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032 優しくない世界

 



「お、おはようございます」


「うん、おはよう……」




 ドロセアとリージェの間に何があったわけでもないのに、なぜだか起きた途端に恥じらう二人。


 ベッドの上で正座をして向き合う二人は、最初こそ目も合わせられなかったが、少し落ち着いてくると見つけあってお互いにはにかみ笑った。


 そんな朝。


 二年近く、二人が求め続けていた朝。


 逃避行の最中、とても平和とは言えない状況だが、彼女たちは幸せで仕方がなかった。




 ◇◇◇




 身支度を済ませて建物を出る。


 今回はリージェもローブを纏い、自らの足で歩くことにした。


 だがドロセアは過保護なまでに彼女を心配していた。


 なにせ年単位で眠っていたのだ、筋肉がすっかり落ちてしまい、本来なら歩くことすら難しいはず――だが意外にも、リージェの両脚はしっかりと動いている。


 抱きしめた限りでは、必要以上に肉も落ちていない。


 並んで街道を歩きながら、ドロセアは考える。




(ただ昏睡状態を維持するだけだと、肉体は衰弱していくはず。教会もリージェの健康状態には気を遣っていたのかな。それとも――)




 彼女の左目には、自分の手を握り上機嫌に歩く親友の姿が見える。


 一方で右目には、その肉体に満ち満ちる膨大な量の魔力が見えていた。




(……普通、この魔力の量を人間が宿せば魔物化してしまう。けどリージェは人の姿を保っていて、それはつまり……簒奪者(オーバーライター)と同じ状態にあるということ)




 誰かに言われるまでもなく、ドロセアはリージェがどういう状態なのか理解している。


 二度ほど遭遇したアンターテの口ぶりからして、彼女たちは自分が簒奪者であることにプライドのようなものを抱いているようだ。


 それに選ばれるのは栄誉であり、否定されるのは屈辱だと。


 つまり、彼女たちがリージェを勧誘しようとする可能性があるということ。




(私がいる限り、そんなのさせないし、リージェも応じるわけないけど)




 じっとリージェを見つめていると、彼女は心配そうにドロセアの顔を覗き込んだ。




「お姉ちゃん、眉間にしわが寄ってますよ。悩み事ですか?」


「私、そんな顔してた? ごめん、せっかくリージェと一緒にいるのに」


「謝らないでください、ただの旅行じゃないってことはわたしもわかってます。あまり実感は無いですけど、危険な旅なんですから、たぶんお姉ちゃんみたいに深刻に考える方が正しいんですよね」


「でもさ、世界がどうとか国がどうとか、私は本当にどうでもいいんだ。そんなもののために時間を使うなんてもったいない、リージェと二人の時間を楽しむことに集中したいな」


「わたしだってそうですよ、お姉ちゃんさえいてくれたらそれだけでいいんですっ」


「なんで邪魔するんだろうね、放っておいてくれれば私の方から何かすることはないのに」


「力なんて……必要なかったんです」




 ドロセアが悪いとか、リージェが悪いとか、そんな理屈はどこにもない。


 結局のところ、全ての元凶はリージェに宿った“力”にある。


 人々は彼女の聖女としての力を求め、ドロセアだけがリージェという個を求めるから、噛み合わない。




「お父様がおかしくなってしまったのも、わたしに力があったせいでしょうから」


「……」




 ドロセアは何も言えない。


 どんな理由があろうとも、リージェの父であるカーパが彼女を教会に売ったのは、明らかに地位や名誉、あるいは金のためだったから。


 力が、親子の情を歪めてしまった。


 暗くなってしまった雰囲気を察したのは、リージェは慌てて話題を変える。




「お姉ちゃんはご両親と会えてますか?」


「村を出てからは会ってないよ。でも月に一回は手紙を送ってる、だから生きてるってことは伝わってるんじゃないかな」


「そう……なんですね」


「寂しがってるだろうね。本当はすぐにでも会いに行きたいんだけど」


「おじさんとおばさんに、わたしも会いたいです。誰も追いかけてこなくなったら……」




 結局のところ、全てはそこに帰結する。


 しかも困ったことに、何をどうすればこの状況を打破できるのか、ドロセアにもさっぱりわからないのである。


 今できることは、ひとまずリージェと二人で王都から距離を取ること、ただそれだけ。


 もやもやとした感情を抱きながら、歩くこと数時間。


 二人は次の村に到着する。




「土の匂いに畑の景色、素敵な村ですね」


「私たちの故郷と同じぐらいの大きさかな。けどちょっと開けてるかも、森の匂いはしないね」


「ああ、それで空気が違ったんですね。同じ農村でもそんな違いがあるなんて」




 ジンから貰ったメモによると、ここには彼の知人の商人がいるそうだ。


 その人物の所有する馬車に乗り、次の街へと向かうことになっていた。


 周到に用意されていたのか、話はスムーズに進み、二人は昼食を終えたあとすぐに馬車に乗ることができた。


 とはいえ、想像していたものとは少し違った。


 二人は荷物と一緒に荷車に詰め込まれたのである。


 狭いスペースで窮屈な思いをしながら、半ば抱き合うように座るドロセアとリージェ。


 石の道を往く馬車はガタガタと大きく揺れ、決して快適と言える旅ではなかったが、彼女たちの顔には笑顔が浮かんでいた。




「懐かしいですね、この感じ」


「リージェもあのこと思い出してたんだ」


「ええ、あんなにお父様に怒られたのは一度だけですから」


「遊びで荷車に隠れてたら、そのまま出発しちゃうんだもんね。あのときは私も驚いたよ」


「けど不思議と怖くなかったんですよ。お姉ちゃんと一緒なら、どこにだって行ける気がしたんです」


「私も」




 ドロセアはリージェの体を抱き寄せ、その頭を撫でた。


 目を細め、体を預けるリージェ。


 ガタガタとうるさい荷車の中だというのに、互いの存在だけを感じ、穏やかな時間を過ごす二人。


 しかしドロセアは、時折馬車の前後を見ては険しい表情を浮かべていた。




「また、何か気になるんですか?」




 それを何度か繰り返した頃、リージェがおずおずと尋ねる。




「一つは過敏になりすぎてるのかもしれない。けどもう一つは、間違いなく厄介事が起きてる」


「それは、どちらから聞いたほうがいいのでしょうか」


「二つめの方はまだ距離があるから後にして、まずは小さな不安から行ってみようか」




 そう語るドロセアが目を向けたのは、前方で鞭を握り馬を操る御者であった。




「この馬車は、ジンさんという方の紹介で乗れたんですよね」


「まあ、ジンさんは強いし顔も広いから、そういうこともあるんだろうけど……あの人、妙に魔力が高いんだよね」


「元騎士、なんでしょうか」


「低く見積もってもB級魔術師以上、なのに両手には手袋を付けて紋章を見えないようにしてる。気にならない?」


「確かに、訳ありな雰囲気はあります。怪しい……かもしれません」


「直に聞いてみるかなぁ」


「大丈夫ですか?」


「この距離なら豹変されても対応はできるから」




 小声での相談を終えると、ドロセアは御者に声をかける。




「すいません、お尋ねしたいことがあるんですが!」


「なんだい、お嬢ちゃん!」




 受け答えにわずかだがガラの悪さを感じる。




「身のこなしを見て、あなたが只者ではないと感じたんですが、馬車に乗る前は何をされてたのかなって」




 すると御者は破顔してこう答えた。




「ははは、んなこと言われたのは久々だよ。そうさ、五年ぐらい前までは王都で冒険者やってたんだ。あんたらジンさんの知り合いなんだろ? あの人とも現場で一緒になったことがあるよ」


「何かあって引退されたんですね」


「遠征してるときに腕を毒でやられちまってね、運が悪いことに治療してくれる聖職者も同行していない。結果として対処が送れちまって、後遺症が残ったのさ」


「それは災難でしたね」


「だろう? で、冒険者の頃に世話になってた商人のおっさんに雇ってもらったってわけさ」


「元冒険者には刺激の少ない仕事じゃないですか?」


「最初はそう感じてたが、今はこういうのんびりとした仕事も悪かねえと思ってるよ」




 受け答えは自然そのものだ。




「お姉ちゃんの考え過ぎだったかもしれませんね」


「みたいだね」




 ドロセアが照れくさそうに苦笑いすると、リージェはくすりと笑う。


 疑問が解けたところで、ドロセアは続けて御者に声をかけた。




「私たち、実は訳ありなんですよ」


「ああ、聞いてるよ」


「なので何かあったときは全力で逃げてくださいね、私たちのことはお構いなく」


「不吉なこと言うなよ。ここは開けた街道だ、そうそう山賊なんて出やしねえよ」


「もしものことがあったときのため、ですよ。元冒険者なら私たちを助けようとしそうなので」


「言っとくが、今でも俺は結構強いぞ?」


「ジンさんに勝てますか?」


「そりゃ無理だ」


「じゃあ逃げた方がいいと思います。万が一のときは、ですが」


「……ほんとに不吉な警告だな。わかったよ、言う通りにしてやる」




 会話を聞きながら、リージェは首を傾げた。




「それって何か危険が迫ってるってことですか?」


「うん……後ろの方からね。この馬車を誰かがつけてる」




 村を出てしばらく経つが、街道の左手には深い森がある。


 その中に紛れるように、“魔力の塊”が追いかけてきていた。




「もう尾行されてるなんて……そこまでして私たちのことを……」


「しかもタチの悪いことに、相当な使い手なんだよね。魔力量だけを見ればS級か、あるいはそれ以上」


「それ以上?」


「簒奪者ってこと」




 あるいは、とは言ったが――おそらく間違いなく、追跡しているのは簒奪者だ。


 しかもアンターテやカルマーロとは魔力の形状が微妙に違う。


 あの二人ではない新手である。




「ど、どうしたら……」


「ただ不思議なことに、一定の距離を取ったまま近づいてこようとしないんだよね。奇襲をかけるならタイミングはいくらでもあったはずなのに」


「観察が目当てなんでしょうか」


「だったら御者さんを戦いに巻き込まないで済むから安心なんだけど」




 そのまま追跡者は一定の距離を保ったまま、一時間が経過した。


 ドロセアとリージェは抱き合っているが、空気は張り詰めている。


 と、そのときはドロセアは新たな変化に気づいた。




「森の中に待ち伏せ……!?」


「また増えたんですかっ?」


「……この感じは。御者さん、馬車を止めてくださいっ!」


「何だい急に、そんなこと言われたって――」


「敵です! 左前方に六人、魔術師が待ち伏せてます!」


「なんだってぇ!?」




 慌てて馬を止める御者。


 すると気づかれたことを知った襲撃者たちが、痺れを切らして飛び出してくる。


 それはD級からB級魔術師で構成された冒険者のグループだった。


 と言っても、見るからに人相が悪く、王都で言うとエルクとつるんでいるようなチンピラだったが。


 おそらく非合法な裏の依頼を受けて、ドロセアとリージェを捕縛しにきたのだろう。


 一番気になるのは、なぜ彼らがそのルートを知っていたか――だが。




「バレちまったからにはしょうがねえ、一気にやっちまえッ!」




 まずはその前に、襲撃者を一掃する必要があった。


 御者は逃げろと言われていたのに、「この野郎……!」とナイフを取り出し抵抗しようとしている。




「リージェ、ここでじっとしてて」


「大丈夫なの、お姉ちゃん」




 戦場の空気にあてられてか、リージェの顔は青ざめ不安そうだ。


 ドロセアは腕にしがみついた彼女の手を優しくほどき、頭を撫でて微笑んだ。


 大丈夫――表情でそう伝えると、馬車の前に飛び出す。




「いくら強かろうがガキ一人だ、一斉にかかれば負けるわけねえ! 食らえぇぇッ!」




 冒険者たちは、ドロセアに向け一斉に魔術を放った。


 炎、氷、水、岩、風、光――様々な属性の魔術は、彼女の展開したシールドに触れた瞬間に消滅する。




「んなっ!? 俺たちの魔術がっ!」




 彼らの魔術は分解され、魔力粒子となった。


 ドロセアはシールドの剣を作り出し、右手に握る。


 剣の刃には術式が浮かび上がり、その中には先ほど分解して得た魔力が巡っていた。




「仕事は選んだほうがいいよ」




 ドロセアはその場から一歩も動かず剣を振るう。


 目にも留まらぬ斬撃は、斬撃そのものに風の魔術をまとうことでさらに加速し、達人でも反応不可能な領域まで達していた。




「ぐああぁぁあああっ!」




 冒険者たちはほぼ同時に胴体を切りつけられ、血の飛沫を撒き散らす。


 倒れ、苦しむ彼らに「ふん」と軽蔑の眼を向けながら剣を収めるドロセア。


 そして馬車に戻ろうと振り返ったところで――新たな気配を感じた。


 彼女の視線は空に向けられる。




「上からの奇襲ッ!?」




 そう、新手の冒険者がさらに四人、空中から落下してきたのだ。


 中にはA級魔術師の姿も見える。


 おそらくその男が風の魔術を使い、高い場所で待機していたのだろう。


 距離があったこと、そして他の気配に惑わされたこともあり、ドロセアも気づくのが遅れてしまった。


 着地点は馬車の背後、つまり荷車で縮こまるリージェの近く。


 まずドロセアとリージェを引き離し、そして片方だけど拉致する――そういった作戦なのだろう。


 もっとも、冒険者たちの動きは常人の領域。


 着地から荷車に乗り込み、リージェに手を伸ばすより早くドロセアがそこに到着する。


 そのつもりで地面を蹴るドロセアだったが――




(……そっちまで来るの!?)




 今まで一定の距離を保っていた簒奪者らしき気配が急接近してくる。


 異様な速さだ、魔術で強化したドロセアよりも速い。


 一瞬で馬車付近まで到着したその女は、長い黒髪を風に揺らしながら、腰に提げた剣を握る。




「助太刀いたしますッ!」




 凛々しい声でそう告げると、鞘から陽に煌めく銀刃が引き抜かれる。


 その刀身はドロセアが用いる片刃剣よりも細く、長く、そしてわずかに湾曲していた。




「誰だか知らねえが邪魔すんじゃねえッ!」




 最も近い位置にいる冒険者が、槍による刺突を放つ。


 すると女の姿が消え、次の瞬間には冒険者の背後に立っていた。


 一瞬の出来事ではあったが、ドロセアの目は捉えていた。




(今――斬った、の?)




 わずかに間を置いて、男の――いや、男たち(・・)の体が腹部のあたりから横にずれる。




「お、おあ……あ、ああぁぁああああああっ!」




 野太い断末魔の悲鳴が響き、どちゃりと上半身だけが地面に落ちた。


 残った下半身は、断面からぶしゅっと血を吐き出しながら、少し遅れて地面に倒れる。


 その光景を目の当たりにしたリージェは、ガタガタと震え、恐怖していた。




「ひ、ひっ……人が……」




 そんな彼女にすぐさま駆け寄ろうとしたドロセアだったが、それより先に御者が動いていた。


 彼は懐からナイフを取り出すと、リージェの首に突き立てる。




「いやぁぁああっ!」


「黙れ、騒ぐと殺すぞ」




 先ほどとは別人のように冷めた口調で、リージェを脅す御者。


 彼はじりじりと移動し、荷車を降りた。


 ドロセアは剣を構えながら、彼を睨みつける。




「ずいぶんと設定(・・)を作り込んだんだね」


「それぐらいは基本だ」




 そんな二人のやり取りに、黒髪の女が割り込む。




「あなたも幼い少女の命を狙うのですか」


「お前は何者だ」


「大人の男が寄ってたかって年端も行かぬ少女を狙う。見るに耐えなかったので、割り込むことにした、通りすがりの剣士でございます」


「ふん……誰であろうと、下手に動けばこの娘の首が飛ぶことに変わりはない」


「首が飛ぶのはあなたじゃないの」


「何……?」




 リージェを人質に取られた状態だが、ドロセアはさほど焦っていない。


 もちろん怒ってはいるが、御者がリージェを殺せないという確信を持っていた。




「あんたはジンさんの知り合いである御者に成り代わってた、そんな変装技術を持つのは正しき選択(ジェンティアナ)の暗殺者しかない」


「そうだ、俺たちは標的を必ず殺す」


「つまり依頼主は簒奪者か国王。彼らがリージェを殺せだなんて言うわけないよね」


「近づくな、殺すと言っている」


「殺せば任務失敗どころじゃ済まない、組織自体吹き飛ぶんじゃない? ご愁傷さまだね、暗殺のエキスパートなのに拉致なんて請け負うからこうなるんだよ」


「挑発には乗らん」


「乗ろうが乗るまいが結果は同じ。選びなよ、私に殺されるか、任務失敗して自害するか」


「この女を殺すという選択肢が――」


「私の方が速い」


「くっ……!」




 ここで暗殺者が言葉に詰まるのは、ドロセアの方が実力が上だと認めてしまっているからだ。


 おそらく冒険者たちの襲撃のどさくさに紛れて、リージェをさらって逃げるつもりだったのだろう。


 つまり、ドロセアの戦力を甘く見すぎていた。


 その時点で作戦の失敗は決まっているようなもので、裏の世界で生きる暗殺者にとって、この規模の失敗はイコールで死を意味する。


 詰んでいる。


 かといって、プライドがこのまま逃げて終わることを許さない。




「ひ、あ……ああ、死ぬ……人が、死んでっ、死に……おね、ちゃんも、殺し……? あ、あぁ、わたし、わたしのせい、でっ」




 一方で、人質に取られたリージェの視線は、馬車の後方で死んだ冒険者たちに向けられていた。


 いや、正確にはまだ死んではいない。


 倒れた下半身から溢れる血液。


 腸を引きずりながら這いずる上半身。


 その断面から血が溢れ出すごとに、その肉体からは徐々に命が失われていき、肌も青白くなり、死んでいく。


 あまりに生々しい、人の終わりの姿。




「リージェ……?」




 ドロセアもそこで異変に気づいた。




(リージェは私みたいに死体に慣れてるわけじゃない。しかもナイフまで突きつけられて、ショックが大きすぎるんだ!)




 彼女は錯乱状態にある。


 その感情に合わせるように、体内の魔力の動きが活発になっていく。


 一種の暴走状態である。




「間に合えぇぇええっ!」




 今のリージェに近づけば、何が起きるかわからない。


 しかしドロセアの体は勝手に前に進んでいた。


 暗殺者の両腕を切り落とし、体を蹴飛ばしてから、リージェの体を抱き寄せる。




「あ、あぁあ、いやぁぁぁぁああああああッ!」




 次の瞬間、その肉体を中心として光が爆ぜた。


 周囲は閃光に包まれ、リージェの背中から放たれた魔力の奔流は――暗殺者を蒸発させ、さらにはその先にあった森を焼き尽くした。


 数百メートルの距離に渡って、光に焼かれ灰となった木々。


 その形は、まるで天使の羽のようでもあった。




「づうぅぅ……さすがに、全部は防げない、か……」




 至近距離で光を浴びたドロセアの肌は焼けただれ、鈍い痛みが全身を覆う。


 一番ひどいのは背中に回していた左腕で、完全に肉が溶けて骨がむき出しになっていた。


 シールドで防いでこれである。


 だが魔力の暴走の影響でリージェも無傷ではない、体の各部に火傷を負っている。


 ドロセアが止めに入らなければ、傷はもっと深かっただろう。


 それを抑止できただけでもほっとする。


 しかし思うように力が入らないドロセアは、朦朧とするリージェと共に地面に倒れ込んだ。


 するとそんな二人に、例の簒奪者と思しき黒髪の女が歩み寄る。


 彼女はしゃがみ込むと、胸元から軟膏らしきものを取り出すと、ドロセアに応急処置を施しはじめた。




「回復魔術の心得が無いゆえに、このような気休めしかできないことを許してほしい」




 黙々と治療を行う女を見ながら、ドロセアは痛みにぼやける意識で愚痴る。




(平和な旅にはならないと思ってたけど、いきなり色々起きすぎだって……)




 自分はリージェと二人で暮らせたらそれだけで十分なのに。


 そんな些細な願いを許してくれない世界を、か細いため息とともに嘆くドロセアであった。




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