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045 貴女が私を愛しすぎるから

 



 時間は遡り、リージェが“花の魔術師”と遭遇した直後――


 廊下に生い茂る植物から無数のツタが伸び、彼女の体に絡みつく。




「聞いてるわよ、あなたが昏睡状態にあったこと。戦いの経験なんてないお嬢様なのよね」


「侮らないでください!」




 簒奪者(オーバーライター)を前にしてもリージェは怖気づかない。


 すると彼女の周囲に無数の小さな光の珠が浮かびあがった。




(落ち着いて、お姉ちゃんに教わった通りにすれば負けないはずだから……!)




 彼女が思い出すのは、ドロセアと共に取り組んだ魔力制御の特訓。


 アーレムの街に来るまでの間に、魔力の扱いのエキスパートであるドロセアに教えを乞い、基本的な技術を身に着けてきたのだ。




『んー、リージェの場合、治療魔術のときは問題ないみたいだけど、魔力を攻撃に転化しようとすると精神的に拒絶しちゃうみたいだね』


『人を傷つけたりは、したくないですから……でもお姉ちゃんといっしょに戦いたいと思っているのは本気です!』


『ありがとう。じゃあまずは難しいことを考えないようにしよっか。大丈夫、リージェの魔力量なら、単純な魔術でも十分な威力になる』




 そのうちの一つが、光球の制御。


 本来は暗闇を照らすために使う魔術なのだが、リージェほどの法外な魔力の持ち主が扱えば、触れた物体を焼き切る凶器となりうる。


 球体を操りツタを切り裂くと、自由を取り戻した彼女は攻めに転じる。




「あら、聞いてた話と違うわ」


「いい師匠がいるんです! えぇいっ!」




 続けて前方にかざした手のひらから、白い光線が放たれた。


 花の魔術師は体をひねり「おっと」と踊るようにそれを躱す。


 光線は後方の壁に命中すると、そこにぽっかりと綺麗な正円型の穴をあける。




「シンプルだけど恐ろしい魔術ね。魔力量にものを言わせてる」


「それがわたしの武器ですからっ! 次は逃しません!」




 光線はただ一直線に伸びるだけではない。


 放射したまま、薙ぎ払うように敵を斬りつける。




「思ったより野蛮なんだから」




 魔術師はリンボーダンスのように大きくのけぞり、それを避けてみせる。




「な、そんな体勢で!?」


「いいの? 貫通した先に誰かがいたら、殺しちゃうわよぉ」


「っ……!」




 攻撃をためらわせる言葉に反応してしまうリージェ。


 集中が途切れたのか、光線は薄れ殺傷能力を失ってしまう。




「しまった――!」


「隙あり、ね」




 すると花の魔術師は自らの体にツタを巻き付け、その力で滑るように移動する。


 瞬く間に眼の前にやってきた女に、リージェは反応することができない。




「甘い夢に溺れなさぁい」




 女は手のひらに花を一輪咲かせると、その花粉を吹きかけようとした。


 リージェはドロセアとの訓練を思い出す。




『近距離から中距離の相手には繊細な操作が可能な光の球を、遠距離の相手には光線を使って対応しよう。ルールを決めておけばリージェも扱いやすいでしょ?』


『それだけでいいんですか?』


『防御はシールドを使えば……いや、他の人のシールドはそこまでの強度が無いんだっけ。なら一番単純な魔術を使えばいいんじゃないかな』




 そう、こういうときに使うのは――




「来ないでえぇぇええっ!」




 自身を中心に、ただただ激しい光を放つ。


 かつて故郷の村で魔物に襲われたとき、錯乱したリージェは似たような魔術で撃退したことがある。


 つまり使い方は最初から身についているというわけだ。




「っ、本当に野蛮なんだからっ!」




 女はとっさにツタを体に絡め、後ろに引っ張らせた。


 そのおかげでギリギリで焼死は免れたようだが、髪の端がわずかに焦げている。


 さらにリージェの周辺に咲いていた花たちも焼け焦げてしまっていた。




「ふぅ……うまく、いった……」


「やだぁ、せっかく咲かせた花を燃やすなんて!」


「いきなり襲ってきたのはそっちです! だいたい、あなたは何者なんですか?」




 女は紅い唇で笑みを浮かべ、色っぽい空気を醸し出しながら答える。




「シセリー・アプロディア、ミダスのガールフレンドよ」


「ミダスの……だからそ、そんな破廉恥な格好をしているんですかっ」




 戦闘中も相手の服の心配をしてしまう程度には、シセリーは露出の多いドレスを着ていた。


 よく見れば、装飾品は花がモチーフのものばかりだ。


 魔術のみならず、本人もよほど花が好きなのだろう。




「貸してあげましょうか?」


「必要ありません!」




 顔を真っ赤にして否定するリージェだったが、なおもシセリーは引き下がらない。




「誘惑したいんでしょう、ドロセアを」


「したく――」




 ない、と断言できないリージェ。


 なぜなら本心ではないから。


 そんな彼女の様子を見て、シセリーはどこか嬉しそうに微笑む。




「ほら、したいんじゃない」


「じ、自力でどうにかしますっ!」


「あら積極的ね。でも残念ね」


「何がですか」


「貴女の恋は報われない」




 急に寂しげな表情を見せたかと思えば、そんなことを言い出すシセリー。


 リージェは彼女をにらみつける。




「嫌なことを言う人ですね」


「別に嫌がらせってわけじゃないのよ。あなたの肉体は簒奪者と同じ、ある程度まで成長したらそこから歳を取らなくなるわ」


「それでも、お姉ちゃんの人生の隣に寄り添うことはできます」


「私にも心に決めた男の人がいたんだけどね、結局は置き去りにされてしまった。そしてその末に後悔したわ――老いる貴方を見送るだけなら、愛さなければよかったって」


「お姉ちゃんが死んだらわたしも死ねばいい!」


「違う、そういうことじゃないの。時の流れはあなたが思う以上に残酷よ、ほら想像してごらんなさい」




 シセリーの甘い声は、耳ではなくまるで脳に直接響くようだった。




「共に生きるっていう言葉にはね、同じ時間を共に進むっていう意味があるの。自分だけが若いまま、愛する人だけは老いていく苦しみ」


「老いていても、わたしはお姉ちゃんが好きで……」


「でもそれって恋人だけに限った話ではないのよ。家族、友人、ただの隣人だって……あらゆる人間が自分を置き去りにして進んでいってしまうの」


「そんな、こと……」


「すべてを失っても、人の心は耐えられると思う? あなたはそれでも、人間と共にありたいと思う?」




 そんな言葉は振り切って、すぐにでも攻撃を再開すべきだ。


 理性ではそうわかっているのに、リージェの体は動かない。


 なぜか、ツタに絡め取られたように固まって、シセリーの言葉を聞いてしまう。


 リージェの周囲では、一度は焼け焦げた花たちが再び咲き誇っていた。


 色とりどりの花びらを揺らす植物たちは、甘い香りを――人の心を惑わす香りを、廊下に充満させている。




「たった一人でも理解者がいれば変わるものよ」




 シセリーは一歩ずつリージェに近づいていく。




「お姉ちゃんは、理解してくれて」




 そして目の前までやってくると、魅惑の香りを漂わせながら耳元で囁いた。




「人間じゃ無理よ」


「……っ」




 リージェの体がぴくりと震える。




「私にとってはミダスがそうだった。愛したあの人でも満たせなかった私の孤独を、ミダスだけが満たしてくれたの」


「簒奪者には、簒奪者が必要、だと……?」


「ええ、その通り。あなたの幸せはその先にあるわ」




 幸せってなんだろう。


 そう考えたとき、リージェの頭にはドロセアと一緒に過ごすことしか浮かんでこない。


 ドロセアの無い幸せ。


 そんなものが果たしてこの世に存在するのだろうか。




「私が手を差し伸べてあげてもいいのよ?」




 そう言って、撫でるようにリージェと指を絡めようとするシセリー。


 しかし彼女はそれを振り払い、声を荒らげた。




「ふざけないでくださいっ! 急に出てきて、急に変なことを言って!」


「あら、怒らせてしまったわね」


「第一、あなたたちは簒奪者を裏切ったんでしょう!」


「でも紹介ぐらいならできるわよ。少なくとも、ドロセアと一緒にいるよりはずっといい未来が待ってるわ」


「そんなものありませんっ!」


「あなただってわかっているんでしょう」




 シセリーは悪意に満ちた笑みを浮かべ、残酷な現実を突きつける。




「自分の中身が化物だってことに」




 そう言って、口から茎を伸ばし、血のように赤い花を咲かせた。


 お前も私と同類だ。


 化物。


 人でなし。


 人とは相容れない存在――そう告げるかのように。




「っ、うわあぁぁぁあああっ!」




 リージェは必死に叫び、そして光を放つ。


 廊下を、そこに咲く花々を焼き尽くす。


 シセリーはそんな彼女から距離を取ることしかできなかった。




「あらあら、今度こそ怒らせすぎちゃったかしら」


「わたしは……わたしはお姉ちゃんと……!」




 光が止むと、そこには頭を抱えるリージェの姿があった。




「でもあとひと押しって感じが――」




 再び誘惑すべく、リージェに近づくシセリーだったが――




「上っ!?」




 頭上より殺気を感じ、とっさにツタを使って回避する。


 その直後、刀の刃が天井裏から降り注ぎ、先ほどまでシセリーの立っていた場所に突き立てられた。


 現れたイナギは舌打ちをしながら、床に突き刺さった刃を引き抜く。




「良い反応をするのでございますね」


「あなた、イナギとかいう……!」




 イナギはシセリーの様子を観察しつつも、リージェに駆け寄る。


 数の上では不利だが、シセリーの戦意は健在であった。




「狭い場所では私の方が有利……仕方ないわね、二人一緒にここで片付けてあげるわ!」




 そう宣言をした途端、爆轟が響き渡り、カジノ全体が大きく揺れる。


 リージェは「きゃあぁっ!」と声をあげ倒れそうになったが、イナギに支えられ事なきを得た。




「今度は何よ!」




 思わず声を張り上げるシセリー。


 揺れが止むと、壁や天井の一部が壊れていた。


 斬撃が直に当たったのではなく、余波だけでそこまで破壊されたのだ。


 そして開けた視界の向こうには――夜闇の中、カジノの明かりに照らされた白い鎧が立っていた。




「巨大な……鎧……」




 その圧倒的な存在感に、呆然とそう呟くことしかできないイナギ。




「お姉ちゃん!」


「あっちにはミダスが……あの人が危ない!」




 そう言って、シセリーはリージェたちの前から走り去った。




「待ちなさいッ!」




 とっさに追いかけるイナギだが、瓦礫や砂埃が邪魔で、もう姿が見えない。




「ちぃっ、逃げ足も早いとは」




 リージェとの分断も含めて、してやられたことに苛立つイナギ。


 だがそれをすぐに飲み込み、リージェに頭を下げる。




「一人にしてしまったのはわたくしのミスでございます、謝罪を」


「いえ、わたしも狙われてたわけですし」


「あの女は?」


「簒奪者です。シセリー・アプロディアって名乗ってました」


「その名前は……」


「ご存知なんですか?」


「とある国の逸話に出てくるお姫様と同じ名前なのでございます、後で話しましょう。ところでその表情、何かを吹き込まれたのではないですか」




 イナギはリージェの前に立つと、軽くかがみ視線の高さを合わせた。




「へっ? あ、いや、別に……」




 気まずそうに目をそらすリージェ。


 誤魔化しているのは明白である。




「花の残り香を吸い込んだ途端、わたくしの意識がわずかですがぼやけるような感覚がございました」


「あの花の香りで……?」


「おそらくは正常な判断能力を奪う類のものでございましょう。先ほどの廊下には花が咲き乱れておりましたから、リージェも吸っているはずでございます」




 リージェ自身、違和感はあった。


 初対面の妖しげな女の戯言など、わざわざ聞く必要などないはずなのに、と。




「だから、あんな話に耳を貸して……」


「あの女は敵でございます、話など忘れてしまうのが一番でございましょう」




 確かにそれは正論だったが、しかしリージェにも引っかかることはあった。


 簒奪者と寿命の話。


 それは彼女にも関わりのあることだから。




「けど……イナギさんもあるんじゃないですか」


「何をでございます?」


「長すぎる寿命で、誰かを置き去りにしたこと」




 リージェの問いに、イナギは目を伏せ悲しげに答える。




「……確かにございますね」


「その人が死んだとき、後悔、しましたか?」


「しました」


「一緒にいなければよかった、と?」


「逆でございますよ」




 そして彼女は力なく笑いながら言った。




「寿命を理由に一緒にいられなかったことを、強く――とても強く、後悔いたしました」




 懺悔するように、シセリーとは真逆だった、と。




「たとえ化物と呼ばれる存在であったとしても、愛情に関係はないのでございます」


「イナギさん……」




 きっとドロセアもそう言うだろう。


 そして全力で愛してくれるだろう。


 そう、結局これは、リージェ自身の問題なのだ。


 果たして自分と一緒になることで、ドロセアは幸せなのだろうか。


 ドロセアにとっての幸せにリージェが不可欠なことは、頭では理解しながらも――どうしても認められない自分がいる。


 後ろめたさが、自己嫌悪感が、恋の邪魔をする。




「それにわたくしから言わせれば――」




 するとイナギは苦笑いしながら、白い鎧に視線を向けた。




「あれの方がよっぽど化物でございますよ」




 リージェもドロセアの纏う守護者を見つめる。


 おそらく手に持った剣の一振りで、ここまでカジノを破壊してみせたのだろう。


 店の方からは逃げ惑う人々が騒いでいるのが聞こえる。


 おそらく、破壊をもたらすと知っていても、その一振りに迷いはなかったはずだ。


 ドロセアはそういう人だから。




「そ、そうかも……」




 イナギの言葉に納得しながらも、けれど心の霧は晴れない。


 貴女が化物になるのなら、私も化物になってみせよう。


 貴女を守るために必要なら、私は神にでもなってみせよう。


 そんな、あまりに真っ直ぐで純粋な覚悟――しかし、だからこそ、なのだ。


 リージェは、ドロセアがどれだけ深い想いを自分に抱いているのか知るたびに、自信を失くす。


 私は貴女を同じぐらい愛せているんだろうか。


 その想いに応える資格はあるのだろうか、と。




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