051 初恋の骸、鮮血の餞Ⅰ:進展
王牙騎士団の宿舎、そこに用意された何も置かれていない特別な部屋の真ん中に、二人の少女が並んで立っていた。
テニュスとラパーパは、目を閉じて瞑想を行っている。
ひたすらに意識を集中させ、己の中にある魔力と向き合う。
二人の体は、薄っすらと見える透明な膜のようなものに包まれていた。
それはシールドである。
彼女たちのシールドは粘土のようにぐにゃりと動き、何らかの形を取ろうとしているようだ。
テニュスのそれは、赤子の落書きのように意味のない形をしている一方で、ラパーパの方は手足に関してははっきりと鎧の形になりつつある。
ドロセアが生み出した守護者と呼ばれる魔術――そしてそれを広めたいと考えるマヴェリカ。
テニュスとラパーパは、そんな魔女の考案したトレーニングメニューを日々行い、少しずつ守護者の完成に近づきつつあった。
そして横並びでスタートしたその訓練は、意外なことにラパーパの方が一歩、いや二歩は先に進んでいる状況だ。
「っ……はあぁぁ、もう無理だぁ……」
ただ立って目をつぶっているだけのようにも見えるが、テニュスの体にはびっしりと汗が浮かんでいた。
集中を切らした彼女は、へなへなと床にへたりこむ。
体力には自信があるテニュスであったが、ひたすら集中力を要求される精神修行となると話は別らしい。
「ふぅ、ワタシも疲れました。朝の鍛錬はこれぐらいにしておきましょうか」
一方、ラパーパにはまだ笑顔を浮かべる余裕があった。
彼女が教会で受けてきた訓練は、戦闘力が求められる騎士のものとは違う。
他者を癒やすために、治癒魔術の効果を高めるための精神修行が多かった。
つまり彼女はこの手の訓練に慣れているのだ。
テニュスはラパーパの差し出した手を掴み、立ち上がった。
「お前にはぜんぜん追いつけねーな」
「でも、シールドの強度は全然違いますし……」
「いいんだよ、別に謙遜しなくても。ライバルがいるほうがあたしは燃えるたちなんでね」
「ライバルですか」
「んだよ、不満か?」
「んー……何だか違う方向性に関係が深まってる気がするんデス」
二人が同居を始めてからおよそ二週間が経過した。
テニュスは軟禁状態にあったため、本当にほぼ全ての時間を二人きりで過ごしてきた。
その甲斐もあり、二人はすっかり打ち解け、仲も深まった――のだが。
それはラパーパの望む方向ではない。
「ワタシとしても、テニュス様が憧れから身近な存在に変わってる実感はあるんデス」
「まあ、それはあたしもそうだな」
「でも……それって恋人というよりは、友達じゃありません?」
そう、恋が進展しない。
あれだけ堂々と好意があると言っておいて、テニュスとそれっぽいことを一度もできていないのだ。
「そう言われてもなぁ、そういうのって自然と関係が変わってくもんだろ? しかも守護者を目指して一緒に訓練してるせいで、恋愛ってよりライバルとか同僚意識の方が強まっちまうっつうか……」
「つまりはアンタムさんのせいデス!」
「あーしがどーしたっての?」
タイミングよくトレーニングルームに顔を出すアンタム。
突然の本人登場に、ラパーパの心臓は一瞬きゅっと締め付けられたが、すぐに彼女は気持ちを切り替えた。
「アンタムさんが訓練しろなんて言うから、ワタシとテニュス様の関係が進展しないんデス!」
「とんだバタフライエフェクトだね、カオスの神様大喜びだ」
「わけわかんなこと言ってごまかそうとしないで、アンタムさんも手伝ってください」
「んー、わかった。じゃあ目の前にいる相手のことを絶対に愛してしまう依存性の強い薬をあげる」
「やったー!」
「やったーじゃねえよ。何だよその凶悪な薬、惚れ薬ってより自白剤に使ったほうが有効活用できるじゃねえか!」
アンタムは感心した様子でポン、と手を叩いた。
「いや『その発想はなかった』じゃねえんだわ!」
「テニュス様とアンタムさん、以心伝心デス……」
「嫉妬するところかそこ!?」
「テニュスちゃんってば女ったらしー、罪な女ぁー」
「乗っかってんじゃねえよ、何か話すことあるから来たんだろ……」
「あ、そうだった」
ようやく本来の用事を思い出し、本題に入るアンタム。
彼女は持ってきた書類をテニュスに渡す。
「はいこれ、新しいトレーニングメニュー。前のよりさらに効率よくなってるんだってさ」
「もう更新されたのかよ、ペース早くなってねえか?」
「マヴェリカさん曰く、リージェちゃん視点のドロセアについて色々聞けたおかげで、前より守護者への理解度が上がったらしーよ?」
「へー、リージェさんがマヴェリカさんの弟子になったんですね」
「……待てよ、それどういうことだよっ! マヴェリカはドロセアと合流したのか?」
「いいや」
アンタムに自らの説を否定され、さらに感情的になるテニュス。
「余計にわけわんねえよッ! じゃあ、ドロセアとリージェは離れ離れになってんのか?」
「あーしにもよくわかんないけど、フルクス砦にいるシルドの話を聞く限りだと、ドロセアちゃんキレまくってるらしいからさ。もしかしたら、マヴェリカさんが……」
「ドロセアをキレさせるために、リージェをさらったってのか!?」
「ありえるよねー」
なにせマヴェリカには前科がある。
だが、それを真っ先にラパーパが否定した。
「あの、さすがにそれはありえないと思います! よく知りませんけど、ドロセアさんのお師匠さんなんですよね!?」
それにテニュスも続いた。
「……だな。いくらなんでもやりすぎだ、もっと別の事情があると考えるべきだろう」
「でもでも、ドロセアちゃんブチギレモードなんだよ? だからあんな大暴れしたんだろうし」
「誰かに連れ去られて、それをマヴェリカさんが保護したんじゃないデス?」
「だがドロセアの元に戻せない理由があるってとこだろうな」
「二人してマヴェリカさんのことかばうなんて優しくなーい?」
ジト目で頬を膨らますアンタム。
どうやら彼女はレプリアンをはじめ、諸々の仕事を押し付けられて不満を溜め込んでいるらしかった。
「それよりドロセアが心配だ。カタレブシスが出撃させた魔物の軍勢を一人で全滅させたって話だよな」
カタレブシス共和国と王国の開戦は三日前。
フルクス砦の戦力では、魔物を中心に構成された先遣部隊を止められるはずがなかったが、なんとドロセアはそれを一人でやってのけた。
その情報はすでに王都にも入ってきており、先日の対レプリアンにおいて戦果を上げたことも含めて、ドロセアのことを英雄視する王国の民も少なくはない。
国王となったカインも、その流れに乗らざるを得ないような状況だ。
「ドロセアさん、前から強かったですけど、さらに磨きがかかってませんか? だって、魔物ってとんでもない数いたんですよね?」
「少なく見積もっても千はいたらしーね」
「しかも魔物は結構大型だったんだろ? 一匹一匹が兵士百人に相当すると考えると、一人で十万人の働きをしたってことになる」
「はえぇ……一騎当千なんて言葉がありますけど、それじゃあ数字が足りないデス」
「おかげでカタレブシスの頭パーたちは一旦後退。今は王国軍の戦力も集まってきたから、睨み合いが続いてるらしーよ。あ、これシルドから教えてもらった最新情報ね」
「ドロセアはまだ目を覚ましてないのか?」
魔物との戦いを終えたあと、力を使い果たしたドロセアは昏睡状態に陥ったのだという。
アーレムでミダスやシセリーと戦ったあとと同じ状態だ。
「シルドが言わないってことはまだなんじゃない?」
「丸三日寝たままなんですね」
「そんだけ暴れりゃ魔力も体力もすっからかんだ、回復するまでそんだけかかるってことだろ。だがあいつにとっては、それでもおつりが来るぐらい濃密な戦闘経験になる」
「また強くなる、ってことですか」
「リージェを失ってるんならなおさらだ。飢えたあいつは、化物よりよっぽど化物だぞ」
それをテニュスは間近で見てきた。
魔術の才能がないただの素人が、今では王国最強の怪物扱い――しかもまだ二年も経っていないというのだから驚きである。
彼女はそれを、“リージェを求める”というたった一つの動機だけでやり遂げた。
「そしてまた、あたしは置いていかれる」
テニュスは寂しげに呟く。
「……」
彼女の姿を、ラパーパは複雑な感情を胸に抱き見つめた。
そんな二人の間に流れる微妙な空気を感じ、アンタムが口を挟む。
「テニュスちゃん、お姉さん今のよくないと思うな」
「別に恋愛の意味じゃねえよ、そっちに関しては少しずつ吹っ切れてる。あたしが言ってんのは“力”の話だよ」
「あ、そーなんだ。ならラパーパちゃんのおかげだねー」
「ワタシは何もしてないデス……ただ一緒にいただけで」
「それが十分すぎるぐらいありがたいってこった」
テニュスはラパーパに微笑みかける。
ぽっとラパーパの頬が赤く染まった。
だがすぐにテニュスは己の手のひらを見つめ、表情を曇らせた。
「問題はあたしが守護者に向いてないってことだ。情けねえが、まだ取っ掛かりすら掴めてねえ。ラパーパの方がよっぽど前に進めてる」
「でも、そんな大きな差は……」
「雲泥の差だよね。月とスッポン、金と石ころ、女神とブタ」
「アンタムさん言い過ぎデス!」
「それぐらい差があるってコト。ここまで来ると、もう向いてる向いてないの話じゃないと思うんだよねー」
「あたしの心に問題があるってことか?」
「わかってんでしょ」
アンタムは二人のデータを収集して、マヴェリカに送っている。
つまり彼女自身も、テニュスの問題点を把握しているということだ。
「レプリアンに対する嫌悪感」
テニュスの心に刻まれたトラウマ――それが技術の進化を阻害していた。
ラパーパが口を開く。
「それは、仕方のないことだと思います」
厳しいことを言いつつも、アンタムもそれに同調した。
「あーしもそう思うよ。あんなことがあったんだもん、そもそもマヴェリカさんがテニュスを指名したのが間違ってる、ぜんぜん向いてないんだもん」
「お前に誘われようが誘われまいが、守護者を扱える可能性があるならあたしは食いついただろうさ」
テニュスは強さを求める。
特に切磋琢磨しあったドロセアに追い抜かれたとあっては、戦士としての矜持がそれを許さない。
アンタムに誘われなくとも、遅かれ早かれ守護者の技術に手を出していただろう。
「きっと、あの出来事を“間違いじゃない”なんて思うことはあたしにはできない。正気ではなかったにしても、罪は罪だからな」
「まーね」
「割り切れって言われても……難しい、デス」
「だからあたしは、探さなきゃなんねえんだよ。もっと強く、罪を踏み越えてでも強くなりたいって思える動機が」
カルマーロに弄ばれ、レプリアンを使って犠牲者を出した。
それは誰に謝って解決できる話ではない。
事実を知れば、犠牲者の中には『仕方ない』と納得してくれる人もいるかもしれないが――何よりテニュス自身が納得できないのだから。
「ドロセアの背中を追っかけたいって気持ちだけじゃ、足りねえんだろうな」
現状、彼女を突き動かす動機はそれだけだ。
トラウマはそれを上書きして、邪魔をしてくる。
「ごめん、難しい問題すぎてあーしには気の利いた答えとか言えないわ。あーし頭はいい方なんだけどね、専門外」
「最初から期待してねえよ」
「ワタシが……テニュス様の悩みをほぐせる言葉を持っていたら……」
「ラパーパも気にすんなって」
「……もっとうまく、テニュス様のこと口説けてたと思うんデス」
「そっちかよ!」
思わず大声を上げて突っ込むテニュス。
そんな彼女を見て、ラパーパはくすくすと笑った。
「ふふっ、冗談デス」
「はっ、場を和ますジョークってか? ラパーパはあたしと違って気遣いができる女だからな」
「テニュス様だって優しいデス」
「けど雑だろ?」
「部屋の掃除や洗濯物の扱いはもうちょっとどうにか……」
ラパーパの口にした不満点に、「そりゃ難しいな!」とケラケラと笑うテニュス。
そのまま楽しそうに談笑する二人を、アンタムは微笑ましく見守っていたが――頃合いを見て、会話に割り込む。
「あ、そうだった。連絡事項もう一個あってさ」
「んだよ、マヴェリカの件だけじゃねえのか?」
「今日の午後、外出許可取ったから。教会出身の聖職者が監視するって条件付きでね」
それを聞いてテニュスとラパーパの表情が一気に明るくなる。
「やっと外に出れるのかよ!」
「テニュス様と二人で遊びに行っていいんデス!?」
「若人二人でデートでもなんでもしてきなー、あと騎士団の門限は守るよーにね?」
テニュスは特に外に用事があるわけではなかったが、やはりこの宿舎に閉じこもっているとどうしても気が滅入ってしまうもの。
ちなみにラパーパも、同じ気持ちを味わいたいということで外には出ようとしなかった。
「ラパーパ、あたしより嬉しそうじゃねえか」
「だってだって、ようやくテニュス様と一緒にできるんデス!」
彼女は両手をきゅっと握り、はしゃぎながら熱弁した。
「恋愛っぽいこと!」
◇◇◇
それから一時間後――街に繰り出したテニュスは、見知らぬ人相の悪い男と追いかけっこをしていた。
「待ちやがれ、あたしから逃げられるわけねえだろうがッ!」
その男は、テニュスとラパーパがたまたま入った店で、店主を脅し金を奪っていたのである。
元とはいえ、王牙騎士団の団長まで務めたテニュスが、強盗犯を見つけて放っておけるはずもなかった。
「どうしてこうなった……デス……」
体力で劣るラパーパは、息を切らしながらテニュスを必死で追いかけた。
しかし、決して彼女に体力がないわけではない。
むしろ一般人より遥かにタフである。
彼女が疲れているのは、テニュスが悪人と追いかけっこするのが、これですでに四度目だからだ。
「クソッ、離せぇぇっ!」
「あたしに見つかった時点でこうなるのは決まってたんだよ、諦めろ」
テニュスはあっさり犯人に追いつくと、転ばせ、地面に押し付けるように拘束した。
そして少ししてやってきた兵士に引き渡すと、ラパーパの元に戻ってくる。
「まさかここまで王都の治安が乱れちまってるとはな」
「ふぅ、ひぃ……」
「大丈夫か?」
「な、なんとか……ふぅ。侵略者なんて化物が出てきて、みんな、不安になってるんデス。はひぃ……それに、今はぁ、兵士の何割かがフルクス砦に出向いてて、王都は手薄になってます」
「踏んだり蹴ったりだな。この様子じゃ、新国王への不満も溜まってるんじゃねえか」
「すぅぅ……ふうぅぅ……そうみたい、デス。カイン国王は若すぎるというのもあって、頼りないという印象を受ける人も多いみたいで」
胸に手を当て、深呼吸をしながら息を整えるラパーパ。
テニュスもさすがに少し申し訳無さそうな顔をしている。
だが、そう遠くない場所から「助けてー!」という声が聞こえてくると、彼女は反射的にそちらに向かって走り出した。
「また悪さしてやがる。待てぇッ、王国軍の目は欺けても、このテニュス・メリオミャーマの目は欺けねえぞッ!」
「また悪人ですかぁ!?」
必死にテニュスを追うラパーパ。
明らかに疲労している彼女だが、しかしどこか楽しそうでもあった。
「でも……こういうテニュス様、やっぱりかっこいいデス! それを特等席で見れるって、一番の幸せかもしれませんっ!」
彼女がテニュスに惚れたのは、自分を助けてくれたから。
つまり今みたいなテニュスが好きなのだ。
そう考えると、全身にのしかかる疲れすらも喜びに変わるような気がした。
◇◇◇
結局、テニュスは夕方近くまで悪人退治に奔走することとなった。
空が茜色になるころ、ようやく落ち着き、公園のベンチに二人並んで腰を下ろす。
「ふぅ、かなりの数を引き渡せたな」
「テニュス様、ここに傷が!」
テニュスの肩の傷を、ラパーパが即座に治す。
「んあ? おう、ありがとな」
礼を言いながらも、彼女はどこか釈然としない様子だった。
「いくら数が多いとはいえゴロツキ相手にあたしが傷を負うなんて、やっぱなまっちまってるな……」
二週間にも及ぶ軟禁生活――徐々に再建しつつある王牙騎士団と共に訓練は行っているものの、実戦勘はどうしても鈍っていく。
強くなるどころか、ドロセアとの差は広がるばかり。
そのことに落ち込むと同時に、隣で心配そうにこちらを見るラパーパを見ると、テニュスの心はさらに沈んだ。
「……ごめんな、ラパーパ」
「謝ること、何かありましたか? テニュス様は困った人を助けてたじゃないですか」
「今日のこれ、デートだったんだろ」
「あー、そういえば」
「あたしときたら、それを放り出して戦いばっかり……がっかりしただろ」
宿舎を出るときは、ラパーパにも楽しんでほしいという気持ちはあった。
しかし悪人を前にするとそれを忘れて、体が勝手に動いてしまった。
「そんなことは――」
「いいんだよ、気を遣わなくても。あたし自身、空気読めてねえし必死だなっていう自覚はあるからな」
彼女は自虐的になりながら語る。
「罪滅ぼしのつもりなのかもしれねえな。こんなことやっても、死んだ人が戻ってくるわけじゃねえのに」
気分転換のはずのデートだったはずなのに、テニュスはさらに自分を追い詰めようとしている。
結局のところ、ドロセアとの戦い――あのときに行った自分の罪が、今もまだ彼女を苛み続けているということだろう。
表面上は立ち直ったように見えるが、そう簡単なものではない。
「しかも“誰かのため”って言い訳をして、ラパーパのこと困らせちまった」
監視という名目ではあるが、テニュスは日常生活においてラパーパの世話になりっぱなしだ。
家事は任せているし、守護者に関する訓練では遅れを取っている挙げ句、ラパーパの想いに応えられているわけではない。
失望されて、見捨てられるのも時間の問題――そんな風に考えているようだ。
「確かに大困りデス」
だが当のラパーパには、まったくそんなつもりはない。
「今日はテニュス様がワタシを好きになってくれるよう頑張るはずだったんですよ? なのにかっこいいとこばっかり見せられて、ワタシの方が好きになる一方デス」
ほったらかして、デートもできずに、疲れさせてしまったのに。
それでもラパーパは、テニュスを“かっこいい”と言ってくれる。
「もう少し反撃させてくれないと勝負になりません」
屈託のない本心で、彼女は笑った。
テニュスの心がとくんと高鳴る。
彼女は少し驚いた様子で胸に手を当てると、服の布を軽く握った。
「……そりゃ申し訳ないことをしちまったな」
そしてベンチから立ち上がると、ラパーパに微笑みかけ手を差し出した。
「えっと、この手は……」
「こっからは手を繋いで歩くぞ。デートってそういうもんだろ」
「いいん、デス?」
「あたしがそうしたい気分なんでな」
おずおずと手を伸ばし、ラパーパの指先がテニュスの手のひらに触れた。
マメだらけだが、柔らかい部分はあって、当たり前のように温かい。
よほど緊張しているのか、ラパーパはそこからなかなか進めなかったが――テニュスの方から歩み寄り、その手を掴んで引き上げた。
立ち上がったラパーパは固まり、繋いだ手をじっと見つめている。
「顔、赤いぞ」
「当たり前、デス。夢みたいな状況ですから」
「ほんとあたしのこと好きなんだな」
「最初からそう言ってます。これじゃあ、また一方的に負けるだけデス」
「んなこたねーよ」
そう否定するテニュスの声のトーンは、今まで聞いたことのない柔らかさと、熱を帯びていて――
違和感を覚えたラパーパは彼女の顔を見つめた。
「これは互角の勝負だ、あたしの顔見りゃわかるだろ」
テニュスの頬が、恥じらいに赤く染まっている。
そこに“自分と同じ感情”がある気がしたラパーパは、想い人のその表情を目に焼き付けるように、じっと見惚れるのだった。
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