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008 居場所と逃げ場所

 



「灰になっちまえよぉおおッ!」




 少女の炎の剣がドロセアに襲いかかる。




(視界が白で埋められるほど、とてつもない魔力の奔流――すごい、これがS級魔術師の本気!)




 灰にするというのは決して例え話ではない。


 この炎は触れただけで人を灰に変えるだけの熱を持っている。


 加えて先ほどよりも強烈な筋力増強の魔術がかかっている、おそらく受け止めるのは不可能だ。


 まずは後退――だが少女はお構いなしに剣を振り落ろした。


 刃はドロセアに届かない。


 しかし炎と斬撃(・・)は彼女に届く。




(斬撃が……飛んでくる!?)




 それもまた、魔力を使わない魔術とは異なる現象。


 とっさにシールドを展開し、まず斬撃を滑らせに後ろに受け流す。


 さらに魔力障壁を、火属性魔術を効率的に分解できる形状へと変更。


 だがそれでも間に合わないほど、少女の放った魔術は強大だった。


 シールドを貫通して熱が侵食し、ジリジリとドロセアの服を燃やし肌を焼く。




(まずこの場を離れないと、焼け死ぬッ!)




 すでに分解した魔力を取り込み、流用し風魔術を発動。


 術式を脚部に纏い大きく跳躍し、どうにかその場を脱する。




「またジンのやり方をパクりやがって、逃がすかよぉッ!」


「別にパクったわけじゃ……いや真似はしてるけど。でも私は騎士団に興味なんて無いって!」


「黙れッ! あたしはお前を許さないっ!」




 すぐさま少女は追ってきた。


 一応は対話を試みてはみたものの、やはり話は通じそうにない。


 風魔術を使い加速するドロセアだが、相手は生身でそれに食いついてくる。




(なんて馬鹿げた身体能力! さっきからジンさんの名前が出てるってことは王牙騎士団の関係者なんだ。これが騎士団員の実力……!)




 だとしても、騎士団員に狙われる理由など全く心当たりがないのだが。


 まともに打ち合っても勝機は無いと判断したドロセアは、距離を取りながら魔術での攻撃を行い様子を見る。


 彼女の前に複数の青と茶色の術式が浮かび上がり、続けざまに氷塊と岩塊が射出された。




「同時に複数の属性を使ってやがる――だがそんなもんしょせんは大道芸だ、避けるまでもないッ!」




 言葉通り、氷は少女に近づくだけでジュッと蒸発して消え、岩も軽く剣を振りかざすだけで灰にされてしまう。




「今度こそ燃え尽きろやあぁぁああッ!」




 少女は剣を大ぶりで振り回し、灼熱の炎でドロセアを薙ぎ払った。


 しかし今度はさっきとは違い、すでに一度同じ術式を見ている。


 右目による分析。


 シールド形状の調整。




「より効率的な魔力の分解を――」




 やはり少女の魔力量は多すぎる、現時点では全てを分解して取り込むのは不可能だ。


 分解不可能な分は受け流し、許容量分は全て貯め込む。


 少女はドロセアの背後に浮かぶドーナツ状のシールドを見て眉をひそめた。




「何だありゃ……見たことねえぞこんな魔術」




 輪っかは貯め込む魔力が増えるほどに光を放つ。


 それは術式への変形のしやすさを考慮して生み出した手法だったが、少女から見たドロセアはやけに神々しく見えていた。




(あの子の魔術は広範囲を圧倒的な高温で焼き払う強力なもの、模倣魔術はどうしても劣化してしまうから同等の威力は望めない)




 少女の魔術を受け止めきったドロセアは、貯め込んだ魔力を使い攻撃に転じる。


 右手に剣を握り、その表面に赤い術式を浮かび上がらせる。




(だから術式を改造する。範囲を狭めて、炎を収束させ放つ――これなら!)




 剣で薙ぎ払うと、赤い斬撃が少女に向かって飛翔する。


 そのとき、彼女は口元に笑みを浮かべていた。




「足りねえんだよ」




 それを――少女は素手で握りつぶす。




「な……っ」


「その程度じゃあ王牙騎士団にはふさわしくない。あたしがここで、S級の本気ってやつを見せてやるよ!」




 相変わらず言っていることはよくわからないが、少女は受けて立つつもりらしい。


 彼女も剣に術式を浮かべ、先ほどよりもさらに大量の魔力を注ぎ込み、最大火力で迎え撃つようだ。




「……まだ“上”があったの?」




 今までの魔術でも十分に強力すぎるほどだったが、今度は文字通り桁が違う。


 現在保有している魔力をどれだけ収束したところで、おそらく突破は不可能だ。


 S級というあまりに高い壁――最初は上を見上げてもどこに頂点があるのかわからない存在だったが、今はその頂点を認識した上で、途方もなく高く感じる。




「どうした、怖気づいたか!」


「待って、そんな魔術ここで使ったら森が吹き飛んじゃうよ!」


「今さらだろうが!」


「今までもまずかったけど今度はもっとまずいの! それに私、王牙騎士団になんて興味ないからっ!」


「だったらジンはどうしてあたしを捨てたんだ!」


「知らないよぉ、ジンさんは確かにここに来たけど……」


「やっぱりそうじゃねえか、お前が――お前のせいで――ッ!」




 なぜ少女はドロセアを恨むのか、なぜジンの名前が出てくるのか。


 事情がわからなければ説得もしようがない。


 むしろ先ほどのやり取りは火に油を注いだようで、赤い術式はさらに輝きを増した。


 もはや貯め込んだ魔力だけではどうやっても止められそうにない。




「……仕方ない。まだ安定しないけどあれを使うしか」




 ドロセアは目を閉じて、いつも以上に意識を集中させた。




「思い出して、体の内側から溢れ出してくるあのおぞましい感覚を」




 彼女の魔術発動が中断され、術式も剣も消える。




「う……ぐ、引きずり出す……怖がる必要はない。だってリージェがいるんだから。これは私の敵じゃない――!」




 代わりに、右腕が怪しく蠢きだした。


 対する少女も、さらに大量の魔力を術式につぎ込んでいく。




「取り戻すんだ……あたしはっ、自分の居場所をぉッ!」




 溢れ出した熱気によって、周囲の木々はすでに燃えはじめていた。


 そしてついに衝突の瞬間――




「ぐ、おぉおおおおッ!」


「はあぁぁぁああッ!」




 両者の切り札が爆ぜる――そのときだった。




「そこまでだよ、二人とも!」




 マヴェリカの声が響きわたる。


 次の瞬間、ドロセアは地中から現れた木の根に絡め取られた。


 同時に少女の炎は氷へと代わり、重りとなって彼女にのしかかる。




「ひゃああぁっ! な、なにこれぇっ!」


「う、が……あたしの炎が、簡単に消されただと……!?」


「まったく、騒がしいと思って来てみれば……ああもう、かなり焼けちまってるじゃないか。火事になったらどうするつもりなんだい」




 空中からゆっくりと降りてくるマヴェリカ。


 平然と空を飛んでいることにも驚いたが、今はそれどころではない。


 彼女はドロセアの前に立つとしゃがみこんで視線を合わせ、優しく微笑んだ。




「師匠……」


「襲われたんなら素直に逃げるべきだったね。あんたはリージェを助けるのを焦るあまり、危ういところがある」


「でもリージェが……いえ、すいません」


「あとで話を聞かせておくれ。一人で抱えたっていいことは何もないんだから」


「はい……」




 落ち着いたと判断したのか、木の根が解ける。


 続いてマヴェリカは少女の前に立った。




「そしてあんたが“テニュス”だね」


「そういうてめえはマヴェリカか……なんで断らなかったんだよ。ジンはあたしの居場所なんだ! なのに……なのにどうして捨てられなくちゃ……!」


「何か勘違いしてるみたいだけど」


「勘違いなものかッ! 実際に言われたんだよ、お前は捨てられたって、他の騎士団の連中からッ!」


「……ジンから直接の説明は?」


「忙しくて……顔も見れてない……」




 マヴェリカは大きくため息を付く。


 そんな彼女の手には、手紙らしきものが握られていた。




「師匠、その紙は何なんですか?」


「ジンからの手紙だよ、ついさっき届いたんだ」


「ジンから!? 見せろッ!」




 テニュスは手紙を奪い取ろうとするが、氷の下から出ることができない。




「まずあんたは落ち着きな。元はと言えばジンが説明してないのが悪いんだろうけど、別に捨てられたわけじゃない」


「だったら何で!」


「ジンが“正しき選択(ジェンティアナ)”に狙われてるから逃したんだよ」


「あ、あいつらに……ジンが!?」


「ジンに追っかけられてる貴族が依頼を出したんだろうねえ」




 話が理解できずに首を傾げるドロセアに向け、マヴェリカは説明する。




「“正しき選択”ってのは、いわゆる暗殺組織ってやつさ。これがまた危険な連中でねえ」




 だが解説の途中にテニュスが血相を変えて騒ぎ始めた。




「今すぐに戻らないと。ジンが、ジンが殺されるッ!」




 魔術で脚部を強化し駆け出そうとする彼女の首根っこを、マヴェリカが掴んだ。


 テニュスはかなりのパワーを持っているはずなのだが、それを片手で抑え込んでいる。




「止めるなよ、放せえぇぇッ!」


「ジンが死ぬわけないだろ。あんたを守りながら戦うのは大変だからこっちに寄越したんだろうに」


「あたしはS級魔術師だ、ジンの力になれる!」


「狙われてるのはジンだけじゃない、テニュスもだ。二重で狙われて余計に動きにくくなるだけだろう? 少なくともあいつはそう判断した。だからあんたを王都から離れさせた。違うかい?」


「く……」




 心当たりがあるのか、テニュスは悔しさに歯ぎしりをして動きを止めた。


 相変わらず何がなんだかわからないドロセアは「ほえー」と間抜けな声を出すことしか出来ない。




「大変な事情があるみたいですねー……」


「実を言うとドロセアも無関係ではないのさ」


「私が?」


「前に言ったろう、人間を魔物に変える研究をしてた連中がいたって。その組織に金を出してたのが“正しき選択”だ」




 暗殺組織が魔物化研究に資金提供をする意味――その技術が暗殺に利用できると考えたんだろうか。


 魔物を戦力にするためか、それともターゲットを魔物に変えて消すつもりだったのか。




「じゃあ……もしかしてあの薬を作ってる教会とも繋がってるんですか?」


「今のところ確証は無い、としか言えないね。ひとまず落ち着いた場所で話をしようか。帰るよドロセア。テニュス、あんたも付いてくるんだ」


「ジン……あたしがいなくて大丈夫なのか……なあ、ジン……」


「ったく、こんな不安定な状態の子を私に任せるなっての! もう無理やり連れて行っちまうからねっ!」




 そう憤り、マヴェリカは動こうとしないテニュスをずるずると引きずっていく。


 ドロセアはその隣を歩きながら苦笑いを浮かべていた。




 ◇◇◇




 家に入るなり、テニュスはドロセアが出したお茶を一気に飲み干した。




「ぷはぁっ……はぁ。そんでよお、お前はジンのなんなんだよ!」




 そして急にキレる。


 いきなり殴りかかってこないあたり、少しは頭が冷えたらしい。




「一回だけ剣の練習に付き合ってもらったの」


「それだけなわけねえだろ!」


「それだけだよ」


「嘘つくんじゃねえ。マヴェリカ、本当のところはどうなんだ!」


「事実だよ」


「な、なんだよ。じゃあ一回しか会ってないやつにあたしは負けたってのか!?」


「その負けたっていうのがよくわかんないんだけど、そんなにジンさんが私のこと褒めてたの?」




 確かに彼はドロセアの才能を見込んではいたが、テニュスのような圧倒的な力の前では無力だ。


 比較して上回る要素は一つもない、とはっきり言い切れるほどに。


 しかしテニュスはこう語る。




「あたしの前でも褒めてたし、副団長には『ドロセアの方が次の団長にふさわしい』とまで話してたとかで。そんなわけないって否定したんだけど、あの野郎薄ら笑いを浮かべてあたしのこと馬鹿にしやがって! じきに騎士団にお前の居場所は無くなるとまで……ッ!」




 マヴェリカはジンに対し、『ドロセアに関する情報は慎重に扱え』と釘を刺した。


 つまり副団長とやらは信頼に値する相手なのだろうし、ここに向かわせるつもりだったテニュスに話すのも理解はできる。


 問題は、どうも副団長とテニュスの仲が悪そうなところにあるようだ、とマヴェリカは考える。




「その直後に王都から出ていくように命令されたんだ。しかも行き先がそのドロセアってやつがいる場所だって聞かされて、あたし……あたしは……ッ!」




 テニュスの声が震え、先ほどまで殺意に燃えていた瞳が涙に揺れた。




「どうしたらいいんだよ、あたしの居場所は王牙騎士団にしかないってのに……あそこからも追い出されたら、あたしはどこに行けばいいんだ? 誰の近くで生きていけばいいんだよぉ……!」




 自分の体を抱きながら、まるで幼い少女のように怯える。


 先ほどまでの激情に燃える姿とのギャップに戸惑うドロセアとマヴェリカ。




「こりゃ重症だねえ」


「何があったんでしょうか」


「耳貸しな」




 テニュスに聞こえないよう、マヴェリカは小声で語り始めた。




「手紙に書かれた内容によると、テニュスは両親を“正しき選択”に殺されたらしい」


「どうしてそんなことを」


「親が貴族だったんだよ、それで派閥争いに巻き込まれたんだと」


「それって師匠とジンさんが話してた……」


「今回ではなく数年前に起きた諍いの方だけどね。王国では大なり小なり常にそういった貴族同士の争いが起きてるのさ。けど困ったことに、テニュスは普通の貴族の子供じゃなかった」


「強い、ですよね」


「ああ、剣術、魔術ともに王国最高峰とも言える才能の持ち主。地元じゃあ神童や剣聖って呼ばれてたんだと」




 なまじ戦う力があったばかりに、テニュスはただの“被害者”では終わらなかった。




「その才能を発揮して、両親を殺した暗殺者を追っかけそいつの家族もろとも皆殺しにしたらしい」


「みな、ごろし……」




 どくん、とドロセアの心臓が跳ねた。


 確かに動機としては妥当だが、手を血で染めるにはまだ彼女は幼い。




「その後、ちょうど“正しき選択”を追ってたジンがテニュスを見つけて保護して、王牙騎士団で面倒を見ることにしたそうだよ。放置しといたら暗殺者どもの報復を食らうだろうからねえ。けど騎士団に入ってからも、両親の死とその仇を惨殺したショックで精神が不安定なままだったそうだ」


「ジンさんの存在を支えに正気を保ってたんですね」


「そういうことだろうね」




 マヴェリカは憐れむような視線をテニュスに向ける。


 一方でドロセアはそっと彼女の隣に立ち、背中を撫でた。




「う、ううぅ……もうひとりは嫌だ。嫌なんだ……」


「落ち着いて、私たちがいるよ。ちゃんとテニュスのこと見てる」


「あたしの居場所はどこにもない……誰も守れない……傷つけるばっかりで……」


「それに心を痛めてるってことは、テニュスは優しい心を持ってるってことじゃないかな」


「心なんて……あたしには剣しかない……誰かを傷つける剣しか。家族もいない、友達もいない、強くなるしかないんだ。騎士団にしがみつくしか……」


「自分の居場所を守れる力は大事だよ、傷つけるだけのものじゃない」




 そうやって優しく語りかけると、テニュスは若干ではあるが落ち着いた様子だった。


 そんな二人を見てマヴェリカは思う。




(年齢に対して大きすぎる力を持つ人間は心が不安定になりがちだからねえ。ドロセアはリージェに対しても、あんな風に接してたのかもしれないね)




 確かに“お姉ちゃん”らしい振る舞いだとは感じた。


 そのまましばらくドロセアが寄り添っていると、徐々にテニュスの声が小さくなっていく。




「あたしを置いてかないで……お父さん……お母さん……」




 やがてテーブルに突っ伏して、そのまま動かなくなってしまった。




「あれ? 寝ちゃった……」


「眠れる程度に気持ちが落ち着いたんだろう。ドロセアの言葉も効果があったんじゃないか」


「あんまり自信は無いですけど、それなら良かったです。でもいきなり寝るなんて、よっぽど疲れてたんですかね」


「服も汚れてるし、王都からここまで寝ずに一気に突っ走ってきたんだろうねえ」


「あの距離を自分の足で!? 馬車でも何日かかかるっていうのに、とんでもない体力ですね」


「間違いなく騎士としての実力はあるんだろうさ、それに心が伴っていないだけでね。見たところ、ドロセアより一歳か二歳上ぐらいだろう? まだまだ若すぎる」




 騎士養成所に入れるのが十五歳からなのだから、それより下の年齢で正騎士になっている時点で普通ではない。


 年齢不相応な重圧も感じてきたはずだ。




「ジンだって、騎士団に入ることでテニュスがプレッシャーを感じることはわかっていたはず。精神が不安定な子にはかなりの重荷だ。それでも引き込んだのは、命を奪われるよりはマシだと考えた結果かねえ……」


「大変な人生を送ってきたんですね」


「ところでドロセア、一つ確認したいんだけど」


「何でしょう」


「あんた――自分で肉体を魔物化できるのかい?」




 マヴェリカは、何気ない雑談のように切り出した。


 どうやらテニュスとの戦いをばっちり見られていたらしい。


 ドロセアも隠せる相手では無いと思っていたので、素直に話すことにした。




「……答える前に、一つ言っておかなければならないことがあります」


「聞かせておくれ」


「師匠とジンさんの話、盗み聞きしてました」




 軽くため息をつくマヴェリカ。




「……そういうことかい。だからここ数日、妙に落ち着きがなかったんだねえ」


「でもあの話の前から妙な現象に遭遇したことはあったんです。右腕から魔物の肉片が現れて、私に『助けて』と囁く――最初は幻かと思ってましたが、二人の話を聞いて『私の中に混ざったリージェの血が引き起こしたんじゃないか』と思いました」


「それで、どうだったんだい」


「自分の体内の魔力を観察したところ、一部にリージェの魔力らしきものが混ざっていることがわかりました。その魔力に意識を集中させて活性化させると――」


「魔物化するんだね?」


「はい、リージェの魔力が急激に増殖して、体内に収まりきらなくなると“魔物化”という形で溢れ出します」




 そう語るドロセアを、マヴェリカはいつになく強い口調で注意した。




「二度とそれは使っちゃいけないよ、いいね?」


「強くなるための近道にはなりませんか」


「人間をやめたいのかい」


「だって、リージェは自ら命を絶とうとしたんですよ? そんなの放っておけるわけがないじゃないですかッ!」




 取り乱すドロセア。


 彼女の全ての動機の根源であるリージェが死にかけたのだ、落ち着いていられるはずもなかった。


 むしろ今、この瞬間までよく我慢したものだ。




「隠そうとしたのは、謝るよ。でもまだ自殺と決まったわけじゃない」


「リージェが飛び降りたのは、私が死んだと聞かされたからです。同時にエルクが行方不明になったんなら、彼が私の身に起きたことをリージェに話したんでしょう」


「だとしても、まだ彼女は生きてるんだ」


「でも幽閉されてるなんて、いつまであの子の心がもつか……ッ!」




 ドロセアの心配はもっともだった。


 十二歳の少女が、両親や最愛の友から引き離され、知らない人間しかいない教会に閉じ込められる。


 日々孤独と不安と恐怖に押しつぶされそうになりながら過ごしているはずだ。




「リージェに接触できないか、私からも王都の連中に頼んでみよう。でも焦っちゃいけないよ、急いで突っ込んだってドロセアが死んで終わるだけだ。そうなればいよいよ取り返しのつかないことになる」


「……はい、わかってます。わかってるんです」


「納得できない気持ちはよくわかるよ。でも私だってドロセアが幸せになれることを願ってるんだ」


「それも……師匠がとてつもなくいい人ってことは、痛いぐらいわかってます」


「そんな痛がるほどかい……? しかし、あんな目に合ったってのにやけに落ち着いてると思ったけど、こうやって腹を割って話せば年相応の部分も見えてくるもんだね。逆に安心したよ」




 そう言って暗い空気を吹き飛ばすマヴェリカ。




「無理をしてたつもりは無いんですが」


「色々起きたからね、心のバランスが崩れたんじゃないかい。まだ十三歳なんだ、甘えてわがままを言ったって許される年頃だよ」


「実は十四歳になりました」


「へ?」


「先週、誕生日だったんです」


「な――あんたそんな大事なことなんで言わなかったんだいっ! 祝いそこねたじゃないか!」


「こんな状況なので誕生日なんてどうでもいいかなって」


「いいわけないだろう。今からでも遅くない、祝うよ!」




 マヴェリカは拳を握りしめ、そう熱弁した。


 魔術について語っているときよりも熱を感じるほどだった。


 ドロセアはふと、自分が弟子として迎えられた日のことを思い出す。


 そういえばあのときも、やけに夕食が豪華だった、と。


 マヴェリカは記念日好きなタイプなのかもしれない。




「そうだ、テニュスの歓迎会もしなくちゃいけないねえ。こりゃ夕食は腕によりをかけて作る必要がありそうだ。食材は足りるかねえ」


「……あ、そういえば村の人たちから貰ったお礼そのままだ」


「そんなもの貰ってたのかい?」


「村に出てきた魔物を倒したお礼にっていっぱい渡されたんです」


「ドロセアが魔物を!? 偉いじゃないか、よしよし!」




 すかさずマヴェリカがドロセアの頭を撫でる。


 ドロセアの頬はほんのり赤くなった。




「その帰りにテニュスに襲われたってわけだね。じゃあ回収しにいくよ、全部が全部燃えたわけでもないだろうからねえ」


「はい、師匠っ」




 外へ向かうマヴェリカに、ドロセアは小走りでついていく。


 まだ胸のもやもやは消えたわけではないけれど、ずいぶんと心は軽くなっていた。




 ◇◇◇




 その後、目を覚ましたテニュスは目の前に並ぶ豪華な食事の数々に目をまん丸くしていた。


 メニュー数も多ければ、明らかに三人前の量でもない。


 絶対に食べきれない――とドロセアは思っていたのだが、それを想定外の食欲で食い尽くしたのがテニュスだった。


 よほど腹が減っていたらしい。


 それも冷静さを失っていた一つの理由なのかもしれない。


 そして食事を終えたドロセアとテニュスは、一緒にシャワーを浴びることになった。




 ◇◇◇




「なんなんだよこの欠陥シャワーは、火属性しか使えないあたしじゃ使えねえし!」


「不便だよねー」




 あまり広くはない室内で、身を寄せ合いながらシャワーを浴びる二人の少女。


 リージェとの諸々で慣れているドロセアは平然としていたが、テニュスは紅潮している。




「つかよお、あたしはどうやっても火属性魔術しか使えねえんだ。今日からここに住むってことは、ドロセアとずっと一緒にシャワー浴びなきゃなんねえのか?」


「かもね」


「恥ずかしすぎんだろ……」


「別に女の子同士だしよくない?」


「よくねえって! その、色々よくねえんだって!」




 ドロセアにはさっぱりわからなかったが、とにかく良くないらしい。




「師匠に相談はしてみるね。でもしばらくはこれで我慢しないと」


「うぅ……この距離の近さ、慣れねえ……」


「騎士団で訓練したらもっと体が近づくことあるんじゃないの?」


「それは大人の男ばっかだろ。ドロセアみてえに同世代の女と近づくことがねえんだよ」


「私なら大人の男の人のが怖いけどなあ。故郷の友達と一緒に水浴びとかしなかったんだ」


「……故郷か」




 テニュスが床に視線を落とす。


 何かまずいことを聞いてしまったようだ――ドロセアの胃がきゅっと痛んだ。




「あ……ごめん」


「何で謝るんだよ」


「デリカシー無いこと言っちゃったな、と思って」


「んだよあたしの過去のこと知ってんのか。それとも手紙に書いてあったのか? 別に構いやしねえよ……って、やっちまったぁぁぁぁ!」




 頭を抱え、さらに落ち込むテニュス。




「あたしが先に謝るべきなのに、何で先に謝らせてんだよバカヤロウ。つかシャワー浴びる前に言っとくべきだろアホテニュス……!」




 さらにペチペチと自分をビンタしながら自責の念にかられている。


 ドロセアは「大丈夫?」と心配して彼女の顔を覗き込む。


 するとテニュスは、真剣な眼差しでドロセアを見つめた。




「さっきはいきなり襲ったりしてマジですまなかった。マヴェリカが来なけりゃ取り返しのつかないことになってたよな……完全にあたしが悪い。全責任があたしにある」


「ああ、そのことかぁ」


「“そのこと”じゃ済まねえだろ。あたしのこと殴るか? 軽く十発以上は殴る権利があると思うぞ」


「そんなことしても私が嬉しくないもん、謝ってもらったんだからそれでいいよ。テニュスも追い詰められてたってわかったし。それに私も……すぐに師匠を呼びに行けばよかったのに、戦おうとしちゃったからね」




 彼女はマヴェリカから言われたことを思い出し、自嘲ぎみに笑う。




「師匠やジンさんと出会って私は強くなれた。だからテニュスと戦ったら、もっと強くなれるんじゃないかと思ったんだ」




 確かにあのときは冷静ではなかったかもしれない。


 リージェを想うあまり、前のめりになりすぎていた。




「お前……見た目に似合わず戦闘狂(バーサーカー)だな」


「師匠に言われた、焦りすぎだって」


「焦る理由があんのか」


「ん……大切な人を助けたいの。そのためにはS級魔術師より強くならなきゃいけないから」




 強い決意がこもったその言葉を気に入ったのか、テニュスが歯を見せて笑う。




「Z級魔術師がS級越えを目指す、か。かっけーじゃん」


「無謀だって笑わないんだね」


「本気の目をしてるやつを笑えねえよ。よし、せっかくこうやって出会えたんだ、さっそく明日から手合わせするか? 殺し合いじゃなく、ちゃんとした鍛錬の一環として」


「いいの!? 私、また真似しちゃうかもしれないけど」


「構わねえよ、あたしも元からある流派の技を習得してきたんだ。誰だって真似ぐらいするんだよ」




 戦闘中とは大違いのおおらかさだ。


 あのときはよほど精神的に逼迫していたのだろう。




「……まあ、ジンの剣を真似してんのは少しだけ納得できねえけどな」


「あれは……ジンさんの剣以外を知らないから」


「だったらあたしのをコピーしろよ、同じぐらいの業物だぞ?」


「あれ大きいよね……」


「シールドで作ってんなら小さくすりゃいいだろ。明日やるからな、いいな?」


「ふふっ……わかった、約束ね」


「おう、約束だ」




 二人は小指を絡めると、互いに微笑む。


 だがテニュスはすぐに冷静になり、再び赤くなった。




「しかし……これシャワー浴びながらする話じゃねえな」


「裸だもんねえ」


「バカ、意識させんな!」


「意識……?」




 結局、何がそんなに恥ずかしいのかドロセアは理解できないままであった。




 ◇◇◇




 ――しかしシャワーから出ても、テニュスの“意識”は終わらない。


 元々マヴェリカの家自体はそこまで広くないので、部屋数に余裕が無い。


 そのためドロセアが使っている部屋で寝るしかなかった。


 加えて予備のベッドや布団も用意していないようで、ベッドが一個しか無かったのである。




「あたしは床で寝るから」


「ダメだよ疲れてるんだし」


「野宿は慣れてんだよ」


「ダーメ、ベッド使って」


「……んだよ、強引なやつだな」




 しぶしぶベッドに入るテニュス。


 続けてドロセアも同じベッドに入った。




「何で一緒に入ってんだよ!?」


「へ? それは寝るからじゃ……」


「お前が床で寝るって意味じゃなかったのか!?」


「私も疲れてるもん」


「だからって一緒のベッドに入るって……わかった、あたしが出る!」


「いいよ出なくて」


「狭いんだよ」


「くっつけば入るよ」


「くっついたら寝れねえだろ……!」


「何で?」


「意識するからだよぉ!」




 意識って何なんだろう――相変わらずテニュスの言っていることがよくわからないドロセア。


 きょとんと首を傾げるその表情を見て、テニュスは大きくため息をついた。




「話が通じねえ……諦めるしかねえのか……」


「うんうん、すぐ慣れるよ」


「他人事みたいにいいやがって。クソッ、預けるにしてももっと他の場所があっただろうに、ジンのやつめ」




 ふてくされて、ドロセアに背を向けるテニュス。




「ジンさんって優しい人なんだね」


「……何でそう思ったんだ」


「テニュス、すっごいジンさんに懐いてるから」


「ぜんぜん優しくなんてねえよ。騎士団の中じゃ鬼教官のジンとか呼ばれてるし、あたしも何度訓練で死にかけたことか」


「そ、そんなになの……?」


「そんなにだよ。騎士になるには養成所の厳しい訓練に耐えなきゃなんねえんだが、そこを越えてきた人間でもジンの訓練を受けると心が折れるって話だ」




 背中を向けたまま語るテニュスだったが、その声はわずかだが弾んでいるように聞こえた。


 厳しいと言いながらも、懐いているのは事実なのだろう。




「だがその一方で、ついていける人間はあいつに憧れ、心酔する。あたしもそうだし、副団長の野郎もそうだな」


「テニュスにひどいこと言った人だ」


「……冷静になってあいつの立場になってみたら、そりゃ嫉妬するのも当然だ。いきなり連れてきたガキが次期団長を名乗ってんだからな。死ぬような思いをして副団長までのし上がった人間からしてみりゃ納得いかねえんだろうよ」


「だからって嘘つくのはよくないと思う」




 ジンが『ドロセアの方が次の団長にふさわしい』と言ったという話は、おそらくテニュスを追い詰めるために副団長がついた嘘だ。


 彼はあくまでドロセアのことをマヴェリカの弟子として扱っていた。


 さっきの話を聞く限りだと、もし本気で騎士団に引き込もうとしているのなら、もっと厳しい訓練を施していただろう。




「本当に嘘なのかねえ」


「私なんかが団長になれるわけないよ」


「そこは嘘だとしても、あたしを団長にしてやるって話はジンのリップサービスなのかもな」


「何でそんなこと……」


「大人がよくやるだろ、大げさに子供を褒めるやつ。騎士の一員として扱う一方で、あいつにとってあたしは子供でもあったんだろ。でなきゃ試験も無しに騎士団に入れたりしねえよ」




 おそらくテニュスは、実際に入団試験を受けても余裕でクリアするだろう。


 しかし本当に試験を受けていないとなると話は別だ。


 他の騎士たちは不公平だと感じるだろう。実際そうなのだから。


 急いで騎士団に引き込み、テニュスの安全を確保しようとしたのだろうが、それは明らかに彼女を騎士の一人として扱っていない。


 保護すべき対象と扱うからこその行動である。




「どうだろ。テニュスは本当に強いから、本気で団長になれるって思ってたんじゃないかな」




 テニュスがもぞりと体をよじる。




「なんか……変な気分だ」


「どうしたの? 体調悪い?」


「違げえよ。さっきまで殺されようとしてたのに、そいつに優しくできる神経がわかんねえって言ってんだ」


「師匠はすっごいお人好しだから」


「お前はどうなんだよ」


「私は……」




 ドロセアは目を伏せ、寂しげに語る。




「居場所が無くなる苦しさを、つい最近味わったばかりだから」


「……大切な人を助けたいとか言ってたな」


「うん、教会に連れ去られたから、そこから奪い返すのが私の目的」




 すると急にテニュスがドロセアの方を振り向いた。




「お前っ、教会と戦おうとしてんのか!?」


「そうだよ」


「と、とんでもないやつだな……」


「私から大切な人を奪った方が悪い」




 平然と言い切るドロセアに面食らうテニュス。


 かと思えば、目を細め、何かを思い出し郷愁に浸る。




「そうだな……大切な人を奪うやつは総じてクソだ。潰されて当然だ」




 家族の仇を殺したときのことを思い出しているのだろうか。


 めった刺しにして、死んでもなお剣を叩きつけて、ジンが来た頃には相手はミンチになって原型も留めていなかった。


 部屋に漂う死の臭い。


 口元に浮かべた笑顔。


 満たされた快感。


 だがなおも喪失は胸の中にあり、人の温もりに飢え続ける――


 テニュスの瞳から光が失われたのを見て、ふいにドロセアは布団の中で素足を絡めた。




「ひんっ!? な、何だよ急にっ!」




 困惑するテニュスは、その感触にびくっと肩を震わせる。


 どうやら“こちら”に引き戻すのに成功したらしい。




「テニュスがさっき言ってた“意識する”って話。要するに同世代の女の子とのやり取りに慣れてないだけなんだな、と思って」


「だからって足を絡める必要ないだろ……すりすりすんなってぇ」


「これぐらい当たり前にするよぉ」


「しねえだろ、いや知らねえけど……うひいぃぃっ」


「本当に同世代の知り合いがぜんぜんいなかったの?」


「メ、メイドの中にはいたかもしれねえけど、友達はいなかったな。毎日鍛錬に明け暮れてたからな」


「遊びたいとか思わなかった?」


「あの頃は思わなかったな。やればやるだけ強くなってくのが楽しくて仕方なかったんだ」


「それは……少しわかるかも」




 ドロセアも、やればやるほど強くなれる鍛錬は好きだ。


 達成感が満たされるあの感覚は、田舎に居た頃はそうそう得られるものではない。


 すると彼女は「あ、そうだ」と手を叩く。


 テニュスは「また変なこと思いつきやがったな」と訝しんだ。




「明日、剣の稽古をする前にこのあたりを案内するよ。地形は把握しておいて損はないでしょ?」


「それもそうだな。なんだ、意外とまともな提案じゃねえか」


「まともじゃない部分は明日のお楽しみってことで」


「やっぱりまともじゃねえのかよ! 明日が怖くなってきやがった……」




 大げさに怯えてみせるテニュスに、ドロセアは明るく笑う。


 その後、しばらく他愛もない言葉を交わし、二人は眠りについた。




 ◇◇◇




「師匠、いってきまーす」


「いってくるぞ」


「ああ、迷わないように気をつけるんだよ。あとくれぐれも喧嘩はしないようにね!」


「もうやらねえよ!」




 翌朝、マヴェリカに見送られて二人は家を出た。


 ドロセアは勝手知ったる家の庭、と言わんばかりに地図も無しに森を進んでいく。




「よく迷わずに進めるな。あたしからしてみりゃ、どこ見ても同じ地形にしか見えねえ」


「そこは慣れかな。木の幹の形とか、匂いや風の流れ……五感を全部使って覚える感じ」


「都会で暮らしてたんじゃ身につかねえ感覚だな」




 いずれ森で戦う時に参考になるかもしれない――と一瞬だけ思ったテニュスだったが、すぐに無駄だと気づく。


 おそらく彼女が森で戦うときは、まず最初に周囲を燃やし尽くしてしまうだろうから。


 むしろ木々を守って戦うほうがずっと大変だ。




「まずはここ、湧き水が出てきてるんだ。料理とかに使う水はここから汲んでくることが多いよ」


「魔術で出せるんだろ?」


「味は湧き水の方がずっといいから」


「そんなもんなんだな」




 次は甘い木の実が生る場所。


 その次は獣を捕らえる罠を仕掛けている場所。


 さらに次はおいしいキノコが群生する場所――と、マヴェリカの家で過ごすにあたって必要な場所を案内していくドロセア。


 そして最後にたどり着いたのは、




「ここがこのあたりで一番綺麗なお花畑だよっ」




 色とりどりの花が咲き誇る、開けた場所だった。


 ここだけは木々が日光を遮ることなく地面にまで降り注いでいるのだ。




「すっげえ……これが自然にできたもんなのか……」




 テニュスも足を止めて感動している。


 ドロセアも最初にマヴェリカに案内されたときは感激したものだ。




「ねー、すごいよね。師匠もお気に入りの場所なんだって」


「なんつーか、女の子が好きそうな場所だな」


「テニュスだって女の子でしょ?」


「んなかわいいもんじゃねえよ」


「えー、テニュスはかわいいと思うけど」




 そう言いながらドロセアはテニュスの顔を覗き込む。


 純粋な眼差しを向けられ、かあぁっとテニュスの顔が赤らんだ。




「ばっ、バカ! 恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ!」


「本当にかわいいと思うよ、そういうとことか」


「からかってやがるな!」


「んひひ、バレた? でもかわいいと思ったのは本当。お花畑に見とれてるときのぽわってした感じとか」


「ぽわっと、してたか」


「してたよ」


「……普通の女の子みたいだった、か?」


「普通が何かよくわかんないけど、女の子らしいとは思った」




 テニュスは目を伏せ、悲しみと嬉しさが入り混じった複雑な表情を浮かべる。


 複雑に入り組んだ感情を理解するのは難しい。


 だからドロセアは変に理解しようとせず、とにかく笑顔で塗りつぶしてやればいいと考えた。




「このお花をちょっと貰って、花かんむりを作ろっか」


「花かんむり……?」


「よく故郷の女の子たちで集まって作ってたんだ」


「あたしは作り方わかんねえぞ」


「もちろん教えるよ。ほら、ここに座って」




 言われるがまま腰を下ろすテニュス。


 ドロセアは近くの花を見繕っていくつか摘むと、彼女の後ろに座った。


 そして抱きつくように背中から腕を回し、手取り足取り花かんむりの作り方教える。


 当然、その近さに顔を真っ赤にするテニュスだったが――




(普通の女の子って、こういう風にして遊ぶんだな)




 心の片隅にあった“憧れ”を思い出し、それが満たされた喜びに、胸が暖かくなっていく。


 じゃれあいながら遊ぶドロセアとテニュス。


 そんな二人の様子を、マヴェリカは少し離れた場所から見ていた。




「家族も“普通”も失ったテニュスは、ジンだけを支えに生きていくしかなかった……」




 テニュスはジンという確かな“軸”を手に入れた一方で、そこに寄りかかりすぎるあまり、不安定でもあったのだろう。


 保護者であるジンは、彼女の実力を認める一方で、その不安定さに危機感を抱いていた。




「けどそれだけじゃ不安だから、同世代の友達を作ってほしいって思って私んとこに預けたってところかい。ったく、先に私に説明しとけってんだ」




 そう愚痴りながらも、マヴェリカの口元には笑みが浮かんでいた。




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― 新着の感想 ―
[一言] ドロセア!浮気か!?
[一言] 面倒くさいの根本が凄惨極まりなかった… ………けど、今度はテニュスとリージェの関係が面倒くさくなりそうな…(苦笑)
[一言] なんだ死なないのか
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