのもの。


 その日は、陽が落ちる直前に到着した街で一泊することになった。




 第二の想定外が発生したのは、夕食を終えた直後のこと。


 四人でテーブルを囲んで雑談をしていると、青ざめた顔の男が店に飛び込んできた。


 彼はカタレブシス政府の使者だと名乗ると、ドロセアたちの前で額を床にこすりつけ土下座する。




「国内に裂け目が発生し、すでに犠牲者が出ています……どうか、助けていただけないでしょうかっ!」




 つい先日、奇襲を仕掛けた敵国の人間に『助けてくれ』と頼み込む――相当プライドを捨てなければできない芸当だ。


 カタレブシスの人間は王都の惨状を見て侵略者の恐ろしさを知っているはずだし、守護者の技術がまだ他国にまで広がっていない以上、ドロセアたちに助けを求めるしかないのはわかる。


 しかし――




「どーすんだよドロセア、裂け目を塞げるのもうお前しかいないぞ」


「エレインはもう目と鼻の先だというのに、困りましたね」


「裂け目か……放置したら王都みたいなことになるんだよね」




 そう、ここでドロセアが抜けるわけにはいかない。


 仮に裂け目の対応を優先するのなら、エレインとの戦いを延期せざるを得なかった。


 三人が頭を悩ませていると、アンタムが「はあぁ」とわざとらしく大きなため息をついた。




「しゃーない、あーしが行こっか」


「行くっつってもアンタム、守護者使えねえだろ」




 彼女は人差し指を左右に振り「ちっちっち」と舌を鳴らす。




「裂け目が閉じるまでの間、あーしがただイグノーにプレッシャーかけてただけだと思う?」


「もしかして、使えるようになったの?」


「そーゆーコト」


「本当でございますか!?」


「そういや、あたしらに訓練メニュー伝えてたのお前だったもんな」


「テニュスとかに遅れは取ったけど、あーしも騎士団長として脇役のままじゃいられないってワケ。といっても、派手なお披露目は期待できそーにないケド」




 どうやら、エレインと戦うときにサプライズ登場しようと画策していたようだ。


 確かに奇襲にもなっただろう。


 しかし裂け目が発生したとなればそうもいかない。




「カタレブシスの裂け目、あーしが塞いでくるわ。といっても、王魔騎士団の団長をこき使うんだから、それなりの対価はもらうケドねー?」


「は、はい、もちろんその用意はございますっ!」


「じゃあ案内して、夜明けまで待つヒマないからさ」




 これで残ったのはドロセア、テニュス、イナギの三人。


 アンタムと使者が店を出たあと、イナギは言った。




「結局、簒奪者と直接の因縁がある人間だけになるのでございますね」


「これも因果ってやつなのかねえ」


「ここで断ち切りたいよ、そんなもの」




 ドロセアは心底うんざりした様子で言った。


 関わるだけで好きな人をさらっていくような集団、できることなら顔も合わせたくないぐらいだ。




「リージェ、あと少し会えるよ……」




 いつだって彼女はリージェのことを考えている。


 スペルニカが近づくにつれ、その温もりを渇望する気持ちはどんどん高まっていった。




 ◆◆◆




 エレインの屋敷の一室――リージェは部屋に戻ってきたマヴェリカを見て、声をかける。




「どうでしたか、マヴェリカさん」


「知らない顔が何人か増えてた。ドロセアたちが来るから戦力を整えたみたいだね」


「じゃあ、本当にお姉ちゃんが助けに来てくれるんですね!」


「ははっ、わかりやすく嬉しそうな顔するんだねえ。ああ、もうじき来るよ」




 ◇◇◇




 決戦を前に、屋敷の広間には複数人の簒奪者が集結していた。


 アンターテ、カルマーロ、ガアムはもちろんのこと、他国から招集されたという男女五名もいる。


 エレインはその全員に赤い薬の入った小瓶を渡した。




「ここに聖女の血から精製した新しい薬があるわ」


「俺たちにそんなものは必要ねえ。力を開放し、魔物化することで守護者を迎え撃つ、それで十分じゃねえのか?」


「魔力が強化されるのは簒奪者とて例外ではないわ。その薬は、強制的に力を解放する代わりに、魔力を高めてくれるもの。死地に赴くあなたたちなら、使うのを迷う理由などないでしょう?」




 ガアムたちはどうしても戦うと言った。


 だからそれに相応しい力をエレインは与えたのだ。




「ミダスもシセリーもヴェルゼンも殺された。ドロセアは強いわよ、ただ力を解放しただけで勝てる相手じゃないわ。侮らないことね」




 エレインの言葉を受け、士気を高める簒奪者たち。


 一度力を解放して魔物になってしまえば、もう二度と戻れないというのに――賢者から与えられた恵みを、彼らはまるで誇るように握りしめる。


 ただし、アンターテだけは浮かない表情をしていたが。


 そして彼らはドロセアたちを迎え撃つため、屋敷の外に出る。


 入れ替わるように、マヴェリカが部屋にやってきた。




「まるで悪の組織の首領じゃないか」


「茶化しに来たの?」


「まさか、恋人と最後の語らいをしにきたのさ」




 彼女は椅子を運び、エレインの隣に腰掛ける。


 そんなマヴェリカに対し、エレインは軽く叱るような口調で言った。




「さっき私の結界に触ったでしょう」


「あ、バレてたんだな」


「私との決着がつくまで、リージェは外に出さないわよ。飢えたドロセアの力を限界まで引き出さないと意味がないもの」


「それならお前に勝てると?」


「かもしれない、ぐらいかしらね」




 エレインのドロセアに対する評価は高い。


 守護者そのものというよりも、際限なく強くなり続ける彼女こそが、対侵略者における鍵だと考えているのだろう。




「そのためにまずは最初の壁を乗り越えてもらわないと」


「壁だと思ってるのかい?」


「ふふ、確かにそうね――」




 空中に浮かび上がるビジョン。


 映し出された、外の風景。




「あれじゃあ、ミンチにされて終わりだわ」




 憐れむように、惜しむように、嘆くように。


 わざとらしい悪人めいた笑みを浮かべ、エレインはガアムたちの姿を見つめた。




 ◆◆◆




 スペルニカに到着後、村の人々に屋敷の居場所を聞き出したドロセアたち。


 カタレブシスの軍人とも別れ、ドロセア、テニュス、イナギの三人だけでエレインの屋敷の前までやってくる。




「いるな。人数は――五人か?」




 正門の前には、番人のように大人の男女五人が並んでいた。




「けど、アンターテもカルマーロもいないね。魔力量からして簒奪者なのは間違いないけど」


「右手からアンターテの匂いがいたします」


「左の方からじめじめした辛気臭い気配がすんだよなぁ」




 左右に道らしい道は無いが、おそらくその先でイナギとテニュスを待ち受けているということだろう。




「ここは私一人で大丈夫。二人は二人の決着を付けに行って」


「そうさせていただきます」




 イナギはいてもたってもいられない、という様子でアンターテの元へ向かう。


 一方でテニュスは、




「がんばれよ、ドロセア」


「テニュスこそ。ラパーパのためにも怪我しないようにね」




 ドロセアと軽く拳を合わせ、互いを激励してからカルマーロの元へ向かった。


 二人の姿が十分に離れたのを見て、ドロセアは五人の簒奪者の前に姿を表す。




「来たか、ドロセア」




 センターを飾るガアムが、まるで宿敵を前にしたかのように睨みつけてきた。




「誰?」




 ドロセアは思わず首を傾げ、そう聞いてしまう。


 純粋な疑問だった。




「俺の名はガアム・リーフストゥ。しかし名前に意味などない、これから俺たちは人間の形を捨て、この世界を守るための純粋な“力”になるんだからな!」




 その言葉に続いて、他の簒奪者たちも声をあげる。




「我々の誇りを賭けて」


「私たちの使命を果たすために!」


「この世界の主導権は僕たちのためにある」


「奪わせてなるものか、俺らの存在意義をッ!」




 そして高揚する感情に呼応するように、顔や手足に血管が浮かび、筋肉が肌を突き破る。


 骨や肉体は変形、変色し、巨大化し、もはや人間の原型の無い姿へと変わり果てていく。




「力の解放。シセリーのときと同じか」




 ドロセアは冷静に分析する。


 ただしシセリーのときとは違い、植物の姿をした化物はいない。


 ガアムは二足歩行の狼に。


 他には紫色のスライムや、六本足の虫めいた魔物に、常に粘液を吐き出すぶくぶくに太った肉の化物、ふわりと空中に浮かぶ火の玉のような異形もいる。




「セカイヲ……マモル、チカラヲ……グオォォオオオオオオッ!」




 すっかり理性を失った様子で、一斉に襲いかかる簒奪者たち。




「そんなものどうでもいいからさ――エレインはどこ? 返してよ、リージェを」




 守護者を呼び出したドロセアは、振り下ろされたガアムの爪を受け止め、掴んだ。




「使命だか誇りだか知らないけど」




 空いた方の腕で顔面を殴り、吹き飛ばす。


 続けて虫の胴体に刃を突き立てると、緑の血を浴びながら繰り返し突き刺した。




「それっぽい理由付けて、女の子誘拐するのを、正当化するなッ、クズの集まりがッ!」




 殴り、突き刺し、斬り裂き、千切り、叩き潰し、えぐって、開く。


 確かに簒奪者たちは力を増した。


 通常の力の解放よりも格段にパワーアップしている。


 だが――数百、数千という魔物や簒奪者を相手にしてきた今、その程度でドロセアに敵うはずもない。




「くたばれ、噛ませ犬!」




 力を込めた剣を両手で振り下ろし、地面を叩く。


 山は割れ、木々は弾け、その衝撃で――スライムは跡形もなく吹き飛んだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 従者とは思えないイキリ野郎だったガデムを漸くボコれる。 最初は真面目で冷静なのかと思ったら、口を開く度に株を落とすからなあ。 [気になる点] ガデム含めて5人なら、一人足りない?
[良い点] いかにも雑魚って感じで現れては散った…
[良い点] 本当に戦いにすらならなさそう。ドロセアちゃん強すぎる。がんばれ [気になる点] そういえば侵略者の生態ってどことなく界魚に似ているような気がしますね。 同一のものではないにせよ、何か関連は…
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