058 初恋の骸、鮮血の餞Ⅷ:絶戦
自動迎撃魔装ガニメデ――それはその名の通り、自動的に接近した敵を光の魔術で迎え撃つ武装だ。
また、ラパーパ自身が命令することで、今のように一定距離の標的を一斉に狙い撃つこともできる。
威力は言うまでもなく、生身の彼女が放つ魔術の数十倍、数百倍にまで増幅されていた。
魔術を生み出したエレインですら想定していなかった、人類に最も適した魔術の使用法――守護者。
目撃者たちは痛感する。
人類が侵略者に対抗するには、この力しかない、と。
「ジンは――」
スィーゼは思わずイナギとやりあうジンの姿を探した。
彼はどうやらまだ健在らしい。
彼女はほっとして、そして同時にそんな自分の女々しさを呪った。
全ての敵がジュノーの攻撃で消えたわけでもなく、中にはギリギリで反応して回避した者もいたようだ。
そしてそのうちの一体が、ジュノーを最大の敵であると認識し飛びかかる。
『無駄デス』
ラパーパが冷たくそう言うと、彼女が反応するまでもなく、ガニメデは自動的に敵を撃ち抜いた。
彼女は戦いにおいては素人だ。
いくら守護者で強力な力を手に入れても、反射神経や気配を感じる能力の面で劣ってしまう。
それを補うために生み出された武装こそが、惑星のように浮かぶ“ガニメデ”であった。
なので当然、背後から不意打ちしようとした侵略者も蒸発している。
周囲から敵が一掃され、テニュスたちはひとまず安堵する。
そんな中、イナギだけは悔しそうな顔をしている。
「戦力差があると察すると早々に撤退でございますか」
光線を回避したジンは、路地に逃げ込んでしまった。
さすがのイナギも単独での追跡はできず、見送るしかなかった。
「徐々に動きもよくなっておりましたし、嫌な予感がいたします」
侵略者は“人間”のジンから経験や記憶を吸い取り、自らの戦闘に反映している。
時間が経てば、さらに狡猾な手段を使ってくるだろうということは予想ができた。
できればスィーゼやテニュスは彼と戦わせたくないが――
イナギが周囲を見回すと、テニュスが守護者に駆け寄っている一方で、スィーゼは寂しそうにジンの消えた路地を見つめていた。
おそらく彼女は、間違いなくジンを追ってしまうだろう。
「スィーゼさん」
先手を打ち、イナギはスィーゼに声をかける。
彼女は虚ろな瞳でイナギの方を見た。
「なんだい?」
「単独行動は厳禁でございます」
「わかっているさ」
「もし彼を追うのなら、そのときはわたくしに声をかけてください。お供いたします」
スィーゼは意外そうな顔をしたあと、力なく笑った。
「ありがとう、世話をかけるね」
理性は『そうしてはいけない』と理解している。
けれど同時に、彼女は『ジンを追いたい』と思う己の感情を、いずれ抑えられなくなるとわかっている。
情けない。
だが、それがスィーゼという女なのだと、納得するしかない。
その頃、テニュスは守護者の中にいるラパーパに語りかけていた。
「急に静かになりやがったな。ラパーパに恐れをなして逃げやがったらしい」
『実感がないデス。これ、本当にワタシの力なんでしょうか』
「紛れもなくそうだろ。ラパーパのおかげでみんな助かったんだ、誇れよ」
『……はいっ、胸を張ろうと思います!』
ラパーパにも思うところはあったが、こういうときは素直に喜ぶに限る。
そういう真っ直ぐさが、テニュスの心を少しでも軽くすると信じて。
「しかしどいつもこいつもボロボロだ。一旦体勢を立て直さねえとな」
『アンタムさん、さっきから動いてないですけど大丈夫なんデス?』
両腕を失ったアンタムは、少し離れた場所でぼーっと立ち尽くしていた。
今さらそれに気づいたテニュスは慌てて駆け寄る。
するとちょうどそのタイミングで、アンタムは倒れた。
抱きかかえると、その体は驚くほどに冷たい。
「血の流し過ぎだ。おいアンタム、意識はあるか!?」
「あぁ……テニュ……」
「このままだと死んじまうぞ。ラパーパ、頼ってばっかですまないけど、守護者から降りて治療できるか? この状況じゃ、拠点にいた聖職者の手も借りられるかわからねえし」
『あ、待っててください! たぶんジュノーに乗ったままでも……うん、行けそうです』
ジュノーは己の手のひらから細長い棒を引き抜いた。
そして棒の先端に灰色の球体を取り付けると、その杖を両手で握り祈る。
『広域治癒魔装――アマルテイア、発動します!』
ジュノーを中心として、半径数十メートルの地面に白い魔法陣が浮かび上がる。
その魔法陣から出てきた光の粒は、範囲内にいる“生命体”の傷口に付着すると、それを癒やしていく。
「こんな馬鹿でかい範囲の治癒魔法なんてありかよ……!」
「あれ……あーしの体、少し……楽になってきたかも……」
範囲だけではなく、治癒力も相当なものだ。
『すごいデス……これが、守護者……』
S級魔術師など目ではないその力に、使用するラパーパ本人も驚きを通り越して恐れを抱くほどだ。
やがてアンタムの両腕も再生し、テニュスやスィーゼ、イナギの体に刻まれた細かい傷もすっかり消えていた。
おそらく、彼女らには見えない場所で傷ついていた人も救われたことだろう。
「ありがとな、ラパーパ!」
『どういたしましてデス! でも次が来ます、テニュス様たちは一旦退いてください!』
「次だと? なっ、数を揃えてきやがったのか!?」
視線の先には、足並みを揃えて迫る、裂けた人間から這い出る“腕の化物”たち。
疑似餌のように人の言葉を喋る抜け殻たちの合唱が、不気味でしょうがない。
「テニュス、あーしは下ろして大丈夫。元気になったから」
「そうだな……よし、ここはラパーパに任せて一旦撤退だ!」
守護者ジュノーだけを残して、テニュスたちは王城方面へと走りだす。
『何十体いようと、今は負ける気がしません。テニュス様にはもう指一本触れさせませんよ、侵略者ッ!』
ラパーパは自信満々に見得を切ると、杖から分離し浮遊したガニメデは、侵略者たちへの攻撃を再開した。
◇◇◇
護衛を連れ王城から外に出たカインは、王都の有様と、突如として現れた守護者に驚きを隠せない。
「人類の敵と、エレイン様を脅かす存在の衝突……」
カインの心中は複雑だったが、しかし今は守護者を頼るしかないことも理解していた。
そんな彼の前に、教皇フォーンとゾラニーグが現れる。
ゾラニーグは最初こそジンから身を隠す準備を進めていたのだが、王都に潜んでいた侵略者が一斉に目覚めたのを見てフォーンと合流したのだった。
「無事で何よりだ、カイン国王」
「フォーン様……と、ゾラニーグですか」
「今はティルミナ様のことは忘れましょう」
「どの口が――ッ!」
「カインよ」
フォーンに諌められ、カインは言葉に詰まる。
ゾラニーグも今ばかりは彼をからかう気にもならなかった。
「ジンが侵略者であることを私が暴きました」
「ジンが!?」
「ええ、裂け目を開いていたのも彼――と思っていたのですが、想像以上に侵略者の数は多かったようですね」
「聖職者はすでに民の救護に当たっているのですね?」
「それが、教会に所属する者の中にも侵略者が複数おってな……」
「教会内部にまで入り込まれているなんて!」
聖職者同士での治療が必要となり、思ったように民を救えていない――それが現状であった。
王国軍も一部がカタレブシスとの戦いに出向いているため、救助の手が足りていない。
「どうしてこんなことに……!」
「今はそんなことを言っている場合じゃないでしょう」
「だったら何ができると言うんですか!」
「やれることをやるしかない、違いますか」
ゾラニーグはカインの両肩に手を置き、そう言い聞かせた。
今ばかりはいつもの胡散臭い笑みも浮かべず、真剣そのものの顔で。
普段の彼とのギャップに、それほど事態が深刻なのだとカインは痛感させられる。
するとゾラニーグは言った。
「提案は戦いの後にするつもりでしたが、今ここで言わせていただきます。今回出現した侵略者たちの主な役目は、例の“裂け目”の拡張です。おそらく彼らが存在するだけであの裂け目は広がり、最終的に開いた穴から“大型侵略者”と呼ばれる本隊が複数出現します」
「現在現れている侵略者よりも……」
「遥かに強力でしょう。加えて、シルドさん経由でカイン様の耳にも入っているとは思いますが――」
「それが確認されているだけでも十億体」
「ええ、つまり一度穴が開いてしまえば、我々に勝ち目はありません」
「どうするというのです?」
「そこで、王都の民をまず全員外に出しましょう。王都全域を閉鎖区域にするのです」
「数十万の難民が生まれるんですよ? どうするつもりですか!?」
「どうにかするしかありませんね。世界の滅亡と王国の混乱、どちらを取るかです」
「残った民にも侵略者が混ざっておるかもしれん、全員を裂け目から遠ざけねば安堵はできぬ」
「くっ……」
それが無茶振りであることは、カインだけでなく、言い出したゾラニーグの方も承知している。
苦悩するカインの背中を押すように、フォーンは言った。
「教会も全力で協力すると約束しよう」
「フォーン様……確かに各地の教会施設を避難所として使えば、しばらくは猶予ができるかもしれません。ですがその後はっ!」
「その猶予の間に侵略者は本腰を入れて攻め込んでくるでしょうから、時間切れの心配はありませんよ」
「今回の件が収まってもまだ問題は起きると?」
「私が思うに――“裂け目”は世界のどこにでも生じる可能性があります」
ゾラニーグの言葉に、カインはごくりと生唾を飲む。
「人口が多い、つまり潜んでいる侵略者の数も多い王都だから最初に開いただけかと。今後は時間差で各地に出現するでしょうね」
「これが、エレイン様の言う世界の危機……」
エレインを信仰していた頃に侵略者について聞いたときは、『世界の危機に立ち向かうエレイン様はなんてかっこいいんだ』ぐらいにしか思わなかった。
しかしこうして国王としてその危機に直面した今は、当時の自分の甘さが情けなくなる。
もっと正面から向き合って、せめて覚悟だけは済ませておくべきだった。
そう悔いるカイン――そんな彼の前に、テニュスたち四人が到着する。
「誰かと思えば……テニュスですか」
「陛下、ご報告です」
テニュスはカインの前にひざまずいた。
「顔を上げてください、この場でかしこまる必要はありませんよ」
カインからそう許可をもらうと、テニュスはすっと立ち上がる。
そして、
「今、ラパーパがあの守護者で侵略者の対応に当たってる」
と、態度のみならず口調すらもラフにそう答えた。
カインは「せめて言葉遣いぐらいは……」と頬を引きつらせる。
まあ、テニュスとしては彼に恨みがあるので、敬語なんて使いたくないといったところだ。
そしてカインの方も、彼女に後ろめたい気持ちがあるため、それ以上は強く言えなかった。
「とりあえずあいつに任せておけば腕の化物の方は倒せるだろう。ただ、ジンが……」
「彼も侵略者だったそうですね」
カインもまた、物心ついたときからジンのことを知っている。
剣の指南を受けたこともあった。
テニュスやスィーゼほどでないにしろ、ショックは隠せない。
するとイナギが一歩前に出て口を開く。
「実際にわたくしはジンと戦いました」
「あなたは?」
「イナギと申します、エレインには賛同しておりませんが肉体的には簒奪者でございます」
「おお……あなたも!」
簒奪者と聞いてカインの目がキラキラと輝いた。
だがすぐにテニュスに睨まれていると気づき、表情を引き締める。
「ジ、ジンはどのような状態なのですか」
「騎士団長としての経験が反映された戦い方をしておりました、他の個体よりも明らかに戦闘能力が高いと思われます。現在も王都に潜伏しており、野放しにしておくのは危険かと」
「個別に対応する必要がありますか……」
「そこでスィーゼと彼女で討伐に向かおうと思ってるよ」
自ら名乗り出るスィーゼに、テニュスが思わず声をかけた。
「スィーゼ、お前大丈夫なのか?」
「放っておく方が大丈夫じゃない、スィーゼの心を落ち着かせるには彼と対峙するしかないと思っている」
テニュスもできればそうしたいと思っている。
だが今は、彼女に譲ることにした。
テニュスにはラパーパがいるが、スィーゼにはジンしかいない――その違いはあまりに大きいから。
「スィーゼさんはジンさんのこともよくご存知です、人選としては適任と言えるでしょう。お任せします」
カインから許可をもらうと、イナギとスィーゼはすぐにその場を離れジンの追跡を開始した。
二人を視線の端で見送り、今度はテニュスがカインに告げる。
「あたしは――レプリアンを使おうかと思ってる」
「あの兵器を!? 危険です!」
「そう言うと思ったから許可を取りに来たんだ。直にやりあって実感した、生身じゃあいつらには敵わねえ。守護者は無理だとしても、せめてレプリアンがねえと」
「民にはあのときの記憶が染み付いています」
「あたしにも染み付いてんだよッ!」
他人事のように言うカインに、テニュスは声を荒らげた。
元はと言えば、カインがカルマーロを使って、王牙騎士団の面々を操ったことが発端だ。
テニュスの怒りはもっともであった。
「それでも必要だと思ったんだ。そもそも、あたしが“使う”と言った時点であんたに拒否権は無いだろ」
そう言われると、カインはもう何も言えなかった。
国王の威厳など皆無である。
無言を肯定と捉えたテニュスは、アンタムの腕を引き寄せた。
「よし、じゃあアンタムも付いてきてくれ。レプリアンの動きは封じられたままだ、あたし一人じゃ動かせねえ」
「待ってくださいテニュスさん!」
「んだよゾラニーグ」
「カイン様は前線で軍の指揮を取るために出てこられた――そうですよね?」
ゾラニーグに同意を求められ、「そのつもりだけど」と頷くカイン。
「しかしカイン様は戦場での経験があまりに少ない。適切な助言ができる騎士団長が一人は残っていないと困ります」
彼の不安はもっともではあるが、それを否定したのは意外にもカインであった。
「それなら問題ありません、フルクス砦からシルドが戻ってくる手はずになっていますから」
「間に合うのですか?」
「予定通りであればそろそろ到着するはずです」
そう話しながら、カインは数日前にクロドと話したときのことを思い出す。
(王都の守りが手薄すぎるから王導騎士団だけでも戻した方がいい……兄様の助言が無ければ危ないところだった)
シルドが間に合いそうなのも、その言葉のおかげだ。
結局のところ、欲にまみれた大臣たちより、一番頼れるのは兄なんだろう――そう改めて思う。
不安も消えたところで、
「だとよ。じゃ、あたしは行くから」
「忙しいねえ。じゃあねカイン、頑張りなよー!」
テニュスはアンタムを連れて、研究施設へと向かうのだった。
◇◇◇
イナギとスィーゼは、ジンを探して王都の入り組んだ道をさまよう。
「しかしジンさんはどこに行ってしまったのでしょう、姿を消したときはこちら側に向かっているように見えましたが」
大まかな方向だけを頼りに進むイナギだったが、
「……こっちだ」
スィーゼは具体的な方向を指し示した。
「わかるのでございますか?」
「ジンの……というよりあの化物の匂いと気配がある」
侵略者には共通する独特の匂いがあるが、それとは別に個体差もあった。
感覚に優れたスィーゼはそれを記憶しているのだ。
逃げ惑う人々とすれ違い、前へと進む中、イナギはスィーゼに尋ねる。
「わたくしは彼を殺害するために追っております」
「ああ」
「スィーゼさんにその覚悟はおありでございますか?」
「……無いよ」
スィーゼは顔を伏せ、苦しげにそう答えた。
「この短期間でできる覚悟なんてあるはずがない」
「そうでございますね……」
「それでもやらないと。彼は肉体の主導権を奪われながらも喋っていた、意識はあるんだ」
彼女は自らに言い聞かせるように語る。
「誇り高き騎士である彼を、あんな無様な姿のまま放っておけない」
――本当は殺したくない。
そんな当たり前の本音を噛み潰して。
「きゃあぁぁぁああああッ!」
そのとき、そう遠くない場所から女性の悲鳴に気づいた。
イナギが加速し、女性を襲う侵略者に斬りかかる。
「せえぇぇえええいッ!」
彼方を手に、地面を蹴った彼女は一瞬で敵に接近する。
「やはり速いな……」
スィーゼは風の流れから、その圧倒的なスピードを感じていた。
人間離れした、とはまさにこのことだ。
あまり認めたくはなかったが、人間のジンよりもおそらく速さでは彼女の方が遥かに上だろう。
そして超振動の刃で斬られた侵略者は、透明の血液を撒き散らしながら後退する。
(ジンさんより手応えがない。そこは個体差でございますか)
宿主の肉体の強度に依存するのだろうか、特に固さに大きな違いがあった。
超振動で切断できるのなら、イナギの敵ではない。
「その命、頂戴いたしますッ!」
追撃の袈裟斬りにより、二本の腕は完全に切断された。
イナギは刀を鞘に収めつつ、襲われていた女性に声をかける。
「大丈夫でございますか?」
「は、はい。傷を治してもらってたら、急に、聖職者の人が、化物に……っ」
「教会の人間にも混ざっているのでございますか、厄介でございますね」
女性に手を差し伸べ、立ち上がらせていると――
「いやぁぁぁああっ!」
「た、助けてくれぇぇえッ!」
他の場所からも次々と声が聞こえてきた。
すぐにそちらへ向かおうとするイナギとスィーゼ。
すると女性がイナギの腕を掴む。
「待ってください、わ、私たちはどこに逃げればいいんですかっ!」
「このあたりの化物退治はわたくしたちが引き受けます、この場に残りしばし他者との接触を断つのがよろしいかと」
そう言って腕を振りほどくと、次の敵の元へ向かう。
後ろからは泣き崩れる女性の声が聞こえたが、かまっていては救えるものも救えない。
少し開けた場所に出ると、案の定、複数の侵略者が人々を襲っていた。
あたりには死体も大量に転がっている。
すぐに侵略者との戦いを始めるイナギとスィーゼ。
戦いの最中、偶然にも背中合わせになった二人は、言葉を交わす。
「いいのでございますか」
「民を救うの最優先さ」
そうして戦いを続けるうちに、スィーゼはジンの匂いが薄れていくのを感じていた。
焦りがないと言えば嘘になる。
その焦りは動きにも反映され、生じたわずかな隙――それを侵略者は見逃さなかった。
死角から放たれた爪は、完全にスィーゼを捉えている。
「穿け、アイススパイクッ!」
……が、どこからともなく飛んできた氷の槍が侵略者の腕に突き刺さる。
スィーゼとイナギは、声の主に目を向けた。
「氷の魔術――それにこの声は!」
イナギのハイテンションな声に、アンターテはわずかに顔をしかめた。
が、すぐに侵略者との戦いに集中する。
「カルマーロ、足止めを!」
「承知。蠢く闇、捕縛――」
侵略者の下から闇が這い出し、まるで腕のように形になって絡みつく。
本気で振りほどけば千切れる程度の強度。
だが足止めとしては十分な効果を発揮していた。
動けない相手の頭上に、無数の氷の槍がずらりと並ぶ。
「ありったけを食らえぇぇえッ!」
全身穴だらけにされた侵略者は地面に倒れると、それきり動かなくなった。
どことなく誇らしげに、口元を緩ませるアンターテ。
そんな彼女の背後に新手の敵が迫る。
「アンターテ、背後」
カルマーロの言葉に、慌てて振り向くアンターテ。
すでに爪は目の前に迫っており――
「やらせはいたしませんッ!」
すでに動き出していたイナギが、それを斬り伏せた。
「傷はございませんか?」
身を案じ、微笑みかけるイナギに、不覚にもどきっとしてしまうアンターテ。
彼女は反射的に顔を背け、不機嫌そうに頬を膨らませた。
「別に助けてもらわなくても……」
「元気ならなによりでございます」
ここにイナギ、アンターテ、カルマーロと三人の簒奪者が集まった。
対する侵略者の数は十にも満たない。
「スィーゼさん、ここは三人で協力して守ります。あなたは――」
イナギはスィーゼに対し、思わずそう言ってしまった。
が、言葉を途中で止める。
ジンを追ってほしい――そう思っているのだが、一方で一人で行かせてはならないとも思うから。
するとスィーゼは、そんなイナギの心中を読んだように言った。
「ああ、団長の元へ向かわせてもらう。心配しないでくれ、死ぬつもりはないよ。機会をくれた君への裏切りになるからね」
死ぬつもりはない――今はその言葉を信じるしかない。
イナギは拳をぎゅっと握り、ジンの追跡に向かうスィーゼを見送った。
するとそんなイナギの背後で、アンターテが不満そうに声をあげる。
「協力するなんて言ってない」
どうやら“協力”の二文字が不服だったらしい。
イナギは振り返り、軽くしゃがんで高さを合わせると、アンターテをがばっと抱き寄せた。
「ひぇっ? な、なにして――ッ」
「あまりにかわいかったもので。ですが幼少期はよくこうして頬を食んで」
「変態ッ!」
イナギの頭上から氷の槍が落ちてくる。
彼女は「おっと」と軽く後ろに飛んで避けると、ケラケラと笑った。
その間にも、侵略者は接近してきている。
「二人、敵、集中」
「怒られてしまいました」
「イナギのせいだから」
「ええ、文句なら戦いの後にいくらでも受け付けましょう」
「……文句も言いたくなくなってきた」
そんなやり取りを交わしつつも、三人は共闘により侵略者の数を減らしていくのだった。
◇◇◇
それからほどなくして、スィーゼはジンを発見する。
「まるでスィーゼが来るのを待っていたようだね」
逃げていたはずの彼は、堂々と道の真ん中に立ち彼女を待ち受けていた。
ひょっとすると、イナギの厄介さを理解し、一人になるのを待っていたのかもしれない。
「私はどこにいるんだ? ここはどこなんだ? 気持ちが悪い、この世でないことはわかる。おーい、誰か答えてくれ、おーい!」
ジンの“抜け殻”は、相変わらず声を発し続けている。
一体、彼はどんな夢を見ているのだろうか。
左右に裂けて、とても生きているとは思えない見た目だが、痛みもなく、苦しみも感じていないのだろうか。
「私は意識を失っているわけではなく、しかし目覚めてもいない。この感覚。もしかして、本当だったのか? 私は侵略者だったのか? これは彼らに見せられているのか?」
直前に侵略者のまつわる話をしていたのだろうか、ジンは自力でその結論にたどり着いた。
「近くにいるのか、スィーゼ、テニュス」
もちろん、彼はスィーゼの存在を認識していない。
それはまったくの偶然であった。
だがスィーゼはそれをわかった上で、理性のあるジンと再び会話できた事実を噛み締める。
「……団長。いるよ、スィーゼはここにいる」
まるで泣いているように、彼女の声が震えている。
「もしいるのだったら、頼みがある」
「どうしてほしいんだい?」
優しい声でそう尋ねると、ジンは悲しげに答えた。
「殺してくれ。誇りを汚すその前に」
ついに、スィーゼの瞳から涙がこぼれた。
きっと彼ならそう言うだろう。
そう思っていたからこそ――その言葉が侵略者の罠などでなく、彼の本音だとわかったから。
侵略者の動きが止まっているのは、最後の会話を遮らないためだろうか。
いや、そんなことは考えていないだろう。
きっとジンとの会話という精神攻撃により、スィーゼが弱体化するとでも思っているらしい。
「きっと君は見えていないんだろうね。けど嬉しいよ、それを聞けたのがこのスィーゼであることが」
涙は。悲しみは。必ずしも人の心を弱らせない。
悲劇から再び立ち上がれる――立ち上がれてしまう人間にとっては、時に奮起する力にもなりうる。
「騎士の誇りを守るための戦い――ならば、スィーゼ以上に相応しい相手はいないだろうからね」
スィーゼは剣を構え、ジンに向けた。
強い戦意を感じたか、侵略者の両腕も動き出す。
◇◇◇
王都の中央では、守護者ジュノーを操るラパーパが、侵略者たちと戦っていた。
『ずいぶんと数は減ってきました、この調子なら!』
守護者と中型侵略者の戦い――それは完全なるワンサイドゲームだった。
ガニメデの自動迎撃の前に、侵略者はジュノーに触れることすらできなかったのである。
するとそのとき、激しく王都の大地が揺れた。
『今度は何デス!?』
ずしん、ずしんと大地を揺らしながら“裂け目”から強引に這い出でようとする、黄と紫の肉の化物。
『まさかあれは……もう大型侵略者が出てこれるぐらい広がったんですか!?』
この付近に中型侵略者たちが集合したのは、決してジュノーの相手をするためではない。
裂け目を広げ、大型侵略者をこの世に呼び出すための自爆戦術でもあったのだ。
現れた怪物は、体の色こそ中型侵略者と同じ、形状も人型で守護者より少し大きい程度であるものの――肉体に付属するパーツの位置がぐちゃぐちゃだった。
口や目が、手足や体、顎の下や後頭部など、様々な場所に点在しているのだ。
半端に人の形をしているため、余計にラパーパには気持ち悪く見えた。
大型侵略者の瞳がぎょろりと動き、王都の城門付近を見つめた。
そこには避難しようとする人々が殺到している。
さらにその頭部が左右に割れたかと思うと、中から二本の腕が生えてきた。
何かが始まる――そんな予感がしたラパーパは、出現したばかりの侵略者にすぐさま攻撃を仕掛ける。
『ガニメデ、あの化物を破壊してくださいッ!』
中型侵略者を一発で消し飛ばした光線は、しかし大型に対しては、脇腹の肉をえぐる程度の威力しかない。
さらに連続して何発も放ったが、相手の動きは止まらない上に、生えてきた腕には傷を付けることすらできなかった。
頑丈というよりは、腕の近辺に見えない力場が存在しており、それに弾かれたという風に見える。
やがて天に向かって伸びた両腕――その間に力場が集束し、小さな光が生まれた。
『効いてますっ、でも止まらない。あれは、よくわかんないですけど、あれは使わせちゃいけませんっ!』
必死にガニメデでの攻撃を繰り返すラパーパ。
だがやはり、腕だけが傷つかない。
光は徐々に大きくなり、エネルギーが蓄えられているのは明らかだった。
そんな大型侵略者に狙われている、王都城門付近――そこには住民のみならず、フルクス砦から戻ってきた王導騎士団の姿もあった。
先頭を進む団長シルドは、人並みをかき分け、異形を目撃する。
「何だあの怪物は……!」
頭が割れ、そこから伸びた二本の腕に集まるエネルギー。
ドロセアのように魔力が見えるわけではないが、それが危険なものだということは彼にもわかった。
「王導騎士団、王国の盾として民を守るぞッ!」
「うおぉおおおおおおッ!」
シルドの呼びかけに答え、騎士たちは陣形を取る。
それは攻撃ではなく、“守護”のための陣形だ。
「簒奪者、侵略者、そして守護者……強大な力を前に、我々は力不足を痛感してきた。本来ならば前線に立つべき戦場さえも、一人の少女に任せ王都へ戻ってきた」
数日前、フルクス砦をあとにした王導騎士団。
国境警備隊や、近辺を治める公爵の軍なども残ってはいるが、魔物や簒奪者まで混ざっているカタレブシス軍との戦いでは戦力にならない。
つまり、あの場所での戦いをドロセアに押し付け、逃げ帰ってきたような形なのだ。
それは騎士にとって許せることではなかった。
「だがそんな我々にも、民を守ることぐらいはできるはずなのだ。たとえ相手が侵略者だろうと、この“多重防壁”ならばッ!」
王導騎士団全員分のシールドが重ねられ、彼らのみならず、逃げ惑う王都住民を包み込む。
騎士に選ばれた一流魔術師たちが、幾重にも、幾十重にも重ね合わせ、相乗効果でさらに強化されたシールド。
簒奪者の強力な魔術であっても弾くような、絶対の盾。
そこに――ヴゥン、という聞いたことのない音とともに、大型侵略者のエネルギーが放たれる。
ラパーパの目には、わずかに景色が歪んだだけのように見えた。
多重防壁も、王導騎士団も、王都の民も、ほんの少し歪んだだけ。
しかし次の瞬間、彼らは割れていた。
ぷちゅっ、と風船でも弾けたように。
『あ……ああ……』
数千の命が消えた。
見知った顔も死んだ。
見知らぬ人も死んだ。
死んで、死んで、死んで、あまりに多くの死を目の当たりにした彼女は――
『うわあぁぁぁぁああああああッ!』
恐怖と悲嘆の涙で顔をぐしゃぐしゃにして、大型侵略者に突っ込んでいった。
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