059 初恋の骸、鮮血の餞Ⅸ:陽光
『死ねっ、死ねっ、死んじゃえぇぇぇええっ!』
ジュノーは、ガニメデを先端に付けた杖で、繰り返し大型侵略者を殴り付けていた。
一見してただがむしゃらに暴れているようにも見える。
だが、ガニメデが触れる瞬間に光が放たれ敵の肉体を焼いており、侵略者も思うように反撃できていないことから、それなりにダメージはあるようだ。
すると侵略者の頭部が左右に割れる。
中から二本の腕が現れ、その向き合った手のひらの間にエネルギーが集束しだした。
先ほど、王都の住民や王導騎士団を虐殺したあの攻撃だ。
『や、やめてぇぇええええええッ!』
ラパーパはそれを見た瞬間、目を見開き腹の奥底から叫ぶ。
そしてガニメデでその腕を殴りつけると――莫大なエネルギー同士が衝突し、バヂィッ! と王都全体を激しい閃光が包み込んだ。
◆◆◆
王魔騎士団の研究施設にたどり着いたテニュスとアンタム。
テニュスがレプリアンに乗り込み調整を行っていると、外で発生した光が研究施設内を一瞬だけ明るく照らす。
『おいアンタム、何が起きてるッ!』
「わかんないっての。たぶん守護者と侵略者の攻撃がぶつかりあったんじゃないの?」
『ラパーパは無事なのか!?』
「見た限りだと――うん、ジュノーは無傷。どっちかってーと侵略者のがボロボロになってる」
『そうか……よかった』
ほっとして内壁に背中を預けるテニュス。
王導騎士団を全滅させたあのエネルギー波――ジュノーの光線だけでは止められなかったが、ガニメデで直に殴るとさすがに無事では済まなかったようだ。
二本の腕はへし折られ、ぐにゃりと曲がりながら絡み合っている。
どうやらその腕は侵略者にとっても重要な器官らしく、ジュノーの目の前でフラフラとよろめいていた。
ラパーパはそこに容赦なく打撃を加え、とどめを刺そうとしている。
「ひょっとするとあーしらの出番も無いかもね」
『そんな甘い話じゃねえよ。あの裂け目が閉じねえ限り、敵は増え続けるんだ』
「……うわ、言ってる傍から増えたし」
『だろ?』
「けどさ、さっきの光――巻き込まれたら、レプリアンでも無事じゃ済まないと思うよ。これで出撃してどーすんの」
『今んとこラパーパの方が優勢だ。なら相手は何らかのテコ入れをしてくるはずだ、あたしが指揮官ならそうする』
「そんな知能あるの?」
『あるだろ。人間社会に紛れ込むぐらいだからな』
「それもそっか。でもテコ入れって何すんの」
『今、王都にいる侵略者の戦力っつったらあれしかいねえだろ』
◆◆◆
裂け目から現れた二体目の大型侵略者。
さっそくガニメデの杖を手に、ジュノーはその化物に襲いかかる。
『てぇりゃあぁぁああっ!』
相変わらず、殴打は効果的だった。
まず一撃目で侵略者がよろめく。
そして二撃目で転ばせるために踏み込もうとしたところで、ラパーパは自らの体が重くなっていることに気づく。
足元に目を向けると、中型侵略者が動きを阻害するために、あの腕でしがみついていた。
しかもそいつらは次から次へと現れ、ジュノーに抱きついている。
『くっ、邪魔しないでください! 焼き尽くして、ガニメデッ!』
杖から分離し、中型侵略者の排除を開始する。
だがその間に大型侵略者は、例のエネルギー波の発射準備を開始した。
『こ、こんな連携までしてくるなんて!』
相手は知能の低い化物などではない。
ひょっとすると、人よりも賢い可能性すらあるのだ。
ガニメデは無事中型侵略者を全滅させたが、しかし――今から殴っても間に合わない。
エネルギー波の標的は明らかにジュノーだ。
隠れられるような遮蔽物はなく、そもそもそんなものに身を隠したところで防げるとは思えない。
(この場で……弾くしかない!)
ジュノーにはまだ発動できる魔術が含まれていた。
ラパーパが念じると、ジュノーの瞳が輝きを増し、機体全体に術式が浮かび上がる。
『多重防護魔装カリスト、発動デス!』
そして守護者の全身を、球体の防護壁が包み込んだ。
ついに放たれるエネルギー波。
ジュノーはそれを真正面から受け止め――そして弾いた。
流れ弾は遥か彼方にある山に直撃し、その一部をえぐり取る。
そもそも守護者はシールドの魔術で作られたものだが、その上でさらに強固な防護壁で己を守る。
この多重構造のシールドは、侵略者の“物理”でも“魔術”でもない攻撃にも有効な、恐るべき頑強さを誇っていた。
侵略者は再度チャージを開始する。
が、今度こそ接近したジュノーがそれを許さなかった。
『二度目はありません! てえぇぇええいっ!』
再び光が弾け、侵略者の腕がひしゃげる。
そのまま絡みつく中型侵略者を振り払いながら、何度も大型侵略者を殴りつけるラパーパ。
ズドンッ、ドスンッ、グチャンッ! と重量感のある音が王都に響き渡る。
『これで、最後デスッ!』
ついに叩きつけられるトドメの一撃。
透明の血液を撒き散らしながら、二体目の大型侵略者が絶命する。
ラパーパは『ふうぅ……』と呼吸を整える。
そして裂け目の方に目を向けると――
『……はえ? どうして、二体も』
そこでは“二体”の大型侵略者が、エネルギー波の発射準備に入っていた。
それは単純な話。
雑魚に邪魔されながらも、先ほどの敵を倒している間に裂け目から二体出てきただけだ。
増えた侵略者は、並んでエネルギー波の発射準備に入っており――中型侵略者に阻害される状況では、それを止めることはできそうにない。
『弾かないと――カリストッ!』
防護壁の展開。
エネルギー波放射――難なく防御成功。
ただし流れ弾の一部が街並みを引き裂く。
射線上にある物体はことごとく分解され、消滅した。
視線だけを後方に向け、破壊された街並みを見て戦慄するラパーパ。
怖い。
こんなにも死が近くにある。
他人の分も、自分の分も。
このまま増え続けたら、いずれ、誰も彼もが殺されてしまう――
通常の戦場とは異なる恐怖。
その最中に一人投げ出された、戦闘経験もまともにない少女。
彼女は肉体や魔力より先に、精神面に異常をきたし始める。
浮かぶ冷や汗、震える手足。
それでも戦わないと“次”が放たれてしまうから――無理に無理を重ねて、ラパーパは血走った目を見開き、荒い呼吸を繰り返す。
そんな彼女の耳に、女神の声が響き渡る。
『ラパーパの邪魔すんじゃねえぇぇぇええッ!』
『テニュス様!?』
黒いレプリアンに乗ったテニュスが、ジュノーの殺到する中型侵略者たちを滅多斬りにしていく。
先ほどのように、剣を砕かれることもない。
『よっしゃ、こいつならあの腕の化物ぐらいは倒せるな!』
先ほどの仕返しを済ませて、満足げなテニュス。
だが突如として現れた彼女に、ラパーパは困惑している。
『危険ですテニュス様、下がってください!』
『わかってるよ、あいつが吐き出すよくわかんねえ攻撃が危ないんだろ? それだけは避ける、だからラパーパは気にせず戦え!』
『……っ』
――でも、と言って食い下がりたかった。
だがそんな時間が無いことを彼女は理解している。
ここでテニュスが死ぬようなことがあれば、ラパーパは生きていられない。
いや、おそらくそのことだってテニュスはわかっているはずなのだ。
だから、きっと、絶対に死んだりはしない。
今はただ、そう信じるしかなかった。
ジュノーは大型侵略者へ向かって駆け出し、エネルギーをチャージする腕に向かってガニメデの杖で殴りかかる。
一体目の腕を潰せたら、すぐに次へ。
ひとまずあの発射口たる腕さえ潰せれば、しばらく相手は切り札を使えなくなる。
そうして動きを阻害した上で、本体に殴りつけ、とどめを刺していく。
そうしている間にも、裂け目からは三体目が現れようとしていた。
テニュスは、ジュノーに近づこうとする中型侵略者を切り刻みながら、直前にアンタムと交わした会話を思い出す。
『仮にテニュスがレプリアンで出たとしてさ……』
『さっきからうじうじうるせえぞ』
『一度裂け目が開いたら、もうおしまいなんだって』
『相手の戦力にも限りはある、無限に出てくるわけでもねえんだ』
『十億』
『んあ? なんだよそれ』
『少なくとも確認されてるだけで、十億体の大型侵略者が待機してるらしーよ』
『……』
『ほぼ無限みたいなもんだよね』
『……だとしても』
『その覚悟はさ、勝つためじゃなくて、ラパーパちゃんと一緒にいたいとかそういうやつっしょ? ならもう止めやしないけどさ』
いつもは明るいアンタムが、やけに暗い声で喋るので、それが余計に気まずかった。
確かに無駄かもしれない。
一度大型侵略者が現れてしまえば、それで終わりなのかもしれない。
裂け目を塞ぐ手段さえあれば――そんなことを考えている間にも、新たな大型侵略者が現れ、そしてその都度、裂け目は押し広げられていく。
(実際、どうするつもりなんだろうな。あたしは)
押し寄せる無力感。
悔しさに歯を食いしばりながら、今は押し寄せる雑魚を斬り捨てることしかできない。
◆◆◆
「不快なんだよ、君のその動きがッ!」
路地にてスィーゼはジンの成れの果てと戦闘を続けていた。
ただ剣で斬りつけるだけ、魔術を当てるだけではまともに傷が入らない相手だ。
しかしスィーゼの斬撃は、確実にジンにダメージを与えている。
振り下ろされた爪を最小限の動きで避け、すれ違いざまに斬りつける。
再び繰り出される攻撃を、まるで流水のように滑らかな動きで躱すと、再びすれ違うと同時に斬撃を放つ。
「上っ面だけ団長の動きを真似たところで、このスィーゼに通用するものか!」
まともに当たれば即死の必殺の爪を前に、常に接近戦を挑むスィーゼ。
目が見えない今、彼女があてにするのは己の感覚だ。
空気の動きや筋肉が軋む音、血液の流れ、生じる熱――そういったものを感じ取り、相手の動きを、実際に動くより先に察知する。
ゆえに当たらない。
一方で、スィーゼは己の剣が持つ威力が、テニュスやジンに及ばないことも理解していた。
それは部分的に守護者を用いて、攻撃の威力を高めても、である。
だからこそ、リスクを負ってでも攻撃機会の多い接近戦を挑むのだ。
「心が、魂がこもっちゃいない! 団長から記憶を引き出しておいてその程度なのかい、侵略者というのはッ!」
叩きつけられる腕を、バックステップで軽く避けるスィーゼ。
彼女はすぐさま前に出て、鋭い刺突を放った。
繰り返し同じ場所を斬りつけられた侵略者の腕は、ついに切断される。
中型侵略者は、真っ二つに割れた人体を引きずりながら、その移動や攻撃をすべてその二本の腕で行う。
つまり、片方の腕を失うと、攻撃と移動を同時に行うことすら難しくなり、急激に弱体化するのだ。
スィーゼは、もはや脅威ですらなくなった侵略者の前に立ち、剣を構える。
「これで終わりだよ――」
そう言って剣を振るおうとした瞬間――スィーゼの全身がぞわっと粟だった。
あまりに巨大な敵意が迫っているのを感じたのだ。
慌てて後ろに大きく飛び、さらに走って距離を取る。
「大型が倒れ込んできた!? いや、違うぞ」
裂け目付近に目を向けると、すでに四体もの大型侵略者が出現してしまっていた。
ジュノーは必死に戦っているが、どう見ても手が足りていない。
そもそもラパーパの守護者は、戦闘特化ではなく味方の補助に適しているように見える。
要するに他の守護者がいてはじめて真価を発揮するのだ。
多数の敵に対応できないのも仕方のないことだろう。
しかし――なぜそのうちの一体が、ジンにとどめを刺そうとしたスィーゼの前に現れたのか。
「食うつもりか!?」
自然界でも、卵を抱えた虫が攻撃を受けると、守るのを放棄して自ら卵を食らうことがある。
エネルギー源として無駄にしないためだ。
そういった行動なのだろうか。
大型侵略者はジンをつまみ上げると、一番近くにあった胸部の口に放り込む。
そしてぐちゅっ、ぐちゃっと音を立て、透明と赤の血を垂れ流しながら咀嚼した。
「団長っ! 団長ぉぉおおおおッ!」
トドメを刺すことすら敵わず、ジンは無常にも食われてしまう。
だが捕食後、食らった侵略者に変化が生じた。
今まではふらふらとした、化物特有の気持ち悪い動きをしていたというのに、急に人間じみた姿勢を取り出したのだ。
◆◆◆
『クソッ、大型の数が多すぎる! いくら雑魚を片付けたところであれじゃラパーパがもたねえ!』
ジュノーは一体ずつ腕を潰して回っていたが、そうしている間にも新手が裂け目から出てこようとしている。
テニュスの乗るレプリアンは、とてもではないが大型侵略者を相手に戦えるほどの力は持っていない。
どうやら侵略者側もそれは把握しているようで、明らかに重点的にジュノーを狙っていた。
すると、大型侵略者のうちの一体がジンを取り込み、動きを変える。
頭ではなく右腕が裂け、その中から新たな腕が生えてくる。
いつもならばエネルギー波を放つための砲台代わりなのだが、どうも今回は様子が違っていた。
生えた二本の腕が絡み合い、一つになり、鋭い剣へと形を変えたのだ。
『ありゃあ、何だ……?』
首を傾げるテニュス。
すると、その侵略者は突如としてジュノーではなく、テニュスの乗るレプリアンの方を向いた。
『テニュス様、危ないデスッ!』
テニュスもとっさに殺気を感じ、横に飛んだ。
すると侵略者はその場で剣を振るい、斬撃を飛ばした。
斬撃はレプリアンの右半身に命中し、肩ごと側面の装甲を切断する。
『嘘だろ、今のは王牙流の剣術? しかもジンのと同じ!』
驚くテニュス。
すると侵略者は今度は素早く前進し、レプリアンとの距離を一気に詰める。
慌てて離れようとするテニュスだったが、レプリアンと大型侵略者の間には、パワーだけでなくスピードの差もある。
加えて侵略者が取り込んだのは“疾風の”ジンの力、そして技だ。
逃げられるはずがなかった。
目の前で振り上げられる右腕の刃。
そして――
『やらせませんっ!』
ジュノーが割り込み、防壁でその斬撃を止めた。
バチバチと火花を散らす剣と防壁。
『う、うぅ、重いデス……! とんでもない、エネルギーが、剣に籠もってます……!』
エネルギー波を放射せず、刃に留めることで威力を向上させているのだろう。
さらに裂け目から出てきた大型侵略者が、エネルギー波をジュノーに向ける。
加えて、一度は腕を潰された侵略者も、再生を完了して攻撃を再開した。
三方向から攻撃を受けるラパーパ。
テニュスはジュノーの展開する防壁に守られていたが、同時にその防壁の限界が近いことも感じていた。
『ラパーパ、すまねえ……あたしのせいで』
『テニュス様がいなかったらもっと早くに負けてました』
違う、自分がいたから“勝てた”と言ってほしかった。
だが現実は無情で、テニュスには何の力もない。
『それに、テニュス様と一緒に死ねるなら、それも悪くない……とか言ってみたりして』
その言葉を聞いた途端、テニュスは猛烈に自分が情けなく思えた。
違う、それだけは違う、そんな言葉はラパーパに言ってほしくなかった。
今までの何よりも、強くそう思う。
『ダメだろ』
色々言いたいことはあったが、それしか言葉が出てこなかった。
いや――言いたいのは自分に対してであって、ラパーパに向けてではないからだ。
そしてテニュスは気づく。
誰かを想う気持ちは、必ずしも常に同じ形をしているわけではないのだと。
『で、ですよね……』
『お前にそんなこと言わせる自分が情けねえよ。本当は、一緒に死ねるじゃなくて、一緒に生きるって言いたいはずだろ?』
『それは、もちろんデス』
『あたしも、一緒に生きたいんだ。ラパーパと過ごす日常は、きっと退屈しないだろうからな』
『テニュス、様……それって』
テニュスはラパーパと一緒に暮らして感じることがあった。
それは、何気なく過ぎていく時間が、前より楽しく感じられたことだ。
燃え上がるような熱情ではなく、狂ってしまいそうな情念でもなく、ただじんわりと――心に染み渡っていく、そんな満たされる感覚。
ありふれているようでいて、きっと他にはない特別。
そういうものが、ラパーパにはあった。
どうしようもない非日常にいると、そんな暖かな日々が無性に愛おしく思えてくる。
身を焦がすような炎ではなく、暖かに照らすお日様のように。
『あの、テニュス様っ!』
『どうした』
『ワタシ、今、猛烈に死にたくないデス!』
なんとなく死を受け入れようとしていたラパーパは、一瞬で激しく手のひらを返した。
恋と死は、いわば真逆のベクトルを向いている。
こんな嬉しい状況で受け入れられるはずがない。
『奇遇だな、あたしもだ』
『だって、だって、本当なら絶対に叶わない夢といいますか、恋といいますか、それが叶う予感がしてましてっ!』
『ああ、叶うぞ。つかあたしも叶えて、その先にある未来がどうなるのか見てみたい』
劇的な何かが起きるわけじゃない。
けど、日々の積み重ねはきっと、その“劇的”よりも何倍も分厚くなるはずだ。
テニュスは壊れかけのレプリアン越しに、侵略者に語りかける。
『なあジン、そこにいるのか? その化物の中から、あたしたちのこと見てんのか?』
聞こえているとは思わない。
どちらかと言うと、それはテニュスの自己暗示のようなものだ。
だが不思議と、侵略者の肉体についている瞳のうちのいくつかが、テニュスを見ているようにも思えた。
『だったら聞いてくれ。あたしは今から、あんたのこと踏み台にするよ。薄情かもしれねえけど、未来を見ろっつったのお前だからな。あたしが見つけた最高の未来のために、あんたっていう過去を踏み越えさせてもらう!』
それは今にも泣きそうな声だった。
テニュスもスィーゼも、この戦いの中で、ジンがもういないという現実をまだ受け止めきれてはいない。
それだけの時間も、心の余裕もなかったから。
そんなぐちゃぐちゃな気持ちのままで、しかしテニュスは胸の奥で“確固たるもの”を見つけ出し、それをしっかりと握りしめる。
『ラパーパ』
『はいっ!』
『防壁を解いてくれ』
『で、でもそんなことしたらっ!』
『この状況を打破するには、あたしが守護者を使えるようになるしかねえ。だが、想いが通じたとか、気合を入れたとか、それだけで都合よく力が身につくわけじゃねえんだ』
『まさか、自分を追い込むために……?』
人が最も集中する瞬間は、死の直前だ。
人は今際の際に走馬灯を見たり、時間がゆっくり進んでいるように感じるというが、それらはすべて集中力が高まったからこそ起きる現象である。
『死んだら、死んでも恨みます』
『恨まれるより、ラパーパを悲しませる方が辛えよ。だからあたしは死なねえ』
『……あんまりきゅんとさせてると、ワタシの身が持ちませんよ?』
『そんなつもりなかったんだけどな』
二人は互いに微笑み、穏やかな空気の中で――ジュノーの“多重防護魔装カリスト”が解除される。
防がれていた攻撃が二人に押し寄せ、ジュノーをかばうように前に出たレプリアンが、それらを全て受け止めた。
大型侵略者の前では、レプリアンなど折り紙で作った人形のようなものだ。
一瞬でくしゃくしゃになって、潰れて、ひしゃげて――もちろん中に乗っていた人間も同じ運命をたどる。
空中に投げ出された体。
今にも肉体を破壊し尽くし、その血液すらも蒸発させんとするエネルギーの塊。
熱。
痛み。
体の奥底からこみ上げる死の恐怖。
一瞬の出来事だというのに、それら全てが感じられる。
余計なことを考える間などなかった。
純粋に――今の自分が何を欲していて、そしてどうなりたいのか――それだけが浮かび上がる。
そこにあるのは、彼女を縛っていた過去への情念ではなく、未来への渇望。
進むべき道を見つけた今、彼女を遮るものはもう何もない。
『顕現せよ、守護者オグダードッ!』
炎の渦が舞い上がり、侵略者たちは後ずさる。
その中から出現したのは、太陽を連想させる橙色の鎧だった。
レプリアンとは色が全く違うのは、彼女が迷いを振り払ったからだろう。
兜の左右には歪曲した羊のような角が生えており、纏う鎧は重武装の騎士そのものだ。
胸部には赤い宝石が埋め込まれており、魔力を蓄えているのか淡く光っている。
手にはテニュスの象徴でもある大きな剣を握っており、魔術を使わずとも常にその刃は炎を纏っていた。
『テニュス様、やりましたねっ!』
『おうよ、反撃開始だ。全員ぶった斬ってやるッ!』
すかさずジンを食った大型侵略者が襲いかかってくる。
振り下ろされた刃をオグダードの剣が受け止め、そして弾き返す。
パワーで敗北し、警戒して距離を取る侵略者を見て、テニュスは不敵に笑うのだった。
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