061 救いの雨
スィーゼは守護者スティクスを解除し地上に降り立つと、侵略者の亡骸に駆け寄った。
そして肉片と傷口をかき分けて、その中からジンの遺体を探す。
同じく守護者から降りたテニュスは、そんな彼女を遠くから静かに見守り、唇を噛んだ。
するとアンタムの乗ったレプリアンが近づいてくる。
鎧から降りた彼女は、テニュスに声をかけた。
「行かないんだね」
「最初に亡骸を抱く権利はあいつにある、あたしにはラパーパがいるしな」
「そっか」
「……あいつには、少し時間をくれって言っといてくれ」
「りょーかい」
それ以上、言葉はなかった。
それでもテニュスはしばらく見守るつもりのようで、アンタムは静かに彼女の横を離れると再びレプリアンに乗り込む。
そして今度はラパーパが乗る守護者ジュノーに近づいた。
彼女は多重防護魔装カリストを用いて、今も裂け目を塞いでいる。
いくら世界の自然治癒力により徐々に狭まっているとはいえ、まだまだ大型侵略者が出てこれるぐらいのサイズはあった。
『あーしが変わってあげられればいいんだけど』
『思うように戦えなかった分、これはワタシの役目デス』
『テニュスちゃんのこと連れてこなくてよかった?』
『今は……そういうときじゃないってわかります』
ラパーパも聖職者という職業上、人の死に際に立ち会うことは多かった。
想いは通じ合った――それはそれとして、テニュスがジンの死を嘆く気持ちを否定することなどできるはずがない。
『まあそっちはあーしが口出しすることじゃないか。それより、さ――』
『……』
『やっぱ気づいてるっしょ、自分でも』
『そうデス、ね。正直、いつまで魔力がもつかわかんないデス』
『今のペースで裂け目が閉じていった場合――間に合いそ?』
ラパーパは少しの沈黙の後、ゆっくりと首を横に振った。
おそらく、途中で魔力が切れる。
そうなれば再び大型侵略者が現れ、“向こう側”から強引に裂け目を開くだろう。
『わかった、とりあえずカインに報告してくるわ。テニュスちゃんはラパーパちゃんのこと気にかけてたから、そのうち来ると思うよ』
『話してもいいデス?』
『そこはラパーパちゃんが判断するとこじゃない? まあ、聞いてラパーパちゃんを責める人間なんていないと思うケド』
そう言って、レプリアンは手を振ってジュノーから離れていった。
◇◇◇
王城前――レプリアンからアンタムが降りてくると、カインは彼女に駆け寄った。
「アンタム、状況はどうなっている!」
「ひとまず出てきた大型侵略者は全滅、あの腕の化物もほぼ出てこないから、侵略者の攻勢はひとまず収まったってことでいーんじゃない?」
「そうか……よくやってくれたね」
「褒めるなら守護者に乗った子たちにしてよ、あーしはちょっと手伝っただけだし」
そう言ってアンタムは三体の守護者に目を向ける。
カインの味方とは言い難い面子なのだが、しかし神妙な顔をしながらも頷いた。
その功績は間違いなく讃えられるべきものなのだから。
するとカインと一緒にいたゾラニーグが口を開く。
「ラパーパさんの守護者は何をしているんです?」
「特殊なシールドみたいなので裂け目を塞いでんの。ああやって閉じてる間は、少しずつ裂け目も閉じてくみたいだよ」
「“内側”、あるいは“外側”からの干渉さえ防げば奴らの侵入は防げるわけですか。何かのヒントになりそうですね」
「守護者以外で再現する方法を考える暇があればね。でさ、それ絡みでカインに言っときたいことあるんだけど――」
アンタムの表情から笑顔が消える。
身構えたカインに、彼女は包み隠さず事実を伝えた。
「じきにラパーパちゃんの魔力が限界を迎えて、また大型侵略者が溢れ出してくる。そうなる前に、カインたちもすぐに王都を出な」
「戦いは終わったのでは……」
「ひとまず収まっただけ。あいつらの知能なら、魔力が消耗品だってことはわかってるだろうし、向こうで準備でも整えてるんじゃなーい?」
「……民のみならず、王も都を放棄することになるとは」
「実質的には敗戦だな」
「そうとも言えないと思うよ、教皇サマ。王都がいきなり敵国と隣接したようなもんだし、前向きに考えよーよ」
敵国の本拠地に直接軍隊を送り込める力があれば、どんな大国相手にだって勝てる。
相手は圧倒的な戦力を持ちながら、それを使ってきたのだ。
一時的とは言え対処できただけでも十分である。
「ところでクロドはどこにいんの?」
アンタムは周囲を見回しながら言った。
この場にいるのはカイン、ゾラニーグ、フォーン、あとは数名の大臣に護衛の兵士のみ。
クロドの姿はない。
「おそらく王城内だと思う。急いでたから、兄様の場所を確認する暇がなくて」
そう言うと、ゾラニーグが率先して前に出た。
「でしたら私が呼んできますよ、カイン様やフォーン様は先に脱出を」
「その役目は僕がっ!」
「まだ侵略者が街中や王城に潜んでるかもしれないんです。カイン様は国王なんですから、大人しくレプリアンに守られててください」
仮に兵士が護衛で付いていたとしても、中型侵略者の相手にはならないだろう。
守護者も裂け目の付近から離れられない以上、護衛はアンタムのレプリアンが最適である。
それに、王城内は王都ほどの混乱が見られなかった――中型侵略者に裂け目を開くという役目がある以上、街中で生活していた方がいいのだろうし、少し離れた場所にある城内にはあまり数がいないのかもしれない。
国王を丸め込んだゾラニーグは、一人王城内へ向かう。
カインはクロドが心配なのか、自分が行きたそうな顔をしているが、しかし国王としての責任感も持ち合わせている。
欲をぐっと飲み込み、王都の外を目指すことにした。
「んじゃ行こっか。ゾラニーグの言う通り、あの腕のやつどこから出てくるかわかんないから、油断しないよーにね?」
アンタムは再びレプリアンに乗り込み、彼らを先導する。
◇◇◇
王城に入ったゾラニーグは、上層階の一室でクロドを発見した。
窓際に立った彼は、じっと破壊され尽くした王都を見つめている。
「ここにいたんですか、クロド様」
「ゾラニーグか」
振り返ったクロドは、どことなく悲しげな顔をしていた。
ゾラニーグはその心情を察してか、少し明るめに声をかける。
「護衛も付けずに無用心ですよ。王都はまずい状況みたいです、早く逃げましょう」
「ジンは侵略者だったそうだね」
「みたいですね」
「暴いたのは君かい?」
「ええ、結果としては」
自ら暗い話題に首を突っ込むクロド。
辛気臭い空気にうんざりしつつも、ゾラニーグは正直に語る。
「私も少なからずショックですよ、知り合ったのはここ最近ですが、子供の頃から疾風のジンは憧れの存在でしたからね」
「憧れ……」
「騎士に憧れない少年はいませんよ、クロド様だってそうだったんじゃないです?」
「そうだね……国のために身を捧げられる、彼のような真っ直ぐな生き方を僕もしてみたかった」
「難しいですよ、王族のような政治の世界に生きる人間には」
「生まれる場所を間違えたかな」
「それを選べる人間なんていません。私だってできることなら騎士を目指したかった。光属性の魔術師だったばっかりに、教会で成り上がるしかなくなったんです」
「ではそうでなければ、騎士になれていたと思うかい?」
「それは難しいでしょうねえ。才能はもちろん、精神性の面で」
「だとすると……なぜドロセアはあそこまで真っ直ぐに生きているのだろう」
急にドロセアの名が出てきて、首を傾げるゾラニーグ。
「クロド様、ドロセアに興味がおありなんです? 確かに一時的に手は組みましたが、田舎娘に興味なんて無いかと思いました」
「そういう意味ではないよ、気になるのは彼女がなぜリージェにあそこまで執着できるのか、だ」
「ああ、確かに異常ですね……人からの伝聞でもそれを感じます」
「あそこにいる守護者、乗っているのはラパーパと言ったか……彼女もそうだ。テニュスへの執着だけであそこまでたどり着いた」
「今度はラパーパですか、クロド様は感傷に浸ってらっしゃるようだ。ああ、そうか、生まれ故郷である王都が壊れゆく光景を前に心を痛めているんですね」
クロドは「どうだろうね」と目を細める。
「心を痛めたかった、というのが正しい言い方だろう。例えばドロセアなら、百億の民とリージェを天秤にかけたとき、迷わずリージェを選ぶだろう?」
「……? まあ、そういう人間でしょうね」
「私はそれになりたかった。一人への愛で百億を犠牲にできる存在に」
意味不明な言葉を呟くクロドに、ゾラニーグは一歩後ずさる。
なおもクロドは語った。
「しかし、そうはならなかったんだ。そしてタイムリミットはやってきた。やはり、今回も」
ゾラニーグの手がドアに触れる。
だがいくら探ろうとも、そこに凹凸はない。
振り返ると――扉が消え、壁になっていた。
こめかみに冷や汗が浮かぶ。
クロドはじっとゾラニーグを見つめ、不敵に笑った。
「最初から警戒していたね。疑っていたわけだ、二重の構造を」
「やはりあなたもッ!」
ゾラニーグはとっさに前に手をかざし、光の球体を放つ。
だがクロドの姿は消え、次の瞬間、彼の目の前に現れていた。
その手がゾラニーグに触れると、まるで根を張るように体内に入り込んでいく。
「た、ただしかった、んだ……彼の、人としての、直感、は――」
「私も驚いたよ。さすが疾風のジンだ、父様の信頼を得ただけはある」
なおも根は深く伸び、ゾラニーグは全身に血管を浮かび上がらせたような状態になっている。
「大きな存在は世界に大きな歪みを生じさせる、本当は食べたくないのだけれど。すでに捕食は最終段階まで到達している、気づかれようが、気づかれまいが、些細な揺らぎでしかない」
「侵略、者……!」
「指揮端末だよ。もっとも統一された意思を持つ以上、区別に意味はないけれど」
そして消化は完了する。
ゾラニーグは内側からどろどろに溶かされると、触手に吸収されていく――肉体のみならず、その存在そのものを。
やがて彼の姿は服もろとも消滅した。
クロドは、その残滓がわずかに残る自ら手のひらを寂しげに見つめると、再び現れた扉から外に出た。
◇◇◇
王都の外に脱出したカインは、兄クロドの到着を待っていた。
城門から一人で彼が姿を表すと、カインは嬉しそうに駆け寄る。
「兄様、ご無事で何よりです!」
「ああ、カインこそ」
「一人なんですね、護衛は?」
「城内は混乱していたから一人で来てしまったよ」
「危険です! といっても、誰も向かわせなかった僕も悪いんですが……」
「心配しなくとも、私はそれなりに強いよ」
そう言って腕を叩くクロドの姿に、カインの心は和む。
一方で、彼の隣に立つフォーンがじっとクロドを見つめていた。
「どうかしましたか、フォーン様」
視線に気づいて声をかけると、フォーンはゆっくりと首を振る。
「いや――些細なことだ、気にするまでもない」
気にしていたとしても、フォーン自身、その違和感が何なのか理解できていなかったが。
それはレプリアンに乗るアンタムも同様であった。
(クロドが無事に戻ってきて安心したはずなのに……何だろ、この胸騒ぎ)
誰もその答えにたどり着けぬまま、国王一行は近隣の街を目指して歩きはじめた。
◇◇◇
『……ごめんなさい』
人気のなくなった王都で、ラパーパは一人うなだれる。
カリストはまだ継続しており、裂け目は封鎖されていたが、しかしジュノーの姿はわずかに薄れている。
魔力の限界が近いのだ。
そんなジュノーに寄り添うオグダード。
『謝るこたぁねえよ、ラパーパのおかげでここまでやれたんだ』
テニュスは社交辞令などではなく、心からそう思っていた。
この場にいる全員が十分やった。
これは、そういう戦いだった、と。
『負ける気になられては困るな』
一方でスティクスに乗るスィーゼは、悲しみを通り越してハイになっていた。
彼女は侵略者の体内から引きずり出したジンの亡骸を抱き、そのまま守護者に乗っている。
体が中心から左右に裂けたグロテスクな死体を抱き、その血肉を絡ませ、死臭の満ちる操縦席内で笑みを浮かべる。
『スィーゼはまだ切り抜けられるつもりでいるよ、永遠にでも戦えるさ』
『戦うん……デス、ね』
『あたしらが逃げたら、次に狙われるのは逃げてる王都の住民たちだ。ま、あたしとしても逃げてラパーパと少しでも長い間過ごしたいとは思ってるが、見捨てた後じゃ素直に喜べねえだろ』
『それはワタシも同じ気分デス』
そもそも、ジンを失った悲しみをそう簡単に乗り越えられるはずがない。
本来、人の死で受けた心の傷というのは時間をかけて、少しずつ癒やしていくものだ。
だが今はそんな時間もない。
だったら、変に落ち込まれるよりも、壊れた情緒でやる気を出してくれた方がまだマシだ――そう考え、テニュスもラパーパも、今のスィーゼをどうこうするつもりはなかった。
『まったく、隙あらば惚気けるんだな、君たちは。このスィーゼに見せつけるとはなんと罪深い』
『そ、そんなつもりねえよ!』
『ははは、気にすることはないさ。かつて剣聖と呼ばれ、騎士団長の座すらも奪う勢いだった君が、今では色ボケ乙女なんだからねぇ! 思う存分に腑抜けるがいいさ!』
『お前、急に昔の調子を取り戻しやがって……』
『高揚しているんだよ。スィーゼも、愛する人と一緒にいるからね』
もっとも、スィーゼ自身、今の自分がどうかしていることを理解している。
理性を保ったまま、ぶっ飛んでいるのだ。
『生きている間は抱きしめることすらできなかった。今は中身に触れることすらできるんだ、幸せの極みだよ』
自分自身、それが悲しみなのか怒りなのか、はたまた喜びなのかもわからない。
『そーかよ、お前が満足なら何よりだ』
『でも本音では引いてるだろう?』
『まあな』
『そしてラパーパはもっと引いてるだろう?』
『そうデス……』
『それでいい。引かれるぐらいの愛情を示さないと、あの世まで届かないだろうからね! あはははははっ!』
楽しそうで何より――テニュスとラパーパは、それ以上は考えないことにする。
『さあ、そろそろ時間じゃないかい』
『だな。十分に逃げるだけの時間は稼げただろ。もういいぜ、ラパーパ』
『でも、もうちょっとぐらいは……!』
『ラパーパが休んで魔力が復活すりゃ、また時間が稼げるかもしれないだろ。無理すんな、こっからはあたしらに任せとけ』
本音を言えば、今すぐにでも止めてしまいたいぐらい、ラパーパは疲弊していた。
おそらく魔術を解除してしまえば、回復するまでは二度と動けない。
テニュスに身を任せるしかないのだ。
きっと彼女は喜んで全てを背負ってくれる――それがわかってるからこそ、ラパーパはまだ耐えたいと思っていた。
けれど、好きな人の前でかっこつけたいと思う気持ちすらも、もう限界だ。
ラパーパはカリストだけでなく、守護者ジュノーも解除する。
解放された裂け目から、さっそく大型侵略者が顔を出した。
テニュスは慌てて生身のラパーパを両手で抱えると、オグダードの胸元まで持ってくる。
すると彼女の体は守護者に沈み、内部にいるテニュスの元へとやってきた。
『狭くねえか?』
「平気デス……テニュス様に抱きついてますから」
『完全に守護者の方に意識をもってくと、中がどうなってんのかわかんねえんだよな。ま、ラパーパが満足ならそれでいいか』
操縦席の広さはレプリアンとあまり変わらず、その気になればラパーパが床で膝を抱えて丸くなるぐらいのスペースはある。
が、あえて彼女はテニュスに抱きつくことを選んだ。
本人が言った通り、その感覚をテニュスが感じることはないが――自分の中にラパーパがいるのだ、“絶対に守らなければならない”という気持ちは強くなる。
『行くぞ、スィーゼ』
剣を握り直し、再度王都に降り立つ大型侵略者と向き合うオグダード。
『ああ行こう、ジン!』
スティクスも同様に、剣を構え敵と相対した。
『あたしに言えよ』
『言わなくても来るだろう、君は!』
軽く口論を交わしつつ、二人は侵略者へと立ち向かう。
◇◇◇
戦闘開始から二時間が経過した。
それは――あまりに絶望的な数の暴力だった。
時間が経つほどに裂け目から侵略者が現れるペースは加速する。
感覚としては、倒せば倒すほどに敵が増えていくようなものだ。
『はぁ、はあぁ、まだ行ける、これほどS級だったことを感謝したことはねえ!』
息を切らしながら剣を振るい続けるテニュス。
『っ、おぉおおおおッ! まだ、スィーゼだってまだぁぁぁッ!』
一方で喉を涸らしながら己を奮い立たせるスィーゼ――明らかに消耗度合いは彼女のほうが上だった。
元々、魔術師としての才能はSランクであるテニュスの方が圧倒的に高い。
魔力保有量もそれに比例する以上、スィーゼが先に息切れするのは道理であった。
『おいおい無理すんなよスィーゼ、スティクスが薄くなってんぞ!』
『そちらこそ火力が落ちてるんじゃないかい? そんな弱火じゃ肉は焼けないだろう!』
『はぁ? 舐めんなよ、まだアマネトだってフル出力で行けるッ! 焼き尽くせぇぇぇぇえええッ!』
オグダードの胸部から吐き出される炎が、眼前の侵略者たちを焼き尽くす。
一時的に数は減るものの、すぐに裂け目から追加が現れ、逆に数が増えてしまう有様だ。
(一面を埋め尽くす侵略者たち……広がり続ける裂け目……あんなの、もう、ワタシには……)
オグダードの内部でその様子を見守るラパーパは、“終わり”が近いことを感じていた。
守護者が倒れれば、この場にいる大型侵略者たちはすぐさま王国中――いや、世界中に広がり人類を滅ぼし尽くすだろう。
最後の砦とも呼べる二体の巨人は、しかしその限界を迎えようとしている。
明らかに動きが鈍るスティクス。
その側方から放たれたエネルギー波を避けきれず、止む無く剣で受け止める。
だが威力を殺しきれずに青い騎士は吹き飛ばされた。
『スィーゼッ! ぐうぅっ!』
助けに向かおうとするオグダードだが、別の侵略者が邪魔に入りそれすらできない。
『こちらに構っている場合か、団長を捨てたのならば、己より愛する女の命を優先しろッ!』
『言われなくともぉおおおおッ!』
もはやテニュスは、自分の目の前にいる敵を倒すので精一杯だった。
一心不乱に剣を振るいながら、彼女はラパーパに語りかける。
『なあ、ラパーパ。あたし、まだちゃんとっ……くっ、言って、なかったよなっ!』
『へっ?』
『心残りにしたくねえから、聞いてくれるか!?』
『テニュス様……』
好きな人が最期に自分のことを想ってくれる幸せと、その死が迫っている悲しみが一気に押し寄せてくる。
こみ上げる涙を手の甲で拭うラパーパ。
だがそのとき、テニュスの意識が彼女から外れる。
『スィーゼ!? おい、何をぼーっとして――』
スティクスの動きが止まったのだ。
当然、侵略者たちはここぞとばかりに飛びかかる。
諦めたのか――そう思った直後、侵略者の頭部に何かが突き刺さった。
『空から!?』
『何かが――降ってくる』
濁った色の空から降ってきたのは、白銀の剣だった。
一本や二本じゃない。
何十本、何百本と、しかも侵略者だけを的確に狙いながら剣の雨は降り注ぐ。
『ぬおおぉおおっ!? 何だこりゃっ!』
「剣デス! それにこの剣は――ドロセアさんの!」
剣から少し遅れて、本体が降り立った。
大地を揺らしながら着地したそれは、白い騎士――
『ドロセア――なのか?』
『ごめん、少し遅れた』
だが明らかに以前のドロセアの守護者とは形状が違う。
鎧はさらに重装備となり、サイズも一回り弱大きく、その表面には術式のような模様が刻まれている。
剣にも同様の変化があり、守護というよりは――“破壊”を思わせる荒々しさがあった。
そして背中には光輪が浮かんでいる。
それはドロセアが相手の魔術を分解し、魔力を吸収したときに発生するものだ。
つまり彼女は、どこかで戦闘を行った直後、守護者に乗ったままここに戻ってきたのである。
生き残りの侵略者たちは、それを“脅威”を認識し一斉に襲いかかる。
『こいつらが大型侵略者――なら、遠慮なくぶち殺してやるッ!』
明らかに怒気を孕んだ声に、ラパーパはぶるりと体を震わせた。
「な、何だかドロセアさん、怖いデス……」
『確かに、殺気が半端ねえ。戦場帰りか?』
『みんな伏せてッ!』
迫力のある声が王都に響き渡り、オグダードとスティクスは同時に身をかがめた。
『サンダーボルト・イレーサーッ!』
光輪から供給される魔力により、大規模魔術が発動する。
守護者の表面に黄色い術式が浮かび上がると、機体を中心としてほぼ王都全域に雷撃が放たれた。
触れただけでバチィッ! と弾けるような音が響き、侵略者の肉体は炭化する。
その威力は離れてもほぼ減衰せず、王都に出現した異形たちは例外なく駆逐されていった。
『な、なんつう威力だ、全部焦げちまった!』
『気をつけるんだドロセア、また“裂け目”から出てくるぞ!』
スィーゼの警告通り、ドロセアの魔術を前にしても侵略者は怯むことがない。
なにせ少なくとも十億体はいるのだ、百体や千体程度死んだところで何の問題もないのだ。
『全部、ぶった斬るッ!』
ドロセアは溜め込んだ魔力を全て使い尽くす勢いで、右手に握った剣に術式を浮かばせる。
刃を振り下ろすと、斬撃が飛翔する。
加えて雷を纏ったそれは、出現した侵略者を炭に変えながら斬り刻んだ。
一振りで十体を。二振りで三十体を。
いくら増えようが全て殺せばいい――そんな殺意の塊となりながら剣をふるい続けるドロセアだが、侵略者の方も手を緩めない。
十体死んだのなら二十体を。三十体死んだのなら五十、百、否、千体出せば。
繰り返せばいずれドロセアの殲滅力も追いつかなくなる。
まさに数の暴力。
殺しても殺しても尽きぬ敵の物量に、ドロセアは舌打ちをする。
『ちッ、うじゃうじゃと出てくる!』
「塞がないとどうにもなりません!」
『なあドロセア、シールドでどうにかその裂け目を塞げないか!?』
『それで出てこなくなるの?』
『ラパーパがさっきまでやってたんだ! あいつの場合、それに適した魔術があったからできたんだが――』
「ドロセアさんはシールドのエキスパートデス、できるはずデス!」
『わかった、やってみる!』
溢れ出る侵略者を直に斬り刻み、裂け目に接近するドロセア。
テニュスとスィーゼも彼女の前進をサポートし、ついに白の守護者がそこにたどり着いた。
手をかざし、“閉じ込める”ためのシールドを展開させる。
『よし……完全にこっちに出てこなければ、力は大したことない……!』
侵略者は裂け目の向こう側から必死にシールドを叩き割ろうとしていたが、ドロセアのシールドの方が遥かに硬さで勝っていた。
『これは……行けた、ようだね』
成功を見届けたスィーゼだったが、直後にスティクスが解除される。
『スィーゼッ!』
オグダードで駆け寄るテニュス。
見下ろす赤の鎧を見上げ、ジンの亡骸を抱きかかえるスィーゼは力なく口を開く。
「少し、体が痺れる……雷と水は相性が悪い」
彼女がそう言って苦笑いを浮かべると、テニュスはほっと胸をなでおろした。
冗談が言えるぐらいだ、命に別状はないのだろう。
「テニュス様も、もう休んで大丈夫だと思います」
『おう、そうだな』
オグダードを解除し、ラパーパの体を抱えながらテニュスは着地した。
そして裂け目を封じるドロセアの守護者に目を向ける。
「結局、最後はドロセアが持っていっちまうんだな……やっぱすげーわ」
「また惚れ直しちゃいました?」
「そんなんじゃねえよ、もっと遠くにいっちまったって感じだ」
「それは……安心ですけど、寂しいデス」
「でもまあ、本当は最初から遠かったのかもしれねえな」
テニュスはそう言うと、一番近くにいる少女に笑いかけた。
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