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054 初恋の骸、鮮血の餞Ⅳ:偽葬

 



 “正しき選択(ジェンティアナ)”首領、ジェシーは満足気に笑う。




「どうやらあなたは、私たちのこと正当に評価してくださっているようですね」


「改革派にいた頃はそれなりに世話になりましたから」




 色んな意味で――と言いたいのか、ゾラニーグの言葉の端にはわずかだが棘があった。




「念のため、ジンを調べる理由を聞いておいてもいいですか? 場合によっては、我々の目的とも合致するかもしれない」


「おや、その場合は値引きしてもらえるんですかね」


「手を抜いてもよろしければ」


「ははは、やはりそうなりますか。彼がスパイを探していることはご存知ですか?」


「身内を疑っていることは把握しています」


「なんでも、自分が秘密裏に進めている作戦が全て侵略者(プレデター)に漏れてしまうのだとか。しかし彼の疑った人物の中に犯人はおらず、最終的に『侵略者は心を読む能力を持っている』という結論に落ち着いた」


「そこであなたは、ジンこそが裏切り者ではないかと疑ったのですか」




 上機嫌に頷くゾラニーグだったが、ジェシーは首を傾げる。




「しかし無理のある話だと私は思いますよ。彼は長年王国のために尽力し、前王や騎士たちからの信頼も厚く、民の人気も高い。二十年も三十年も、彼らの目を誤魔化せるものでしょうか。それとも、つい最近になって裏切る動機が出来た、と?」


「いえ、そうではありません」




 彼は珍しく心から嘆くように、ため息混じりに言った。




「私が危惧しているのは、本人に自覚がない(・・・・・)可能性です」


「それはそれは……」


「奇跡の村の存在を掴んだ改革派は、簒奪者(オーバーライター)や正しき選択と共にあの村を滅ぼした。しかし、あの村に“奇跡”という名が与えられた時点で、すでに多くの侵略者の子が産まれてしまっているはず」




 ゾラニーグの鋭い視線がジェシーに向けられる。




「正しき選択には、そういった子供の暗殺依頼が出ていたはずです」




 正確には、あの村への滞在をきっかけに妊娠、出産した母親と、産まれた子供の調査――及び暗殺の依頼が出ていた。


 そして実際にいくつかの暗殺は実行されているはずなのだ。




「あれからさほど時間は経っていませんが、首尾はどうです? 当人に侵略者である自覚があるのか、それぐらいは確かめているのではないですか?」


「なるほど、我々に依頼を出した理由はそこですか」


「適任でしょう? それで、どうなんです」


「……」


「情報は別料金とでも? 侵略者にまつわる情報でも金が必要なのですね、意識がお高いジェシーさんらしくもない」


「……嫌な男です」


「長所ですので」




 ゾラニーグは自分がクズと呼ばれると喜ぶ。


 ジェシーは心の中で、『もうそれはナルシストではなくマゾヒストだ』と毒づいた。




「現状、自覚がない――というより、自覚しようがない、というのが我々の調査の途中経過になります」


「しようがない?」


「少なくとも我々が調べられる範疇では、人間との違いが無いのです」




 実際に侵略者と思われる人物を殺害し、そしてその人物は普通に死んだ。


 人として死に、人として葬られる――




「自分が侵略者なのか、本人にすら知るすべがない」




 だから暗殺者も、手応えがない。


 まるで罪のないただの一般人を殺したかのような感覚に陥り――実際、奇跡の村で普通に妊娠した可能性もあるのだから、感覚が間違っていない可能性すらあった。




「ますます厄介だ」


「ですがジンが侵略者だというのなら、その手がかりは掴めるかもしれませんね」


「つまり正しき選択にとっても意味のある……」


「値引きはしませんが」


「ふ、わかっていますとも」




 と言いながらも、少し残念そうなゾラニーグ。


 彼は咳払いを挟み気を取り直すと、次の話題へと切り替える。




「ところで、それとは別に二つほどお願いしたいことがあるのですが――」




 ◆◆◆




 その日の午後、王都の中央通りは騒然としていた。


 通報を受け、王牙騎士団が現場に出向き調査している。


 そこは何の変哲もないカフェだった。


 だが店の中央には黒に近い青色をした“裂け目”が浮かんでおり、また店内はバラバラにされた死体で溢れていた。


 スィーゼは嫌な“匂い”を嗅ぎ取り、騎士たちが裂け目に接近するのを禁じているため、彼らは遠巻きに見守ることしかできない。


 すると彼女の元にジンがやってくる。




「何が起きているんだ」


「団長。実はスィーゼにもさっぱりでね、ただ一つ言えることは――侵略者の匂いがする、ってことだけかな」


「あの裂け目からか」


「それと犠牲者からも」




 被害者の中には、まだ息があるのか、わずかに動いている者もいた。


 だがその動きに反応したのか、すぐさま見えない何かが裂け目から飛び出し、それを叩き潰す。


 グチャッ、と嫌な音が聞こえると、野次馬たちから「ひいぃっ」という悲鳴があがった。




「イナギが言っていた大型侵略者顕現のための世界改変とは、この裂け目のことか」


「彼女ならもっと何か知ってるんじゃないかな」


「いや――イナギも人から聞いただけだと言っていたからな、本人は詳しいことまでは知らないだろう」




 そんな二人の話題に出たイナギは、カフェ前の野次馬の中にいた。


 ぴょんぴょんと飛びながら、頭の上からカフェ内の様子を見ようとしている。


 だがそれで見えたのはバラバラ死体ぐらいのものだった。


 他にいい場所はないかと移動すると、ローブを纏う小柄な少女を発見する。


 イナギはいたずらっぽく笑うと、少女の背後に忍び寄り、その両肩を掴んだ。




「わっ!」


「ひゃあぁんっ!」




 アンターテの可愛らしい悲鳴を聞けて、ご満悦のイナギ。


 一方で被害を受けたアンターテは腕を払って振り返ると、殺意すら感じさせる瞳で睨みつけた。




「いい加減にして……!」


「わたくしに見つかるアンターテが悪いのです」


「わかった、じゃあもう二度と前には現れないから」




 そう言って立ち去ろうとするアンターテだが、イナギがその腕を掴む。




「触らないで」


「今は喧嘩している場合ではございません。あなたも侵略者に対応するようエレインに命じられたのでございましょう」


「……カルマーロのやつ、余計なこと話して」


「しかし野次馬が壁になっていて中の様子も見えないのではございませんか」


「まあ……そうだけど」


「抱っこして差し上げましょう」


「いらない。必要ない! やめて!」




 抵抗するアンターテを、容赦なく抱え上げるイナギ。


 野次馬たちがうるさいので目立たないが、アンターテの声のボリュームは隠密行動しているとは思えないほどだった。




「どうです見えましたか」


「下ろして」




 どうやら見えたらしいので、素直に下ろすイナギ。


 着地したアンターテは、さらに殺意を強めて彼女を睨みつけた。




「……本当に空気の読めない女」


「これぐらい昔は当たり前のようにしていたでございませんか」


「私は成長したの!」


「そうは見えませんが……まあ、それは置いておきましょう。それより、あれは大型侵略者が現れる兆候で間違いないのでございますね」


「はぁ、そうだけど」


「対処方法は?」


「無い。カルマーロから聞いたはず、不可逆だと」


「ですが止めることはできるのではないですか」


「できるけど――侵略者が見つからない」


「裂け目を生み出すほど活発に活動していても、でございますか」


「エレインが言うには、侵略者は別世界の存在だから、わたしたちが認識できない器官を備えてるって」


「そうでございますか……」


「それともう一つ、教えてあげてもいいことがある」


「気になる言い回しでございますね」


「ゾラニーグが正しき選択に接触してきたという話を聞いた」




 きょとん、とイナギは首を傾げる。


 しかしアンターテは、まるで台本でもあるかのように言葉を続けた。




「彼の動きは怪しい。特にジンは彼と行動を共にしていたこともある、気をつけた方がいい」


「……なぜそれをわたくしに?」


「わたしたちはゾラニーグに恨みがある」


「だとしても、怪しいでございますね」


「じろじろ見ないで」


「何か隠しておりますね」


「だとしても話すことはない」


「しかし侵略者の危険性が高まるこの状況で、アンターテが不用意に王都側の勢力の不信感を煽る理由もございません」




 カルマーロは、この場では敵対しないと断言した。


 それはアンターテも同様――というより、エレインの方針ということだろう。


 となれば、間違いなく彼女も従っているはずだ。




「ふむ……カルマーロといい、わたくしをメッセンジャーに使うのはいささか不愉快ではございますが」


「あいつもやったの?」


()ということは、アンターテもやはりそういう意図なのでございますね」


「う……」




 アンターテはドロセアよりもさらに年下だ。


 二百歳を越えるイナギにからかわれるのは、かつては日常の一部であった。




「よいでしょう、貸しということにいたします」


「返すつもりはない」


「取り立てますのでご安心を」


「安心できない!」




 子供っぽく頬を膨らまし怒るアンターテ。


 彼女はそのまま、イナギの前から去っていった。


 追いたいのはやまやまだったが、今は任せられた役目を優先する。


 彼女は人混みをかきわけ、二人並んで言葉を交わすスィーゼとジンの元へ向かった。




「お二人とも、ここにおられたんですね」


「イナギか」


「君も現場を見に来ていたんだね」


「大きな騒ぎになっておりますから。ところで――」




 イナギが話を切り出そうとしたところで、前の方にいた騎士が必死の形相で叫ぶ。




「ここは危険だ、下がれぇぇっ!」




 スィーゼたちに対してというよりは、この場にいる全員に対して。


 その直後、騎士の体は頭部と足だけを残して、まるで何かに薙ぎ払われたように消し飛んだ。


 野次馬たちから悲鳴があがり、一気に混乱状態が広がっていく。


 一方、イナギは冷静に状況を観察していた。




「裂け目が広がったのでございますか」


「また、騎士が犠牲に……!」




 悔しそうに歯を食いしばるスィーゼ。


 ジンもまた、見知った人物が命を落としたことで険しい表情を浮かべていた。


 すると、そんな重苦しい空気を打ち消すように、脳天気な声が聞こえてくる。




「なんか大変なことになってるみたいじゃーん?」


「アンタム、命令が出たのは王牙だけだと聞いていたが来たのか」


「謎の超常現象っしょ? 王牙だけじゃ調査用の道具とか足りないと思って色々持ってきたんだけど――それどころじゃない感じ?」




 人々の阿鼻叫喚っぷりを見て、想像よりも状況が深刻であるとアンタムは気づく。


 するとスィーゼが、わずかに震える声で言った。




「周辺一帯から住民を避難させる」


「カフェの中だけ危ないって聞いてたケド」


「裂け目は現在も拡大している、被害は屋内だけでは収まらないよ」


「広がっちゃうんだー、じゃあウチらもまずは避難誘導に参加しよっか。みんな、とりあえず道具は別の場所に置いて、手が空いた人間はスィーゼの指示に従っちゃってー」




 王魔騎士団の面々は魔術に関する研究が主な業務ではあるが、軍人としても一流である。


 落ち込んでいたスィーゼを見て、今は忙しい方が気も紛れるだろう――そう思ったアンタムの心遣いでもあるのだろう。


 騎士たちが動き出すのを見届けたあと、彼女はイナギに声をかける。




「そんでイナギちゃんは何してんの?」


「私に何かを言いかけていたな」


「それあーしも聞いていいやつ?」


「多くに知られた方が簒奪者には都合がよいはずです」


「あ、そこが情報源の話なんだ。あーし結構キョーミあるかも」


「どうやら彼女たちは、わたくしを伝書鳩か何かだと思っているようでございますから。それであの裂け目を消す方法に関してでございますが」


「うんうん!」




 期待を胸に、耳を傾けるアンタム。


 だが、




「無いとのことでございます」




 夢も希望もないその言葉に、がくっと崩れ落ちた。




「簒奪者が言い切るってことは、本当にないんだろーね」


「進行を止める方法もないのか?」


「あの裂け目を開いている侵略者を殺せれば。しかし――」


「昨日の夜、言ってたやつだよね。ドロセアちゃんですら判別できないって」


「その通りでございます」


「大型侵略者の出現を手をこまねいて見ているしかないというのか……!」




 悔しそうに拳を握りしめるジン。


 感情をここまで露骨に出す彼というのも珍しい。


 複数の騎士が犠牲になったことで、彼の怒りも大きなものとなっているのだろう。




「てかさー、それじゃ簒奪者は『侵略者への対処は無理でーす』ってあーしらに伝えただけじゃない?」


「他には何あるのか」


「ええ……まあ」


「煮えきらないねー」


「アンターテ曰く、ゾラニーグの動きが不穏だと」


「彼の? 何が不穏なんだ」


「正しき選択と接触をはかったそうでございます。ですので、ジンは注意した方がいいのだとか」


「……どういうことだ」


「わたくしにも意図はわからないのでございます。てっきり、ジンに話せばわかるかと思ったのでございますが」




 ジンの反応を見る限り、彼にも心当たりはなさそうだった。


 ともかく、これでメッセンジャーとしての役割は果たしたのだ。


 次に会ったとき、思う存分に借りを返してもらおうとイナギは心に誓う。




「何かしら意味はある助言なんだろう、この侵略者の問題が解決したら本人に尋ねてみるさ」


「さーて、そろそろあーしらも避難誘導参加した方が良さげじゃない?」


「ああ、人手が足りていないようだからな」


「わたくしもお手伝いさせていただきます」




 話を終えた三人は、カフェ周辺から人を遠ざけるため、散り散りになって行動を開始する。




(この流れで考えると……ジンにゾラニーグの動向を伝えるのは、侵略者対策の一貫なのでございましょうか)




 イナギはアンターテの言葉の意味を考えつつ、声を張り上げ人々に避難を呼びかけるのだった。




 ◆◆◆




 その頃、国王カインは王城のバルコニーから城下を見つめていた。


 そんな彼の背後から、クロドが現れる。




「ついに侵略者の攻撃が本格化したようだね」


「クロド兄様!」


「すまない、戦争に関しては大した力になれそうにない」


「いえ……声をかけてくださるだけで、助かります」




 カインが国王になってからは、王位継承を争っていた頃よりは兄弟仲は改善したように感じられた。


 特に、教会での一件でクロドがカインを救ってくれたことが大きいのだろう。


 もっとも、カインを蹴落とし、クロドを国王に――という動きがなくなったわけではないが。


 むしろ、カインが国王として頼りない姿を見せるたびに、一部勢力の声は大きくなっているようにも思えた。




「随分と参っているようだね」


「兄様は聞いてますか」


「侵略者の侵攻が始まった、と兵が騒いでいたよ。心配になって様子を見に来た」


「王都ではなく僕を見に来てくれるんですね」


「兄弟だからね」


「兄弟、ですか……」




 クロドは当たり前のことを言ったつもりだったが、なぜかカインの表情が曇る。




「兄様は知っていますか、父様と母様の秘密を」


「何のことだい?」




 本当に何も知らない人間にしかできない反応――それを見て、クロドは知らないのだとカインは判断する。




「知らないのならいいんです」


「僕には教えられないのかな」


「知らないほうがいいことなので。こういうのを背負うのも、国王の責務なのでしょう」




 そう言って、カインは兄から視線を外し、再び城下の観察をはじめた。


 すると、クロドはそんな弟の隣に並ぶ。




「カイン、僕にはね、理想の家族像があるんだ」


「どうしたんです、急に」


「今のうちに伝えておかないと、そんな暇もなくなると思ってね」




 侵略者による攻撃は、これから本格化する。


 今日の出来事はその始まりにすぎないのだ、クロドもそれを理解していた。




「たとえば災害が起きたとき、父親には誰かを救助することより、家族と寄り添うことを優先してほしい。たとえば家族と民を天秤にかけたとき、家族を選ぶ母親であってほしい」


「……何を言ってるんですか」


「幼い頃に見た夢だよ、すぐに潰えた」


「夢物語です。特に、王族には許されるものではありません」


「だから夢なのかもしれないね」




 クロドは今まで見たことがないほど寂しげに、そして儚げにそんな夢を語る。


 王族らしからぬ、身勝手な夢を。




「責務や役目は、いつだって人を不幸にしてばかりだ」


「兄様は、国王になりたいんじゃなかったんですか?」


「クロド・ガイオルースはそれを望まなければならない。カイン・ガイオルースだってそうだろう? カインは自ら王になりたいと望まないはずだ。周囲の期待に背を押された結果、そういう自分になっただけで」




 誰も望まないのなら、仲のいい兄弟でいられた。


 そう言いたいのだろう。


 実際、こうして政治的なしがらみのない場所の会話では、真っ当に“家族”ができている。




「僕とカインが、王族ではなく普通の家庭だったら……もっと幸せだったのかもしれない」


「それは無駄な仮定ですよ、兄様。だって、僕が僕で、兄様が兄様なのは、ガイオルースの家で生まれ育ったからではないですか」


「そうだね」




 クロド自身、それが馬鹿げた話だとわかっているのだ。


 しかし、“馬鹿げている”と認識できてしまうからこそ――




「わかっているさ、意味のない夢だって」




 余計に虚しさを感じる。


 一方でカインも、本当は血が繋がっていないのに――と別の虚しさを胸に抱いていた。


 そんな寂寞を切り裂くように、騎士の力強い声が響く。




「陛下、報告します!」




 その王牙騎士団の騎士は、王都に発生した裂け目が拡大を続けていることを報告し、さらにはカフェを中心とした一帯を封鎖する許可を求めてきた。


 カインは即座に承諾する。


 すると騎士は続けて、人手が足りないこと、そして大型侵略者が出現する危険性を訴える。


 その上で――テニュス・メリオミャーマの出撃許可を、と王に直訴するのだった。




 ◆◆◆




 それからすぐに、テニュスに出撃許可が出た。


 国王カインは、彼女を操ったのが自分の意思であるため、できるだけテニュスを縛り付けておきたい意図があるようだが――非常時ということで、認めるしかなかったようだ。


 彼女はラパーパと共に宿舎を出て、自らの足で事件現場へと向かう。




「いよいよそのときが来たみてえだな。頼りにしてるぞ、ラパーパ」


「ワタシなんて大した力には……」


「だから謙遜すんなって。現状、王都で守護者を一番うまく扱えてるのはお前なんだ。切り札って言ってもいい」




 テニュスは励ましたつもりだったが、ラパーパの顔には色濃く緊張が浮かんでいる。




「ま、治療専門だもんな……戦えって言われて不安なのはわかる」


「戦うのは怖くないんデス、テニュス様の力になれるわけですしっ!」


「あたしのためっつっても、無理なもんは無理だろ」




 テニュス自身は戦いに慣れているが、誰もが平気で命の奪い合いをできる、なんて思っちゃいない。


 仮に『自分はできる』と思っていても、最初の戦場では戸惑い、苦しみ、傷つくのが常識だ。


 いくらラパーパに守護者を操る才能があったとしても、その問題は解決しない。




「それは……まあ、そうなんデス、けど」


「うまくいかなかったとしても、誰も責めねえよ」


「ワタシと一緒に逃げてくださいとか言ったら、ついてきてくれます?」


「地の果てまでな」


「それは……やらせるわけにはいかないですね」


「んだよ、自分から言っといて」


「即答されたんで日和ってしまいました」




 苦笑いするラパーパ。


 だが、それでもさっきよりは少しだけ緊張がほぐれたように見える。




「つか、何もできねえあたしの前でお前が怪我とかしたら、普通に泣くから。それなら逃げてくれた方がマシかもしんねえ」


「声がもう泣きそうになってます……」


「仕方ねえだろ、不甲斐ねえんだからっ!」




 今もまだ、テニュスはスランプを脱せていなかった。


 というより、そもそも守護者を扱う才能が無いのかもしれないのだから、スランプと呼べるのかも怪しい。




「すでに王牙の騎士も犠牲になってるらしい。一流の魔術師揃いだってのに、為すすべもなく、一瞬で」




 劣等感や心配、不安、その他諸々――ブルーな感情が幾重にも重なって、今すぐにでも頭をかき乱して叫びたい気分だった。




「そんな相手に最前線で立ち向かうのが、騎士でもないラパーパになるかもしれねえんだぞ? 情けねえし悲しいしでどうしたらいいか……たぶん、ジンとかスィーゼ、アンタムあたりも同じこと考えてるだろうさ」


「でもワタシとしては、何もできないより、ずっと嬉しいんデス。テニュス様の隣に立つなら、相応しい女にならないとって思いますし!」


「戦う力なんていらねえよ。ラパーパぐらい、いい女なら」


「えへへ……最高の褒め言葉ですっ」




 頬が赤らむと、青ざめていた顔色も少しよくなった気がした。




「うっ、うわあぁぁあああっ!」




 そのとき、どこからともなく男の叫び声が響く。


 二人は足を止め、声がした方へ視線を向けた。




「何だ?」


「あっちからデスっ!」




 建物を挟んだ裏通りから聞こえてきたようだ。


 ぐるりと大回りをしてその現場に到着すると、




「ゾラニーグ!?」




 目の前には、顔面蒼白で、必死に逃げるゾラニーグの姿があった。


 まだ生きている。


 だが次の瞬間、ヒュボッという音が聞こえたかと思うと、頭の上半分を残して体が消えた。


 目的を果たした犯人はすでに逃走を始めている。




「ひっ、い、一瞬で……!」


「待ちやがれ、化物ォッ!」




 追跡するテニュス。


 距離が遠く、またローブを羽織っているせいか顔や体が見えない。


 わかるのは人型であることぐらいだ。




「クソ、何だよあの速さは! 人間とは思えねえッ!」




 テニュスが魔術で強化し、全力を出しても追いつけない。


 やがて犯人は街のどこかへと姿を消した。


 悔しさに壁を殴りつけるテニュス。


 だがすぐに気持ちを切り替え、ラパーパの元へ戻る。




「そっちはどうだ、ラパーパ」


「即死です、助かりません……」




 頭部の上半分だけ残った状態など、治療ができるかを考えるまでもなかった。




「何でゾラニーグが殺されたんだ……」


「確かこのあたりは、ゾラニーグ様の家が近かったはずデス」


「襲われて、そこから逃げてきたのか。しかしこの断面……似てるな」


「まさか、あの騎士を殺した侵略者ですか!?」


「ああ、あの尋常無い速さ――確信は持てねえが、あたしの勘は間違いないって言ってる」




 ついに、人間に紛れた侵略者が目の前に現れたのだ。


 テニュスははっきり言ってゾラニーグのことが大嫌いだったが、犯人に対する怒りを燃え上がらせる。




「スィーゼたちに伝えねえとな」


「はい、急ぎましょうっ!」




 二人は速度をあげて、裂け目の発生した場所へ急いだ。




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