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056 初恋の骸、鮮血の餞Ⅵ:失恋

 



「ふざけんじゃねえぇぇぇえええッ!」




 テニュスが大剣を叩きつけると、テーブルは大破し、床も砕けた。


 真正面にいたゾラニーグはイナギが突き飛ばしたおかげで助かったようだ。


 まったく反応できていなかったので、そのまま座っていたら真っ二つになっていただろう。


 それでも、後頭部を壁にぶつけてかなり痛そうではあるが。




「ぐうぅ、なぜ私がこんな目に……」




 彼がジンを怪しみ、調べたのは“最初に気づいてしまった”者としての責任感のようなものだ。


 実際、それを暴いたからといってゾラニーグに何らかの得があるわけではない。


 だから愚痴りたくもなる。


 一方で、テニュスに詰められる覚悟はしていたが。


 頭をさすりながら立ち上がろうとすると、喉に冷たい刃の先端が突きつけられた。




「もういっぺん言ってみろ」


「言ったら二度と喋れなくなりそうですが」


「あんな内容をあたしに喋ったんだ、死ぬ覚悟ぐらいはしてたんじゃねえのか!?」


「そうですね……ではもう一度」




 ゾラニーグは恐怖を押し殺し、怒りをあらわにするテニュスに向けて言った。




「ジンさんは侵略者(プレデター)です。彼を殺さない限り、裂け目の拡大は止まりません」


「よく言った、だったらこの場で殺して――」


「テニュス落ち着きなー、言ってるあーしも無理だとはわかってるけどさ」




 本気で殺そうとするテニュスを、アンタムがやんわりと止めた。


 それでテニュスが一度は止まったのは――すでに彼女が、ゾラニーグの集めた“証拠”を目にしており、ジンに対する疑念の芽が生じているからだろう。




「止めんなよアンタム。あんたがこんなクズの言葉を信じて連れてこなけりゃ、こうもこじれることはなかったんだぞ!?」




 テニュスたちをここに連れてきたのは、アンタムとイナギだ。


 死んだはずのゾラニーグが会いたがっている――そう言われれば、ついていかざるを得ない。




「あーしだって信じたくなかったよ」


「だったらッ!」


「でも、ジンがあーしらに黙ってゾラニーグを殺そうとしたのは事実なわけじゃん」




 テニュスは歯を食いしばり何らかの感情を噛み殺すと、雑念を振り払うように首を左右に振った。




正しき選択(ジェンティアナ)に変装が得意なやつがいるってんなら、あれだってジンに化けた誰かかもしれねえだろ!」


「ですがあなたは、偽の私の死体を目撃している。そしてそれが侵略者の手によるものだとも理解しているはずです」


「黙れよゾラニーグ、んなもん正しき選択と侵略者が組んでただけだろうがッ!」


「彼らは簒奪者と組み、全人類を魔物化させるために動いていた――それはあなたもご存知の事実でしょう」


「だったら、正しき選択の中に裏切り者がいて――そうだ、お前だって言ってたじゃねえか、侵略者はどこに潜んでるかわかんねえって!」


「確かに、私が組んだ暗殺者が、侵略者だった可能性はありますね」


「第一、それならジンだけ狙ってどうするってんだよ。大勢いるんだろ、この王都に、人間に化けた人外が!」


「ですから私は――この戦いが終わったら、国王に王都の放棄を進言するつもりです」




 ゾラニーグが何気なく発した一言に、テニュスは目を見開き驚いた。


 王都の放棄――それは王国にとって、侵略者との戦いにおいて敗北を認めるようなものだ。


 無論、反撃のための手段なのだろうが、国民、そして周辺諸国はそうは思わないだろう。




「ああ、もし私が死んだら誰かが言ってくださいね? 死体は偽物かもしれませんけど」


「はったりだ」


「本気ですよ、それ以外に裂け目の拡大を防ぐ方法が無い」


「あたしは忘れてねえからな、お前があたしを騙したこと! あたしの感情を煽って、あんな……大勢の人間を、手にかけさせたことをッ!」


「カイン様の思惑を崩すためにああするしかなかったんですよ。しかしあなたの負った傷は確かに大きい、申し訳ありませんでした。人を殺した責任については全て私が引き受けましょう」


「それで済むならあたしは苦しんでねえんだよぉおおおおおッ!」




 怒りに任せ、壁に剣を叩きつけるテニュス。


 斬撃というよりは、打撃――破砕音と共に壁が砕け、家全体が大きく揺れた。




「……正直にいうと、騒動のあとにあなたとこうして会話をすることを想定していませんでした」


「だから何だよ」


「死ぬと思っていたんですよ」


「っ……!」


「ですから、あなたが生き残り苦しんでいることについては、非常に申し訳ないと思っています。私としてはあれ以外に反撃手段がなかったとはいえ、本当に申し訳ない」


「てめえが謝れば謝るほど、あたしはムカつくんだよ……ッ!」


「そんなに感情を荒ぶらせたところで意味はないよ、テニュス」




 激高するテニュスをいさめたのは、これまで妙に静かだったスィーゼだ。


 彼女もまた、テニュスと共にここに連れてこられたのである。


 ちなみに部屋の隅には、心配そうにテニュスを見つめるラパーパの姿もあった。




「止めるなよスィーゼ、お前だって怒ってんだろ!」


「もちろん、スィーぜは激怒しているよ」


「じゃあ何でゾラニーグのことぶん殴らねえんだよ! 今はあたしのことはどうでもいい。けどこいつは、よりにもよって、ジンが裏切り者だって言ってんだぞ!?」


「言ってませんよ。無自覚な侵略者としか――」


「同じことだろうがッ!」


「だから落ち着きなって。怒ったって意味なんてないんだ」


「どういうことだよ」




 スィーゼは静かに、しかし確かに怒りの籠もった声で言った。




「この男も、そこの愚かな女二人も、団長が侵略者だなんて荒唐無稽な妄想を信じ込んでいるのさ。もはや言葉の通じない害獣と同じだよ。会話するに値しない、怒るだけ体力の無駄だ」


「スィーゼ、お前……」


「“話を聞く”という義理は果たした、スィーゼはこれで帰らせてもらうよ」




 宣言通り、ゾラニーグたちに背を向け出口へ向かうスィーゼ。


 ゾラニーグはそんな彼女に呼びかける。




「騙されたまま、侵略者の本性を現したジンに殺されてもいいと?」




 スィーゼは振り向かずに答えた。




「彼に殺されるなら本望だよ」




 そして小屋を出ていく。


 するとテニュスが小さくため息をついた。




「はぁ、確かにあいつの言うとおりだ。耳を傾ける価値もありやしねえ、行くぞラパーパ」


「テニュス様……でも」


「お前も、あいつ言うことを信じるのか?」




 ラパーパはテニュスの迫力に飲まれ、言葉につまる。


 だが胸の前できゅっと手を握りしめ、勇気を振り絞り言葉を発した。




「テニュス様もスィーゼさんも、感情でしか否定してません! ゾラニーグ様が証拠を用意した以上、疑うにしても、信じるにしても、何らかの対策は取るべきデス!」


「……それは」




 わずかだが、テニュスの怒りが揺らぐ。


 それほどまでにラパーパの存在は大きいのかと、ゾラニーグは少し驚いている。


 だが、いくらラパーパといえども、その言葉だけではテニュスの心を変えることはできない。




「それでも、信じられねえよ。ジンが、あいつが侵略者なんて……ありえねえ。あっていいわけがねえんだっ!」




 先ほどまでより少し弱々しさを感じる声でそう言い放つと、テニュスも小屋を出ていく。


 少し遅れてラパーパもその背中を追った。


 残されたゾラニーグは、ようやく立ち上がると「ふうぅぅ」と大きく息を吐き出し前髪をかきあげる。


 そんな彼にアンタムはうんざりした様子で声をかけた。




「やっぱあーしの言ったとおりになった」


「仕方ありませんね、こういう事態も想定はしていました」


「強がりでございます」


「ああ、イナギさん。先ほどは助けてくださりありがとうございます。しかし心外ですね、決して強がりなどではありませんよ」


「では何かこのあとの策があるのでございますか?」




 ゾラニーグは「策と呼べるようなものでもありませんが」と前置きして、こう言った。




「おそらくテニュスさんとスィーゼさんは、この場で起きた出来事を本人に話すでしょうね」


「ま、それはやるんじゃなーい?」


「そのときに、真実を知ったジンさんがどう動くのか……」




 そうなれば、ジンは自ら正体を明かす。


 どうやら彼はそう考えているようだ。




「そもそも“裂け目を開く”役目を持つ侵略者に、戦闘能力が備わっているかもわかりません。お二人は彼女たちの後を追って万一の事態に備えてもらえませんか」


「従う義理ないんだけど……でもまあ、あのコらの安全のためなら受けたげる」


「何も起きないことを祈りたいでございますね」


「少なくとも今までは、発見された侵略者は大人しく殺されていました」


「じゃあ今回もそうなるんじゃないのぉ?」


「“裂け目”が彼らにとってどれほど重要かによるでしょう」


「仮に戦いが始まれば、王都に潜伏している侵略者も一斉に“目覚める”可能性がございますね」


「ええ、ですから備えてほしいのです」




 ゾラニーグを信用できるかどうかはさておき、理にはかなっている。


 ひとまず納得したアンタムは、言われた通りにテニュスたちを追おうとした。


 イナギも彼女についていくようだ。


 すると二人が出ていく直前、ゾラニーグが口を開く。




「ああ、そうだ。ジンさんが殺しにくる可能性を考え、私も場所を移しますので、ご安心を」


「誰も心配してないってーの」




 冷たくそう言い返され、彼は苦笑いを浮かべた。




 ◇◇◇




 テニュスは先に家を出たスィーゼの後ろ姿を見かけると、小走りで近づき隣に並んだ。


 ラパーパもテニュスの隣にくっついている。




「ありがとな、お前のおかげで目が覚めた」


「君にお礼を言われると少し気味が悪いね」


「素直に言ってみたらこれだもんな……ったく。でも実際、話を聞く価値がないのはマジだったからな」


「……どうだろうね」




 スィーゼは少し表情を曇らせながら言葉を濁す。


 その煮えきらない反応に、テニュスは首を傾げた。




「あぁ? スィーゼが自分で言ったんじゃねえか」


「団長の話なら信じていないよ、けれど王都に大勢の侵略者が紛れ込んでいるという話に関しては、ね」


「結局、ジンさん絡みだから否定してるだけデス……」




 ぼそりと呟くラパーパ。


 もちろんスィーゼは聞き逃さない。




「何か言ったのかい?」


「ジンさん絡みだから否定してるだけって言ってるんデス!」


「お、おいラパーパ……」


「ワタシはすっごく怖かったですよ。あれが本当だとすると……ワタシやテニュス様だって、侵略者かもしれないんですよね」




 彼女が最も危惧しているのが、その可能性だった。


 どうやらそこに関してはスィーゼも同じらしい。




「そう、そこだよね。自覚がない以上、自分自身すら疑う必要がある」


「そこが狙いだったんじゃねえのか」


「どういうことデス?」


「あたしらゾラニーグにはめられてんだよ。あいつこそが侵略者の手下で、あたしらの不安を煽ることで戦力を落とそうとしてんだ」


「だったら彼を殺さないといけないね、けどテニュスはそうしなかった。なぜだい?」


「それは……」




 言葉をつまらせるテニュス。


 彼女もまた、強がりながらも心のどこかに不安を抱えていた。




「スィーゼが団長に聞いてみるよ」


「待てよ、お前信じてたのか!?」


「信じてない、だから間違いだと証明したい。団長の名誉のためにもね」


「証明なんて必要あんのか?」


「団長の姿をした誰かがゾラニーグを殺そうとしたのは事実なんだ、報告する必要だってある」


「それでジンさんが本当の姿を現したりしたら……どうするんデス?」




 スィーゼの身を案じるラパーパだったが、当のスィーゼは臆面もなく、




「だからスィーゼが聞くのさ。団長に殺されても不幸にならない人間が最適だろう?」




 そう言ってのけた。


 それがテニュスとラパーパを余計不安にさせたのは言うまでもない。




 ◇◇◇




 王国軍の臨時拠点に戻ったテニュスたち。


 三人はさっそくジンを探した。


 彼は偶然にも、大きめのテントに一人で佇んでいた。


 腕を組み、今後の侵略者対策に頭を悩ませているのだろう。


 しかしテニュスたちの気配が近づいてきたのに気づくと、腕をほどき表情を和らげる。




「戻ったのか」


「すまないね団長、要件も言わずに出て行ってしまって」


「それだけ重要な話だったんだろう」


「仲間外れにされて寂しかったんじゃねえか」




 無理に空気を和ませようと、そんなジョークを投げるテニュス。


 事情を知るスィーゼやラパーパからすると痛々しいぐらいだったが、気持ちは理解できた。




「はは、そうかもしれないな。それで、やはり内容も私には話せないことだったのか?」


「いや、スィーゼたちはそれを団長に話すために戻ってきた」


「そうか、聞かせてもらえるんだな」


「まず最初に、ゾラニーグは生きていたよ」


「何だとっ!?」




 ジンは大げさな反応を――いや、彼自身は本当に知らないのだから、それは素の反応なのだろう。




「ではテニュスが見たという死体は何だったんだ」


「正しき選択に頼んで偽物を用意してもらったんだとさ、用意周到なもんだよな」


「彼は何のためにそんなことを」


「団長に殺されることを警戒していたからだよ」


「私が、ゾラニーグを?」


「実際、団長の姿をした何者かが彼を襲撃し、偽物を殺害している」


「待ってくれ、テニュスが死体を発見した直前だとすると、そのとき私は王都の民を避難させていたはずだ」


「ああ、目撃者もいる。だからあたしらはそんな話ちっとも信じてねえよ」


「だけど気になる話はもう一つあってね……」


「その前に聞かせてくれ。私がその場に呼ばれなかったのは、疑われているからか?」




 スィーゼは重苦しい空気の中、少し間をあけて、ゆっくりとうなずいた。




「ゾラニーグはそう考えているそうだよ、だから団長のことを調べたんだ」




 ジンは手で顔を覆い、ため息をつく。




「それで……何か、出てきたのか」


「過去に団長の両親が奇跡の村を訪れていたらしい」




 彼の瞳が衝撃に揺れた。


 なにせ、それはジン自身がスィーゼやシルドを疑ったとき、真っ先に調べたことなのだから。


 目をつぶり、何かを否定するように首を左右に振る。


 だがそれで現実が否定できるはずもなく、再び目を開いた彼は明らかに動揺した様子でスィーゼに尋ねた。




「わかった、何が言いたいのかは理解したよ。ああ、わかっているんだ。つまり、敵に情報を漏らしていたのはスパイではなく、私だと言いたいんだな?」


「寄生された母体から生まれ、人の子として生れ育った侵略者には、自分がそうであるという自覚はないらしい。そして王都には、そうして生まれた者が多く潜んでいると――」


「それは、事実か?」


「おそらくは」




 当然、ジンには自分が侵略者であるという自覚はない。


 だから無実なんだ――そう言おうとしたところに突きつけられた、知りたくなかった現実。


 彼はついに立っていることすらできなくなり、よろめくように前に進むと、テーブルに手をついた。




「では、どう証明したらいい? 少なくとも私の記憶では、私は情報を漏らしていないし、ゾラニーグを殺したりもしていない」


「スィーゼはそれを信じているよ」


「もちろんあたしもだっ!」


「ありがたいが、それだけでは……何の保証にもならないだろう」




 ラパーパが感じたことと同じだ。


 あくまで二人は感情でジンを信用しているだけ。


 理屈の上で考えれば、ゾラニーグを殺そうとし、両親が奇跡の村を訪れていたジンは、限りなく黒に近い。




「しかも納得がいく。心を読まれているという馬鹿げた説より、よっぽど」




 そして何より、ジンが感じていた“誰かが情報を漏らしている”という予感――その答えに、ぴたりと当てはまるのだ。




「何より効率的じゃないか。互いに疑わせて、争わせる。侵略者に備えた戦力の強化は滞り、その間に本戦力を投入するための経路を確保する。“侵略者”とはよく言ったものだな!」


「待てよジン、あたしらは信じてねえって言ってんだろ!」


「それに団長、これを話してもあなたは侵略者になっていないじゃないか。本当に団長が人間でないなら、こんな追い詰めれた状況ならば化物としての本性を表すはずだよ」


「そもそも本性など無いのではないか? 肉体はただの人間なのだろう、ただ“裂け目を開く”という機能を持っただけの」


「証明できねえだろ、そんなもん」


「仮に明かすような正体があったとしても……それが明かされるのは、侵略者側が勝利を確信した後だ」




 そのときには、すでに手遅れ。


 今以上の、最悪の状況と言えよう。




「私は王都を離れる」


「なんで!?」




 声を荒らげるテニュス。


 そのとき、何も言えずにいたラパーパは、とあることに気づく。




(テントの向こうに……人影? 兵士でしょうか)




 テントの外に、先ほどまでいなかった人の影があるのだ。


 もちろん、ここは王国軍の施設のため、それ自体は不自然ではない。




「王国にとって私の存在は害でしかないが、少なくとも裂け目を広げるという“最悪”だけは避けられる」


「ならばスィーゼたちも一緒に行こう」




 スィーゼたちの会話内容も気になったが、ラパーパは妙な胸騒ぎを感じていた。




(どうしてこんな場所をうろうろして)




 先ほどまでいなかった兵士が、まるで盗み聞きでもするようにすぐ近くをうろついている。


 その行動は、不自然ではある。




「お前たちがついて来る必要は――」


「スィーゼたちだって同じ立場かもしれない」


「そうだな……無自覚だってんなら、もしかしたらあたしらだけが侵略者なのかもしれねえし」


「それこそ証拠も何もないだろうに」




 悲しげに、しかしどこか嬉しそうにジンは言った。


 彼らの絆を感じさせるやり取りだ。




(敵ならテニュス様かスィーゼさんが気づいて……いや、あの会話の内容じゃ平常心じゃありません。それにあの動き、やっぱりおかしいデス!)




 水を差すのは心が痛んだが、それ以上の危険を感じた。


 ラパーパは影と最も近いスィーゼに声をかける。




「スィーゼさん、後ろに敵デス!」




 彼女はとっさに腰に提げた細身の剣を抜くと、後ろを振り返った。


 すると“敵”も同時に動く。


 奇襲失敗と判断したのだろう。


 人の影は瞬く間に姿を変え、体を引き裂いて中から巨大な腕が二本現れる。


 そのうちの一本が振り下ろされると、




「なんだよあれっ、まさか本当に侵略者が!?」


「兵士にも混ざっていたということか……!」




 驚くテニュスとジン。


 一方でスィーゼは最初こそ受け止めようとしていたようだが、すぐに不可能だと判断し後ろに飛んだ。


 テントの布が引き裂かれ、異形が姿を表す。




「よくスィーゼに気づかれなかったものだよ、こんなに“臭い”のに」


「気持ち悪い、デス」




 兵士の体は真ん中からぱっくりと左右に割れていた。


 その裂け方が奇妙に見えるのは、身につけた鎧や衣服もろとも綺麗に両断されているからだろう。


 無理やり引き裂いたというよりは、“空間ごと”左右に分かれているように見えた。


 そして内側の空間から、紫と黄色の――ちょうど裂け目から見える侵略者と同じ色合いの腕が二本、生えている。


 脈打つ紫の筋肉に、絡みつく黄色い、人間の体内にある脂肪のような肉の塊。


 その先端には人を殺すための、あまりに鋭い爪が生えていた。




「結局、ゾラニーグの言葉は本当だったってことかよ!」




 しかしテニュスは心のどこかで安堵していた。


 ジンは変わっていない。


 やはり彼は人間だったのだ、侵略者であるはずがない。




「あれ? これ、どうなってるんですか。おーい、誰かいませんか? 私、何を見てるんだろう。ここどこですかー?」




 腕に付属(・・)した人間の体から、声が聞こえてくる。


 あれだけ綺麗に真っ二つになっていても、息はあるらしい。


 だが体の自由は無いのか、二本の腕に引きずられるように、じりじりとスィーゼに近づいていく。




「おいスィーゼ、あいつ倒せそうなのか?」


「無理ではない――けれどスィーゼより、というかテニュスより強そうだね」


「ワタシが守護者を使えば!」


「いや、まずは四人で連携して迎え撃つべきだろう。それなら行けるんだろう、スィーゼ」


「団長の指示があれば、いけるかもね」




 視線をあわせ、互いに笑みを浮かべるスィーゼとジン。


 そして侵略者の二撃目がスィーゼを襲う。


 大ぶりで、雑な攻撃――確かに速さもパワーも驚異的だが、しっかり見ていれば避けられないものではない。




「今だッ!」




 ジンの声が響き渡る。


 スィーゼが回避し、攻撃動作に移ったタイミングで、ジン、テニュス、ラパーパは同時に動き出した。


 スィーゼの鋭い刺突が侵略者の腕を裂き、テニュスの斬撃がさらにその傷を広げ、透明の液体を撒き散らすその傷口をラパーパの光の球が焼き尽くす。


 そしてジンは――スィーゼの背後で、左右に裂けた(・・・・・・)




「団長――」




 とっさに振り返ったスィーゼが見たのは、振り下ろされる異形の爪だった。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  これはジンさんがあまりにも可哀想……興奮してきたな。 [一言]  マヴェリカさんとこで世話になった人間は除外してたから驚いた。というか侵略者でも魔物化はするんだ。
[一言] まじかよ! 僕も侵略者かも、今までさらけ出していない....
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