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034 量産計画

 



 自称簒奪者を撃破し、馬車に戻ろうとするイナギ。


 だが明らかに怯えた様子のリージェを前に、肩を落とす。




「戦うたびに嫌われている気がするのですが……」


「そりゃやり方が、ね」




 いちいち凄惨すぎるのだ。


 そういう魔術だから仕方ない、と言われればそれまでなのだが。




「先ほども説明いたしましたが、わたくしの魔術は振動を付加するものになります。物質の切断や内部からの破壊に特化したものでございます」


「それで固いものも簡単に切れるんだ」


「加えて、裏の世界に近い場所で暮らしてきた都合上、あまり人の命を奪うことに葛藤がございません。それがリージェの目には恐ろしく見えてしまうのでしょう」




 自分で説明しながら、肩を落として落ち込むイナギ。


 確かに殺し方は凄惨だが、仕草には人間味があるため、余計にちぐはぐに見える。




「ですが現実として、相手がこちらの命を奪う勢いで攻撃を仕掛けてくる以上、こちらも殺意で応えるしかないのでございます」




 同時に、己の考えは間違いではないという確信も持っているようだ。


 リージェもそれに一定の理解は示しているらしく、




「……わかって、ます。あの人が、危ない人だったってことは」




 言葉につまりながら、そう答えた。


 するとふいに、イナギはドロセアに目を向け問う。




「ドロセア、この街には他にも簒奪者がいるのでしょうか?」




 ドロセアが右目で街を注意深く観察すると、普通の住民に紛れて、異様に高い魔力を持つ存在が数名存在するのが見えた。




「ここからは遠いけど――五人かな、それらしき魔力の反応は」


「そんなにいるの?」


「住民たちのこの怯え方、街の広さを考えると、さっきの一人だけで全員をここまで恐怖のどん底に陥れることはできないだろうからね。私たちが王都を出てまだ一日だよ?」


「複数人での犯行は確定でございますね」




 ドロセアの足止めだけが目的だとすると、街全体を暴力で支配するのはやり過ぎのようにも思える。




(何で急にこんな人数の簒奪者が出てきたの?)




 疑問の答えを探しながら、彼女はイナギに殺害された簒奪者の血痕に目を向けた。




(あの人……リージェの血を使ってる。あの血を摂取しても、魔物化せずに簒奪者になれたってこと? しかもそれが――五人も)




 人工的な簒奪者の量産。


 魔力量が増大しても魔物化しない人間を見分けられるのなら、それも可能だ。


 リージェはドロセアの手元にいるが、リージェの血のストックはまだ簒奪者側に残っているはず。


 王都でエルクに薬をばらまかせたのがデータを収集するためだとしたら、彼らの計画は次のフェーズに移ったのかもしれない。




「リージェが辛いのなら、お二人は街の外で待っているのもよろしいかと」


「一人でやるつもり?」


「それで敵ではないと証明できるのであれば。相手は簒奪者と言っても、その膨大な魔力の使用にはまだ慣れていないようですので、一人でも相手はできるでしょう」




 イナギの言う通り、先ほどの魔術師は明らかに過剰な魔力に溺れていた。


 ゆえにド派手で強力な魔術は使っていたが、効率化の末に人間の殺傷に特化したイナギの魔術にあっさり敗北したのである。


 残りの五人も薬物により生み出された急拵えの簒奪者だとしたら、彼女一人でも勝機はあるだろう。


 もっとも、すでに一人死んでいる。


 その結果が残り五人に警戒心を与えているのだとしたら、そううまくはいかないだろうが。




「……わたしは」




 リージェはきゅっと拳を握り、震える声で言った。




「もう、人を殺してしまったんですよね」




 力の暴走により死んだ暗殺者を思い、唇を噛む。


 あまりに優しすぎる。


 けれど人殺しというのは、本来それぐらいの葛藤が生まれるものだ。


 イナギのみならず、ドロセアも感覚が麻痺しているだけで、リージェの方がまっとうな反応なのである。




「わかってるんです。殺さなきゃ、殺されるんだって。人殺しはいけないことですけどっ、でも……お姉ちゃんがそうしたのは、わたしといっしょにいるためで。わたしもそうしないと、お姉ちゃんとまた離れ離れになってしまうから……」


「無理はしないで」




 リージェを抱き寄せるドロセア。


 するとリージェは決意を込めた声で告げる。




「無理、します」


「私のためにって思いながらだと、辛いだけだよ」




 だからドロセアは、過去にこう言った。


 リージェのためではない、自分の幸せのために殺すのだと。


 どうやら彼女もその言葉を覚えていたようで、




「……わたしにとってもお姉ちゃんは必要で。お姉ちゃんといっしょにいる時間が、わたしにとっての唯一の幸せだから」




 そうやって、まるで自分を納得させるように、ゆっくりと話す。




「わたしも、やります。わたしの幸せのために」




 ドロセアの死を聞いた途端、簡単に命を捨てるのがリージェだ。


 ドロセアと同じぐらい、あるいはそれ以上に強い想いを胸に秘めている。


 少しの覚悟さえあれば、踏み出せてしまうのだろう。


 同じ気持ちを持つからこそ理解できるドロセアは、果たしてそれが正しいことなのか、自分でも答えが出せないままリージェを胸に抱き寄せた。


 そんな二人のやり取りを、なぜか悲しげな表情で見つめるイナギ。




「……」


「何、その生ぬるい視線」


「羨ましいと思っただけでございます」




 その声に込められた感情は明らかにそれだけではなかったが、個人的なことなのでドロセアは追及する気にもならなかった。




「話がまとまったようですので、進みましょう」




 そして三人は馬車を街の入り口に置いて、通りを前進する。




「リージェ、無理はしないでね。今回は後ろで治療に専念してくれればいいから」


「それだけでいいんですか?」


「いきなり人を殺せなんて言えないよ。まずは戦いに慣れていこう」


「わかりましたっ」


「私がいつも近くにいるってこと、忘れないでね。一人で抱えないように」




 覚悟を決めたリージェを、過剰に心配するドロセア。


 するとリージェが突然「ふふっ」と笑顔を見せる。




「な、何か面白いことあった?」


「頼りがいのあるお姉ちゃんだな、と思って。わたしが眠ってる間に、本当にかっこよくなってます」




 そう言って頬を赤らめるリージェ。


 皮肉や茶化しではなく、本気で思っているようだ。




「そう言ってもらえるなら、戦ってきた甲斐があった」




 ドロセアもまた、心からそう思う。


 だがそんな甘い空気を打ち消すように、殺気が急接近してきた。




「近づいてきた……前方に一人と左手の高い建物の裏に一人」


「左はお任せください」




 左の敵は隠れてこちらに仕掛けるつもりのようだ。


 先手を打つべく、イナギがそちらに向かう。




「わたしは前に行く、リージェは自分の身を守るのを最優先にして!」


「はいっ!」




 相手はまだドロセアたちがこちらに気づいていない、と思っていたのだろう。


 慌てて魔術を発動させる。


 浮かび上がる巨大な赤い魔法陣。


 そこから現れたのは、周囲に熱を撒き散らす巨大な火球。




「まるで太陽――」




 空中に浮かぶ熱の塊は、その温度を容赦なく周囲に撒き散らす。


 すでに触れていない建物の屋根が燃え始めていた。


 なおも熱量は増大しつづけ、火球は風船のように膨張していく。




「まさか街ごと焼き尽くすつもり!? させないッ!」




 ドロセアは脚部のみに一瞬だけ守護者(ガーディアン)を纏い、跳躍。


 魔術を完成させたおかげか、以前のように大きすぎる力に振り回されて、肉体を破壊されるようなことはもう無い。


 相変わらず魔力消費量が多いために多用はできないが、今や守護者はドロセアの戦術の中核を担う重要な魔術となっていた。


 彼女は急加速しながら火球に突っ込みつつ、前方にシールドを展開する。




「おぉおおおおおおおッ!」




 そのまま火の中に突っ込み、ど真ん中から魔術の分解を行う。


 瞬く間に解かれ、消えてゆく偽の太陽。


 ドロセアは変換した魔力を背中に浮かべ、地表で驚く敵の姿を視認した。




「奪った熱量を――そのままお前にぶつけるッ!」




 奪った魔力で風の魔力を発動させ、地上に向け急降下するドロセア。


 彼女は握った剣に赤の術式を浮かび上がらせた。


 そのまま敵の脳天に叩きつける。


 一刀両断。


 加えて、天を貫く火柱が生じ、簒奪者の死体を焼き尽くす。


 その場に残ったのはわずかな灰のみであった。


 なおも戦いは終わらない。


 魔力の気配は、左右から迫っていた。




「挟み撃ちか」




 動こうとしたドロセア。


 だが足元に何かが絡みつき、身動きが取れない。




「木の根っこ? 大地の魔術か」




 根は一気に成長し、ドロセアの全身を絡め取る。


 拘束というよりは、そのまま握り潰して殺害するつもりのようだ。


 だが魔術である以上、シールドによる分解は避けられない。


 すぐに木の根は消滅し、ドロセアの魔力に変換されたが――直後、彼女の視界は闇に包まれた。


 ちょうどドロセアの周辺だけを、闇の霧が覆ったのだ。




(目潰しと木の根で時間稼ぎをしようとしてるの? いや、何だか肌がぬめっとする……まさか、私の体が溶けてる!?)




 それはただの霧ではない。


 中に存在する物体を溶解する、危険な霧である。




(動きを封じて溶かし殺すつもりだったんだ、けどシールドで対応すれば、むしろ常に魔力を得られるボーナスステージになる)




 闇の魔術に適応したシールドを発動させることで、溶解魔術は無効化された。




(まあちょっと溶けたから肌はヒリヒリするけど……ってあれ? 急に治りだした?)




 敵は五人だった。


 新手が何か仕掛けてきたのかと思ったが、どうやらそいつはイナギと戦っているらしい。


 つまりこれは攻撃ではなく――回復。




(ありがと、リージェ。この距離で回復魔術を使うなんて、やっぱりS級はすごいなぁ)




 ちょっと肌の表面が溶けただけなのに、リージェからは半身吹っ飛んだ人間が一瞬で再生するぐらいの魔力が送られてきている。


 魔力の調整も教えなきゃな……と考える余裕も見せつつ、ドロセアは闇の霧から脱出した。


 そして奪った魔力で加速して、地面を滑るように移動。


 一瞬で木の根を生み出していた魔術師に肉薄する。


 目の前に敵が現れ、とっさに束ねた樹木で身を守る男。


 対するドロセアは右腕にだけ守護者を纏うと、握った巨大な剣を相手に叩きつけた。


 ズドォンッ! と街全体を揺らすような轟音が鳴り響く。


 魔術師は木ごと両断され、刃と地面がぶつかった際の衝撃波で死体は弾け飛んだ。


 すかさずドロセアは駆け出し、今度は闇の魔術師を追う。


 相手は怖気づいたのか、背中を見せて逃げ出していた。




「ひ、ひぃっ、来るなっ! 殺さないでくれえぇっ!」


「殺さないよ」




 魔術師を軽く追い越したドロセアは、コピーした闇の魔術で彼の足首を溶かした。


 そして転んだ男の目の前でしゃがみこみ、髪を掴む。




「一人は生かしておかないと、尋問できないからね」




 すると戦闘を終えたイナギが隣にやってきた。




「お手伝いさせてもらいますよ、拷問は経験がございますので」




 脅すように、悪魔のような笑みでそう言い放つイナギ。


 すると、二人に駆け寄ってきたリージェがそれを聞いてしまったようで、




「ご、拷問……」




 頬を引きつらせながら怯えていた。


 肩を落とすイナギ。




「……また嫌われてしまいましたね」


「自業自得だよ」




 実際、隣で聞いていたドロセアも怖かった。


 拷問の経験があるというのも嘘ではないのだろう。


 なにせ、ドロセアにもあるぐらいなのだから。




 ◇◇◇




「いやあ爽快だねえ。エレインご自慢の簒奪者たちが一網打尽にされるとは!」




 エレインの拠点でドロセアたちの戦いを見守るマヴェリカ。


 簒奪者たちを一蹴する光景に、笑いが止まらない様子である。




「驚いたわ、あそこまで急激に強くなれるなんて」




 これっぽっちも驚いていない様子でエレインは言う。




「仲間割れも想定外だったんだろう?」


「イナギは最初から仲間ではないわ、アンターテも彼女のストーカー気質にはうんざりしてたようだし。ほら」




 エレインの魔術により映し出される光景が変わる。


 そこにはドロセアたちが戦う街のどこかから、その様子を観察するアンターテとカルマーロの姿があった。




『どうしてあの女がドロセアの味方を。どこまでも、わたしから大切なものを奪っていく!』




 彼女は簒奪者が死んだことより、イナギがドロセアと手を組んだことに憤っているらしい。




「当然の話だけれど、自然発生した簒奪者全員が私たちの思想に賛同してくれるわけじゃないのよ」




 ため息混じりにエレインはそう語る。




「だから人工的に簒奪者を生み出す手段が必要だったってわけかい」


「それは副産物だわ。どうせ、全ての人類を魔物に変えるつもりだったんだから。そのために私は肉体を捨てたのよ?」




 当たり前のように彼女がそう語ると、露骨にマヴェリカの機嫌が悪くなった。




「あら、気分が悪そうね。あの日のことでも思い出した?」


「一度たりとも忘れたことなんてない」




 目を細め、過去の悪夢を想起するマヴェリカ。




「あたしたちの人生が全て壊れた日だ」


「私の人生が始まった日よ」


「あんたは幻覚を見続けてる、人間は神になんざなれやしないのさ」


「神になんてなったつもりはないわ、私は賢者だもの」


「呼び方なんてどうでもいい、お仲間はそうは思ってないんじゃないのかい」




 マヴェリカは、無言で後ろに立つガアムに視線を向けながら言った。




「神の如き所業をお望みなんだよ、信奉者たちは」




 ◇◇◇




 ドロセアたちの戦闘が終わると、マヴェリカはエレインの研究室を離れた。


 彼女は現在、勝手にこの屋敷の部屋を自室代わりに使っているのだ。


 いつの間に持ち込んだのか、部屋には研究に使えそうな魔術関連の道具まで置いてある。


 そんな部屋に入ろうとすると、廊下の奥からガアムが現れた。


 執事服を纏う彼は、表情を変えずに口を開く。




「俺はお前が嫌いだ」


「喋れたのかい、意外だったよ」




 茶化すようなマヴェリカの言葉にも耳を貸さず、自分の感情だけを一方的に伝える。




「お前がいると、エレイン様はまるで人間のような顔をする」


「それはよかった。じゃあこの調子でエレインを口説き落として人間に戻せたら、二人で駆け落ちでもするかねえ。世界のことなんて放り投げて、愛に生きて――」




 すると、ガアムの表情がわずかに怒りに歪んだ。


 彼は一瞬でマヴェリカに迫ると、その拳を顔面に叩きつける。


 マヴェリカの頭部は弾け跳び、脳を失った肉体は背後に倒れた。


 魔女の血が廊下を汚す。


 ガアムは赤く汚れた拳をだらんと垂らして、無言で死体を見つめた。


 そんな彼のいる廊下に、キィキィという車輪の音が鳴る。


 背後からエレインが現れたのだ。




「騒がしいわね、何をしているの」




 呆れた声色の彼女がそう尋ねると、ガアムは正直に答えた。




「あいつを殺した。あれがいると、計画の邪魔になる」


「落ち着きなさい、ガアム。彼女が何の用意もせずにここに来たと思う?」




 エレインがガアムをそう諌めた直後、屋敷の玄関が開く音がした。


 入ってきたのはマヴェリカだ。


 彼女は急な雨に振られたぐらいの、ちょっとしたハプニングに襲われたような様子で二人の前にやってくる。




「いやあ、執事にしては乱暴だねえ。けどよかった、あんたが感情のない人形じゃないってことを知れて」




 笑顔すら浮かべながら、エレインの横を通り過ぎるマヴェリカ。


 しかしガアムの横で立ち止まり、ぽんと肩に手を置いて耳元で囁く。




「今の激情、実に人間らしい反応だったよ」




 そしてくすくすと笑って、自室へと戻っていった。


 ガアムは無言で拳を握りしめ、血を滴らせる。




「とうにこの建物の周囲には、数えきれないほどの彼女の肉体の“スペア”が配備されているはずよ」




 いくら殺しても、マヴェリカはここに戻ってくるだろう。


 見つかってしまえば、逃げられない。


 それが魔女の恐ろしさ。


 それを語りながら、エレインはこう付け加えた。




「それに、今さら私が人に戻ると思う?」


「では、なぜ彼女を招き入れたんだ」


「計画に利用するためよ」




 あくまでマヴェリカは道具。


 ここに来ることもあらかじめわかっていた。


 そう語る主の言葉に、ガアムはなおも納得できない。




「……」


「不安がる姿は可愛いけれど、あなたにはもう少し落ち着きが必要かもしれないわね」




 そう言い残し、エレインの車椅子はその場を離れていった。


 遠ざかる背中が見えなくなったところで、ガアムは悔しさを滲ませながら、言葉を絞り出す。




「俺は見てきた。誰よりも近くで、あんたの顔を」




 この感情は信仰なのか。


 それとも――




「知ってるあんたが、知らない顔をしてるんだよ……!」




 答えを見つけられないまま、男は一人、女たちの間で苦しむ。




 ◇◇◇




 一方その頃、王都にあるアンタムの屋敷には、ジンが呼び出されていた。


 お疲れ顔の彼を前に、アンタムは申し訳無さそうに口を開く。




「呼び出してごめんねー、忙しいんでしょ?」


「ドロセアを逃した方面で厄介な事件が起きているようだ。信頼できる商人に任せたのだが、失敗だったかもしれん」




 騒動の一部は、諜報部隊の手により王都まですでに伝わっている。


 まだ簒奪者の仕業という話までは届いていないようだが、薄々彼らの手によるものだろうという予想は付いていた。




「権力の切れ目が縁の切れ目ーってやつぅ? 金にがめついやつはそのあたりの嗅覚もきくからね」


「情けない話だよ、早急に追加の支援を考えなければ」




 一つ情報が漏れてしまえば、あとはなし崩し的に他も漏れる。


 ドロセアに渡した逃走ルートのメモも、もう無駄になってしまった。


 あのときはあまり時間が無かったため、完成度が低いのも無理はないのだが、それでもジンは悔やんでいる。




「まあまあ、愚痴はそれぐらいにしといて」


「すまんな、何か話したいことがあるんだろう?」


「ちょーっと気になることがあってさ。ほら、マヴェリカさんの体のスペアが見つかった事件あったじゃん? あれ気になることがあってさー」




 スペアの存在だけでもショッキングだったが、まだあの出来事には何らかの秘密が隠されているらしい。




「マヴェリカさんが死ねば、スペアの肉体に命が宿るんだろう?」


「あー、うん、それはそーなんだけど、あそこの地下で見つかったスペアの肉体の何体かが、わざわざ別の場所に保管してあったんだよね」


「それが何か問題なのか?」


「分けてあるのなーんか怪しいなぁと思って調べてみたら、全員肉体の作りが違ったの」


「どういうことだ」


「他はマヴェリカさんの血から作ったホムンクルスって言えばいいのかな、基本的にはマヴェリカさんの体のコピーだった」


「死んだ場合に移るのだから、それはそうだろうな」


「けどそっちの肉体は、見た目こそマヴェリカさんだったけど、内臓の作りとか、血液のパターンとかが別人のものだったワケ」


「誰か他の人間のスペア……ということか」


「そーなると思うんだケド」


「誰に似せているのかはわかったのか」


「いーや、調べてはみたんだけどね。少なくともあーしを含めた王族、騎士団長とは違った」


「ドロセアはどうだ」


「彼女のデータはうちら持ってないケド、違うんじゃないかなー」


「言い切れる理由は?」


「マヴェリカさんのスペアは、彼女の持つ魔力保有量に耐えうる肉体の作りをしてた。そして今回見つかった別人のスペアは、さらにそれ以上の魔力に耐えられるよう試行錯誤した形跡があったんだよねー」


「マヴェリカさんよりも強い魔術師のためにスペアを作っていた……可能性として考えられるのは、リージェだが」


「聖女に関しては、例の薬のおかげで血液のデータだけは手元にある。それとスペアの心臓あたり示し合わせると、どーもそれも違うみたいなんだよね」




 王族でも騎士団長でもなく、ドロセアやリージェも無関係。


 ならばマヴェリカは、一体誰のためにそのスペアを作っていたというのか。


 アンタムとジンがどれだけ考えても、それらしき人物は浮かんでこない。




「一体誰のスペアなんだ。わざわざマヴェリカさんの外見にしていたということは、スペアを作っていることを隠蔽したい……つまり知られたくない相手ということになる」




 味方ではあるが、何を考えているのかわからないのがマヴェリカだ。


 お人好しなのは間違いない。


 だが同時に、己の目的のためなら残酷になれる冷淡さも持ち合わせている。




「あの人の本当の目的って、何なんだろーね」




 魔女はなぜ魔女になったのか。


 それを知るものは誰もいない。


 神や賢者でさえも。




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