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038 夢と現実の狭間

 



 アーレムの街中は人で溢れかえっており、王都にも劣らない賑わいようだった。


 通りには様々な店が立ち並び、そのどれもが繁盛している。


 店員たちは店先で大声で客引きをして、中には腕を引っ張るように連れ込んでいる者もいた。




「人混みに酔いそうです……」


「絶対に私から離れないようにね」


「はいっ」




 リージェはドロセアの腕にしがみつく。


 そんな二人の後ろを歩くイナギは、興味深そうに町並みを観察していた。




「以前はこのような街では無かったのでございますが、随分と様変わりしたものです」


「以前って何年前?」


「二十年ほど前でございましょうか」


「そりゃ変わるよ……」


「わたしたちまだ生まれてないですね」




 まだ生まれてないという一言に、わずかに動揺を見せるイナギ。




「わ、わたくしも時の流れぐらいは把握しております。それにしても、という話をしているのでございますよ」


「ちなみに前はどんな街だったの?」


「職人気質の堅苦しい街、でしょうか。産業が盛んだったのでございます」


「本当に今と真逆なんですね」




 行き過ぎた商業の街――それがドロセアたちの受けたアーレムの印象だ。


 昔いた職人たちはどこへ消えてしまったのか。


 そんなことを考えながら歩いていると、進路を塞ぐように男が現れる。




「お嬢さんたち、もう店は決めてる?」


「いえ、お店を探してるわけじゃないんで」




 やんわり断り通り過ぎようとするドロセア。


 しかし男はしつこく彼女についてくる。




「明るいうちにお店決めといた方がいいよ? このあたりあんまり治安良くないからね、大丈夫、安くしておくから」


「必要ありません」


「ちなみに一食おいくらでございますか」


「イナギ、聞かなくても……」


「いい質問だねお姉さん。10ミダスコインからだ」




 聞き慣れない通貨の単位に、ドロセアは眉をひそめた。




「ミダスコイン……?」


「なんだ、知らないのかいお嬢ちゃん。この街で使われてる通貨だよ、まさか持ってないって言うのかい」


「持ってないですけど」


「はっ、何だよ話になんねえ。金持ってねえならとっとと行きな、しっしっ」




 男は態度を急変させ、ドロセアたちを追い返すような動作を見せた。


 さすがにリージェもむっとしている。




「失礼な人ですね」


「つきまとわれずに済んだから結果的に良かったと思う。それにしてイナギ、わざわざあんなこと聞くなんて、ミダスコインってやつのこと知ってたんじゃない?」


「独自の通貨を使っているという噂話を聞いたことがあったのでございます。まさか本当だとは思っておりませんでしたが」


「ここって王国内ですよね。王国で流通してるコインは使えないんですか?」


「普通はありえないことでございますが、どういうわけかアーレムだけは認められているのでございましょう」




 イナギは人で賑わう通りを改めて見回しながら語った。




「これだけ人と金と物が行き交っているのです、王国の経済の規模を考えれば無視できない存在でございます」


「それで無茶を通してるってわけだ」


「無論、王国側にも何らかのメリットはあるのでしょう」


「じゃあわたしたちも、ここに泊まるならミダスコインというものを手に入れる必要がありますね」


「おそらく王国のコインと交換できる場所があるはずでございます」


「早速探してみよう」




 それから、行動を始めてから両替所を見つけるまで五分とかからなかった。


 街中に相当な数の両替所が用意してあるようだ。


 また、すぐに見つかったのはその建物がやたら派手だから、というのもある。


 全面金色に染められており、内部も目が痛くなるほどの黄金づくしだったのだから。


 両替を終え外に出ると、ドロセアは頭を抱えてため息をつく。




「この街、疲れるな……」


「落ち着かないですねぇ」


「ふふ、こればかりは慣れでございますよ」


「イナギはどうして慣れてるの?」


「カンプシア家が落ち着いている時期は、冒険者として世界中を旅しておりましたから。大抵の出来事は体験しております」




 そう言って自慢気に胸を張るイナギ。


 言っていることはすごいのだが、どことなく頼りなさが漂ってしまうのは彼女の持つ素質なのだろう。


 良く言えば自慢話でも嫌味がない、ということでもある。




「しかし、領主がここまで自己主張をしている街というのは、なかなか遭遇できないものではございますが」


「これをミダスコインと呼ぶってことは、金貨に描かれてるこのおじさんが黄金の吸血鬼――領主のミダス・ルービンなんだね」




 コインに描かれた肖像画は、三十代半ばぐらいの男性のものだ。


 顔立ちは整っており、活力に溢れるアクティブな印象を受けるが、どこか胡散臭く見えるのはドロセアの先入観のせいだろうか。




「全部が金貨なんてすごいですね。領内に金鉱山でもあるんでしょうか」


「いや、これ金貨じゃないと思う」


「やはりそうでございましたか。金にしては軽いと感じておりました」


「微妙に魔力を含有してるから、見た目が似てる別の鉱石だろうね。微量の金ぐらいは混ぜてあるかもしれないけど」


「つまり金貨に魔術が仕掛けられているんですか?」


「んー、そうとは限らないかな。魔力を含有する鉱石って別に珍しくはないから。でももちろん、リージェの言ってる可能性は否定できない」




 しかもタチの悪いことに、大気中の魔力が染み込んだものから、偶然にも鉱山の環境が術式を生み出し鉱石が魔術をまとってしまったものまで、パターンは様々だ。


 そもそも、魔術自体が自然を司る精霊に魔力を食わせて発動するもの。


 自然界で偶然にも魔術発動の条件が揃ってしまうことも、そう珍しいことではない。




「ともかく、これで今夜泊まる分のコインは確保できたかな」


「次は宿探しですね」


「安価で泊まれる宿があるかは不安でございますが……」




 ここから見える範囲にも数件のホテルがあるが、どこも高級そうだ。


 いや、ホテルに限った話ではなく、ミダスコインとの両替レートを考えると物価が高い。


 しかし決してぼったくり、というわけではなかった。


 どれもこれも質がよく、高いものばかり扱っているのだ。




「安いところが見つからなかったら妥協するしかないかな」


「今夜も野宿でわたしは平気ですよ」


「気持ちは嬉しいけど、私としてはリージェにはベッドでゆっくり眠ってほしいから。疲れも顔に出てるし」


「そうでございますね、慣れない野宿はリージェには負担が大きすぎるのでしょう」


「そんなに顔には出て……」




 言いながら頬に触れ、リージェは何かに気づいた。


 そして肩を落とす。




「肌が荒れてます……」


「いつ戦いになるかわかんないし、休めるときに休んどかないとね」




 ドロセアは励ますようにぽんぽんと彼女の頭を撫でた。




 ◇◇◇




 こうして宿探しを始める三人だったが、やはり思ったような宿は見つからない。


 超高級だったり、いかがわしかったり、店主が胡散臭かったりと、どこも女三人で安心して泊まれるような場所ではなかった。


 仕方ないので、中でも比較的マシだったホテルで部屋を借りる。


 三人で一部屋、ベッドは二つ。


 ドロセアがリージェを抱きしめて眠ればなんの問題もない。




「一番安いお部屋なのに広いですねぇ」




 リージェは好奇心に身を任せ、室内を見て回っている。


 ドロセアはそんな彼女をじっと見ていた。




「小動物みたいで可愛らしいでございますね」


「……どうやって心を読んだの」


「顔に出ておりましたので」




 イナギに図星をつかれ、赤らむドロセア。


 どうやら気づかないうちにニヤニヤしてしまっていたらしい。


 それはさておき、ドロセアの両手は荷物で塞がっていた。


 旅の道具――ではなく、宿探しの途中に購入した品の数々である。


 王都と違い食事処が併設されていない宿も多かったため、ここに来るまでに間に夕食を買ってきたのだ。


 それだけでなく、デザート用の果物に、アクセサリー、洋服、加えてよくわからない動物のオブジェまで。




「それにしてもたくさん買われましたね」


「ああ、これ? いい商品が多くってつい、ね」




 リージェは部屋の観察を止め、不思議そうにドロセアを見る。




「お姉ちゃんにしては珍しいですね」


「そうかな? 街の雰囲気にあてられて財布の紐が緩んじゃったのかも」


「両替も何度か行っておりましたが、路銭は足りるのでございますか?」


「平気平気、ジンさんから貰ったお金はまだ残ってるし。二日遊ぶだけのお金はあるよ」


「でも旅はアーレムで終わりではないんですよね」


「ああ、そうだったね。でもまあ、なんとかなるよお金のことなら」


「……?」




 リージェはさらにドロセアに歩み寄ると、じっと顔を覗き込んだ。




「どうしたの、リージェ」


「お姉ちゃん、何だか変です」


「私が?」


「わたしが興味を持ったものを買ってくれたのは嬉しかったですけど、そんなにお金遣いが荒いところを見たことがありません」


「……私の、お金遣いが、荒い?」




 一切の自覚が無かったのから、ドロセアは自分でそう反芻しながら首を傾げる。


 改めて、今日の自分の行動を振り返った。


 そして沈黙すること数十秒。




「固まっておりますが、生きておられますか?」


「お姉ちゃん、本当に大丈夫ですか?」




 二人の心配そうな声にも反応しない――かと思いきや、おもむろに手のひらを顔の前に持ってくる。


 じーっと手のしわを見つめるドロセア。


 すると何を思ったか、その手を自分の顔面に思いっきり叩きつけ――


 バチンッ! という乾いた音と、何かが弾ける音が同時に部屋に響き渡った。




「お姉ちゃんっ!?」




 慌ててリージェはドロセアにしがみつく。


 が、等のドロセアは焦った様子もなく、




「あー……少しは頭がすっきりしたけど……まだおかしい」




 そう呟いた。


 イナギは腕を組み、彼女に尋ねる。




「魔術、でございますか」


「たぶん、カルマーロとかと同じ脳に干渉してくるタイプの。シールドで吹き飛ばしてやったの」


「どこでそんな魔術なんて……あ、そういえばお姉ちゃん、街に入るときに言ってましたね。やけに魔力の量が多いって」


「ただ大気中の魔力は未結合のものばっかりだった。私にかけられた魔術はまた別のところにあると思うんだけど――財布の紐が緩んでたのは明らかにそれが原因だね、ありがとリージェ、言ってくれなかったら気づけなかった」


「お姉ちゃんの役に立てたなら嬉しいです!」




 ゆっくりと顔から手を離すドロセア。


 彼女の顔面にはしっかりと手の形が残っており、リージェとイナギは噴き出すように笑った。




「仕方ないじゃん、緊急処置だったんだから」




 そんな二人の反応に、ジト目で頬を膨らますドロセアであった。


 だが彼女の表情はまだ浮かない。


 魔術は解除されたはずだが、何か引っかかることがあるようだ。




「でも何なんだろこれ、まだ頭がぼーっとしてる」


「魔術の副作用でしょうか」


「というより、抜けきってない何かがある気がして。魔術じゃないんだけどね……」


「薬物の類の可能性はございますね」


「も、もしかしてこの街がやけに騒がしいのって、魔術と薬で人の心を操っているから、なんですか?」




 確信は持てないが、その可能性は高い。


 そしてそれに気づくことができたのは、影響を受けた人間と、受けなかった人間が一緒に行動していたからだ。




「リージェとイナギは何とも無さそうだよね」


「はい、わたしは特に異変は感じません」


「わたくしも同様でございます」


「魔力量で反応が変わってくるのか……」




 ドロセアは改めて周囲の魔力を観察してみたが、魔術が使われている痕跡はなかった。


 つまり街全体を巻き込むような魔術では無いということだ。


 怪しいのはやはり――強制的に両替させられたこのミダスコインだが、マヴェリカの書斎でも類似する魔術を見ていないため、そこに人の心を操るような魔術が込められているかはわからない。




「づっ、うぅ……」


「頭が痛いんですか? ベッドで休みましょう」


「うん、なんか、急に痛みが強く……魔術を、解いたから……?」




 魔術と薬、両方が存在して初めて効果を発揮するシステムだとしたら、片方を失いバランスを崩し肉体に悪影響を及ぼしてしまったのかもしれない。


 リージェに付き添ってもらいベッドに横たわるドロセア。




「目をつぶってても……頭が揺れてる気がする……」


「横になって楽になりましたか?」


「ん……立ってるよりずっといい。あと、リージェが手を握ってくれるから……」


「こんなことでよければいくらでもやります! 他にも必要なものがあったら言ってくださいね」


「うん……」




 まるで大波に揺られているような気分だ。


 それでも目を閉じていると、その感覚は頭痛に変わることなく、ただ“気持ち悪い”だけで済む。


 しかし頭痛が収まる一方で、新たな異変も起きていた。


 ブゥン、ブゥン、と虫が飛んでいるような音が外から聞こえるのだ。




(幻聴……? それとも……)




 気になって薄っすらと目を開く。


 すると窓から見えたのは――




「天使の輪っかが……飛んでる……」




 無数の光輪が飛ぶ、アーレムの夜空。


 天使の輪はその表面にある大量の瞳で、街を常に監視していた。


 現実と呼ぶには奇妙で、幻覚と呼ぶには存在感がある。


 ドロセアはぼんやりとその異様な光景を眺めていた。




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