048 贋作
「銃からコイン……?」
「よそ見してる暇はねえぜ!」
よく見れば、ミダスが持つ銃は奇妙な形をしていた。
魔力を使用した銃は軍の一部で採用されている程度には普及している兵器だが、もちろんそれは金属の銃弾を発射するためのもの。
マガジンに金貨を装填し、それを発射するような珍妙な武器など使われるはずがない。
ミダスのために作られた、ミダスのためのオーダメイド銃――
(つまり、魔術の発動条件に関連している)
ドロセアは放たれた銃弾を避け、傾いた姿勢から軽めの一撃を放つ。
ミダスのコインはそれを受け止めた。
彼は続けて引き金を引く。
ドロセアはそれを剣で直に受け止める。
すると、シールドで作られた強固な刃は、まるでガラスのように砕け散った。
「何で……威力は大したことなかったのに!」
ミダスはにやりと笑うと、ドロセアの頭を狙いコインを放つ。
彼女はシールドを展開し防ごうとしたが、コインが命中すると同時に障壁は弾け飛んだ。
さらなるコインの連射。
当たってはまずい――それだけははっきりとわかる。
横に飛ぶドロセア。
転がる彼女に追加の銃撃。
片手で逆立ちし、さらに腕の力で飛んでそれを回避。
空中で体を捻って回りながら斬撃を放つ。
だがそれはミダスでも避けられる見え透いた一撃。
彼も簒奪者だ、身体能力は通常の人間の非ではない。
さらにそれを示すように、体勢を持ち直す前のドロセアにミダスは接近した。
斬撃で牽制し距離を維持したいところだが、相手は走りながら発砲してくる――コインに斬撃を相殺されて、うまく足止めできない。
(まだ魔術の正体がわからないのに近づけたくないけど、この間合いは私の得意とする距離でもある!)
先手必勝、ドロセアは自ら前に出て剣を振り下ろす。
ミダスはシールドで受け流しつつ、己は最低限の動きでそれをいなす。
続けざまに至近距離での射撃。
一発目でシールド破壊、二発目がドロセアを狙うが、首を傾けこちらも最小限の動きで回避。
(二発続けて飛んでくる、連射できるタイプの銃なんだ。そして一発目で必ずシールドが破壊されるのは――おそらく威力の問題じゃない)
銃を握る腕を狙っての切り上げ。
わずかに後退し回避、同時に銃撃。
腰を落とし獣の体勢から飛びかかる。
発砲で迎撃するも止められず。
横薙ぎの斬撃、捉えた手応え。
仮にこれを魔術で防がれ仕留められなかったとしても、魔術の正体はこれでつかめる――そう思っていたが、
「かはっ!」――ドロセアの脇腹に、ミダスの蹴りが突き刺さった。
何かにシールドを破られた直後、生身のつま先が直撃したのである。
「甘いんだよなァ」
苦しむドロセアへ向けて、続けざまの銃撃。当然のように二連射。
シールドが割れ、額を狙い飛翔するコイン。
蹴りの衝撃に抗わずバランスを崩すことで避ける。
そこに――
「追加のベットだ」
ミダスの二丁目の拳銃が向けられる。
すぐさま放たれるコイン。
(あとひとつ、隠して――ッ!)
破壊されたシールドはすぐに張り直すことが可能だ。
だから一発目は防げる。
しかし現在の体勢では、二発目は諦めるしかなかった。
高速で打ち出されたコインがドロセアの右肩に命中する。
衝突し、肉を弾けさせ、体内に埋没しようとするが――その瞬間、バチンッ! という音と共に右肩に激痛が走った。
「あ、があぁぁぁあああッ!」
宙を舞うドロセアの右腕。
断面から大量に流れ出る血。
叫ぶドロセア、嗤うミダス。
「お姉ちゃんっ!」
それに気づいたリージェも悲鳴をあげたが、
「あなたもよそ見をしている場合じゃないでしょう!?」
無数のツタに襲われ、ドロセアに近づくことすらできない。
「わかるかドロセア、この街じゃあ金が全てなんだぜ?」
部屋中に散りばめられた黄金。
装飾のようにばらまかれたミダスコイン。
その中心で両手を広げ勝ち誇るミダス。
その情景は、彼の価値観そのものを表しているようだった。
「いや、街だけじゃねえ、世界がそうだ。金さえあれば大体のことはどうとでもなる、欲しい物を手に入れるのも、大切なものを守ることも」
だが無駄な語りのようで、それは答え合わせでもあった。
「そんな金に触れたんだ、対価を払うのは当然だよなぁ?」
彼の使う魔術――それは金貨を対価に、相手から何かを奪うこと。
シールド、剣、そして右腕。
触れただけで成立するため、銃そのものの威力が低くとも、ドロセアのシールドを破壊することができたのだ。
「はぁ、はぁ……諦めた、くせに」
「驚いた、もう喋れるのかよ。血も止まってんな」
シールドで強引に止血したドロセアは、その痛みすらも怒りへと変えてミダスをにらみつける。
「金で兵士を集めて、侵略者と戦争でもしてみればよかった、のに」
「無駄な戦いはしねえよ」
「かっこ悪い」
「あいにく俺は現実主義者でね、実益を取っただけだ。無駄な足掻きより、有限でも有益な時間を、ってな」
「繰り返すけど、かっこ悪い」
ドロセアには、ミダスが諦めの言い訳を繰り返しているようにしか見えなかった。
おそらく彼も理解しているはずなのだ。
自分のやっていることが、“ダサい”ということに。
「これだけの力がありながら、諦めて終わるなんて」
「救世を語るにはお前は若すぎるんだよ、ドロセア。腕を吹き飛ばされてすぐに喋れるその精神力は見上げたものだが、お前と違って、俺は世界を見てきた。だからわかる」
「でも私のことは知らなかった」
人の足で見て回れる世界の広さなんてたかが知れてる。
きっと彼の旅路に、ドロセアのような人間はいなかったのだろう。
「諦めるつもりなんてさらさら無い、どこまでも突っ走るつもりでいる私が、ここに!」
「だから、それが間違いだって教えてやるってんだよッ!」
挑発され、苛立つミダスは、乱暴な口調でドロセアに襲いかかる。
銃を収め、両脚両腕を使った格闘でひたすらに少女を殴りつけた。
「ははっ、どうだ! 見えねえだろ!」
ただの打撃のように見える――が、ミダスはまるでマジシャンのような器用さで、その拳や膝がシールドに触れる瞬間、その間に金貨を挟んでいるのだ。
そして等価交換でシールドを破壊し、打撃を生身のドロセアへ打ち込む。
人外の一撃は相当に重く、残った左腕でガードしても衝撃は内臓を、脳をぐわんと揺らす。
「お前に足りねえのは知見だけじゃねえ、戦闘経験もだ! 俺が最初っからこの街でふんぞり返って生きてたと思ってんのか!?」
利き腕を失ったドロセアは、反撃すらままならなかった。
ただひたすらに回避とガードに徹して耐える。
無論、その瞳はまだ戦意に燃えている。
逆転の糸口を必ず見つけ出す――その一心で、ミダスを観察している。
「お前より長い時間、泥水と血ぃ吸って生きてきてんだよッ!」
部屋に響き渡るミダスの雄叫び。
その言葉はシセリーの胸に響き渡り、辛い過去を想起し彼女の目は潤んでいた。
「ミダス……」
一方でリージェは、両手両足をツタに絡め取られ、空中で身動きが取れなくなっていた。
そんな中、指先だけを動かし細い光線でシセリーの首を切断しようと試みる。
だがすぐにツタがその指を絡め取り、パキッと骨を折り阻止した。
「あぐうぅっ……!」
「あら元気なのね」
「よそ見するから!」
「それぐらい余裕があるのよ」
「こんなもの……ッ!」
リージェは体から光を放ち、熱で植物を焼き尽くそうとする。
しかし光が晴れても、植物はその正面がわずかに焦げたぐらいで、ほぼ無傷だった。
「対策しないと思ってたの? 熱への耐性を持った植物よ、あなたの光でも焼ききれないわ」
「そんな都合のいい植物が……」
「それを作れるのが私の魔術だもの」
自在に植物を成長させるだけでなく、そこに特性を付与することもできる。
まさに植物のプロフェッショナル。
それがシセリーの魔術であった。
「どうやらあの娘との絆を深める何かが起きたようだけれど――」
魔力のツタはさらに強くリージェの四肢を引っ張り引きちぎろうとする。
「ううぅぅ……ぐ、ぎぃぃ……っ!」
歯を食いしばって耐えるリージェ。
そこに、さらに別のツタがにゅるりと近づくと、先端に付いた針を少女の肌に突き刺した。
「愛だけで解決できる問題なんてないのよ」
じんわりとリージェの体内に熱が拡がっていく。
その熱は肉体の機能を破壊し、吐き気や目眩、強烈な頭痛をもたらした。
「う、ぐ……ぐぅぅぅ……が、熱、い……痛い、痛いっ、頭、が……っ!」
瞬く間に顔色も変色し、体が不規則に痙攣しはじめる。
「おいお嬢ちゃん、聖女ちゃんがまずいみたいだぜ?」
ミダスはドロセアを殴り続けながら、そう挑発した。
「ありゃ致死毒だ。今すぐ連れ出して解毒しなけりゃ手遅れになる」
「……」
「おい、聞いてんのかドロセアッ!」
黙り込むドロセアを、彼は威嚇した。
すると彼女は落ち着いた様子で口を開く。
「聞いてるしわかってるよ」
「だったら!」
「あの表情なら大丈夫。リージェは勝てる」
毒で苦しみながらも、リージェの瞳にはなおもドロセアと同じような炎が宿っている。
「う、ぐぅぅぅ、ぐあぁぁぁああああっ!」
すると、リージェのうめき声の質が変わった。
真っ青だった顔色は血色を取り戻し、逆に紅潮していく。
腕や首筋、頬にまでも血管が浮かび上がり、まるで何かが爆ぜようとしているようにも見えた。
「まさか――力を解放するつもり!?」
シセリーの声が震える。
どうやらそれは、彼女が焦るほどに危険な行為らしい。
「わかってるの、それをやったら二度と元には戻れないのよ!」
「ぐ、ぎいぃぃぃっ! ふうぅぅ、ふき、飛べぇぇええっ!」
手も前にかざさずに、リージェの前方から放たれる光の帯。
「ひっ!?」
それはギリギリで避けたシセリーの真横を通り抜け、壁に穴を空ける。
外の空気が入ってくると同時に、屋敷を取り囲むアーレムの人々の声も響いてきた。
すでに彼らは屋敷の内部にまで侵入している。
残された時間はあまり残っていない。
民衆がミダスの部屋にまで入ってきたら、もはや戦いどころではなくなってしまうのだから。
しかしそのミダスが気にしているのは、外の光景ではなく、リージェの姿だった。
「あれも見えてんだろ。あれこそが簒奪者の正体だよ、人とは違う化物だ」
お前とは違う――そうドロセアに告げる。
しかし彼女は、
「そう」
と素っ気なく返事をするだけだった。
「強がってんじゃねえ」
「私も化物になったことあるし、元に戻す方法も知ってるから」
今のリージェ程度の変化なら、ほんの数秒で人間の肉体へと戻せるだろう。
だから強がりではなく、ドロセアには焦る必要がないのだ。
「そこはとっくに乗り越えてる。ミダス、さっきから言動があまりに小物すぎるよ」
「てめえ――ッ!」
緩んでいた攻撃の手が、再び激化する。
アザだらけになったドロセアの体。
肋骨は何本か折れてしまっているだろう。
しかし、ミダスは容赦なくその折れた骨へと拳を伸ばし、内臓の破壊を狙う。
「煽るんなら、ちったぁ反撃してからにするんだな!」
「わかった」
パンチを繰り出すため伸びたミダスの右肘が、“見えない斬撃”に切り落とされる。
「……あ?」
ぽかんとした表情で腕を見つめるミダス。
すぐに現状を理解した彼は、驚愕に目を見開きながら後退した。
「な、何で切れてんだよぉっ、何で、何でえぇぇえっ!」
彼は痛みと不可解な現象に戸惑う。
対するドロセアは、彼を嘲笑った。
「見えなかった? 気づかなかった?」
「何をしやがった――」
「そっちが言ってくれるなら答えてもいいよ」
今度はドロセアが反撃する番だ。
と言っても、彼女に残されたのは利き腕ではない左手一本。
今までさんざん殴られてきたのだ、その腕だけでミダスを翻弄できるわけがない――はずだ。
だというのに、ドロセアの振るった剣は面白いように彼の肉体を切り裂いていく。
「ぐうぅっ、何でだ、何で俺が、一方的に斬られてるッ!」
後ろに下がっても、身を捩っても、なぜかドロセアの斬撃を避けることができない。
というより――そもそも斬撃がどこから放たれ、どの軌跡を辿って命中しているのか、認識できていなかった。
防げないのならば、攻めて崩すしかない。
そう考え、ドロセアの動きを観察するミダスだったが、
(隙も消えてやがる。どうなって――)
本来あるはずの、絶対に攻撃を当てられる“死角”が、ドロセアからなくなっている。
出血と痛みで徐々に意識がぼやけていく中、ふいに彼の視線は、部屋の床に散らばった金貨に向けられた。
元々、この部屋には装飾として金貨やミダスコインが散りばめられているわけだが、その中に一枚、見覚えのない柄が混ざっているのだ。
「コインの柄が……俺じゃ、ねえ……」
肖像画に描かれていたのは、ミダスではなく――ドロセアだった。
それに気づいた次の瞬間、ドロセアの姿がミダスの視界から消える。
そして彼女の刃は、背後から彼の腹部を貫くのだった。
「ミダスぅぅぅぅッ!」
瞬間、シセリーが絶叫し、ミダスに駆け寄ろうとする。
しかしその進路を、光の帯が遮った。
「行かせないッ!」
「邪魔をしないで! ミダスが、ミダスがッ!」
「そういう戦いを仕掛けてきたのはそちらです!」
「だったら――すぐに潰してあげるわよぉ!」
シセリーの体から無数のツタがリージェに向かって伸びる。
熱にも耐性をもたせた、光対策はバッチリの魔術――しかしリージェは、そこに向かって真正面から己の魔力をぶつける。
「はあぁぁぁぁああああッ!」
普段のリージェからは考えられない、勇ましい声を発する。
魔物化する肉体と思考。
自分の凶暴性が格段に増している自覚はあったが、ドロセアならそんな自分でも愛してくれるという確信を得た今、怖くはなかった。
だからこそ、彼女は100%の出力で魔術を放てる。
両手から放たれた閃光は、ツタごとシセリーを呑み込んだ。
白に包まれた光の中、彼女はとっさにそのツタで自らを包み込み、身を守る。
だが耐熱能力を付与していても、格段に上昇したその温度の中では耐えきれず、ついに光は生身のシセリーを焼くに至る。
「ぎゃっ」
短い叫び声が聞こえた。
光が晴れる。
直後、地面に倒れ込んだシセリーは、ゴロゴロと地面を転がり痛みに悶え苦しんだ。
「あ、ああぁぁああっ! 焼けるっ、焼けるうぅっ、私の顔がっ、ミダスが愛してくれた私の体があぁぁああっ!」
美しいドレスは焼け焦げ、肌は爛れて見る影も無い。
だがどのみち、あれだけ全身に火傷を負ってしまっては、いくら簒奪者とはいえそう長持ちはしないだろう。
その頃、ドロセアはミダスの腹から剣を引き抜く。
彼が膝をつくと、その口からどろりとした血が吐き出された。
「てめ、え……混ぜやがった、な」
「そう、あなたの魔術を模倣した」
ミダスは、“二種類のコイン”を使用してドロセアと戦っていた。
一つは彼自身が魔術で作り出し、シセリーの花粉を混入させたミダスコイン。
そしてもう一つは、実在する金で作られた普通のコインだ。
なぜそのようなことをしたかと言えば、彼の魔術は二種類あり、それぞれに適したコインがあるからである。
まずミダスコインについてだが、これには“人間の無意識に作用し、視線をそちらに向ける”という作用があった。
つまりドロセアは、気づかないうちに視線がミダスコインに引き寄せられていたため、戦闘中に“死角”が生じてしまっていたのである。
そのためエルクとの戦闘においては集中できず、ミダスとの戦闘では何度も攻撃を受けてしまった。
加えて、この能力は魔力で作られたコインが持つ特性であり、魔術を用いて相手に何かを仕掛けるわけではないので、シールドで防ぐこともできないのだ。
アーレムの街に魔力が満ち溢れていたのは、このミダスコインが街中に存在していたせいだろう。
次に通常のコインについてだが、これは完全にドロセアとの戦いを意識したものだ。
等価交換の効果により、“コインの破壊”という対価を払うことで、相手から何かを奪うことができる魔術――これの発動に必要なコインは、必ずしも彼が魔術で生み出したミダスコインである必要はない。
それどころか、もしミダスコインを銃から放っていれば、ドロセアはそれを魔力として吸収し己の力へと変えていただろう。
しかし魔力も持たない通常のコインならば、ドロセアは物理障壁でそれを防ぐことしかできないため、必ず等価交換の条件を満たせてしまう、というわけだ。
「雑にばら撒くから気づかないんだよ。ミダスコインの中に、ドロセアコインが混ざってることに」
ドロセアは、そんなミダスの魔術を逆手に取った。
ミダスコインの解析は街中ですでに完了していたため、模造する準備は整っていたのだ。
そして戦闘中、ダメージを食らったときに気づかれないよう“ドロセアコイン”を作り出し、足元のコインに混ぜていく。
それが一定数に達すれば、必ずミダスはそのコインに目を奪われてしまうため、“死角”が生じるというわけである。
「魔術で通貨を作りゃあ……偽造通貨には、強いと思ってたんだがな……」
さすがに腹を貫かれるとダメージは大きいのか、ミダスは仰向けで床に寝転がる。
そしてどろりとした血を吐き出しながら、か細い声でドロセアに告げた。
「……エレインはカタレブシス共和国にいる。スペルニカって田舎の村だ。そこに隠れて、今も俺らの戦いを見てるんだろう」
「何それ」
ドロセアの眉間に皺が寄る。
エレインの場所を教える代わりに見逃してくれ、と言っているようにしか聞こえなかったからだ。
しかしミダスはそれを否定するように微笑む。
「勝者には報酬が必要だろ、勝負ってのはそういうもんだ。さあ、殺れよ」
負けを認めた彼は、目を閉じてドロセアによるトドメを待った。
だが彼女はなかなか剣を突き刺さない。
(ここで私が殺したら、満足して死なれそうでなんか嫌だな……)
そんな思いがあったからだ。
すると、部屋の外から大地を揺るがすような足音と怒号が聞こえてくる。
ミダスコインを求める人々が、ついにここまでたどり着いたのだ。
「トドメはあの人たちに任せるよ」
入り口とミダスを繋ぐ直線上から離れ、ドロセアはリージェの隣に立った。
直後、先頭集団がなだれ込んでくる。
「うおぉぉぉおお! 金だ、金をくれぇぇえっ!」
「ミダスぅ、会えたら金くれるんだろ!? 金! 金ぇぇぇ!」
文字通り金の亡者と化した人間たちが、倒れるミダスに殺到する。
「退いてよ、私がミダスコインもらうんだからっ!」
ある者は手足を掴み、
「どこにあるんだよ、約束通り会いに来たんだ、早くよこせよぉおおッ!」
またある者は傷口に手を入れ、
「う、ぐぶっ、が、うごあぁぁ……!」
わずかに聞こえるミダスの断末魔も、彼自身が作り出した欲望にかき消されていく。
「金をっ!」
「お金をちょうだい!」
「ミダスコインがほしいの!」
「邪魔だっ、退け! 金がほしいんだ、俺を前に行かせろ!」
「死んでねえで早く金を出せよぉぉお!」
そして彼の死と共に、部屋に散乱していたミダスコインも光となって消えた。
屋敷の装飾や、換金所を彩っていた黄金も、彼の魔術で作られたものは全て消えてなくなっていく。
室内はまだ騒がしかったが、それはシセリーの薬物の影響で心を乱された人もいるからだろう。
だがそれも時間の問題だ。
ミダスコインが消えた以上、街の人々は徐々に正気に戻っていくはずなのだから。
黄金の夢から覚めるように。
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