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040 夢は見るだけでも有料

 



 天使の輪――空に浮かぶ見えない何かをドロセアはそう呼んだ。


 もちろん彼女以外には見えていないので、アンターテはその言葉を信じない。




「本当にいるのならここまで連れてきて」


「いいよ」




 ドロセアは脚部にだけ守護者(ガーディアン)を纏うと高く飛び上がった。


 そして同様に鎧で守られた右腕で輪っかを掴むと、そのまま地上まで引き下ろす。




「はい取れた」




 無理だろう、と思っていたアンターテは面食らった。


 実を言うと、ドロセアもあっさり触れるとは思っていなかったので少し驚いている。


 シールド越しとはいえ、いつまでも握っているのは嫌なので、彼女はシールドで生み出したナイフで天使の輪を地面に串刺しにした。


 音は無い――が、バタバタと何かが苦しそうに暴れているのは確認できる。




「本当にいるの……?」


「だからいるって言ったでしょ」


「そういえばお姉ちゃん、ここに来る前、空を気にしてましたよね」


「いつから侵略者(プレデター)の存在に気づいていたのでございますか」


「最初は薬のせいで意識を失う直前。幻覚かと思ったんだけど、空に目がいっぱい付いた輪っかが浮かんでるのが見えたんだよね」




 今はドロセアも視認できないが、薬に脳を冒された結果生じた副産物というやつだろうか。


 今後、役に立つ可能性は高い。




「アンターテ」


「わかってる、カルマーロ。指示を仰ぐ」




 ドロセアたちに背を向けるアンターテとカルマーロ。


 するとドロセアは剣の切っ先を二人に向けた。




「逃げるの? だったらせめて、誰がこんなことやってるのか教えてくれない?」


「まずはわたしたちが彼と話す」


「彼ってことは男なんだ、その調子で名前まで教えてくれると嬉しいな」


「……」


「話してくれたらこの場は逃してあげてもいい」


「自分のほうが強いと思ってる?」


「実際そうだったでしょ。私はこれを驕りだとは思わない」


「わたしにはまだ切り札が残ってる」


「そう、負け惜しみじゃなければいいけど」




 仮に本当だったとしても、全力で守護者を使い叩き潰すだけだ。


 バチバチと火花を散らすドロセアとアンターテ。


 だがドロセアの隣にいるイナギから冷たい殺気が噴き出したかと思うと、アンターテは「う……」とたじろいだ。


 諌められた、ということだろうか。


 どうやら“切り札”とは、イナギが怒るようなものらしい。


 アンターテが矛を収めたことを確かめると、イナギはため息をつく。




「ドロセアもわたくしと変わらないぐらい煽っているように見えるのでございますが」


「ごめんごめん、売り言葉に買い言葉だった」


「あはは……お姉ちゃん、怒ってるみたいですね」




 奇跡の街、そして王都での出来事は、ドロセアに簒奪者(オーバーライター)への不信感を抱かせるのには十分すぎた。


 今後、おそらく彼女が簒奪者を心から信用することは無いだろう、と言えるぐらいに。




「……アンターテ。声、聞こえた」




 暗闇に同化しそうなほど存在感の無かったカルマーロが、ぼそりと呟いた。


 アンターテは驚いた様子で聞き返す。




「わたしではなくカルマーロだけに?」


「手を引く。処分、任せる」


「エレイン様がそんな指示を出すはずが」




 動揺するアンターテ。


 かと思えば、彼女は憎しみの籠もった視線をドロセアに向けた。




「またお前のせいで……!」


「何で私が睨まれてるの?」




 どうやら“上”からの指示がカルマーロにだけ届いたことに憤慨しているようだが、この情緒不安定さが原因ではないか――と思ったドロセアだったが、面倒そうなので黙っておいた。




「……この街にいる簒奪者の名前は、ミダス・ルービン」


「そして何で睨みながら教えてくれるの? というかミダスって……」


「領主の名前でございますね」


「領主が簒奪者なんですか!?」




 思わず声をあげるリージェ。


 確かに、街一つを治める貴族が、そんな胡散臭い組織の所属しているのは驚くべきところかもしれない。


 ドロセアなんかは、もうそういった関係性に慣れてしまったところはあるが。


 アンターテはさらにミダスに関しての情報を教えてくれた。




「黄金の魔術を使う男。わたしたちから言えるのはそれだけ」


「急に情報提供してくれるなんてどういう気の迷い?」




 自分で言っておきながら、彼女は悔しげに唇を噛む。




「……エレイン様の命令だから」




 声も震わせ、拳もぎゅっと握りながら、ある意味で年相応の表情をしてドロセアたちに背を向ける。


 そしてカルマーロの放った闇に包まれ、夜に溶けるように姿を消した。




「本当に見逃すのでございますね」


「約束したからね、それにどうせまた会うだろうし」


「でもどうしてあの人たちは、敵である私たちに情報をくれたんでしょうか」




 リージェの疑問に、イナギとドロセアは互いに補完しあうように答えた。




「本当に侵略者と手を組んでいるのならば、“簒奪者という組織”としてはミダスを処分したいはずでございます」


「けど強いだろうね。侵略者の力がある分、アンターテやカルマーロ一人ひとりよりも」


「処分のために戦力が減ってしまっては本末転倒でございますね」


「そこで処分を私たちに押し付けた、みたいな流れかな。仮に私たちが倒せなくても、弱ったミダスを相手にするほうがアンターテとしても楽だろうし」




 そこまで聞いたリージェは、少し不安げだ。




「利用されているということですか?」


「考えようによってはそうなるけど、どうせ簒奪者は倒すつもりだし、ミダスからエレインの居場所とかの情報ぐらいは引き出せるかも。乗っかっても問題ないんじゃないかな」




 あのアンターテたちの反応を見るに、彼女たちはミダスが侵略者を利用していることを知らなかったのだ。


 つまり彼女らにとっても不測の事態ということになる。


 苦肉の策としてドロセアたちを利用しただけで、本当はそんなことはしたくなかった――なんて可能性もあるのだから。




「しかし領主が簒奪者なんて、あのコインは黒で確定かな」


「アンターテさんは、ミダスは黄金の魔術の使い手って言ってました。それにお姉ちゃんも、あのコインには魔術で作られた可能性があるって言ってましたよね」


「ドロセアが体調を崩した原因であるのは間違いないようでございますね」


「ただの魔術なら私の目にも写るけど、薬の方は……」


「ドロセア、花の魔術も気になりませんか」


「そっか、ミダスが黄金の魔術を使ってるとすると、あの花は別人ってことになるんだ」




 リージェが緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らす。




「アーレムには簒奪者が二人、いるんですね」


「そう考えて動いたほうがよさそうだね。しかも侵略者を使って監視されてるから、たぶん私たちの存在にも気づいてる」




 そう言って空を見上げるドロセア。


 釣られるようにリージェとイナギも視線を上に向けたが、天使の輪の姿はやはり見えない。




「ねえお姉ちゃん。この侵略者っていう化物、なんで見えないんですかね。イナギさんに寄生したものは実体がありましたよね」


「ああ……それはよくわかんないけど、私の予想で良ければ」


「聞かせてください!」


「わたくしも興味がございます」


「王都で一度戦ったことがあるけど、たぶん寄生には“段階”みたいなものがあるんだと思う。まあ、これは男性に寄生した場合の話なんだけど」


「女性だと違うんですか?」


「みたいだね。男性の場合、寄生体は人間の体内で成長して、人間の赤ちゃんみたいな形になっていく」




 最初はイナギに寄生したものと同程度の大きさだったと考えると、レグナスはラパーパの前に現れた時点でかなり症状が進行していたと見るべきだろう。




「けど女性と違って男性には赤ちゃんを産む機能が無いから、正常な変異は起きない。そこで寄生体は男性の肉体を変異させていき、最終的には卵みたいな形にするの」


「卵……人間が、卵の形に?」


「うん、見上げるぐらい大きくて、私が全力で斬りつけてもびくともしないぐらい固い卵」


「その中から生まれたのが、王都を襲撃したというあの化物でございますか」




 イナギもアンターテを追って王都周辺にいたため、あの戦いのことは知っているようだ。




「男性に寄生した場合の“成体”ってことなんだろうね。あいつらは“見える肉体”と、“見えない肉体”をそれぞれ持ってた。見える方から見えない部位を伸ばして、私たちに攻撃をしてきたの」


「ではその見えない肉体というのが、お姉ちゃんの言う天使の輪……」


「かな、と思ってる」


「ではこの街には侵略者の成体がどこかに潜んでいるわけでございますね」


「おそらくは。それを利用して、ミダスは街全体を監視してるんじゃないかな」




 侵略者は対話ができる相手だとは思えない。


 ミダスという男がどうやってそれを利用しているのか、現状ではまったく想像がつかなかった。




「つまりミダスは侵略者の生態をある程度は把握しているということでございますね」


「追い詰めればそっちの情報もつかめるかもね」


「一石二鳥です、がんばりましょうっ!」




 リージェの一生懸命な声を聞いていると、重くなりがちな話題でも場の空気が一気に軽くなる。


 ドロセアは彼女の存在そのものに感謝しながら頬を緩めた。


 一方、そんなリージェは、今も地面でのたうち回る天使の輪に目を向けた。




「ところで、ミダスはすでにわたしたちを見ているんですよね。呼べば来てくれたりしないんでしょうか」


「さすがに来ないんじゃない? この街に入ってからは、前の街みたいに簒奪者のなり損ないみたいな連中を仕向けることもない」


「待ち受けているようにも感じられますね」


「もしくは下手に手を出さず、私がこの街の黄金に溺れるのを待ってるとか」


「原因がわかった今、そんなことは絶対にさせません! お姉ちゃんの財布の紐はわたしがしっかり守りますから!」


「ありがとう、すっごく頼もしい」




 そう言ってリージェにハグするドロセア。


 イナギはそんな彼女を見て「デレデレでございますね」と呟く。




「それで提案なんだけどさ、帰りに軽く寄り道していいかな?」


「それはミダスに関連する場所ということでございますか?」


「あるかもしれない」




 曖昧な言い方だったが、イナギも手がかりを持っているわけではない。


 ひとまず三人は、ドロセアが見た“気になる場所”へ向かうことにした。




 ◇◇◇




 そこは周囲の派手な施設よりも、明かりや看板などでさらにど派手に彩られた建物だった。


 遠くから見ても十分に目立っていたが、近くまで来ると想像をさらに越えてくる。


 建物全体の色合いは当然のように金色をベースにしており、中を歩く“運営側”と思しき露出多めの女性も黄金の衣装を身にまとっていた。


 施設内に置かれているのは、ミダスコインを使って遊べるギャンブル――すなわち遊技台の数々。


 様々な“賭け”に人々は熱狂し、狂乱し、遊びとは思えないような大金が常に飛び交っている。




「遊技場、でございますか」


「うぅ、眩しいし、こんな時間なのに人がいっぱい……」




 リージェは漂う独特の空気があまり好きではないのか、怯えた様子でドロセアに抱きつく。




「遠くから見て目立つとは思ってたけど、まさかここまで賑わってるなんて」


「あのコインの魔力にあてられ、金銭感覚を失った客ばかりです。入れ食い状態でございましょう」




 国外からの観光客も多いのだという。


 王国がミダスコインの流通を認める理由もわかるというものだ。


 しかし、いきなりここに入って遊んだところで、ミダスに会えるはずもない。


 ドロセアはリージェを抱きしめ落ち着かせたあと、近くにいた男性に話を聞くことにした。




「あのぉ、すいません。ここってどういう場所なんですか……?」




 いつもより弱々しい声で、腰を低くして尋ねるドロセア。


 それを見たイナギは目を細める。




「猫をかぶっておられますね」




 しかしリージェは反論した。




「あっちも素ですよ? 故郷では穏やかなお姉ちゃんなんですから」


「……環境が人を変えると」




 実際、ドロセアが大きく変わったのは、マヴェリカの死や奇跡の村での一件を経てからだ。


 それも一時的なものであり、リージェとゆったりと暮せば元に戻っていく可能性が高い。




「なんだいお嬢ちゃん知らねえのか? アーレムのカジノと言えば、王国で最大級の遊び場として有名じゃねえか。これを目当てに来る観光客もわんさかいるぐらいの楽園だ」


「楽園なんですか。カジノというと、お金をかけて遊ぶんですよね」


「ああ、もちろんミダスコインを使って遊ぶんだぜ。のめり込みすぎて借金しちまうやつも多いが、大当たりを引けりゃそれだけで大富豪。人生大逆転ってわけだ!」




 がははは、と笑う男性だったが、彼はやけに薄着だ。


 腕の傷などを見るに、おそらく冒険者だと思われるのだが――




「お兄さんは勝ったんですか?」


「負けて身ぐるみ剥がれて無一文だよ! だってのに気分はすっきりしてんだ、おかしな話だよなぁ!」




 何がおかしいのか、再び大声で笑う男。


 完全にコインの魔力に頭をやられてしまっているようだ。




「そんな大金が動く賭場だなんて、よく領主様も許していますね」


「そりゃ当たり前だろ。その領主様本人が運営してるんだからな」


「あのミダス様が?」


「おうよ、見てみろよあの建物」




 彼が指さしたのは、カジノのさらに奥にあるお城のような建物だった。




「遊技場の奥にでっけぇ屋敷あんだろ? あそこに領主が済んでんだよ、つまりカジノと直通ってわけ。ははっ、本人もよく遊んでるぜ?」


「さすがに運営してる本人なら勝つんでしょうね」


「んなこたぁねえ。よくすっからかんになって仲間から金借りてるよ」




 客と一緒になって遊ぶ領主――利益のためというよりは、趣味も兼ねているのか。


 あるいは、魔術さえればいくらでも稼げるので、勝ち負けなどどうでもいいのかもしれない。


 すると、カジノの中から現れた屈強な男が、目の前の冒険者を羽交い締めにする。




「んお? なんだお前」


「お客様、まだ返済が完了していません」


「いや、もう払えるものは何も――」


「体が残っています」


「体ってなんだよ。冗談だろ? おい待てよ、離せ、離せっておい!」




 ドロセアがぽかんとしていると、冒険者はずるずると引きずられながらどこかに消えていった。


 触らぬ神に祟りなし――彼女はそっとその場を離れ、リージェたちの元へ戻る。




「どうだった、お姉ちゃん」


「私の勘は当たったみたい。このカジノ、ミダスが運営してて本人も顔を出すんだって」


「それは幸いでございますね。では、さっそく入るといたしましょうか」


「お姉ちゃんはあのコインを触らないようにね!」


「遊ばないと怪しまれるだろうから、素手で触るのと顔に近づけるのはやめとく」




 直に触れない、吸わない――これで薬の影響はかなり弱まるはずだ。


 欲望渦巻く街、アーレム。


 ドロセアたちは、その中でもとびきり濃い金欲の坩堝(るつぼ)に飛び込むのだった。




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