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035 空白は愛情で埋めればいい

 



 ドロセアたちの戦いが終わると、まずは常駐していた衛兵たちが徐々に顔を出し始めた。


 しかし街の規模に対して数はやけに少ない。


 おそらく真っ先に殺されたのだろう。


 すると衛兵のうちの一人が、緊張した面持ちでドロセアに近づいてくる。




「こん、にちは」


「こんにちは。あの男たちなら倒しましたよ」




 相手が聞きたいであろうことを、先手を取って告げるドロセア。


 すると衛兵の表情は驚きと喜びに染まる。




「ほ、本当ですか!? 我々では、手も足も出なかったのですが」


「他に気配はないから、私たちが倒した分で全員だと思う」


「よかった……急に現れたかと思ったら魔術で暴れはじめて、大勢の人が犠牲になって……どうしたらいいのか、不安だったんです……!」




 彼はへたり込み、大きくため息を付いた。


 鎧に刻まれた紋章からして、この街に常駐しているのは王国軍の兵士のようだ。


 体つきからして戦いの経験もそれなりにある手練だろう。


 そんな男が崩れ落ちるほど、簒奪者(オーバーライター)の襲撃は恐怖だったらしい。




「ところであなたは、ドロセアさんですよね?」


「何で私の名前を?」


「その……似顔絵が、王都から届いてましたので」




 ドロセアは目を細め、警戒心を強める。


 すると兵士は慌ててこう付け加えた。




「ああっ、犯罪者としてではなく、各地の兵士たちにあなたを探すようにと。わざわざ探すような真似はしなくていい、とも書かれていましたが」




 探せというのに、わざわざ探さなくていいという。


 よくわからない命令に、ドロセアの隣に立つリージェは首を傾げる。




「どういうことなんでしょうか」


「回りくどい言い回しになっておりますね。おそらく命令系統のどこかで権力者の介入があったものかと思われます」


「カインは今、身動きが取れない状態にあるから、表立って私を追い詰めるようなことはできないんだろうね。たぶん騎士団長の誰かが間に入ったんだと思う」




 一方で、ゴロツキや正しき選択(ジェンティアナ)を使った追跡は行っている。


 それに関しては簒奪者(オーバーライター)主体の可能性もあるが。




「とりあえずこの街はもう安全だから、みんなにも伝えてきてほしいな。住民の人たち、怯えて家に籠もってるみたいだから」


「はい、そうさせてもらいます」


「あと、襲撃があったときの状況を詳しく聞きたいんだけど、誰か一人こっちに回してくれない?」


「でしたら詰所にご案内します、生き残りは少なからずあの化物と遭遇していますので」




 その言い方からして、兵士にもかなりの数の犠牲者が出たものと思われる。


 こうなってくるとますますカインの手によるものかは怪しい。


 少なくとも彼は国王として、王国軍の力が削がれるような事態は避けたいはずだから。


 兵士の先導で詰所に向かう三人。


 通る道は、おびただしい量の血で汚れている。


 当然、簒奪者との戦闘で飛び散ったものも含まれているが、ちょうど通り過ぎたそこにある血だまりは、先ほどまで尋問を行っていた男のものだった。


 その証拠(・・)に、赤い水たまりにはなぜか無数の花びらが浮かんでいる。


 イナギはドロセアに小声で語りかける。




「本当に簒奪者の気配は無いのでございますか?」


「私の目が見える範囲ではね、街全体を網羅するのは難しいけど」


「だとすると、先ほどの魔術は……」


「あらかじめ仕掛けられてたものが、遠隔で発動したんだと思う」




 現れた六人の簒奪者のうち、五人は始末した。


 残りの一人は生かされ、ドロセアとイナギによる尋問が行われた。


 なおリージェにはとてもではないが見せられない内容だったため、彼女は少し離れた場所で待機していたらしい。


 尋問自体はスムーズに進んだ。


 簒奪者は思ったよりも簡単に口を割り、なぜ自分がここに来たのかをペラペラと話し始めた。


 おそらく自分に酔っている、というリージェの表現は的確で――薬によって強い力を得て、調子に乗った六人組だったということだろう。


 だからこそ本物の(・・・)簒奪者の口車に乗り、街の襲撃なんて馬鹿げた行為に乗っかった。


 そんな人間に、拷問で口を割らないようなプライドの高さがあるはずもないのだ。


 男が言うには、彼らは元々王都で冒険者として活動していたらしい。


 あまり素行はよくなく、エルクとの距離も近い、どうしようもない連中だったようだ。


 しかし彼らは、例の薬との相性が良かった。


 他の冒険者たちよりも明らかに魔力の向上度合いが高く、しかも魔物化しない。


 何ならエルクより強いぐらいで、自分たちが王都の冒険者を牛耳ってやろうか、なんて話もしていたらしい。


 彼らに一人の男が近づいてきたのはそんなときだった。




『君たちには才能がある』




 そう告げて、“世界を救う力”としてスカウトしたのである。


 その男はチンピラどもをおだてるのがうまく、王都の支配という夢は、あっという間に世界を救う英雄になるという夢に書き換えられていった。


 男は一体誰なのか。


 簒奪者であることは聞かずともわかるが、カルマーロとは別人なのか。


 そうドロセアが尋ねたとき――異変は起きた。


 男の体がひび割れて、その隙間から植物の芽が伸びたのだ。


 その植物は異様な速度で成長し、あっという間に花を咲かせた。


 まるで男の命を吸って成長しているかのようだった。




「花を咲かせるなんて綺麗な魔術なのに、あんな使い方をするなんて信じられません」




 リージェも不安そうに口を開いた。


 尋問自体は見ていなかった彼女だが、騒ぎを聞きつけて“花が咲く”瞬間だけは目撃してしまったのだ。




「アンターテとカルマーロだけで打ち止めとは思ってなかったけど、新手の簒奪者が関わってたわけだ」


「ドロセアが王都を出るまで、アンターテもそこにいたのでございます。薬と適合した冒険者を王都の外に連れ出し、利用したのは別の人間でございましょう」


「今のところその人についてわかっているのは、男の人ということと、花の魔術……つまり地属性を操る、ということだけですね」




 話しているうちに、ドロセアたちは詰所に到着した。


 中にいる兵士たちは明らかに疲弊していたが、簒奪者が全滅したという報せを聞いて心から安堵していた。


 そして一人を残して、住民たちに朗報を伝えるために詰所を発つ。


 残された兵士は、どうやら住民を逃がす途中に脚に大怪我をして動けない状態らしい。


 確かに話を聞くのにはちょうどいいのだろう。




「あいつらが襲ってきたときの状況か……」


「辛いかもしれませんが、思い出してもらえませんか」


「思い出すも何も今日の出来事だからな、話すのも問題ないよ。しかし情けない話だよな、街を救ったのは俺より年下の女の子三人だってんだから」




 少女三人の視線を一身に受け、苦笑いする兵士。


 その後、彼は軽い口調で語りはじめた。




「あいつらが来たのは昨日の昼間だったかな、夕方よりは前だ。人で賑わう通りで、いきなり魔術ぶっ放し暴れ始めたんだよ」


「昨日……?」




 昨日というと、ドロセアとリージェが王都を出たばかりの頃だ。


 あの時点で、翌日二人がこの街を訪れることを知っているとは思えないが。




「街はあっという間に地獄みてえな状況になった。みんな逃げて、殺されて、叫んで泣いて。俺ぁガキの頃からここに住んでるが、あんな光景を見るのは初めてだよ」


「何か目的はあったんでしょうか」


「そりゃ殺すのが目的だろうよ。俺にはそうとしか見えなかった」




 概ねドロセアも同意見だ。


 彼らは力をひけらかすために、この街で暴れた。


 ついでにドロセアたちの邪魔をできれば万々歳――そう考えると、あの男たちは哀れな捨て駒とも考えられる。


 簒奪者を名乗っていたとはいえ、その実力差は歴然としていた。


 前日にドロセアがアンターテを圧倒しているのだから、それぐらいの力の差があることはわかっていたはずなのだから。


 それからもいくつか質問を投げかけたが、新たな事実を知ることはできなかった。




 ◇◇◇




 ひとまず街の宿に場所を移す三人。


 宿屋の好意で、無料で良い部屋を貸してもらえることになった。




「わ、ふかふか」




 ソファに座ったリージェの頬が緩む。


 ドロセアもそれを見て和む。


 そして彼女はリージェの隣に腰掛けた。




「さすがスイートルームだね」


「豪華です!」


「いつもは安宿を使っておりますので、こういった部屋に来るとそわそわしてしまいますね」




 イナギだけは空気を読んでか、別の椅子に腰掛けていた。


 そしてテーブルの上に置かれたランプを、懐かしむように観察する。


 だが部屋を楽しめたのも一瞬のこと。


 早くもリージェの表情が曇る。




「でもわたしたち、ここにいていいんでしょうか。簒奪者はわたしたちを狙うために、この街を襲ったんですよね」


「私たちがここにいようがいまいが関係なしに暴れてたんだから、気にしたって仕方ないよ」


「たまたま、なのでございましょうか」


「さあね……けどあの馬車もそうだけど、対応が早すぎると思う。ジンさんが逃走ルート作ってる時点で、もうバレてたんじゃないかな」


「その人、監視されてるんでしょうか」


「それか、ジンさんの周りに裏切り者がいるか」




 ジンの周辺人物は、同時にドロセアの知人でもある。


 あまり考えたくない可能性ではあったが――相手が相手だけに、予想はシビアにしておきたい。




「商人から情報が漏れている可能性を考えておりましたが」


「まあ、もちろん商人は馬車で私たちがこの街に来ることを知ってたわけだから、待ち伏せはできるけど……」


「わたくしが村に戻って聞き出して参りましょうか」


「助かるけど、夜までに間に合う?」


「夜道の移動は慣れておりますし、あの距離ならば日が落ちる前に戻ってこれるでしょう」




 イナギは馬車ぐらいなら余裕で数時間尾行し続けられる女だ、村との往復ぐらいは造作もないだろう。


 やけに前向きに協力してくれるのは、信用を得るためか。




「黒と決まったわけじゃないから拷問はなしだよ」


「ご安心ください、敵味方の区別の付け方はわきまえております」




 何だか安心できないドロセア。


 一方でイナギは、そそくさと部屋を出て行ってしまった。




「もう行っちゃいましたね、大丈夫でしょうか……」


「あれだけ強いなら平気だよ」




 戦闘面での心配はしていない。


 かなり近接戦闘に特化した魔術を身につけているようだが、それを補えるだけのスピードを身につけている。


 アンターテにも厄介がられていると言っていたし、他の簒奪者と遜色ない強さなのだろう。


 そしてドロセアはリージェの方を見つめ微笑んだ。




「それに、二人きりになれたし」


「そ、そのために行かせたんですか!?」




 リージェの胸が高鳴り、頬が赤らむ。


 恥じらうその反応に、ドロセアは満足気に微笑んだ。




「ふふ、それは冗談」


「もう、いじわるです。でもそう言われると、こんな広いホテルで二人きりって……何だか緊張しますね」


「二人で旅行なんて行ったことなかったもんね」


「お泊りはよくしてましたけど、ぜんぜん違います」




 緊張をほぐすためか、リージェはソファの上で重ねていたドロセアの手をきゅっと握った。


 しかし結果として、それは密着度を高め、自身の脈拍をも上げてしまう結果となった。


 触れ合う方から、相手の火照りが伝わってくる。


 イナギがいたときとは、明らかに部屋に漂う空気感が変わっていた。


 ふと、リージェはドロセアの方を見る。


 するとドロセアも同時にリージェの方を見て、ちょうど見つめ合う形になった。


 何かが、二人の間で噛み合った気がする。


 そしてドロセアの顔は、引き寄せられるようにリージェに近づき――彼女はゆっくりと瞳を閉じた。


 その直後、こつんと()がぶつかる。




「平気?」




 至近距離から、心配そうなドロセアの声が聞こえた。




「……へっ?」




 慌てて目を開いたリージェは、間抜けな声を出す。




「死体とか見たから、気分悪くなってないかなって」


「あ、ああ、そっち、ですか……」


「他に何かあるの……?」


「いえっ、いいです、大丈夫です、わたしの勘違いですからっ!」




 決してドロセアは鈍い方ではないのだが、どうやら今は本気でリージェの身を案じていただけらしい。


 今、急に心配になった――というよりは、おそらく戦いの最中からずっと彼女の精神面を心配し続けていたのだろう。


 無理をしているのなら、ここで吐き出してほしい。


 誰も見ていないから。私だけしかないから。


 そんな気持ちが伝わってきて、キスを期待してしまったリージェは途端に恥ずかしくなった。


 それを見たドロセアは、リージェは元気だと判断したのか、顔を離して「よかった」と安堵した。




「これからどうしよっか。ジンさんの計画だと、国境付近の砦に行って保護してもらう予定だったけど」


「砦……ですか。外からは攻めにくいですが、中に敵がいたら……」


「裏切り者がいる可能性を考えると、砦も安全とは限らないね。いや、それ以前に複数の簒奪者に襲われたらどのみち耐えられない」


「誰にも頼らず、自分たちだけで逃げた方がいいんでしょうか」


「私は、逃げるのは諦めた方がいいのかもしれないって思い始めてる」


「どうするんですか?」


「潰すの、簒奪者を」




 守護者があればそれも可能だ。


 力に裏付けされた自信が、その言葉には宿っていた。




「リージェと一緒にいたい、それだけなのに邪魔するやつらがいるから」




 これまでは王族だの簒奪者だのはどうでもいいと思っていたが、ピンポイントでドロセアとリージェを狙ってくるのなら話は別だ。


 明確な怒りを奴らにぶつける。


 リージェは、そんな滾る溶岩のような戦意を感じ取り、ドロセアの袖をきゅっと握る。




「お姉ちゃん、少し顔が怖いです」


「こういう私は、苦手?」


「そんなことはありません! ただ……知らない顔をしているから、遠くに行ってしまうような気がして」




 会えない時間の間に、変わったのはドロセアだけだ。


 その変化は大きく、リージェは成長した姿に感激して、より好きになることもある一方で、不安も感じている。




「わたしが知らないお姉ちゃんは、わたしが知らない誰かと親しくなって、いつの間にか知らないお姉ちゃんになってて」




 どうしてそれを、自分は知らないのだろう、と。


 大きく変わるということは、変化を与えた出来事があったということ。


 出会い、絆、友情、あるいは愛情。




「それが……」




 これまではドロセアの何もかもを知っていたのに、今は虫食い状態で。


 そんな彼女の不安を払拭するように、ドロセアは宣言する。




「逆だよ、リージェ。私が変わったのは、リージェの傍にいるためなんだから」




 己の全てはリージェに捧げたのだと。


 だからこそここまで強くなれたし、だからこそテニュスとはすれ違った。


 数多の痛みや苦しみも、リージェのためだから耐えられた。




「すくい上げてもこぼれ落ちてしまうリージェを、強く抱きとめておくために」




 そんな心を表現するように、リージェを硬く抱きしめるドロセア。


 再会して何度抱きしめたかわからないぐらいだが、それでも抱きしめる。


 回数なんてどうでもいい。


 そうしたいから。ずっとそうしていたいから。




「前のお姉ちゃんなら……そんなことも、言いませんでした」


「けど、遠くには行かないってわかったでしょ?」




 ドロセアの胸の内で、こくんとうなずくリージェ。


 ずっと胸がどきどき言いっぱなしだ。




(お姉ちゃんはわたしの不安を拭ってくれますが、そのたびに新しい不安が生まれてしまいます)




 抱きしめられて、満たされているのに、心のどこかで“足りない”と叫ぶ自分がいた。




(怖いです、お姉ちゃん。お姉ちゃんのこと、好きになりすぎて、怖い)




 飢えているのは、恋心とか、キスしたいと思う浅ましい欲望とか、そういう部分だ。


 わかってる――きっと言えば、ドロセアは断らない。


 これだけ抱きしめてくれるんだから、気持ちも一緒かもしれない。


 けど、踏み出せば、変わってしまうから。


 ドロセアの変化にすら怯えているのに、二人の根幹を成す関係性の形が、名前が変わってしまったら――そんな大きな変化に、押しつぶされずにいられるだろうか。


 それが、怖くてしかたない。


 満たされない部分から目を背ければ、我慢はできる。


 抱きしめられて、囁かれて、それだけで十分幸せだ。


 それでいいんじゃないか。それ以上なんて望まなくても。


 そんな臆病さが、リージェの中で勝っていた。今のところは。


 だから爆発寸前で、体を離す。




「え、えっと、それで、簒奪者を倒しにいこうって話、でしたよね」




 話題を変えて、誤魔化す。


 カッコ悪いと思いながらも、己を守るためにそうするしかなかった。




「そうだったね」


「どうせわたしたちの居場所はバレてるんですもんね。だったら、逆に追いかけた方がいいのかもしれません! そうだ、街の人に聞き込みをしたら手がかりが得られるかもれませんよ!」




 リージェはいつも以上に饒舌になっていた。


 照れ隠しが露骨すぎて、ひょっとするとドロセアも気づいているかもしれない。




「新しい簒奪者はわかんないけど、アンターテとカルマーロは目立つから、もし来たことあるなら目撃者ぐらいいるかも」




 けれど優しさゆえに、彼女はリージェの振った話題にまっすぐ向き合った。


 リージェはなんだか、ドロセアに対して申し訳ない気分になった。


 不毛で馬鹿らしい感情の凹凸だと、心の中で一人自嘲する。




「あとは街の名所を見て、おいしいものを食べて……」




 それを知ってか知らずか、ジョークで場を和ますドロセア。


 いや、ジョークではないのかもしれない――顔が本気だ。




「早くも目的がぶれてますよ……? それじゃあまるで、デ、デートじゃない、ですか……」


「だって、あんなしょーもないやつらに私の幸せな時間を奪われたと思いたくないから。聞き込みしながらデートしよう、一緒にいられる幸せを噛みしめるために」




 こうして二人は手を繋ぎ、街を繰り出すのだった。




 ◇◇◇




 その一時間後――イナギは馬車を貸し出した商人のいる村に到着していた。


 商人の家は、村の中だと領主の家に次いで立派な建物で、場所はすぐにわかった。


 玄関前に立つと、中から血の匂いが漂ってくる。


 イナギがドアを蹴り開き内部に潜入すると、そこには凄惨な光景が広がっていた。




「すでに始末されておりましたか」




 死んでいるのは商人だけではない、その家族もだ。


 執拗に体を切り刻まれており、生死を確かめるまでもなかった。




「しかしこの傷跡、魔術によるものではございませんね。剣でも、爪や牙の類――魔物でもけしかけられたのでございましょうか」




 イナギは室内で鼻を鳴らすが、感じるのは血と死臭のみ。


 魔物が現れれば多少は獣くささが残るのだが、それが無い。




「まだ血の匂いは新しい、追いかければ間に合うかもしれませんね」




 犯人は商人たちを殺害したあと、血を滴らせたまま窓を破って脱出したらしい。


 しかもご丁寧に、通ったルートに血を垂らしている。


 これでは追いかけてくれと言っているようなものだ。


 罠の可能性もあるが、イナギには犯人にそこまでの知能があるとは思えなかった。


 そして数十分におよぶ追跡のあと、見通しのいい平野でついに彼女は犯人と遭遇する。




「おやおや、王国軍の兵士でございますか。その紋章、どこかの騎士団の出身でございますね」




 声をかけると、兵士は振り向いた。


 目は虚ろで、表情も無い。


 右腕は歪に変形しており、爪が中から生えているのではなく、手の甲や指が変形して爪のような形になっていた。


 また、異様に膨張した腹部の中では何かが動き回っており、赤子の笑い声のようなものも聞こえていた。




「王国の情報が簒奪者に漏れ、その後始末をしにきたのは侵略者(プレデター)




 兵士は腰を低く落とし、戦闘態勢を取る。




「はてさて、一体、誰が誰を裏切っているのでございましょうか」




 イナギもまた、刀を抜いて構えた。




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[気になる点] ………まさかと思うけど…もしかして唇は終盤(下手すりゃ最終話辺り?)までお預けなんて事は… (´・ω・`)
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