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044 貴女のために狂える幸せ

 



 ドアの方でガチャンという音が鳴ったのを聞き、慌ててイナギは振り返る。


 部屋にいたミダスの手下たちは全員気絶しており、自動的に――あるいは魔術で遠隔的にロックされたようだ。


 蹴っても殴ってもドアは開かなかったため、刀を抜くイナギ。


 しかし背後からの気配を感じ、とっさに振り向きながら刀を薙ぎ払った。


 何かを切断した感触はある――しかし斬った物体は見えなかった。


 代わりに、少し離れた場所で四つ足の獅子のような魔物が「グアァァァアアッ!」と苦悶の叫びをあげる。




「見えない敵、今のが侵略者(プレデター)の成体というやつでございますか」




 さらに他のドアを突き破り、数体の魔物が部屋に入ってきた。


 おそらくは薬の投与で魔物へ変異してしまった元人間だろう。




「ドロセアから聞いた形状とは少々異なりますが――魔物に成体を移植したというところでございましょうか。いやはや、倫理というものが欠落した実験でございますね」




 獅子の口が開く――ただそれだけで、何も起きていないように見えたが、しかし驚異はイナギに迫っていた。


 もちろん彼女にも見えていない。


 だがまたしてもイナギは直前で侵略者の攻撃を察知すると、触れられるより早く刀を振り迎撃した。




「遠隔での攻撃が苦手でございますので、それなりの対策は講じております」




 彼女は、自分の周辺数十センチを、常に空気の膜で覆っていた。


 何らかの物体がその中に入り空気が動くことで、その異常をイナギに伝えるセンサーのようなものだ。


 数十センチというと狭く思えるかもしれないが、そこを素早さでカバーするのが彼女の戦法である。


 今度は三体の魔物たちが、同時に不可視の攻撃を放つ。


 イナギは腰を落とすと刀を低く構え、迎撃体制を取った。


 数が増えようとも無駄なのだ。


 不可視に対し、目に見えぬ速さの斬撃で応戦するイナギ。


 侵略者の牙は彼女に届くことなく、むしろ逆に深く斬りつけられ、異形どもは苦しげに鳴き喚いた。




「コツは掴みました。次からは攻めに転じさせていただきます」




 その言葉通り、イナギは自ら前に出て魔物に接近する。


 受け身に回った魔物は、凝りもせずに見えない侵略者の肉体を使い彼女を噛み砕こうとするが、その攻撃が届くはずもなかった。




 ◇◇◇




 エルクは侵略者と化した左腕を伸ばし、ドロセアに攻撃する。


 姿が見えない侵略者は大きく口を開けて彼女を食らおうとしたが、軽い跳躍で避けられ、牙は空を切った。




「その動き、俺の攻撃が見えてやがるのか!?」


「見えるけど。にしても哀れだね、そんな化物に体を乗っ取られて」


「黙れ、俺は俺だ。俺がこの化物を使ってんだよッ! うおぉぉおおおおッ!」




 単発の攻撃では無駄だと悟ったのか、エルクは左腕を振り回して、がむしゃらにドロセアに叩きつけた。


 美味しそうな料理の数々が叩き潰され、また高級なソファやテーブルも破壊しつくされていく。




「あーあ、もったいない」


「余裕かましてんじゃねえ!」




 反撃したらいい――エルクはそう言いたいのだろう。


 だがドロセアは奇妙な違和感を抱いていた。




(ミダスは消えたけど、まだ意識がぼやけてる気がする。薬とも違う。私の考えすぎ?)




 今のエルクは煽れば乗ってくる、よほど精神的に余裕が無いのだろう。


 雑に攻撃をさせておけば避けるのは簡単だが、ミダスが仕掛けていると思しき魔術のほうが気になる。




「侵略者だけじゃねえ。俺には魔物の右腕もある!」




 ただの紫色の肉塊にしか見えないエルクの右腕。


 それが真ん中からぐばっと開き、ずらりと細かい牙の並んだ化物へと変わった。


 肉は増殖を繰り返しながら伸び、ドロセアに襲いかかる。




「侵略者と魔物のハイブリット、そこに一流魔術師の知性も乗せて全部盛りだッ! 避けられるか、これが!」


「腕が伸びてるだけじゃない?」


「だったらこれも食らってみろよ!」




 絡み合うように襲いかかってくる二本の腕。


 確かにそれらは、石造りの壁を撫でるだけで削ぐような、かなりの力を持っている。


 加えてエルクの周囲に赤い魔法陣が浮かび上がり、そこから無数の炎が吐き出された。




「逃げ場所はねえぞ、ドロセア!」


「魔法ごちそうさま」




 ドロセアはその炎をあえて真正面から受け止めた。


 シールドによって魔力に分解し、溜め込むと、再びそれを炎へと変換して背中から翼のように噴射する。


 急加速し、彼女はエルクに接近しながら、両腕で守護者を守る。


 剣を手に、相手を両断するつもりだ。




「ちッ、やっぱ魔術はこうなるのかよ! だがなあッ!」




 彼は自分の眼の前で爆発を起こし、自分自身を吹き飛ばし距離を取った。


 エルクは逃してしまったが、ドロセアは爆風を剣でかき消した。


 さらに分解した魔力を使えば、再び急加速して相手に近づける。


 しかし彼女はそこで足を止めた。




(やっぱりおかしい)




 辺りに充満していた煙が薄れていく。


 視界が晴れると、エルクはドロセアの姿を見て「あぁん?」と首を傾げた。




「おいおい自滅してんじゃねえよ。俺の攻撃は当たってねえだろぉ?」




 ニタニタと笑うエルクの視線の先に居たのは、両腕をだらんと垂らすドロセアの姿だった。


 彼女の腕は内出血を起こして紫に変色しており、守護者の反動を打ち消せていないのは明らかだ。


 元々、守護者を腕だけ、脚だけに纏えば肉体がその負荷に耐えきれずに破壊されていた。


 だがそれはテニュスとの戦いにおいて、守護者を完成させ全身に纏うことができるようになったことで解決したはずだったのだ。




「それとも自滅覚悟で攻撃しないと、俺に届かないってかぁ!?」




 調子に乗るエルクは、なおも両腕を使った攻撃を続ける。


 さらには彼自身もドロセアに近づき、肉弾戦を仕掛け始めた。


 魔術が効かないのなら殴ればいい。


 それは対ドロセアにおいて基本的な戦術である。


 問題は、そのドロセアが近接戦にめっぽう強いことなのだが――




「おらおらおらおらァ! 避けてみろよドロセア、今のお前は強いんだろ!?」


「チッ……」




 両腕が使えないと見るや、エルクは小規模な爆発魔術で加速させた蹴りを放つ。


 それ自体は避けるのは楽だが、さらに侵略者、魔物の腕が挟み撃ちするように襲いかかってくる。


 寄生の可能性を考えると侵略者の腕を優先的に避けたい。


 結果的に、魔物の腕がドロセアの肩を、脚を、首元を掠め、小さな傷を刻んでいく。




(ミダスの魔術の正体さえわかれば! でも私自身に魔力で干渉しているのならわかるはずだし、シールドで防げる。そうじゃない魔術って一体――)


「よそ見してる暇なんてねえだろうがッ! ほら、捕まえたァ!」




 ついにエルクの脚がドロセアの腹にめり込んだ。


 ドロセアは「ごふっ」と口から空気を吐き出しながら浮き上がり、そこを魔物の腕が食らいつく。


 シールドで防ごうとするものの、魔物の顎はなかなかに強烈で、かつ物理攻撃であるために障壁の強度が落ちる。


 牙はシールドを貫き、ドロセアの肩に深い傷を残した。


 さらに侵略者が襲いかかる。


 こればかりは食らうわけにはいかないので、やむを得ず脚部に守護者を纏い――侵略者の牙を蹴りつけ、攻撃しながら離脱する。


 もちろん肉体への反動は発生する。


 蹴った拍子に、右足から何かが潰れるような音がした。


 今度は骨が折れてしまったらしい。


 なんとかエルクの猛攻をしのぎ、着地するドロセア。


 地面に足をつく衝撃で激痛が走り、彼女は顔をしかめた。




「完全に殺せたと思ったんだがな、さすがにしぶといじゃねえか」


「……」


「もう口も利けねえってかあ! そうだよなあ、なにせ脚をやっちまったんだ。もう思うように動けねえ、避けられねえ、そうだよなぁ」


「……」


「ミダスの野郎の魔術で集中力が落ちて、うまいようにシールドも使えねえんだろ? 両腕も使い物になんねえ。こりゃもう負けだなぁ! でも安心しろよ、リージェは俺が守ってやる。いや――そうでなくとも、お前はリージェを俺に譲るべきなんだよ」




 エルクは勝利を確信してか、饒舌に語りだす。




「あいつ、簒奪者なんだってな。要するにあいつの体は、人の形を保ってるだけでもう魔物なんだよ。人間じゃねえんだ。体の作りも、力も、寿命も全部が人とは別物だ。わかるか? 人間である時点で、お前はリージェと添い遂げることなんてできねえんだッ!」




 ミダスからそう聞かされたのだろう。


 おそらくそれは事実だ。


 簒奪者たるミダスが自身で経験してきたことに違いない。


 だが、彼の言葉はドロセアには届いてないようだった。




「対する俺はどうだ!? 見ろよこの体、化物だろ? 素晴らしく異形だろ!? もう寿命だって超越してる、俺は、俺ならリージェと添い遂げることだってっ!」


「……もう少し痛くしないと」


「おい聞いて――」




 その瞬間、ドロセアの両腕からバキッという音がした。




「あ……?」




 呆然とするエルクは、彼女の腕がありえない方向に曲がっているのを目撃する。




「ぐ……あ、はぁ……」




 痛そうに、あるいは心地よさそうに呻くドロセア。


 エルクは攻撃してない。


 他に魔術師の気配も無かった。


 つまりドロセアは――自ら(・・)両腕を折ったのだ。


 おそらく腕をシールドで包み込み、形状を維持したままシールドの向きを強引に変えたものと思われる。




「な、何やってんだよ。まさか負けが見えたからって頭がおかしくなっちまったのか!?」


「わからない?」


「わかんねえよ!」


「私自身も認識できない外部からの妨害が、集中の邪魔をしてるのはわかってた。そんな中、エルクの攻撃を受けてみて気づいたんだ。ほら、痛みって“内側”から来るものでしょ? つまり苦痛が強まるほどに意識は内側に留まる。じゃあいっそ、自分で体を壊しちゃえばいいと思って。そうすることで、魔術による妨害を無視できるんじゃないかって」


「……は? 何、言ってんだよ。そのために自分で折ったのか!? 我慢できねえほどの痛みを、自らッ!」


「あれ、エルクは違うの?」


「何がだよ!」


「簒奪者との戦いはリージェのためでもある。そう思うだけで――痛みすらも、喜びに変わるの」


「はっ、ただの変態じゃねえかそんなものッ!」




 エルクは両腕を伸ばし、ドロセアを殺しにかかる。


 しかしその牙を彼女のシールドが阻む。


 今までなら貫通できたはずだというのに、今はびくともしない。


 さらにドロセアを包むシールドは強度を増し、やがて鎧へと形を変えていった。




「本当に、ミダスの魔術を痛みで克服したってのかよ」




 完全に集中力を取り戻したドロセアは、守護者を呼び出す。


 この狭い屋内で、天井に頭が付くほど巨大な鎧を纏い、エルクを見下ろした。


 その迫力と気迫に気圧された彼は、思わず尻もちをつく。




「化物じゃねえか……異常だよお前。いくらリージェが好きだからって、そこまで……」




 先ほどまでの余裕はどこへやら、今は声すらも震えている。


 魔術の才能以外、戦いのセンスはからっきしのエルクであったが、さすが目の前に立つ鎧と自分の差ぐらいはわかった。




『化物じゃないとリージェと添い遂げられない、だっけ』




 鎧から響くドロセアの声。


 治癒魔術も使えないため、彼女の手足は今も壊れたままなのだが、その声色からは喜びすら感じられる。




『だったら私は、迷いなく人間なんて捨てるよ』




 守護者はシールドで作られた剣を握る。


 そして壁や天井をなぎ倒しながら、その巨大な刃をエルクに叩きつけた。





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