049 超越戦
ミダスの黄金が消えていく中、ドロセアは「ふぅ」と少し辛そうに息を吐き出す。
止血したとはいえ右腕を失っているのだ。
正直に言うと、ミダスの死角を突けたのもかなりギリギリだった。
利き腕ではない方で繰り出す斬撃は、明らかに精度を欠いていたからだ。
するとリージェがそんな彼女に抱きつき、傷口に顔を近づける。
「ふー、ふうぅぅ、おねえ、ちゃ……お姉ちゃんの、血……肉……わたし、わたしは……!」
そこに舌を伸ばそうとする彼女の姿は、見ていてゾクリとするほど色っぽかったし、ドロセアとしてはそのままでもよかったのだが――さすがに変な癖が付くと良くない。
左手で彼女の肩を掴むと、目を細め意識を集中させる。
(簒奪者も魔物化するんだ……)
力の解放、という単語はドロセアの耳にも入ってはいた。
今のリージェがそういう状態なのだろう。
浮かび上がる血管、そしてわずかだが変形した手足。
さらに変化が進めば、やがて人の肉体すら失っていくに違いない。
もっとも、肉塊と化したドロセアよりは魔物化したリージェの方が遥かに可愛いとは思うが。
まだ今の段階なら、ドロセアのシールドを使うことで元に戻せそうだ。
肉体が正常に戻ると、リージェの興奮も収まっていく。
「あれ……あ、わたし……今、お姉ちゃんのこと……っ」
「毒の方は大丈夫?」
「ごめんなさい、今、食べようとして……!」
混乱するリージェに、ドロセアはぐいっと顔を近づけた。
「別にリージェになら食べられてもいいよ」
「はひゃっ!?」
ぼふっとリージェの顔が赤く染まる。
恥ずかしさで、一緒にネガティブな気持ちは吹き飛んだようだ。
「そういうわけだから、気にしないの」
「は、はひ……っ」
「で、毒は大丈夫なの?」
「あ、はい、体が変わったときに飛んでいったみたい、です。でも……お姉ちゃんの方が」
「ああ、右腕ね。魔術で治せる?」
「治せます! ですが千切れた腕があった方が早いです」
腕はミダスの死体の近くに落ちているはずだ。
彼の亡骸は今も興奮状態のアーレムの民に囲まれている――が、徐々に彼らも正気に戻りつつあった。
個人差はあるようだが、特に早く快復した人は、自分の体が血まみれで、目の前に男の死体が倒れていることに驚き、悲鳴をあげている。
新たな混乱が起きつつある中で、人混みの中で一人の女性が「ひっ、腕えぇっ!」と叫んだ。
そして床に落ちていたドロセアの腕を掴むと、放り投げる。
放物線を描き宙を待った腕は、都合よくぼとりと持ち主の目の前に落下した。
ドロセアはひょいっとそれを拾い上げると、
「戻ってきた」
と手を振るように左右に揺らしながら嬉しそうに言った。
無邪気なドロセアはかわいい。
が、状況が状況だけにリージェの表情はひきつる。
その後、腕を受け取ったリージェは、それをドロセアの肩にくっつけ、無事に治療は成功した。
ドロセアは手を閉じたり開いたりして動きを確かめつつ、リージェに尋ねる。
「ありがとね。ところで一つ確認」
「はい」
「シセリーがどこ行ったかわかる?」
「へ? 彼女ならそこに――」
リージェが指さした先には、先ほどまで苦しんでいたはずのシセリーの姿はなかった。
「い、いないっ? あの状態でまだ動けたんですか!?」
「ツタをあそこの穴に引っ掛けて移動したのかもね」
部屋にはリージェの魔術で空いた穴がある。
逃げようと思えば、あそこから外に出ることができた。
「でもミダスが死んだ以上、彼女が生き残る理由はないはず」
「力の解放……」
「さっき言ってたやつだよね」
「はい、全力で魔術を使おうとすると、体に変化が起きるみたいなんです。もしあのとき、わたしがもっと力を引き出していたら……完全に、魔物化していたかもしれません」
「シセリーにもそれと同じことができるとしたら……ミダスを殺した私に復讐する?」
その直後、建物が――いや、アーレム全体が大きく揺れ始める。
「う、うわわっ、すごい揺れ! 力の解放って、そこまですごいんですか!?」
「私に捕まってて。場合によってはすぐに守護者を呼ぶから」
「でも、それだとわたしが足手まといになってしまいます」
「大丈夫、一緒に乗れるようにする」
「そんなことできるんですか?」
「私の想像力次第、かな」
テニュスが乗っていたレプリアンは、操縦席のスペースに余裕があったため人質であるリージェを一緒に乗せることができた。
一方で守護者の方は、ドロセア本人としては纏うというより自分の体そのものといった感覚なので、中のスペースがどうなっているかはわからない。
が、自分の一部だというのならば、リージェが乗るぐらいの場所を確保することはできるはずだ。
「っ、地面を突き破って大きな植物が!」
「あれもシセリーの体の一部なんだ」
「で、でっかい……」
アーレムの街のど真ん中に、どんな建物よりも巨大な花が咲く。
それが元々人間の形をしていたとは、誰も想像しないだろう。
塔よりも太い茎が伸び、先端には極彩色の花弁が開いている。
見た目は巨大になっただけの植物ではあるが、それらは意思を持ち動いている。
加えて、茎の周辺からは本体より少し小さな分体が生え、周囲の建物を薙ぎ払っていた。
花が散らす匂いは、甘ったるいを通り越して悪臭だ。
息をするだけで目眩がしそうなほどである。
『ミダスぅぅぅ、見てぇ。誰よりもぉ、大きく、美しく咲いた私をぉ! 空の向こうからぁ、見てえぇぇぇぇええっ!』
ああ――そういう動機なのか、とドロセアは理解する。
復讐とか、決着とか、そんなものは彼女の頭にない。
きっとミダスと最後に約束でもしていたのだろう。
誰よりも鮮やかに咲いてみせる、と。
「行くよ、リージェ」
「はい、お姉ちゃんっ!」
ドロセアは、ぎゅっと抱きついたリージェと共に光に包まれる。
密度と強度を高めた正位置のシールドは、彼女の闘争本能を具現化し、白い騎士を顕現させる。
人間の数倍の高さがある巨大な鎧。
それでも小さく見えるのは、咲き誇るシセリーがあまりに大きすぎるからだろう。
守護者が形成される間、ぎゅっと抱きついて視界を塞いでいたリージェは、恐る恐る目を開く。
そこには不思議な空間が広がっていた。
「う、浮いてるっ? いや――ここが、守護者の中……?」
シールドで作られているからか周囲は透明で、外の景色がよく見える。
手を伸ばすと壁に当たるので、おそらくそこまで広い空間ではないのだろう。
そして当然だが、目の前にはドロセアがいる。
彼女は立ったまま目を閉じており、リージェには意識を失っているようにしか見えなかった。
「お姉ちゃん、わたしの声、聞こえてますか?」
『聞こえてるよ。中にいるんだね』
ドロセアが喋ると、同時に守護者からも音声が発せられるらしい。
二重に声が聞こえる。
「ぜんぜん勝手がわからないので、手伝えないかもしれませんが……」
『一緒にいてくれたらそれだけで心強いよ。じゃあ突っ込むから!』
守護者は軽く助走を付けてシセリーへ向かって大きく飛び上がる。
不思議なことに、中にいるリージェはその反動を感じることはなかった。
何もできない歯がゆさを感じながらも、守護者とシセリーの戦闘を見守る。
『邪魔をしないで、これはミダスとの愛の時間なのッ!』
『そんなもの、二人で勝手にやってればいいッ!』
分体が襲いかかる。
守護者は両手で掴んだ剣でそれを斬り落とした。
切断された花がズシンと地面に落下し、建物を押しつぶす。
周囲にいた人々はアリの子を散らすように慌てて逃げていた。
『放っておきなさいよ、あなたが――あなたさえいなければ、もう少しぐらいはミダスと愛し合えたのに!』
斬ってもすぐに新たな分体が地面から現れ、ドロセアに攻撃してくる。
さらに今度は分体から細かな触手が伸び、鎧の関節部に入り込もうとしていた。
ドロセアはその程度は無視しようとしているようだが、
「あれぐらい細いのなら……! 内側で暴発しないように集中して、距離を離して……やれる、お姉ちゃんが隣にいる今のわたしなら、何だってっ!」
守護者の“外”に白い魔法陣が浮かび上がり、そこから光線が放たれる。
光線は細かな触手を薙ぎ払い、切断した。
『リージェぇ、あなたも邪魔をするのねぇっ!』
シセリーの声が怒りに震える。
だがリージェの耳には届いていなかった。
彼女はドロセアの援護で必死だからだ。
「頑張れお姉ちゃん! そんなやつぶった切っちゃえぇっ!」
『うおぉぉおおおおおおおおッ!』
リージェの応援に背中を押され、ドロセアの気迫が増す。
彼女の剣は次々とシセリーの分体を引き裂き、徐々に本体へと近づいていたが――
(さすがにこれだけの連戦となると、魔力が……ッ!)
エルク、そしてミダスと死力を尽くして戦った直後だ。
ただでさえ守護者の顕現はドロセアにとって負担が大きい。
長期戦になれば、魔力切れを起こしてしまう危険性があった。
◆◆◆
カタレブシス共和国北部、国境からそう遠くない山中にある村、スペルニカ。
エレインの屋敷はその中でも特に深い森の中にあった。
車椅子に座る不完全な肉体のエレインと、その隣でいつの間にか持ち込んだチェアに腰掛けるマヴェリカ。
二人の背後には静かに執事のガアムが立っている。
三人の前方には映像が浮かび上がっており、そこに映されているのは当然、ドロセアとシセリーの戦う様子だ。
両者ともに人の肉体を超越し、片や純白の騎士となり、片や異形の草花となって、互いに死力を尽くしている。
「あんなものがエレインの切り札なのかい」
マヴェリカはうんざりした様子でそう問うた。
「私が肉体に興味を持たないことは昔からよく知っているでしょう」
エレインは口だけでくすりと笑い答える。
その言い方が不快だったのか、マヴェリカは眉間にしわを寄せた。
「肉体の歓びに縛られるのが怖かっただけだろう」
「自意識過剰ね」
「キスした三日後に逃げられたんだ、そう言いたくもなる」
「ただの思い出作りよ、あの記憶を胸に人として死ねばよかったのに。それよりほら、見なさい。ドロセアが魔力の出し渋り始めたわよ、あれじゃあ押し返されてしまうかもしれないわ」
「だとしたら失敗だったな」
「ええ、失敗だわ。すぐに押し切らないと、それとも魔力が切れて――」
「私はあの思い出があったから人間を捨てた」
マヴェリカの瞳はエレインに向けられていたが、対するエレインは一切マヴェリカを見ようとはしなかった。
「四百年前、エレインは人類に精霊と対話する術を与えるために自らの肉体を分解し、粒子――つまり魔力となった」
「懐かしいわ」
「消える直前、お前は私にこう言ったよな。『いつでも傍にいる』、『寂しくなんてない』って」
「そんなこともあったわね」
「中途半端なんだよ、お前は。あんなこと言ったら私が必死になることぐらいわかってたはずだ」
エレインはふっと微笑み、感情が籠もっているようで、一切の抑揚が感じられない声で喋る。
「……そうね、確かに私はあなたが生きてて嬉しかったわ。だって、現にこうして簒奪者に比類する魔術を生み出してくれたじゃない」
マヴェリカをこの世に留めたのは、あくまで利用するためだと彼女は語る。
そう言われた魔女は鼻で笑った。
「後付けもいいところだ」
「ふふっ、そうかもしれないわね。もう四百年も前のことだもの、細かい部分なんて忘れたわ。けど競争が起きてほしいと思ってたのは事実よ。確かに簒奪者は、私にとって侵略者からこの世界を守る最善の方法だった。けれど、あくまでそれは私の中での話に過ぎないもの」
エレインは天才である。
精霊と対話できるというその異能は、あまりに偉大すぎて、誰にもその価値を理解されないほどだった。
つまりエレイン自身も、誰にも理解されない。
傍にいたのはただ一人、マヴェリカだけだった。
そんな彼女の考えた案を、簡単に上回ることができるとは思えないが――一方で、エレインも自分の策がこの世で最も尊いものだとも思っていない。
すると黙っていたガアムが、少し焦った様子で口を開く。
「待ってくれ、エレイン様」
「なあに、ガアム」
「エレイン様は、我々簒奪者の味方ではないのか」
「私はいつだってこの世界の味方よ、そう言ってきたはずじゃない」
エレインは嘘をついていない。
おそらく共に過ごしてきたガアムやアンターテも、彼女から『簒奪者のために戦う』という言葉を聞いたことはないはずだ。
結果として、エレインの行動がそうなっていただけで。
「負けたら世界を防衛するための主導権はドロセアに譲るわ、だってそっちの方が可能性があるんだもの」
その発言に、ガアムは少なからずショックを受けたようだ。
その様子に、エレインはくすくすと笑う。
「そう嘆くことはないわ。だってドロセアが勝つってことは、ガアムも私も死んでるってことなんだから」
簒奪者全員を叩き潰して初めて、侵略者に挑む権利を与えられる。
今さら言うまでもなく、当たり前のことだとエレインは考えているようだが――当のガアムは、悲しみを飲み込みきれてない様子だ。
「やーいやーい、納得できてないでやんのー」
そんな彼を、マヴェリカがからかう。
先日、一度殺されたお返しといったところか。
「幼稚な挑発だ」
「言っとくけどさ、エレインがあんたを愛することなんて生涯ないよ」
「期待をしたつもりなどない」
「そう? でも事実として、あいつは私のことを愛しているからさ。今でも、変わらず」
自信満々にマヴェリカはそう言った。
エレインは興味なさげに、何の反応も見せない。
否定してくれればいいものを――そんな苛立ちからか、ガアムはギリッと歯を鳴らす。
「戯言を」
「じゃなきゃとっくに私は殺されてる。生きてることが何より“特別”の証拠だろう?」
「いつか殺す」
「ドロセアと戦って生き残ったら片手間に弄んでやるよ」
「マヴェリカ、あんまりうちの子を挑発しないでよ。冗談が苦手なんだから」
「うちの子、か。じゃあ将来は義理の息子になるんだ、今のうちにコミュニケーションを――」
その瞬間、ガアムから何かが放たれマヴェリカの頬をかすめる。
通り過ぎたそれはテーブルの上に置かれていた試験管を粉々に砕いた。
「危ないねえ」
「今殺すッ!」
「私に勝てるとでも? まったく、エレインはどんな教育をしたんだか」
「いい加減にしなさい、二人とも。それよりドロセアが危ないわよ、見ないでいいの?」
苦笑するエレインは、二人に映像を見るよう促した。
そこには彼女の言う通り、苦戦するドロセアの姿が映し出されていた。
◆◆◆
一進一退の攻防が続く。
三歩進んで三歩下がる、その繰り返しだ。
シセリーの分体は斬っても斬っても地面から生えてくる、おそらく魔力が尽きるまでは止まらないだろうし、持久戦なら圧倒的にドロセアが不利だった。
(魔力がもう残ってないのに、魔力をケチったら前に進めない……!)
長期戦を見越して守護者の密度を落としてみたものの、そうすると攻撃の威力が下がってしまう。
『もう限界なの? そうよねぇ、無等級魔術師の魔力量なんてたかが知れてるものぉ! 才能の差に絶望しなら逝きなさぁぁああいっ!』
それはシセリーにも見抜かれていた。
彼女はこれを好機と見たか、さらに多くの分体を地面から生み出し、守護者に殺到させる。
(まずはここから離脱して――いや、後ろ向きじゃダメだ。ありったけの魔力を込めて、次の一撃で確実に本体を潰す――!)
後ろに飛びながら、突っ込んでくる花を避けるドロセア。
地面はとっくに穴だらけで、油断すると足を取られそうなほどボコボコになっている。
シセリーの自由な動きに対して、どうしても地に足をつける必要がある守護者は、地形の面でも不利になりつつあった。
「お姉ちゃん、辛そう」
額に汗を浮かべ、険しい表情のドロセア。
リージェは応援とちょっとした援護しかできない自分を歯がゆく思っていた。
「わたしにできること、何かないかな……攻撃するだけじゃない、お姉ちゃんの支えになれたら」
そう言いながら、ドロセアの体に抱きつくリージェ。
大好きな香りに包まれる中で、彼女は目を閉じ思案する。
すると、自分とドロセアが糸で結ばれているような、不思議な感覚に陥った。
「聞こえる。繋がってる」
それは決して幻覚などではない。
実際、リージェの想いが離れたドロセアに影響を与えたことは何度かあった。
つまり――
「お姉ちゃんの中に、わたしがいる」
二人の肉体は、リージェの血で繋がっているのである。
「この感覚をたどれば、お姉ちゃんに魔力を渡せるかもしれない」
誰にでもできるものではない。
血の繋がりがある上で、誰よりも心が近いドロセアだからこそ可能な芸当だ。
しかし、デメリット無しでそんな便利な方法が使えるはずもない。
「でも魔物化が……」
リージェの血を与えるだけで化物に変わってしまうのだ。
魔力を直に与えたりすれば、間違いなくドロセアの肉体に変化が起きる。
しかし、そんなリージェの独り言を聞いていたドロセアは、迷いなく声を張り上げた。
『リージェ、やって!』
「だけどっ!」
『もらった魔力をすぐに使えば魔物化せずに済むッ! だからお願い、私に力を貸してッ!』
リージェも、そう簡単な話ではないとわかっている。
だがドロセアができると言ったのだ。
信じるしかない――
「わかった……受け取って、わたしの魔力をっ!」
抱きついたまま、繋がった糸を通じて、己の魔力をドロセアの中へと送り込むリージェ。
『ぐ、ぐぅぅ……!』
それはリージェにとっては微量でも、無等級魔術師であるドロセアの許容量を越えている。
彼女が苦しげなうめき声を上げると、胴体がボコッと蠢く。
一瞬で魔物への変化が始まった。
さらにその変化は守護者にまで及ぶ。
美しい流線型を描いていた胸部装甲が醜く歪んだ。
本来、守護者は純粋なドロセアの魔力だけで構成されている。
そこにリージェの魔力という不純物が混ざってしまったのだ、形状を維持するだけでも一苦労だろう。
だがそれが致命的な変化に至る前に、ドロセアは魔力を“吐き出し”、放つ。
『うおぉぉおおおおおおッ!』
雄叫びと同時に、守護者の動きが数倍は素早くなる。
変化はスピードのみならず、斬撃の威力もまた、剣の一振りで分体を数本断ち切るほどにまで強化されていた。
『動きが変わった? そんな、この速度、このパワーっ! 突破される!?』
『届いた、本体ぃッ!』
『甘いのよ、本体が一番強いに決まってるでしょうがッ!』
茎をしならせ、勢いをつけて守護者を叩き潰すシセリー。
しかし守護者は、それを片手で止めてみせた。
『受け止めた!?』
そしてもう一方の手に握る刃を、茎に突き刺す。
これは“杭”だ、固定するための。
『こんな気味の悪い花ッ、根ごとぉ――』
シセリーの本体を両手で掴んだまま、膝を曲げ、腰を落とし、体のバネを利用し――守護者は飛翔する。
ズドォンッ! と爆発音がアーレムに響き渡り、踏み潰された大地が凹み、周囲の建物が吹き飛ぶ。
さながら花火のように打ち上がった白騎士は、夜明けの光を側面に受け、煌めきながら空を舞った。
シセリーは、地面深くまで伸びた根ごと引きずり出されていく。
『こんな……才能も苦しみもない人間に、どうして私たちがぁぁぁあッ!』
『駆除、してやるぅぅぅぅッ!』
そしてドロセアは、完全に宙に浮いたシセリーを放り投げ、地面に叩きつける。
ぐったりと横たわる彼女の目の前に、守護者は着地した。
叩きつけられた衝撃、そして根を張れなくなったことにより、花はみるみるうちに枯れていく。
やがて朽ち果てると、花の中央付近から下半身が植物と癒着し、上半身だけになったシセリーが姿を表す。
虚ろな瞳で守護者を見つめる彼女。
ドロセアは剣を握ると、無言で突き刺し、戦いを終わらせた。
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