060 初恋の骸、鮮血の餞Ⅹ:死別
ジンを取り込んだ侵略者は、すかさず二度目の攻撃を仕掛けた。
風の魔術こそ使えないものの、その動きは他の大型侵略者とは比べ物にならない。
ほんの一瞬でオグダードの目の前まで移動し、踏み込んだ足が建物を押しつぶし大地を砕く。
低めの姿勢から振り上げられる斬撃。
テニュスは己の左下から迫る刃を、剣を下に向け受け止める。
そして空いた左手て侵略者の頭を掴み――膝を叩き込んだ。
顔面に直撃を受け、よろめく侵略者。
オグダードは横薙ぎの一閃で斬りかかる。
が、侵略者は文字通り人間離れした柔軟性でのけぞり、既のところで回避した。
そのまま後ろに回転して距離を取るかと思われたが、脚部がガバッと開きその中から二本の腕が現れる。
チャージは最短。
ゆえに威力は最短だが、ゼロ距離でのエネルギー波の放射――
『カリスト、テニュス様を守ってくださいッ!』
それを防いだのはジュノーの防壁だった。
ラパーパはとっさにオグダードの前方にシールドを発生させたのである。
『ナイスだラパーパ!』
『ぱ、パートナーですしっ!』
自分でいいつつも、調子に乗ったことを言ってしまったかな――と考えてしまう小心者のラパーパ。
もっとも、テニュスは嬉しそうにニヤリと笑っていたが。
オグダードは距離を取ろうとする侵略者に迫る。
が、そんな彼女を左右から別の侵略者のエネルギー波が襲う。
『テニュス様、左はワタシが!』
『ああ、右側は任せとけッ!』
左から来る攻撃をジュノーの防壁が防ぐ。
そして右の攻撃に対しては――
『浄炎砲アマネト……ぶちかませえぇぇぇえッ!』
オグダードの胸部の宝石が光を放ち、そこから高熱の炎が吐き出される。
渦を巻きながら敵へと向かうその業火は、瓦礫を溶かし尽くし、そしてエネルギー波さえも呑み込んだ。
焼かれ、溶かれ、蒸発していく侵略者。
『やっぱり、ワタシの守護者よりずっと強いデス……!』
左手の侵略者に接近しつつ、思わずラパーパはそう呟いた。
だが実際のところ、彼女とテニュスの守護者の間に強さの差があるわけではない。
オグダードは圧倒的な戦闘力を持つ一方で、ジュノーのように強力な防壁や、回復魔術といったものを持っていない。
要するに攻撃特化か支援特化か、という違いなのだ。
『これさえありゃあ、とりあえずここにいる連中は片付けられそうだな、っと!』
なおも他の侵略者は、絶えずオグダードに対し攻撃を浴びせようとしてくる。
テニュスは高く飛び上がると、まず最も近い侵略者の脳天に刃を突き刺した。
敵は瞬く間に炎に包まれ息絶える。
ジンを取り込んだ個体はその様子を見て――あろうことか、背を向けて逃げ出した。
『何だあいつ、逃げて――いや、あの方向は!』
それが向かっている先にあるのは、城門付近。
先ほど、王導騎士団ごと大量の住民が虐殺されたが、今もそこには逃げ惑う人々が集っている。
大半の住民はすでに建物を飛び出して外に逃げようとしているようだが、王都の住民全員が街の外に出られるほどの時間はまだ経っていない。
中心地に近い場所では気兼ねなく戦えるとはいえ、外郭付近ともなるとそうはいかない。
戦いの場を自分に有利な場所に変えようとしているのか、はたまた守護者相手には分が悪いと感じ虐殺に走ったのか。
どちらにせよ、それはテニュスにとって避けたい状況だった。
すると、そんな侵略者の行く手を遮るように、新たな守護者が立ちはだかる。
『守護者スティクス――このスィーゼが、団長の騎士の誇りを守ってみせる』
それは青く細身の騎士であった。
確かに鎧の形はしているが、表面をよく見てみるとそれは固形ではなく、青く澄んだ流体だ。
侵略者は、突如として現れた障害に対し剣を振り下ろす。
だがその物理攻撃はスティクスの体を通り抜けた。
『図体は大きくなっても、やはり上っ面しかなぞれないんだね』
失望したようにスィーゼは言う。
攻撃に失敗した侵略者は、高く飛び上がると、スティクスを避けて王都住民に襲いかかろうとした。
するとスティクスは手にした細身の剣を構える。
『悲嘆剣コキュートス。君は逃げられない』
その刃はぐにゃりと曲がり、伸びて、侵略者の体を絡め取った。
そして鞭のようにしなりながら、異形を地面に叩きつける。
『助かったぜ、スィーゼ!』
『この役目はテニュスだけには任せられないからね』
スィーゼが足止めしている間に、テニュスは他の侵略者を一掃していた。
四、五体程度ならば軽く倒せるだけの力があるのだ。
そしてスティクスも出現し、この場にいる守護者は三体。
一方で敵侵略者は一体。
一見して王国側が優勢のようにも見えるが、やはり裂け目からは新たな侵略者が這い出てこようとしていた。
『こいつに集中したいところだけど、あの裂け目を塞がないとどうにもならないね』
『つってもこのオグダードにはそんな器用なもんねえぞ』
『生憎、スィーゼの守護者も破壊が専門のようだ』
『だったらワタシがやってみます!』
自ら名乗りを上げたラパーパは、裂け目に接近する。
『やれるのか?』
『やれなかったら、別の方法をそのときに考えますからっ』
『それもそうだな、試すだけならタダだ』
『多重防護魔装カリスト――!』
先ほどまで防御に使っていたカリストを、裂け目を塞ぐように展開させる。
すると顔を出していた侵略者は押し返され、“入り口”はせき止められた。
『い、行けそうデス!』
それを見た途端、ジンを取り込んだ侵略者はジュノーを狙って走りだす。
『わかりやすい動きだね』
『やらせねえよッ!』
スティクスの剣がその体を絡め取り、そして身動きが取れなくなったところでオグダードが斬りつける。
剣を伸ばしていた右腕が切り落とされ、侵略者は苦しげに身を捩った。
だがジュノーを狙ったのは大型侵略者だけではない。
同時に、どこからともなく中型侵略者が現れ殺到する。
するとそこに、銀色のレプリアンが近づいてきた。
『ここであーしの出番だしっ! キラキラの散弾を食らえーいッ!』
手首に付いた銃口から、無数の宝石の弾丸を放つレプリアン。
それはテニュスやラパーパに訓練を施す裏で、ひっそりと使っていたアンタム専用の兵器であった。
『アンタムさん!?』
『調整に手間取ったけど出番があってよかったよ。雑魚はあーしが相手するから、ラパーパちゃんはそっちに集中しな!』
『は、はいっ!』
戦いは完全に任せて、裂け目を閉じることだけに意識を向けるラパーパ。
すると彼女はとあることに気づく。
(少しずつ裂け目が塞がってる……?)
一度開いた裂け目は二度と閉じない――そう言われていたはずだが、確かにラパーパの目には狭まっているようにも見えた。
すると、中型侵略者と戦うアンタムが口を開く。
『“自己治癒能力”』
『へ?』
『人と同じく、世界にもそういうものが備わってるんじゃないかなーって。今、王都には人がほとんどいないから、裂け目を開ける侵略者の数も減ってる。ラパーパちゃんが穴を塞いでるから“向こう側”から広げることもできないし、自己治癒力の方が上回ったから塞がってるのカモ』
『じゃ、じゃあこのまま塞いでいれば、いつかなくなるってことですか!?』
『“ここの”裂け目はね』
世界中に裂け目が開く可能性があり、かつ潜んでいる侵略者の数も想定より多いとなると、大型侵略者の侵入を永遠に防ぎ続けるのは難しいだろう。
何より、塞げる人員がラパーパしかいないのだから。
『でも、ここでの戦いが終わる可能性はでてきました!』
『そーだね、希望はあるっ!』
一方で大型侵略者は、テニュスの攻撃の際にスティクスの捕縛から逃れていた。
そして転がりながら二人と距離を取る。
しかしすぐに再生できるような能力は持っていないようで、傷口から透明の液体を撒き散らしながら苦しげに体を震わせていた。
『腕しか切り落とせなかったのかい』
『硬ぇんだよあいつ。他の侵略者は簡単にぶっ刺せたんだけどな』
『やはりジンを取り込んで強化されているのか』
赤と青の騎士が並び、侵略者の前に立つ。
腕を斬られた化物は、その傷口の内側から色の違う腕を生やすと、それを絡めて新たな剣を生み出した。
再生はできないが、右腕全体が剣になったような形だ。
『かっこつけた武器を生やしやがって』
『そんな歪な刃では、団長の美しい太刀筋を再現することはできないだろう?』
スィーゼの挑発的な発言に触発されてか、侵略者はスティクスを狙って剣を振るう。
飛翔する斬撃――さらにそこに侵略者のエネルギーを込めた、直撃すれば“流水”など軽く吹き飛ばす一撃だった。
だが“見えている”のなら避ければいい。
軽く体を傾け回避すると、テニュスと同時に相手との距離を詰める。
侵略者は二人を狙って連撃を放った。
目にも留まらぬ剣さばき、向きや速度をずらすことで回避を困難にする狡猾さ。
確かにジンのような手練の“雰囲気”は感じさせるものの――
『詰めが甘い』
『ああ、まったくだ』
ジンと毎日のように手合わせしていたスィーゼは、この程度を回避するのは朝飯前だし、機動力で劣るテニュスも斬撃を選別し、そのうちのいくつかを剣で叩き落とせば無傷で突破できた。
そして侵略者の真正面から二本の剣が迫る。
だが――相手もただ突っ立っているだけではない、単調な正面からの攻撃なら僅かな後退、そして身のこなしで避けることができる。
しかし、それはただの攻撃ではなかった。
悲嘆剣コキュートスから生じた水を、陽炎剣アモンの炎が蒸発させる。
発生した水蒸気は侵略者の視界を閉じた。
相手が全身に付いた“光”で敵の位置を視認しているのであればこれで封じられるし、“熱”の場合も高温の水蒸気により阻害できる。
実際、白幕に包まれた侵略者はスティクスとオグダードの位置を見失っていた。
そして霧の向こうから、続けざまに斬撃が襲いかかる。
『見てるかよジン、あたしら連携なんてガラにもないこともできるようになったんだぜ』
『仲は悪いままだけれどね』
『意見なんざ噛み合わないぐらいでちょうどいいんだよ』
『確かに。どちらかが間違ったとき、どちらかが止められるということでもある』
斬りつけては離れ、また斬りつけて――それを繰り返すヒットアンドアウェイに翻弄される侵略者。
ここから逃げようにも、四方八方から迫る斬撃はまるで結界のように相手の身動きを封じる。
『だから――』
『ああ、そうだね。だから、騎士団のことは心配しなくていい』
この状況下においては、ジンに語りかける二人の“音”すらもカモフラージュとして作用していた。
『ジンが育ててくれたおかげだよ。あたしらがこうして、守護者を使って戦えてるのも全部! ジンがいたからだっ!』
『仮に団長が侵略者だったとしても――スィーゼたちと過ごした過去が消えるわけじゃない。そうだろう?』
しかし決して、その言葉は相手を惑わすためのものではない。
二人は瞳に涙を浮かべながら、相手の死が――ジンとの別れが刻一刻と迫っていることを、その刃を通じて感じていた。
もちろんあんな姿になったのなら、早く死んだほうがいい。
けど、それと“別れたくない”という感情とはまったく別の話なのだ。
『言葉、団長に聞こえてるのかな』
『さあな。つか頑丈すぎんだろあいつ』
『けど次で最後だろう』
『ああ、最後はあたしらの剣で――』
テニュスが剣を振るうと、風圧で水蒸気が飛ばされる。
開いた視界の中、侵略者の目の前には攻撃姿勢に入ったオグダードとスティクスの姿があった。
もはや回避は不可能な距離である。
並ぶ二人の姿を見て、ジンは――
(いいのだろうか、私のような存在が満足して逝ってしまって)
取り込まれた侵略者の中で、ぼんやりと見える景色を前にそう思う。
中型侵略者と融合していたときは全く異なる風景、感覚を与えられ、現実とは完全に遮断されていた。
だが大型侵略者に取り込まれてからは、急激に現実に引き戻されたのだ。
相変わらず体は左右に開いたままで、その裂け目から大型侵略者の触手が無数に入り込み、何かを吸い上げられている。
痛みはある。苦しみもある。だが同時に、同化したせいか外の景色もわずかだが見えていたのだ。
無論、声も聞こえている。
(いや……駄目だろう、そんなことあっていいはずがない。私は騙し続けた。私のせいでどれだけの人が死んだことか。自覚があろうと、なかろうと、満たされた死など許されるはずが……)
彼は被害者ではない、そう自覚している。
侵略者サイドに情報を流し、常に“裂け目”を開こうとしていた。
信じていた両親も本当は血が繋がっておらず、国のために人生を捧げたと言いつつも、騎士のフリをした化物だった。
そんな存在なのに。
(ああ……しかし、二人はそう願ってくれるのか。そうあってほしいと願われるのなら、そうあるべきなのか。はは、ただの都合のいい言い訳だな……いくら理屈を並べたところで、心は偽れない。今の私は、二人の言葉を聞いて、満たされてしまっている……)
立派に成長した弟子同然の二人を前に、笑みすら浮かべて――
(……ありがとう。テニュス、スィーゼ)
刃を。騎士として最上の餞を受け入れる。
水と炎の刃が体を貫き、ついに侵略者は倒れた。
噴き出す透明の血には、わずかに人間の――赤い色が混ざっていて。
それを見てしまった二人の瞳から、ついに涙がこぼれ落ちる。
『ジン……』
テニュスがその名を呼ぶと、スティクスは膝から崩れ落ちた。
『団長……団長ぉぉおおおおおおおおッ!』
スィーゼの心からの叫びが、王都に響き渡る――
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