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036 原初の簒奪者

 



「商人が侵略者(プレデター)に殺されてた!?」




 宿にドロセアの大きな声が響いた。


 イナギの報告を聞いて、思わず出てしまったものだ。


 ちなみにイナギは現在、リージェから治療を受けている。


 相手はまだ“卵”には至っていなかったし、“孵化”もしていなかったため不可視の攻撃もしてこなかったが、それでも動きはかなり俊敏だったらしい。




「イナギさんが傷を負うなんて、相手はとても強かったんですね」


「人間と思って相手をすると不意打ちを食らってしまうのでございます」


「というかイナギ、侵略者のこと知ってるんだ」


「アンターテを追っているうちに話ぐらいは聞いたことがございます」




 侵略者は簒奪者(オーバーライター)にとっても敵だ。


 アンターテが語っていてもおかしくはない――が、だからこそ、商人が殺されていたのはおかしな話なのだ。




「馬車の御者は正しき選択(ジェンティアナ)の暗殺者と入れ替わってた。正しき選択は以前からカインや簒奪者と手を組んでいたから、あの襲撃は奴らの手によるものだと思ってたのに」


「どうしてその証拠隠滅に動いたのが、侵略者だったんでしょうか」


「簒奪者と侵略者が手を組んでいた、ということになってしまいますね」


「それはありえないでしょ」


「わたくしもそうは思っておりますが、だとすると……侵略者を操る方法が見つかった、ということでございましょうか」




 考え込むイナギ。


 ドロセアも似たように思案に耽っていたが、ふとイナギの方に視線を向けると、とある異変に気づく。




(魔力の流れがおかしい……?)




 魔力は血管に乗って全身に運ばれる、つまり基本的には全身にくまなく存在しているわけだ。


 だが脇腹のあたりに空白がある。


 その空白はまるで身をよじるようにしながら、さらに下へと向かっていた。


 はっとしたドロセアは、突如としてイナギの肩に掴みかかる。




「おわっ、何でございますか!?」


「ベッドに横になって、早くッ!」


「お姉ちゃん、どうしたの……?」


「お願い早くして!」




 鬼気迫る表情でそう言われて、戸惑いながらもベッドに移動するイナギ。


 するとドロセアは乱暴に服をめくり、腹を露出させた。


 そして右目を頼りに、強めに押して感触を確かめる。




「やっぱり……ここに何かいる」


「……まさか侵略者の一部でございますか?」


「わかんない、切り開いて取り出すよ。リージェは回復魔術の準備をお願い!」


「っ……わ、わかりました!」




 ドロセアはシールドでナイフほどの大きさの剣を作ると、容赦なくイナギの腹に突き立てた。


 イナギは「う、ぐっ」と苦しげに顔を歪める。


 無色の刃が柔肌を貫くと、ぷつりと開いた傷口からぶちゅりと血が溢れ出す。


 傷がある程度の大きさになったところで刃を引き抜き、ドロセアは素手を突っ込んだ。




「ぐ、ぎいぃぃっ……!」


「ひうぅっ!」




 びくっ、とのけぞりながらも、歯を食いしばり叫ぶのを我慢するイナギ。


 リージェは薄目になりながら、こわばった体を縮こまらせる。


 そしてドロセアは体内から異物を探り当てた。


 だがなかなか出てこない。


 内臓にしがみついて離れようとしないのだ。


 あまり時間をかけたくないドロセアは、指先に力を込めて一気に引きずり出した。


 その勢いと血のぬめりによって滑り、異物が彼女の手から離れる。


 飛んでいった“それ”は、血まみれのまま壁に叩きつけられわずかに「かふっ」と鳴いた。


 しかし動きは止まっていない。


 地面に落下したのち、這いずりながらどこかへ逃げようとしている。


 すかさずドロセアは模倣魔術で氷の槍を呼び出すと、そいつを串刺しにする――が、出力の弱い魔術は弾かれてしまった。




(この小ささであの強さ、間違いない侵略者の一部だ!)




 仕方なくドロセアは接近し、手にした剣で串刺しにする。


 これは防ぎきれなかったのか、床に縫い付けられた異物は、「ピギャァァァッ!」と鳴きながらのたうち回った。




「それが……わたくしの、体の中に……」


「気持ち悪い……あっ、違う、わたしは治療しないと! 大丈夫ですか、イナギさん。すぐに良くなりますからね!」




 イナギが治療を受ける中で、ドロセアは無言でそいつを観察していた。




(体はピンク……まるで赤ちゃんを縮めたような見た目……レグナスさんのときと同じだ。こいつらはちょっとした傷口から人間の体内に寄生する)




 幸い、今のドロセアの体に異変はない。


 卵から孵化した侵略者とは戦闘したが――ジンやアンターテ、カルマーロなどの肉体にもイナギのような変化は無かったはずだ。


 だが、あの場にいた王都の住民や王国軍の兵士全員までは確認できていない。




(イナギが侵略者から受けた傷は腕にあった。侵略者がそこから侵入したとすると、何らかの意図をもって腕から腹部へ移動していたことになる)




 奇跡の村、という言葉を思い浮かべるドロセア。




(男性に寄生した場合は肉体そのものを卵へと変質させて増殖する。女性に寄生した場合は胎児に擬態して、人間として産まれて来ようとする。それが奇跡の村のカラクリ。でもこの場合、産まれてくるのは完全な侵略者なのかな。それとも、人間と侵略者の混血なのか)




 少なくとも、ここにいる化物は魔力を一切持たない完全なる異形だ。


 ドロセアの目ならば区別は簡単だ。


 だがもし、人の特性を取り入れ、魔力を得て人の形をした侵略者がいたとしたら――?




「私にも判別はできない……」


「お、お姉ちゃん、それ……まだ、生きてるん、ですか?」




 早くも治療を終えたリージェは、恐る恐るドロセアに近づき、その背中にきゅっとしがみついた。


 イナギも、まだ顔色は悪かったがベッドから立ち上がり、今も動き続けるその異形を見下ろした。




「元気な子供でございますね」


「無理して茶化さないでいいのに」


「そうでもしないと恐ろしくて仕方ないのでございます。まさかあのような小さな切り傷から入り込まれるとは」


「何で侵略者って呼ばれてるんだろうと思ったんだけど、そういう風に人間の体を侵略するから、なんだね」




 それを名付けたのはエレインあたりだと思われるが、おそらくそういう意味なのだろう。


 カインや簒奪者が必死になって奇跡の村を消そうとした理由がわかる――まあ、それはそれとしてあいつらの所業をドロセアは許すつもりはないが。




「それで、いかがなさいますか? このまま処分を?」


「然るべき機関で調べてもらった方が今後のためにはなるんだろうけど」


「これをどうやって送るの?」


「串刺しにして動きを封じれてるんだし、注意して運べば行けると思う。問題は、王都に信用できる相手がいるか、だけど」




 できればカインの周囲には情報が伝わらないようにしたい、というのがドロセアの思いだ。




「もし伝えたい相手がいるのなら、わたくしがまた動きましょう」


「無理しないでくださいイナギさん、病み上がりなんですから!」


「それにいくらイナギでも、王都との往復だと時間がかかるよ。ここはそれなりに大きい街だし、王都と通信が取れる手段もあると思う」


「じゃあさっきの詰所の兵士さんたちとお話ですね!」


「そういった話でしたら、ドロセアの方がよいでしょう。わたくしはこの場に残り、こやつが逃げぬよう見張っておりますので」




 イナギは鼻息荒く「お任せください」と言い胸を張った。


 やはり顔色は悪いが、やる気に満ちている。


 どうやら助けてくれた二人に報いたいらしい。


 ドロセアはこの場を彼女に任せ、リージェと一緒に出発することにした。




 ◇◇◇




 詰所で兵士に話を聞くと、大規模な通信装置は冒険者ギルドにあるのだという。


 だが繋がっているのは各地のギルドと、騎士団の通信装置。


 つまり公の通信網であるために、カインの耳に入ってしまう可能性が高い。


 他に連絡を取る手段はないか尋ねると、ある冒険者を紹介された。


 その女性は、風の魔術で音を操ることにより、動物とコミュニケーションが取れるのだという。


 彼女に頼めば、鳥がすぐさまに王都まで手紙を運んでくれるだろうとのこと。


 まさにそれはドロセアの望んだものだった。




 ドロセアが手紙を送った先は、アンタムの屋敷だった。


 侵略者の生きたサンプルは彼女もほしがっているはず。


 それに彼女個人に頼めば、カインたちに気取られずに動いてくれるだろう。


 手紙を持った鳥は街を飛び出し、一時間ほどで戻ってきた。


 その速さにリージェが驚いていると、冒険者はレース用に調教された猛禽類の一種だ、と自慢げに語っていた。


 帰ってきた鳥は、『近隣の騎士を向かわせる』とだけ記されたメモを握っていた。


 どうやらアンタムにメッセージは伝わったらしい。




 ドロセアと、彼女に腕を絡めたリージェは宿に戻った。


 イナギは椅子に腰掛け、観察を続けていた。


 侵略者はまだ元気に動き続けている。




「ただいま。やっぱりまだ生きてるんだ」


「ただいまですっ」


「おかえりなさいでございます。大した生命力でございますね、急所を潰さねば死なない可能性も考えられるかと」




 言葉を交わしながら、ソファに腰掛けるドロセア。


 リージェは当然のように隣に座ると、肩に寄りかかる。




「連絡は取れたようでございますね」


「王魔騎士団の団長に話をつけてきた。近くにいる騎士が来てくれるらしいけど」


「王魔と言えば魔術研究を主に行っている騎士団と聞いております」


「立派な研究所が王都にあるんだよね。なのに王都から離れた場所にもいるの?」


「詳しくは知らないけど、王国全体の魔物の出現状況とかを外で調べることも多いらしいよ」




 研究所勤務を期待した騎士が、フィールドワークの多さに絶望して団を抜けたなんて逸話もあるぐらいだ。


 騎士と名乗る以上、体力勝負からは逃げられないのである。




「そういえばイナギに言い損ねてたことがあるんだけどさ、私たち帰ってくる前に街の人たちに話を聞いて情報集めてたの。簒奪者を誰か見てないかと思って」


「あ、そうだった。それでアンターテって女の子を見た人がいたんですよね」


「ここにいたのでございますか、アンターテは」


「細長い男も一緒だったらしいから、カルマーロもかな。来たときに魔力に気づけたらよかったんだけど、警戒されてのかな」


「どこへ向かったかはわかったのでございますか?」


「西から街を出たって言ってたからそっち方面だと思う。ちょうど、ジンさんから貰ってたルートもそっちだから」


「次の街でも、待ち伏せされるんでしょうか」


「西というと……金色の吸血鬼が収めている街がございますね」


「吸血鬼なんているんですか!?」




 リージェの純朴な反応に、イナギは思わずくすりと笑った。




「ふふ、例え話でございますよ。吸血鬼のごとく、人々から金銭を吸い取ってしまうのだとか」


「聞いたことあるかも。とんでもない金の亡者の商人がいるとか、確かアーレムとかいう街だっけ」


「左様でございます。領主よりもその商人が権力を持ってしまい、街は金が全ての価値観になっているそうでございます」


「怖い街ですね……わたしたちお金持ってませんし」


「ご安心ください、アンターテも金銭面では裕福ではございませんよ」


「まあ、戦うのにお金は関係ないしね。街のややこしい事情に首を突っ込まず、簒奪者だけを探すようにしないと」




 アーレムにはカジノなどもあるようだが、当然のように遊ぶ暇などない。




「でさ、そのアンターテなんだけど……何で追いかけてるのか、もう少し詳しく教えてくれていいんじゃない?」


「以前話した通りでございますよ」


「わたしも気になっていました。反抗期という言い方、かなり昔からアンターテという人の面倒を見てきたのを感じましたから」


「それは、おっしゃるとおりでございます。アンターテが産まれたばかりの頃から、わたくしが世話をしてきましたので」


「裏でカンプシアって家を守ってたのに、お世話してたんだ」




 ドロセアの言葉に、イナギは物憂げにこう答えた。




「……アンターテ様が産まれた頃にはカンプシア家は没落しきっていたのでございます。両親は赤子の世話すらまともに見ずに父は酒に溺れ、母は男を連れ込み遊ぶ始末でございましたから。格式高きカンプシア家は、露と消えてしまった」




 失望を隠しもせずに、かつての名家の末路を嘆く。


 その悲しげな表情は、イナギのカンプシア家への思い入れを感じさせる。


 だが、ドロセアにはどうしても気になることがあった。




「私が見る限りだと、イナギって20歳ぐらいだよね」




 アンターテの面倒を見ていたのはまだわかる。


 しかし没落前を知っているということは、少なくとも先代の時代ぐらいは見てきたはず。


 だがそれでは年齢と噛み合わない。


 するとイナギは、その疑問にあっさりと答えを出した。




「はい、成長が止まったのはそれぐらいの頃になります」




 眉をひそめるドロセア。


 リージェも首を傾げ、聞き返す。




「成長が止まってるんですか?」


「ええ、かれこれ二百年ほど」


『二百年っ!?』




 思わず声を揃えて驚くドロセアとリージェ。


 しかしそんな反応にも慣れているのか、イナギは平然としている。




「わたくし、年を取らない体質でございまして」


「そんなとんでもないこと何で話さなかったの!?」


「ある程度は信用を得ないと、この話も信じてもらえないのでございます。これは経験則です」


「何で年を取らなくなったんですか?」


「高い魔力を持ちながら魔物化しなかった副作用なのでございましょう、カンプシア家を裏から守るようになったのもそれが理由なのでございます」


「どういうこと?」


「お嬢様だけ老いていく中、変わらぬわたくしを化物と呼ぶものがいたのでございます」




 イナギはうつむきながら、寂しげに語った。




「このままではカンプシア家の名に泥を塗ってしまう。しかし、異国から流れ着いたわたくしを拾ってくれた恩に報いたい。そこで思いついたのが、隠れて勝手にカンプシア家のために働くことだったのでございます」


「許可とか貰ってるわけじゃないんだ……」


「そういった経緯もございまして、アンターテもわたくしの“恩返し”の対象なのでございます。おそらく彼女もいずれ成長が止まり、長き時を生きることになる。そのとき、孤独ではあまりに悲しいではないですか」




 自分がそうだったからこそ――アンターテにも同じ思いをさせたくない。


 けれど、それなら自分も簒奪者として隣に並べばいいはず。


 イナギがそうしなかったのには、まだ根深い、他の理由があるように思えた。




「納得、していただけましたか?」


「納得はしたけど……」


「それ以上に、びっくりしましたね」




 床でピギャピギャと鳴いている侵略者の声が気にならなくなるほどの驚きだった。


 同時に、リージェは思う。




(高すぎる魔力の副作用……わたしの体も、年を取らなくなったり、するんでしょうか)




 ドロセアははっきりとは言わないが、リージェは自分の体のことを理解している。


 簒奪者と呼ばれる者たち。


 彼女と立場が違うだけで、自分も同じなのではないか、と。




(もしそうなら、わたしはお姉ちゃんと一緒に生きることが……)




 リージェの瞳が不安に揺れる。


 イナギは少し心配そうに、そんな彼女を見つめていた。




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