037 金色の街
その日、テニュスは王魔騎士団の研究施設に呼び出されていた。
付き添いのラパーパも一緒だ。
二人を待っていたのはアンタム。
彼女は執務室に入ってきた二人を「やっほー」と軽い態度で出迎えた。
テニュスは用意された椅子に腰掛けると、不機嫌そうに尋ねる。
「んで、何の用なんだよ」
「いきなりご機嫌ナナメすぎなーい?」
「軟禁中のあたしを連れ出せる時点で相当な事情があるんだろ、不安にもなる」
「そこは騎士団長権限で軽ぅくどうにかしただけだケド? ほらあーしさ、カイン派でもクロド派でも無いから、両者がやり合ってる中だと色々と動きやすいんだよねー」
「じゃあ大した用事では無いんデス?」
ラパーパも不安そうである。
ここはあのレプリアンが開発された場所でもあるのだ、テニュスにとってあの鎧はトラウマである。
できれば、気持ちが落ち着くまでは関わりたくないと思うのは自然なことだ。
「大したことあるかないかで言えば、あるよ」
「あるのかよ」
「いくつか用事あるんだけど、まずいっこめ。これ見てよ」
そう言ってアンタムがデスクから運んできたのは、円錐状の透明な入れ物だった。
テニュスたちは中を覗き込む。
「気持ち悪いデス……」
「んだよ、この生き物は」
「侵略者」
「お、おい、それって王都を襲ったあの化物じゃねえか! まだ生き残ってたのか!?」
「その幼生ってところかな。とある人物に寄生されてたのを、昨日ドロセアちゃんが譲ってくれたんだよね」
「ドロセアが!?」
「ドロセアさんは安全な場所に逃げてたはずデス!」
「それが情報漏れちゃってたみたいでさ、さっそく簒奪者に襲われてるんだって」
テニュスは「何?」と眉間に皺を寄せる。
しかしその反応を見たアンタムは拍子抜けした様子だ。
「てっきり今すぐ助けに行くって言うかと思ってた」
その指摘され、テニュスはわずかに目を伏せる。
「……あいつが助けを求めるような相手なら、あたしが行っても足手まといになるだけだ」
「テニュス様……」
ラパーパは遠慮がちに、彼女の服の裾を握った。
控えめだが慰めようとしているのだろう。
「苦戦してるって話は今んとこ聞いてないから安心しなよ。あ、ちなみにこの幼生の存在や情報が漏れてるって話はトップシークレットね、絶対に誰にも口外しないよーに」
「ワタシが聞いてよかったんデス?」
「だから呼び出しにはラパーパちゃんのこと含めなかったのに」
「う……でもワタシとテニュス様は一蓮托生デス、一人で行かせるわけにはいかないんですよ!」
「別にあーしとしては困ってないっていうか、助かるんだけどね」
「助かる? ワタシが来たことがデス?」
「それは後で話すから」
「嫌な予感がします……」
「もう巻き込まれちまったんだから諦めるしかねえよ」
テニュスも嫌な予感はしていたが、逃げられる身ではないので完全に諦めていた。
そして改めてケース内の侵略者に視線を移す。
「この化物も、あたしらの敵なんだよな」
「つーかむしろ、人類全ての敵って感じかな。魔力反応なし、明らかにこの世界の生き物じゃない」
「どういうことだよ」
「この世界で生きてれば、大気中に存在する魔力が体に染み付いていく。それが無いってことは、“外”で産まれた生き物としか考えられないワケ」
「外って……空の向こう、デス?」
「空とか星とかそういう概念じゃない。なんつーかな、あーしらにも認識できない壁を抜けた先、こことは違う世界、みたいな?」
「カインの野郎が言ってた、『空の彼方から来る大いなる災厄』ってやつか」
「そうそう、それ。カインってばどこの誰から聞いたんだろうね、そんな話。“違う世界”が実在するなんて、王国で最先端を行くあーしらでもギリギリ知ってるか知らないかぐらいなんだケド」
「王国より高い技術を持つ誰かが、王様の後ろにいるってことですかね」
「簒奪者か……あいつらは、その災厄の存在を知った上であんなふざけたことやってるってことかよ」
テニュスたちにも、簒奪者が何のために暴れているのか、その理由がおぼろげに見えてきた。
だが、いかなる理由があろうとも、その行いを許すつもりはない。
「まあ、世界の敵と戦うためだとしても関係ねえな。人の心を踏みにじる連中なんざただの敵だ」
「ワタシも同じ気持ちデス! あんなやつらに世界の未来なんて任せられません!」
「同感だし、たぶんマヴェリカさんも同じこと考えてるんだろーね」
「マヴェリカがどうかしたのか?」
「それがもうひとつの用事。別室にご案内いたしまーす」
おちゃらけた調子で、アンタムは部屋を移す。
テニュスとラパーパは困り顔で目を合わせ、肩をすくめた。
◇◇◇
案内された先は、テニュスは見覚えのあるひときわ広い空間。
壁側には、先日ドロセアに破壊されたはずの黒い鎧が立っていた。
「お、おいこれ……レプリアンじゃねえか。もう修復してんのか!?」
「まだ中身は完璧じゃないケドね」
「しかも一つ増えてます! まだ骨組みだけ、みたいですけど」
「まさかあたしに乗れって言うんじゃねえだろうな」
「そりゃ乗れるのテニュスちゃんしかいないんだから当たり前っしょ?」
あっけらかんと言い放つアンタムに、テニュスは掴みかかった。
「ふざけんなよ! あんなことがあったばかりだぞ!?」
「そうデス、テニュス様は悪くないと言っても、さすがに無理があります!」
「やっぱそうなる? 暴れたのは簒奪者のせいであって、レプリアンは悪くないんだケド」
「あの剣で死んだやつもいるんだ……割り切れるわけねえだろ」
力なくうつむくテニュス。
アンタムは年上らしくよしよしとその頭を撫でると、優しく微笑んだ。
「誰も恨みやしないって、良くも悪くもカインの演説内容、みんな信じてるみたいだしさ。まあ、無理強いはしないケド」
「本当のことを知ったら……あたしのことを恨むやつだって出てくる……」
「じゃあそれって知られないでいい真実ってやつだと思うケド。まあ、あとで気が変わったら乗ってよ、たぶんそっちのが早いから」
「早いって何の話デス?」
「レプリアンとの戦闘によってドロセアちゃんの守護者は完成した。そしてレプリアンは完成した守護者と直に戦闘を行ったことで、そのデータ収集に成功した。あーしはそれをマヴェリカさんに送ったワケ」
「どこまでもあいつの手のひらの上だな……」
「そんでそれをフィードバックさせて、新しい資料が送って来たんだケドさ」
部屋の傍らに置かれたデスク。
アンタムの視線は、その上にある紙の束に向けられた。
そこにはびっしりと、綺麗な文字で何かが書き綴られている。
その均一な文字の形、大きさから、魔術を用いた自動記述により書かれた資料なのだろう。
資料そのものを遠方にいるマヴェリカから受け取ることはできない。
しかし、ペンの動き、あるいは文字の形状だけならば、高度な技術は必要になるが、送りつけることは可能だ。
「シールドの魔術について書かれてるみたいデス、ね」
「守護者はシールドの魔術を極めた結果として発現するものだし、まずは基礎訓練としてシールドの制御能力を向上させるとこから」
「あたしに何をさせようってんだよ」
「“守護者”の習得」
その胡散臭い提案に、テニュスは眉をひそめる。
アンタムもそういった反応は織り込み済みだったようで、微笑んだまま言葉を続けた。
「マヴェリカさんはあれを、一般的な技術にしたいんだってさ。要するに、今後の魔術のスタンダード、みたいな」
「無茶だ。あれはドロセアだからできたことであって!」
「道なき道を突き進めたのはドロセアちゃんだからかもね。けど、舗装された道なら進める人は増えるんじゃない?」
「あたしをテストケースにしたいってことか」
「いくらなんでも無責任デス! テニュスさんにあんなことをさせておいて!」
「ラパーパ……」
自分のことのように怒ってくれるラパーパに、心を動かされるテニュス。
アンタムも、必死で支えようとするその様子に満足げだ。
「ワタシはマヴェリカって人に会ったことないですけど、もっとこう、直接頭を下げにくるとか、それぐらいあってもいいんじゃないデス!?」
なおも言葉を荒らげるラパーパに対し、アンタムは「気が合うね」と右手を差し出した。
「へ……?」
「握手しよ、握手」
促されるまま、わけもわからず手を握るラパーパ。
アンタムは握り返しながらこう言った。
「あーしも最近のマヴェリカさんのやり方には納得してないし、会ったときは一発ぶん殴らせろって言っておいたからさ。全員で一発ずつ殴ろ? ね?」
こめかみに血管を浮かべながら。
マヴェリカの身勝手な行動にかなり苛立ちは感じているようだが――
「それでもマヴェリカの謀略には乗るんだな」
そう、それでも逆らいはしないのだ。
従うだけの理由がある。
「だってさー、ドロセアちゃんの守護者見たっしょ? あんなとんでも魔術を生み出しておいて、それを量産したいって言うんだよ? あの人がそんだけの危機が迫ってるって言ってんのに、信じるなって方が無理っしょ」
アンタムは幼い頃からマヴェリカのことを知っているが、昔からよくわからない人ではあった。
豪快で、大雑把で、何もかもオープンなようでいて、肝心な部分は明かさない。
けど、いつだって正しかった。
「実際、ぶん殴るって文言送り付けたあと、あっちから『殴ってもいい、生き残れたら』とか返ってくるしさ。これじゃあ怒るにも怒れないっつの」
珍しく膨れ顔のアンタム。
周囲を自分のペースに引き込むのが得意な彼女も、マヴェリカばかりは制御できないらしい。
「……で、レプリアンに乗るのもそれに必要なことなのか?」
「レプリアンは完成した守護者にかなり近い存在。ゴールの見えない道を行くより、最初から完成形が見えてた方が進みやすいじゃん」
「じゃあもう一つ作ってるのは、別の人も挑戦するってことなんデス?」
「うん、あれはラパーパちゃんの」
予想外の答えに「ふぇ?」と固まるラパーパ。
アンタムは念を押すようにもう一度、
「だからラパーパちゃんのだよ」
と言った。
「うええぇぇえええっ!?」
のけぞりながら愉快な声で驚くラパーパ。
「ワタシ、B級魔術師ですよ!? テニュス様みたいなS級魔術師じゃありません! 無理無理、無理です!」
「無理ーパ?」
「超無理ーパです!」
彼女が完全否定する一方で、テニュスは腕を組みながらうなずいている。
「そうか……ドロセアは無等級魔術師だったな。マヴェリカは、等級関係なく誰もが守護者を習得できるようにしたいわけか」
「ドロセアさんを引き合いに出されると何も言えません……」
「もち、魔力量の暴力で強引に守護者を顕現させることはできるかもしんないケドさ、結局は技術だと思うんだよね。あーしも、場合によってはテニュスちゃんよりラパーパちゃんのが先に使えるようになる可能性もあるとは思ってる」
騎士団長をしている人物にそこまで言われると、やれるような気もしてくるが――
「でもさすがに難しいのでは……」
「つかもうレプリアン作り始めちゃってるし? あれラパーパちゃんが一生かけても稼げないぐらい金かかってるからさ」
「金銭で訴えられたらもう完全にお手上げデスぅ!」
「このあともラパーパちゃんから詳しいデータ取ることになってるから、よろしくね?」
最初から断らせるつもりはなかったらしい。
観念して肩を落とすラパーパ。
「ワタシがテニュス様に付いてこなかったらどうするつもりだったんデス……?」
「ありえないってわかるし、普段のラヴいラパーパちゃんのこと見てたら」
「まあ……ラヴですけど」
「だってよー、テニュスちゃあん?」
「ねっとりした言い方すんな。あたしもラパーパの気持ちは知ってるし、世話にもなってる」
少し恥ずかしそうにテニュスは言った。
「かぁーっ、青春だねぇ!」
「おっさん臭ぇぞ。ところで、最近ジンはどうしてんだ」
「ラパーパちゃんの話をしてるときに他の男の話を……!?」
「情報漏れてんだろ、だったらあいつが動かねえわけねーだろ」
「そういう意味だってことはあーしもわかってるって」
「本当かよ……」
「確かにジンは忙しく動いてるよ。これまでは別件で動いてたみたいだけど、今はどこから水漏れしてるか調べるために、ね」
◆◆◆
ドロセアたちがアーレムにたどり着いたのは、前の街を出て二日後のことだった。
本来、街道を進めば二つほど小さな村を通り過ぎるはずなのだが、三人は二日連続で野宿していた。
アンターテたちの動きを確かめるためだ。
その作戦を発案したのは、侵略者の幼生を受け取りに王魔騎士団が宿を訪れたときのことだった。
幼生の受け渡しと同時に、ジンに手紙を渡してほしいと頼んだ。
その日の夜、王都にて手紙を受け取った彼は、さっそくドロセアたちの作戦通りに動き始めたのである。
それは影武者に街道を行かせ、本人たちは別のルートを進むという方法。
アンターテはドロセアたちの先回りをしているはずなので、今までの動きの活発さからして、どこかで襲撃が起きるはず――そう思っていたのだが、アーレムまでの道のりで簒奪者は一度も動かなかった。
すでに影武者はアーレムの中に潜入しているが、そこでも襲われていないのだという。
アーレムの外縁から様子を伺うドロセアたち。
まずはドロセアの右目で、周囲の魔力の反応を確かめる。
「お姉ちゃん、どうですか?」
「何人かいるね、元から配置されてた可能性も考えられるけど」
「道中での簒奪者との遭遇はゼロでございます。偽物の存在を察知した上で、アーレムに戦力を集中させていたのでございましょう」
「じゃあやっぱり、ジンという方の周辺から情報が漏れてたんですね……」
「しかも今回は作戦内容を知ってる人をかなり絞ってる。ジンさんのことも心配だけど……でも、私たちは私たちで進むしかない」
そう、これでジンはスパイの容疑者をかなり絞れたはずなのだ。
そちらの戦いをドロセアは手助けすることはできないが、彼が無事に犯人を暴き出せることを祈る。
「先ほどは“何人か”という言い方をしておりましたが、具体的に見える範囲に何人の簒奪者が待機しているのでございますか?」
イナギにそう尋ねられたが、ドロセアの反応は芳しくない。
「ごめん、それがよく見えないんだよね」
「お姉ちゃん、目の調子が悪いんですか?」
「目の方の問題ではなく、やたら空気中の魔力が多くてぼやけてるの。近づけばわかるんだろうけど」
ドロセアの右目には、街全体が白く霞がかったように見えていた。
そもそも、アーレムの街はやたら派手で、入り口からして下品な金色に染まり、街を歩く人々の格好も派手だ。
「まるで黄金に目がくらんでるみたい……」
肉眼で見ても、魔力を見ても、全体像が隠されはっきりとは見えない。
故郷のような落ち着く田舎町の対極にあるその場所に、ドロセアたちはゆっくりと足を踏み入れた。
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