062 惨劇の痕
「ははは、今回もドロセアの勝ちだったねえ。カタレブシス軍も全滅、王都も救えて万々歳だ」
カタレブシス共和国北東部に位置する村、スペルニカ。
その外れにある屋敷に、魔女の笑い声が響いた。
後ろに立つガアムはそんなマヴェリカを睨みつけたが、一方でエレインは満足げだ。
「そうみたいね、王国軍と協力して防衛すると思っていたのに、まさか自分から攻め込んで全滅させるなんて。期待以上だわ」
「代わりに心を随分すり減らしてるようだけど」
「そんなの人のことを言える立場じゃないでしょう? テニュスと殺し合わせておいて」
意趣返しをされ、マヴェリカは露骨に落ち込む。
だがすぐに言い返した。
「カルマーロとかいうやつが余計なことするからだろ、責任を押し付けるな」
「あら、そうだったっけ」
エレインは興味なさげに、視線を背後の本棚に向けた。
すると一冊の本が彼女の手元にまで飛んでくる――と言っても手は無いのだが。
空中に浮かび、ページが開く。
「日記かい? なんでこんなときに読むんだか」
「確認よ」
彼女が読んでいたのは、ゾラニーグと呼ばれる男について書かれたページだった。
「その文字、消えかけてないかい?」
「かなり厳重に防護したつもりなんだけどね、精霊たちに頼んでも限界はあるみたい」
「……侵略者の攻撃?」
「おそらくは」
すでにエレインやマヴェリカの記憶からもゾラニーグの存在は消えている。
この世界に残る唯一の痕跡は、その日記だけだった。
「教会の重要人物が侵略者に食われたようね。立場からして、直前まで王都にいたはずよ」
「あいつら、存在ごと消すなんてこともできるってのかい」
「前々から予測はしていたのよ、観測はできなかったけど。でも今まで消されたのは、情勢に大きな影響を与えない人物ばかりだった。消したことによる影響が大きいからでしょう」
「それがここに来て大物を消してきた。焦り……いや、余裕か。気づかれても問題はない、と」
「でしょうね」
侵略者に関しては、エレインとマヴェリカ、両者の共通の敵である。
あれはこの世界から排除するべき存在。
その認識は共通している。
「私の方も、王都での戦いを見ててわかったことがあるんだけどさ」
「あら、聞かせてもらえる?」
「侵略者による攻撃が百年も早まった理由だよ。エレインは精霊から聞いたんだろう、このままじゃ五百年後に世界は喰われるって」
「その通りよ」
「その対策として、エレインは自らを粒子化し、“魔力”となり全人類に精霊と対話する術を与えた。そして生まれた魔術は、人間社会を急速に発展させた」
「戦う力のみならず、あらゆる産業が発展していったわね……私は肉体こそ失っていたけれど、漂いながらその様子を見てきた」
「私が思うに、その中で最も影響が大きかったのは“回復魔術”だ。これまで治療できなかった様々な病、あらゆる怪我が、魔術だけで治せるようになったんだからな」
魔術が誕生する前は、人の命が失われるのは日常茶飯事だった記憶がある。
死への感覚が明らかに現代と違うのだ。
長い時間を生きてきたからこそ、その感覚の変化をマヴェリカは肌で感じてきた。
おそらく、第三者として見てきたエレインよりもはっきりと。
「同時に、産まれた子供の生存率も飛躍的に向上した」
「そうね、人口の増加速度に関しては私の想像を越えていたわ。今のペースで増えれば百年後には負けてしまうかもしれない。だから前倒しにしたんでしょう」
「それだけじゃない。いつから侵略者がその中に紛れ込んだのか知らないけど、加速度的に人口が増えていくんだ、自然と侵略者の数だって増えていく」
「人口の増加と侵略者の意図が、偶然にも合致してしまったのね。残念なことに」
「私としては、それぐらい予測しておけって言いたいけどな」
「私に言ってるの?」
「いや、お前をそそのかしたクソ精霊どもに」
吐き捨てるようにマヴェリカは言った。
エレインは肩をすくめるような動作を見せる。
「魔術を使い倒しておきながらその言い草。悪い魔女ね、あなた」
「望んでなったわけじゃないさ」
「……ところでリージェの調子はどうかしら、相変わらず寂しくて泣いてるの?」
「夜になるとね。私と何日か会えなかったときのエレインみたいだったよ」
「懐かしいわ」
「ドロセアは必ずあの子を連れ戻しにくる。そうなれば、直接対決は免れない」
「最初からそうするつもりよ。カタレブシスのみんなが生贄になってくれて、彼女はずいぶんと強くなったもの。そろそろ頃合いだわ」
言うまでもなく、カタレブシスの軍部はエレインに支配されていた。
ヴェルゼン将軍は簒奪者で彼女の信奉者であり、兵士たちに大量のリージェの血を投与していたわけだ。
その結果として、大量の魔物、大勢のS級魔術師、数百名の簒奪者という圧倒的な戦力を手にしていた。
だがそれら全てが、ドロセア一人に敗北した。
簒奪者側から見ると大損失なわけだが、しかしエレインはこの結果にかなり満足していた。
おかげでドロセアの守護者はさらに強化され、完成に近づいたのだから。
そんな話をしながら、エレインは視線をマヴェリカに向ける。
彼女もドロセアが強くなってくれたことに関しては満足しているようだが――しかし、そこに違和感を覚える。
「不思議ね」
「何がだい」
「ドロセアの勝利はつまり、私の死を意味するわ。あなた、私を止めに来たんじゃなかったの?」
「止められるなら四百年前にそうしてるよ」
「今際の際を見届けにきただけだとでも?」
「かもしれないねえ」
「あなたがそんな殊勝な女じゃないことは私もよく知ってるわ」
「だったらせいぜい警戒するといい。私は、ドロセアの勝利を信じてるよ」
そう言って微笑むマヴェリカ。
無論、エレインはその発言を信用しない。
おそらく魔女は何かを企んでいる――だがそれが何なのかは、まだわからない。
「私はそろそろリージェのところに戻るかな。ドロセアの代わりにはならないけれど、孤独より二人の方が精神は安定するようだからね」
軽くエレインを責めるようにそう言うと、マヴェリカは席を立って部屋を出た。
彼女の姿が見えなくなると、ガアムが口を開く。
「エレイン様、やっぱあいつ潰したほうがいいんじゃねえか」
彼も当然、マヴェリカのことは警戒していた。
エレインの前に姿を現した以上、何らかの目的はあるはずだ。
だが現状、彼女がやっていることと言えば、守護者の研究と、その情報を王都へ流すことぐらい。
エレインとしても守護者に強くなってもらっても別に構わないので、それは見逃しているが――それだけが目的なら、ここを訪れる必要などないのだ。
しかし、目的はわからないが、別にわかる必要もないとエレインは感じていた。
「必要ないわ」
「けどっ!」
「私も彼女のこと利用してるから。お互い様ね」
ガアムから見たエレインは、マヴェリカがここに来てから明らかに明るくなっていた。
だがその理由は、かつての恋人がここにいるから――ではない。
少なくとも本人はそう語っている。
「なら、いいけどよ……」
ガアムとしては、その言葉を信じるしかなかった。
◆◆◆
ドロセアが王都に到着してから半日ほどが経った。
彼女はその間、ずっと裂け目を封じ続けていた。
かなり小さくはなったが、しかし完全に閉じるまではまだまだ時間がかかりそうだ。
そして彼女の魔力も限界を迎える。
魔力を回復させたラパーパと交代し、休息を取るために王都の外を目指すドロセア。
破壊され尽くした王都を見ていると、さほど思い入れがあるわけではないとはいえ、胸が痛くなる。
まさか自分が離れていた数日の間に、ここまで破滅的な出来事が起きるとは。
もっとも、大型侵略者の襲撃を受けたこと以外、まだ彼女はその詳細を知らないのだが。
「ひでえ有様だよな」
隣を歩くテニュスが口を開く。
彼女は交代要員のラパーパと共にドロセアの元へやってきて、今は二人で並んで歩いている。
ラパーパと一緒にいなくていいのかと尋ねると、『国王が連れてこいって言ってんだよ』と返ってきた。
できることなら一緒にいたかったのだろう。
そういう関係になったらしいことは、ドロセアは二人の雰囲気から察している。
「大型侵略者の存在は聞いてたけど、ここまで急に攻め込んでくるとは思わなかった」
「思ってたより大量の侵略者が王都に紛れてたんだ」
「人間に擬態してたんだっけ」
「ああ……タチの悪いことに、本人にも自覚がなかった。ただそこにいるだけで、侵略者の手助けをしちまう体だったってだけでな」
「……」
ドロセアは無言で道の傍らに目を向ける。
そこには、体が左右に開き、その中から紫と黄の肉が絡み合う、異形が出てきている死体が転がっていた。
見ているだけで吐き気がする。
ただでさえ、そこら中に死臭が漂っているというのに。
現在、生き残った兵士たちは死体の処理に追われていた。
発見した死体は一箇所に集められ、一気に焼かれることになっている。
この状況で疫病でも蔓延しようものなら、本当に王国が滅びかねないからだ。
「私が知ってる人もあんな風になったのかな」
「……まあ、な」
「テニュスも知ってる人?」
「……」
気まずそうに目をそらすテニュス。
ドロセアは猛烈に嫌な予感がした。
「言って」
「すまん、話すつもりだ。どうせ話さなくてもすぐ知ることになるだろうしな。ただ、あたしも話してると気分が悪くなるんだ。最悪の中で最善は尽くしたと言っても……」
「もしかして……」
テニュスの反応を見て、一人の名前が頭に浮かんだ。
ドロセアが足を止めると、テニュスは目を細めて唇を噛む。
両手も強く握り、悔しさが全身ににじみ出ていた。
彼女の身振りから、最悪の予測は肯定されてしまった、という現実を悟るドロセア。
腹の奥底から、悲しみだか吐き気だかわからない、気持ち悪いものが込み上げてきた。
喉を鳴らし、一旦それを飲み込んで、恐る恐る尋ねる。
「ジンさん、なの?」
テニュスは無言で頷いた。
ドロセアは目眩を感じた。
視界が滲んで、しかしその中に映り込む中型侵略者の亡骸は、まるで自ら脳内に入り込んでくるかのようにはっきりと見える。
ああなったのだ。
ドロセアも、よく知るジンが。
あんな、人類を冒涜したかのような異形に。
うかつに想像してしまい――ドロセアは思わず口元を手で押さえた。
ああ、いっそ吐き出せてしまった方が楽だったかもしれない。
ドロセアですらこうなるのだ、テニュスが取り乱していないのが不思議なぐらいだ。
「……スィーゼさんの姿が見えないのって、ああ、そういう、ことだったんだ」
「あいつはジンの死体を抱えたまま外でじっとしてる」
「……」
「墓作って弔おうっつっても離そうとしねえ。戦ってる最中の方がまだ落ち着いてたぐらいだ」
「そっか……戦ったんだ、その状態のジンさんと」
「ああ、だからあたしは、ある程度はケリを付けられた。それは、せめてもの救いだと思う」
そう言いながらも、瞳に涙を溜め込むテニュス。
「もっと早く戻ってくるべきだった」
「そっちだって大変だったんだろ。相手にした数で言えばあたしらよりずっと多い」
「侵略者を相手にするときほど、“気持ち悪い”戦いじゃなかったから。戦ってる間も別に胸は痛まなかったし」
「王国守ったって意味ではここでの戦いとも変わんねえよ。つか、辛さで張り合ったって誰も得しねえよ」
「……だね」
ドロセアは力なく苦笑すると、再び歩きだした。
「そういやエレインの居場所、わかったんだろ?」
「うん、ここが落ち着いたら決着を付けにいくつもり」
「あたしも行くからな。カルマーロの野郎をぶん殴ってやらねえと気がすまねえ」
「私も大勢を一人で相手にするのは大変だから、一緒に来てくれると心強いな。でもラパーパはどうするの?」
「あいつは……まあ、一緒に来たがるだろうな」
「テニュスとしては?」
「……一緒に来てくれると、嬉しい」
「そっか」
「んだよ、ニヤニヤしやがって。からかうなよ」
「安心したの。二人がうまくいったみたいで」
顔色はあまり良くないが、穏やかに微笑むドロセアを前に、テニュスは気まずそうに頭を掻く。
「あのときはすまなかったな」
「別にテニュスを責めたわけじゃないよ、あのときはカルマーロの魔術のせいでおかしくなってたわけだし」
「そうじゃないんだ。ドロセアにはリージェがいるから、好きになっても無駄だってあたしはわかってたんだ。でも、諦めなかった」
「そこ責められる人はいないと思う」
「結果としてこじれちまっただろ。相手がいるってわかった上で友達に告白されたら、そりゃ誰だって気まずくなる」
「んー……まあ気まずかったのは事実だけど」
「ちなみに、前から気づいてたか? あたしの気持ち」
「割と早いうちから」
「……マジですまん」
「謝らないでよ。誰かを好きになる気持ちって止められるものじゃない」
「でもあたし、我ながら惚れやすいんじゃないかと思うんだ。初恋がジンだったのも事実だし、次に仲良くなれたドロセアのことすぐ好きになって、んでラパーパも……」
「すぐ誰かを好きになれるのって良いことなんじゃない」
「う、浮気はしねえからな!」
「誰も心配してないよ」
強いて言うのなら、テニュス本人が心配しているのかもしれない。
だがドロセアはラパーパがそれだけ魅力的な人間だと知っているし、そもそもジンだって相当に魅力的だった。
惚れっぽいというより、テニュスがそういう人間を引き寄せるというだけの話なのだ。
そんな話をしているうちに二人は崩れかけの城門を抜け、外に出る。
王都の外に設営されたテント――そこが現在の王国の“中枢”だった。
中に入ると、国王となったカインがドロセアに頭を下げた。
「国王として感謝を述べます。あなたがいなければ、今ごろこの国はどうなっていたことか」
しかしドロセアはあまりいい顔をしない。
そもそも、カインはテニュスにまつわる騒動の原因の一部なのだから。
「……わかっています、僕が招いた結果でもありますから。カタレブシスが攻め込んできたのは、エレインさ――」
エレイン様、と口走りそうになったところで、ギロリとドロセアに睨まれる。
「おほん、エレインによるものなんですよね」
「カタレブシス軍の将軍が簒奪者だった。その周囲にも、おそらくリージェの血で作られたであろう簒奪者が何百人もいたよ」
「聖女の血……それも間違いなく、僕が招いたこと」
「それはそうだね」
否定しないドロセア。
とても年下の少女とは思えない圧迫感を発する彼女を前に、カインの表情はこわばっていた。
「でも、ここで責めたって何も意味ないことはわかってるし、私はリージェさえ助けられれば他はどうでもいいから」
「ですが……簒奪者を数百人作れるほどの血が他国に流れているとは。僕もそこまでの量だったとは認識していませんでしたよ」
「最初に攻め込んできた大量の魔物も薬で人間が魔物化したものだったし、そのあと出てきた魔術師軍団もリージェの血で強化されてた」
「培養、しているんですかね」
「じゃないかな。リージェだって人間だもん、そんな大量の血が用意できるはずないし」
「な、なあドロセア。それ……全部倒してきたのか?」
話を聞いていたテニュスの頬がひきつる。
魔物が千体以上いたことは知っている。
だがそのあとに控えていた戦力は、さらに多かったわけだ。
いくら守護者を扱えるとはいえ、とてもではないが一人で倒せる数ではない。
「最初はさすがに厳しいと思って、来た分だけ倒してたんだけどさ。ほら、王都で色々あってシルドさんが戻ったでしょ? そのあたりで嫌な予感がしたから急ごうと思って」
「思ったからって実現するのがすげえよ……」
守護者の力を身につけた今だから、余計にそう感じる。
その圧倒的な戦闘力もさることながら、魔力量に対しての継戦能力の高さも脅威だ。
元々、ドロセアはシールドの扱いに長けていた。
ゆえに守護者を用いる際の、魔力の使用効率も段違いに良いのだろう。
すると、そんな彼女はキョロキョロと周囲を見回す。
国王の護衛のために立っているのは王牙騎士団の人間だ。
いつもなら王導騎士団だというのに。
「ところでシルドさんは? というか、王導騎士団の人たちの姿が見えないけど」
シルドにはフルクス砦で世話になった。
ドロセアが王都に戻ることを決めたのも、彼がそうしたことが理由だ。
せっかく同じ場所にいるのだし、挨拶ぐらいはしておきたいところだが――
するとシルドの名を聞いて、カインは暗い表情で語った。
「目撃情報によると……大型侵略者が放った攻撃により、騎士団もろとも消滅したそうです」
ジンに続いて、聞きたくなかった言葉を聞き、ドロセアは目を見開いた。
「シルドさんも……死んだの?」
「残念ながら」
大きくため息をつき、しゃがみ込むドロセア。
最悪、もう嫌だ、とありきたりな罵倒が口から出そうになったが、もはやそれを言葉にする気力すら無かった。
ただただ、見知った人の死という事実を前に気持ちが落ち込んでいく。
「王国は、あまりに大きな傷を負いました。兵も、民も……たくさんの人の命が奪われ……今や唯一の希望は守護者だけです」
「そういうの、いいから」
「ドロセアさん、あなたのもたらした力がなければ王国は崩壊するでしょう。心からの感謝を述べると同時に――」
「私は王国がどうとか興味無いからっ!」
ドロセアは苛立ちを隠しもせずに声を荒らげる。
「とにかく、リージェを助けることだけを考える。それ以外を考える余裕がない」
そしてテントを出て言ってしまった。
残されたテニュスは、落ち込んだ様子のカインに声をかける。
「王国がヤバいのはわかるが、今のドロセアをスカウトしようってのは空気読め無さすぎだぞ国王様」
「……わかっていますよ。しかしこんな状況だというのに……いえ、だからこそ、なんでしょうが」
「悪い報せでも入ったのか」
「あなた方が来る少し前に。南東部、イグノーという貴族が治めている地で反乱の予兆あり、だそうです」
王都崩壊に、カタレブシスとの戦闘――王国の戦力はもうボロボロだ。
弱っている今は、狙い時とも言える。
「あの一件が引き金になったとは思いたくありませんが」
しかしイグノーの名前を聞くと、どうしてもそれとは別のことを思い浮かべてしまう。
クロドの本当の父。
大昔のパーティで起きた一つの過ち。
事実確認のためにイグノーに話を聞いていたはずなので、本人も過去の出来事がバレたと認識しているはずだ。
それで反乱を起こすような愚者だとは思いたくないが。
「どうすんだよ、兵力を割く余裕はあるのか?」
「元々、金に汚いと言われていた男ではあります。付け入る隙はいくらでもある」
「誰か向かってんのか」
「王都から避難した民を受け入れる環境が整っているか視察するべく、教会の幹部が向かっています。護衛に王魔騎士団を付けて」
「アンタムを連れてったのかよ。つうことは生身じゃねえな」
「ええ、レプリアンを数機」
「あれまだ作ってたのかよ」
「王魔騎士団の幹部向けに作っていたようですよ、先の戦闘で実戦投入できたのはアンタムのものだけでしたが」
大型侵略者には敵わなかったとはいえ、ただの人間相手ならレプリアンは強力過ぎる力を持っている。
それが数体――イグノー側からしてみれば、大軍が迫っているのと同じぐらいのプレッシャーだ。
「守護者を持つあなたには引き続き、王都周辺の監視と警護をお願いします」
「カタレブシスとはどう話を付けるつもりなんだ?」
「すでに使者は送っています。あちらが一方的に攻め込んできた上に、一人に敗北したのです。元首自ら王国まで赴いてもらうのはもちろん、一方的に要求を押し付けさせてもらいますよ」
「だったらついでに、ドロセアが勝手に踏み込んでも問題ないように話つけといてくれよ。守護者を使ってエレインたちと戦うことになるだろうからな」
エレインと戦う――そう聞いたカインが少し悲しげな顔をしたのを、テニュスは見逃さなかった。
「まさか、今さらエレインとは戦うなとか言い出すんじゃねえだろうな」
「そのつもりはありません。この国を守るため、必要なことです」
「だったら頼んだぞ」
彼女が念を押すと、カインは目を閉じて呼吸を整えた後、「はい」と小さいが確かに返事をした。
それを聞いてテニュスはテントを出る。
ドロセアは、テントから少し離れた場所でしゃがみ込んでいた。
「大丈夫か、ドロセア」
「少し気分が悪くなっただけ、寝たら治ると思う」
「魔力回復させねえとだもんな。休めるとこに案内するよ、付いてきてくれ」
テニュスが差し伸べた手を掴み、立ち上がるドロセア。
再び二人は並んで歩き、別のテントを目指す。
「そういや聞き損ねたけど、いつごろエレインとこ攻め込むんだ?」
「とりあえず裂け目が閉じるまではここに残るよ、そのあとかな」
「そうか……ごめんな。ってあたしが謝るのも変な話だが」
「リージェを今すぐに迎えに行きたいのは事実だけど、エレインも裂け目の存在は危険視してるだろうから、邪魔はしてこないでしょ」
話題が一つ終わると、会話が途切れる。
沈黙の中で、見えるのは一様に暗い表情をした王国軍の兵士たち。
聞こえてくるのは、暗い内容の雑談や、治療を受ける怪我人の苦悶の声。
釣られて、ドロセアの気持ちも落ち込む。
「ジンさん……シルドさん……」
思い出すのは、死を告げられた二人の名前。
死に際に立ち会えず、死体すら見れていないため、いまいち現実感は無い。
だが死体だらけの王都を見ていると、“ひょっとすると生きているかも”なんて妄想すらできなかった。
すると、そんな彼女の背後から足音が近づいてくる。
ひょこっと横から顔を覗き込んだのは、黒髪の女性――
「おや、ドロセアさんではございませんか」
「イナギ?」
アーレムの町で別れた、イナギであった。
「あんた今までどこ行ってたんだ!」
テニュスもどうやら面識があるようで、大きめの声でそう尋ねた。
どうやら戦いの最中、行方知れずになっていたらしい。
「イナギもここで戦ってたんだ」
「ああ。スィーゼが言うには、簒奪者と協力して侵略者と戦ってたらしいが」
「大型が出てきてからはさすがに留まることはできず、避難していたのでございますよ」
中型侵略者なら戦えるが、大型侵略者相手となると、“力の解放”を行わなければまともに戦えないだろう。
まあ、アンターテは『今こそが力の使いどころ』と言って解き放とうとしたようだが、イナギとカルマーロに止められ踏みとどまった。
その後は助けた住民たちと一緒に王都の外まで逃げ、付近にある使われていない小屋でしばらく身を潜めていたようだ。
「アンターテともいい感じで話せていたのでございますが、カルマーロのせいで逃げられてしまいました」
「そっか、あの二人がここに来てたんだね」
「エレインも侵略者は放置できないということでございましょう……しかし、随分と久しぶりに会ったような気がしてしまいますね」
「ずっと戦いっぱなしだったから」
「ええ、時間の経過以上に擦れたように見えます。おそらく、強くはなられたのでしょうが……」
イナギは心配そうにドロセアの顔を眺めた。
長く生きてきた彼女だ、その顔つきが何を意味するのか――それも知った上で心配しているのだろう。
というか、ドロセアも表情が険しすぎるという自覚はある。
なのでほぐすように頬をむにゅむにゅと揉んで、少し変な顔をしながら言った。
「大丈夫、リージェの前だとすぐほぐれるから」
「あなたの場合はそうでございましょうね」
リージェの前だとわかりやすく浮かれるドロセアの姿を思い出し、イナギはくすりと笑った。
◇◇◇
それから五時間後。
ドロセアは悪い夢を見て何度か途中で目を覚ましながらも、どうにか魔力を回復させた。
そして裂け目へと向かう。
守護者ジュノーの足元までやってくると、「変わるよ」と軽い口調でラパーパに声をかけた。
『ドロセアさん、交代にはまだ早くないデス?』
「あんまり寝れなくてさ、魔力はもう回復したから交代してもらってもいい?」
ラパーパの方が魔力量は多いはずだが、裂け目を塞げる時間は短い。
とはいえ、まだまだ余裕はある。
もちろんどれぐらい維持できるかは、前もってドロセアに伝えていたのだが――
彼女の顔を観察したラパーパは、『リージェを助けに行きたいのに身動きできないから気を紛らわせたい』のだと推察する。
そういうことなら、と裂け目を塞ぐ役割をドロセアに譲るのだった。
ジュノーを解除したラパーパは、今度はドロセアの足元にちょこんと座る。
「じゃあしばらくドロセアさんとお話します」
『テニュスのとこ行かなくていいの?』
「ドロセアさんとのお話も大事なんですよ、友達なんですから」
『ありがと、いい子だよねラパーパって』
「褒めても笑顔ぐらいしかでませんよ」
そう言いながら出てきた笑顔は、ドロセアの心を癒やすには十分すぎるほど魅力的なものだった。
彼女は口元を緩めながら、ラパーパの恋の成就を祝う。
『テニュスと付き合うことになったらしいね、おめでとう』
「テニュス様から聞いたんデス?」
『聞いたというか、雰囲気からそう察したけど』
「えへへ……そ、そうですか……雰囲気、出てましたかね」
『あれ、まだはっきり話したわけじゃないの?』
「話しはしたんですけど……戦いの最中でしたし、終わったらすぐに裂け目を塞いだり、色々ありまして」
『そっか、まあ落ち着けないよね』
ただ寄り添っているだけで幸せ。
今はそんな存在がすぐ傍にいてくれる事実が、あまりに心強く、それ以上を望む気にはならなかった。
最前線で戦っていたとはいえ、パートナーを失わなかっただけ、幸せな方なのだから。
ラパーパは遠くで大量に山積みにされている死体を見つめ、ぼそりと呟く。
「死体の臭いにも慣れてきました」
『私も。ただ焼けた臭いはまだきついかな』
「仕方ないデス、放置したら疫病が蔓延してしまいます。ここが元みたいな賑わいを取り戻すことはもうないかもしれませんが」
『王都の場所も変わるかもね。ここは……お墓とか、かな』
「ワタシって、意外と残酷な人間なんだって思いました」
『テニュスとのこと言ってる?』
「浮かれてる場合じゃないってのはわかってるんデス」
『それを言ったら、私だってリージェのことばっかり考えてるよ。ジンさんやシルドさんが死んでショックだけど、やっぱり一番上にはそれがあるから』
「でもそれは……」
『うん、それが私だから。そしてそれがラパーパなんじゃないの。一途さは長所だと思うよ、私』
「ドロセアさんほどの人から認定をもらえると、自信を持つというか、諦めも付くといいますか」
『ラパーパが悲しんでるより、幸せそうな方が私も嬉しいよ』
「いいんでしょうか……それで」
『仮に良くないと思ったとしても、無理でしょ? そうならないのは』
「まあ、テニュス様が傍にいますし。無理デス、ね」
傍にいるだけで、勝手に幸せになってしまうから。
想いが通じあったのなら、なおさら。
「でもこうなると、怖くなってきます」
『何が?』
「これで自分が実は侵略者だったりしたら、幸せな夢が一気にひっくり返って、最悪の地獄になってしまいます」
『それはどうにもなんないよね』
「だから怖いんです」
『考えないようにするしかないかな。あのジンさんですら、気づかなかったんだから』
「まあ、うちの親も奇跡の村とかには行ってないとは思うんですけどね」
『私の家も、そんな遠くまで旅行できるほど裕福な家じゃなかったかな』
「農家だって言ってましたよね、ワタシと同じデス」
『じゃあ光属性の魔術師だってわかったときは大喜びだったでしょ』
「わかります? おかげで割と仕送りもできてて、前より裕福に暮らせるようになったって喜んでました」
『親孝行だね。私なんて、最近は手紙も送れてないや。心配かけてるんだろうな』
「リージェさんと一緒に、無事に戻れるといいですね」
『それ以外の未来は想像してない』
「強気デス。でもワタシだって、テニュス様と結婚する未来は想像してますよ」
『玉の輿だね』
「それは言い方が何か違う気がします……というか、ワタシが玉の輿ならドロセアさんだってそうデス」
『確かに』
二人は冗談を言い合いながら、お互いに笑いあった。
だがふいに、ラパーパの表情が笑みが消える。
「でもワタシは……結婚するまで生きてられるかっていうのは、自信を持てません」
『怖かった?』
「はい」
『どうしようもないと思う?』
「……はい」
侵略者の脅威を間近で感じたラパーパは、すっかり自信を無くしてしまった様子だった。
「聞きました、あんなの十億いるって。なんですか、十億って。もう想像もできませんよ、そんなふざけた数」
『観測した限りって言うし、まだ侵略者も戦力増やしてるだろうから、本当はもっといるんだろうね』
「押しつぶされるしかないですよ、そんなの。ドロセアさんはどう思ってるんです?」
一方で、ドロセアの答えはただ一つだ。
『勝つよ』
ただただ愚直に。
『リージェとの未来を邪魔するなら、そいつらも全部倒す。それ以外に考えることなんてない』
そしてそれを実現できる道を、最短で突き進んでいく。
「すごいですね……ドロセアさんは」
『違うよ、バカなんだと思う』
自虐的にそう言って、ドロセアは苦笑する。
『カタレブシス軍と戦ってるときもずっとリージェのこと考えてた。私、リージェのことが好きすぎて頭が悪くなっちゃってるんだよ』
「恋する乙女は最強デス!」
『そういうやつ、なのかなぁ……?』
どちらにせよちょっとバカっぽいと思ったが、ドロセアは黙っておいた。
するとそんなトークに、予想外の人物が加わる。
「興味深い話をしているね」
男の声が聞こえ、二人は同時にそちらに視線を向けた。
すらっとした高身長の青年――クロドが護衛の兵士をつけて近づいてくる。
『クロド王子……いや、カイン様が国王になったんでもう王子じゃないんですっけ』
「呼び方なんてどうでもいいよ、ドロセア。些細なことさ」
「ひょえっ、ク、クロド様がなぜここに……!?」
「王国を守ってくれる英雄の姿を、自分の目に刻みつけようと思ってね。安心してくれ、今回はちゃんと護衛を付けている」
『前は付けてなかったような口ぶりですね』
「ああ、それで戦いが終わったあとにカインに叱られてしまってね」
『兄弟仲は良好みたいで何よりです』
「皮肉にも戦いが兄弟の距離を再び近づけてしまったよ。それでも、国王になってしまったカインとの間にはどうしても壁が生まれてしまうけどね」
なぜクロドがここにやってきたのか、意図を測りかねるドロセア。
ひとまず共通の話題を彼に振ることにした。
『クロド様は……ジンさんのこと、昔から知ってるんですよね』
「……まあね。今回の一件は残念だったよ。ああ、あまりに残念だ」
『実は侵略者だったって聞きましたけど、昔からそんな素振りなんて無かったんですよね……当たり前ですけど』
「見分けがつかないからこそ恐ろしいんだよ。僕もたまに不安になる、自分が侵略者だったらどうしよう、と」
『血統が保証されている王族でもそう感じるんですね』
「それが本物である保証はないからね。けれどもっと不安なのは、どんどん人がいなくなっていくことだ」
『確かに、王族に近い人も随分と命を落としました。ジンさんも、シルドさんもいなくなって、そしてゾラニーグまで……』
ドロセアがそう言うと、ラパーパが首を傾げた。
「……ドロセアさん、ゾラニーグって誰デス?」
『え? ああ……誰だっけ』
あまり意識せずに口走ってしまったが、頭の中を探ってもそれに該当する人物は見つからない。
『ごめん、よくわかんない』
「ドロセアさんが言ったんですよ!?」
「彼女も疲れているんだろう。カタレブシスとの戦いを終え、そのまま王都まで戻ってきたんだ。常人にできることじゃない」
クロドはそう言うが――
(確かに知ってる気がするんだけどな……)
ドロセアは違和感を拭えなかった。
「挨拶も済んだことだし、僕はそろそろカインたちのところへ戻るよ」
どうやら、クロドは本当に顔を見せるために来たらしい。
ジンを経由してとはいえ、一度は同盟を組んだ相手だ。
筋を通した、ということだろうか。
「ラパーパさん、あなたも一緒に来るかい?」
「いえ、ワタシはドロセアさんともう少し話そうと思います」
「そうか、では友人との歓談で心の休息を楽しむと良い」
そう言ってクロドはその場を離れる。
そしてドロセアたちから距離を取ったところで、呟いた。
「……特殊なシールドの影響か、存在質の残量が彼女だけ多い。やはり警戒度を引き上げる必要があるか」
その誰にも理解できない言葉に、護衛の兵士は反応しない。
クロドの独り言と判断し聞き流しているわけではなく――そもそも聞こえていないように、あるいは意思など無いように、ただ一定の速度で歩き、前を見つめるだけだった。
面白いと思っていただけたら、↓の☆マークから評価を入れていただけると嬉しいです。
ブックマーク登録も励みになります!




