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028 岐路

 



 ぼやけた夢を見ている。


 意識が浮上する途中なのだろう、この体は眠りから覚めようとしているのだ。


 夢の景色は次第に鮮明になり、目の前に現れたのは――髭面のおっさんだった。


 サージスは口から血を吐き出しながら、悔しげに呟く。




『神は……いつも残酷だな……』




 己の死を悟っているのだろう。


 肉体から失われていく体温、すなわち命。


 それが尽きる前に、彼は最後の力を振り絞って呼びかける。




『貴様には、いささか信仰というものが足りん。しかし悔しいが、組織を運営する、能力そのものは……私より優れていると、認める、しか……ぐふっ……』




 さらに大量の血が口から吐き出され、男の胸元を汚す。


 生ぬるい感触が、死を実感させた。


 もっとも、男自身も瓦礫に挟まれ怪我を負っており、このまま放置されれば死ぬ可能性が高いのだが。




『信仰は……人の心を、救う。神の実在など……どうでも、よいのだ。人々の、寄る辺として……行き場無き人の心の、居場所として……教会、は……が、ぁ……っ』




 何を託すつもりだ、やめてくれ。


 男はそう願った。


 しかしサージスはおそらく、それが呪いであると知った上で、押し付けようとしている。




『貴様の、ような……有能な、男なら……できるだろう。貴様自身の欲を満たしつつ、人々を救うことも……また……』




 死ぬなとは言わない。


 だが人に押し付けておいて満足気に笑いながら死ぬな。


 そう祈るが、残念なことに男は声を出すことができなかった。




『頼んだ、ぞ……ゾラニーグ……お前、なら……』




 ◇◇◇




 静かに目を覚ます。


 窓から差し込む光が鬱陶しくて、ゾラニーグは手で顔を覆った。




「過剰評価が過ぎる。私は自分のことしか考えていないクズなんですがねぇ……」




 そこはどこかのお屋敷のベッドの上。


 どうやら、アンターテにより押しつぶされたゾラニーグは救助され、ここに運び込まれたようだ。




「うわ、ちょうど起きたし」




 すると、なぜか部屋で本を読んでいたアンタムが彼に歩み寄る。




「どーよ調子は」


「王魔騎士団……」


「そ、どこの派閥にも属してないからって、ドロセアついで(・・・)にあんたまでうちに運びこまれて来たのよ」


「そうですか……ところで、あれから何日経ちましたか」


「一日。ひどい怪我だったからもっと長期戦になると思ったけど、想像より早く目が覚めてよかった」


「当たりどころがよかったんでしょう。しかしドロセアという少女が生きているということは、あの鎧に勝ったのですね」


「そりゃあもう見事にね」


「末恐ろしい話だ。どうやら私の想像よりも遥かに強力な魔術師らしい」


「あの子、そのくせ無等級なんだよ? やばいよねー」


「馬鹿な……! 無等級であれだけの力を!?」




 思わず声を荒らげるゾラニーグだったが、すぐに目眩を感じ頭を押さえる。




「く、視界が……!」


「無理しないほうがいいって、病み上がりなんだしさ」


「そ、そのよう、です。はぁ……しかし、テニュスが敗北したということは、聖女も彼女の手に渡ったわけですね」


「そーそー、それそれ。あんたの身を匿ったのは、あのリージェって子を目覚めさせる方法を聞くためなワケ」




 ゾラニーグはその問いに答えるべく上体を起こそうとするが、全身に走る痛みで動きを止める。




「だから無茶しないほーがいいって」


「起き上がれば、多少は頭痛がマシになるかと思ったんですが」


「あんた、全身ぺしゃんこで瀕死状態だったんだよ? 生きてるだけでミラクル」


「彼は……」


「彼?」


「サージスは、どうなったのですか」


「死んだよ」




 わかりきっていたことではあるが――改めて聞くと、ずしりと心が重くなる。


 死を悼んでいるのではない。


 背負わされたものを、突き返すことができないからだ。




「あんたに覆いかぶさるように死んでたって。やっぱあれかばってたワケ?」


「でしょうね。まったく、余計なことを」


「意外だね。あーし、あんたらのことバチバチに敵対してると思ってた」


「してましたよ。ですがカインが僕を切り捨てたので、共通の敵ができたんです」


「それだけでかばう?」


「信仰心とやらがそうさせたのでしょう」


「あー、目の前に困ってる人がいると放っておけないタイプ?」




 言い表すにはあまりに軽すぎる言葉だったが、まさにアンタムの言う通りなのだろう。


 ゾラニーグにとってはいけ好かない男だったが、しかし人間性で言えば間違いなく彼の方が上だった。




「……って話それたし。んで、リージェちゃんの目覚めさせ方は?」


「どこまで調べはついているんですか」


「昏睡の魔術がかかってることはわかった」


「少々回りくどい術式だったはずですが、見つけましたか。さすが王魔騎士団ですね」


「やっぱめんどっちい魔術じゃん、どーりで解除できないと思った」


「それだけですか?」


「薬の方も調べはついてる。でもそっちの方はあーしからっきしでさ。といっても永遠に仮死状態にする薬なんてないと思うから、そっちは放っておけば目ぇ覚ますのかなって」


「ご明察です。薬の方は一週間に一度投与を行っていました。じきに切れるでしょう」


「んで問題は最後の一個なんだけど――」


「“結界”ですか」


「あ、やっぱそーゆーやつ?」




 こちらも予想はついていたようで、アンタムは困り顔でそう言った。




「何らかの魔術がリージェちゃんの脳に干渉してるのはわかったんだけどね。研究所の施設に連れてけば詳しく調べられたんだけど、そういうわけにもいかなくてさー」


「術式は王都を囲むように設置してあります、王都の中にいる限り彼女は目を覚ましません」


「いくらかけたのその魔術」


「幸い、資金は潤沢にありましたから。カイン王子さまさまというわけです」


「ったく、甘い顔して悪い王子だねえ。あ、今は王様か。んでも、さっきの説明から察するに、王都から出ちゃえば解けるわけだ」


「その通りです。あの大規模な術式は、位置を固定しているからこそできるものですから」




 地形や天候など、自然の要素を取り入れることで効力を高めた魔術。


 魔術が精霊に呼びかけて行使されるものだからこそ、そういった手法も成立する。




「いやに厳重だね」


「当然でしょう。彼女は、簒奪者(オーバーライター)なのですから」




 アンタムは眉をひそめた。




「……聖女が?」




 彼女もジンから一通りの事情は聞いている。


 先日、空中で侵略者(プレデター)の化物と戦っていたのが簒奪者であるということも。




「本来なら魔物化するはずの魔力量を保有しながら、魔物化せずに人としての姿と理性を保った存在――それが簒奪者の定義だそうですよ。だとすると、彼女は簒奪者そのものでしょう。実際、アンターテたちも仲間扱いしていたようですからね」


「簒奪者って、てっきり組織とか宗教の名前なのかと思ってた」


「その認識でも間違いではありませんね、リージェは目覚めても自分を簒奪者とは自称しないでしょうからね」




 その名を名乗る時点で、自分はエレインの信奉者だと自白しているに等しい。




「そんなとんでもモンスターに逆らわれるとまずいから、念には念をで幾重にも意識を奪ってたってワケね」


「ご理解いただけましたか」


「うん、いただいた。そーゆーことなら、ジンに報告してきますかねー」




 用事を済ませ、早々に部屋を出ようとするアンタム。


 そんな彼女をゾラニーグは「待ってください」と呼び止めた。


 アンタムは足を止め、振り返る。




「私をどうするつもりです?」


「どーもこーも無いよ。オーサマと敵対してるみたいだし、王都の混乱に乗じて暗殺されたりしたら厄介でしょ? だから一時的に匿ってくれってクロドのやつに頼まれただけ」




 サージス亡き今、教会は教皇フォーンに権力が集中した状態にある。


 しかし彼の同世代の友人である国王サイオンが病死したことからもわかるように、フォーンも高齢であり、いつまで健康でいられるかはわからない。


 組織を引っ張ることができるゾラニーグまでも失われるのは、王国の情勢の安定を考えると避けたかったのだ。




「では、傷が治れば解放すると?」


「捕らえてるつもりないからさ、出ていきたいなら好きにしたらー?」




 そう言って、アンタムは手をひらひらと振って退室した。


 残されたゾラニーグはため息をつき、天井を見上げる。


 思い浮かぶのは、サージスの死の間際の姿。




「私は国王のみならず、ドロセアという怪物の恨みまで買っています。逃げてどこかの田舎で平穏に暮らすのが正しい選択なんでしょう……」




 ゾラニーグはクズで外道ではあるが、ここで逃げ出せるほど無責任でもなかった。


 その翌朝、アンタムが様子を見に行くと部屋はもぬけの殻だった。




 ◇◇◇




「納得いかねー」


「ワタシは捕まらなくてよかったって安心してます」




 同じく戦いの翌日、テニュスとラパーパは王牙騎士団の宿舎にいた。


 彼女が目を覚ましたのも今日のことである。


 戦いのあと――真っ先にテニュスの元に駆けつけたのはラパーパだった。




『あたしを一人にしないでくれ』




 そう嘆く彼女を抱きしめれば孤独は消える――そんな簡単な話ではない。


 テニュスの元に向かう最中のラパーパは、『弱ったところにつけ込んでやる』ぐらいの気持ちだったのだが、悲嘆に暮れる彼女を見てそんな下心は即座に失せた。


 そして彼女は、両断されたレプリアンのコクピットに乗り込むと、何も言わずにただ隣に座っていた。


 テニュスがようやくラパーパに目を向ける頃には、十分以上が経っていた。




『ドロセアから頼まれたのか?』


『頼まれましたけど、請け負ったつもりはありません。ワタシがここにいるのは、テニュス様のことが好きだからデス』


『こんだけ時間が経ってんのに、誰もあたしを捕まえにこねぇ。ビビってんだよ、どいつもこいつも』


『それは……まあ、強すぎて怖かったデスから』


『なんでお前は来たんだ。たった一度、あたしに助けられただけだろ』


『説明できません。恋ってそんなものデス』


『……ああ、そういや、そうだったな』




 思い出して、また傷ついて、涙を流す。


 テニュスは膝を抱えると、目を伏せて再び黙り込んだ。


 ラパーパはただただ隣にいた。


 それだけでも少しは孤独が和らぐなら――なんて綺麗事を言うつもりはない。


 言葉が浮かばなかった。


 どうすればいいのかわからなかった。


 失恋した彼女の前で、自分の無力さに打ちひしがれていた。


 理由なんてそんなものだ。


 けれどそのあと、王国軍の人間がテニュスを拘束した際、一緒にいた怪しい人間だということで共に連行され、結果としてこうして一緒の部屋で過ごせているのだから――何もやらないよりは、きっと良かったんだろう。




「昨日、お前もあたしのこと怖いって言ってたよな」


「鎧のことデスよね。あんなの誰が見たって怖いと感じると思いますよ」


「今のあたし見て、その怖さとか思い出さねえのか?」




 至極真剣に問いかけるテニュス。


 ……が、ラパーパの頬がなぜか赤らむ。




「なんで恥ずかしがってんだよ」


「その怖さも、かっこよさの一部というか。感情をむき出しにするテニュス様も、素敵だな……と思ったん、デス」




 テニュスは呆れ顔で「はぁ」とため息をついた。




「そんな反応することないじゃないですか! 好きってそういうことですよね!?」


「そりゃあ……そうかもしれないけどよお。あたしの気分的な問題というか」


「一日や二日で癒える傷じゃないことは理解してます。ワタシみたいな部外者が近くにいたって、癒やしになんてならないことも」


「そこまで言ってねえよ」


「じゃあワタシと会話して癒やされてマス?」


「ああ、どんくらいかはわかんねえけど救われてるよ。ありがと」




 力ない笑みだったが――不意打ちの“ありがと”に、ラパーパはハートを撃ち抜かれる。


 ぼっと顔が赤くなり、慌てて視線をそらした。




「あたし、赤くなるようなことしたか?」


「ワタシもこんなに破壊力があるとは思ってなかったんデス!」




 なんとか顔を元に戻そうと、両頬をもにゅもにゅと揉むラパーパだったが効果はなかった。




「確かにテニュス様の言う通り、ワタシなんて一度助けてもらっただけで、まともに会話もしたことなくて……言ってしまえば、ただのファンなのかな、なんて思ってたんデス」


「あたしもそ~思ってた」


「けど、こうやってドキドキするってことは、どうやらワタシが思っていた以上に、ワタシはテニュス様に本気らしいデス」




 本気――その言葉を聞いて、テニュスの表情が曇る。




「……そうかよ、すまないな」




 腹の奥底から泥を吐き出すように、苦しそうに彼女は言った。




「失恋の辛さはわかってる。思い知ったよ。けど、あたしはお前の気持ちに応えられるかはわかんねえ」


「なんで謝るんですか! 勝手に恋をしたのはワタシの方デス!」


「できるだけ、誰も傷つけたくないって思うんだ」




 震える声。


 あんな傷つけ合いは、二度としたくない。


 友達と思える相手ならなおさらだ。


 今はただ、それだけを願う。




「あんまり気を遣わないでください。ワタシがお世話をするのも、つきまとうのも、ぜーんぶワタシの欲望でやってることなんですから」


「欲望って……お前なぁ」




 こんなときでも私欲を隠そうとしないラパーパは、実に聖職者らしくない。


 だが変に会話が重苦しくならないのは、テニュスとしては助かる。




「ラパーパ、だったよな」


「はい!」


「あんた、聖職者なんだろ? あたしの体も治してくれたって聞いてる」


「治しました、全身くまなく!」


「不穏な言葉が聞こえたが今は目をつぶってやる。けどよ、あたしはこれからどうなるかわかんねえ身だ、下手すりゃ処刑だってあり得る。そんな女に付いてきていいのかよ」


「覚悟はしてます」




 淀みなくそう言い切る。


 本気だと、そう言った直後だからこそ、それも嘘ではないとテニュスは感じた。




「それに処刑はありえないって聞いてます」


「なんで断言できんだ。あんだけ暴れたんだ、死者だって出ただろ」


「昨日、カイン王の演説があったんデス。そこでテニュス様は侵略者(プレデター)という“外敵”に操られた被害者ということになりました」


「ぷれ……? なんだよ、それ」


「そこから先はこのスィーゼが華麗に説明しよう」




 バァンッ! と扉が勢いよく開いた。


 そこから現れたのは、前髪をふぁさっと書き上げる王牙騎士団団長、スィーゼだった。




「ノックしろよ……」


「ノックなど無くとも扉越しに感じただろう? このスィーゼの美しさを」


「……変わんねえなお前は」


「変な人、デス」




 ラパーパはすでに顔を合わせていたが、改めて変人だと実感する。




「プレなんとかの説明の前に、聞かせろスィーゼ」


「何かな。美の秘訣かい?」


「神導騎士団の他の連中はどうなった? 無事なのか?」




 テニュスがずっと不安だったのは、そこだ。


 簒奪者の魔術で操られていたのは彼女だけでない、神導騎士団に入れられた騎士全員なのだから。


 するとスィーゼはふっとほほえみ、答えた。




「神導騎士団は一旦解散したよ。と言っても、枠組み自体は残る――騎士団を手放したくないという教会側の要望を飲んだ結果さ」


「そのあとは?」


「現在は休暇という形で、半ば強制的に王魔騎士団の所有する施設に収容されている。かけられている感情制御の魔術がかなり強烈だったそうで、解除には時間がかかるそうだ」




 ドロセアなら一瞬で解除できるはずだ。


 しかしそうしないということは、彼女はすでに王都にいないのだろう――テニュスはそう理解した。


 同時に、ひとまず魔術が解除される方向に進んでいると知ってほっとする。




「しかし時間の問題と言える。魔術が解除され次第、王牙騎士団に復帰することになるだろう」


「王牙に?」


「神導騎士団に戻りたがるわけがない。あっちは教会の連中が独自に団員を集めることになるんじゃないかな」


「再編には時間がかかりそうだな」




 騎士もいなければ、指導者もいない。


 ノウハウのない教会が人材を集めたところで、素人ばかりの烏合の衆になりかねない。


 数年後はどうなるかわからないが、ひとまず現状は実質的に消滅状態だと考えてもいいだろう。




「それで、ここからが本題の侵略者についてだけど――」




 続けて、スィーゼはカインの演説内容をテニュスに語った。


 ――現在、この世界には危機が迫っているのだという。


 本来ならば百年後に来るはずだった災厄が、前倒しになって迫っている。


 先日、王都で暴れたあの化物はその尖兵である。


 これまでは教会と協力して秘密裏に対処を行っていたが、もはやそれでは抑えきれなくなった。


 ゆえに今後は王国軍全体で対応にあたり、対抗できるだけの戦力を整えていく。


 敵の名は侵略者(プレデター)


 彼らは――




「空の彼方から(きた)る大いなる災厄……?」




 スィーゼの口にした言葉を繰り返し、首を傾げるテニュス。


 彼女の隣にいるラパーパも同じ反応だった。




「わけわかんないデス」


「スィーゼたちも同感なんだよね。正直、シワすらも美しいこの脳でさえもピンとこない」


「けどそれに備えて大幅な軍備補強を行うってことは、カインのやつはんなもんが来るっていう確信を持ってるわけだ」


「簒奪者から何らかの情報を得ているんだろうね」


「だったら簒奪者を呼んできて話させるべきデス!」


「ラパーパに全面同意だ」


「はは……まあ、軍備補強に関しては、各騎士団に対し予算増額や権限の強化を行うことで、他の騎士団長が国王の謀略の犠牲になった件――つまりテニュスの一件に対する不満を飲み込ませる、という意味合いもあるみたいだよ」




 その話を聞いて、テニュスは露骨に不機嫌になる。




「じゃあ結局、あたしはお咎めなしってことなのかよ」


「そうなる。まあ、無職にはなったけれど」




 神導騎士団が解散したということは、テニュスも団長を解任されたということ。


 本当に彼女は無職になってしまったのだ。


 だがテニュスに、団長という職に対する未練はない。


 今はただ、自分が罰されなかったという事実に肩を落とすだけ。




「罰してほしかったのかい」


「罪悪感なんて消し飛ぶぐらい、牢獄で拷問でもして苦しめてほしかった」




 そのまま死んでも構わない――そう言わんばかりのテニュスの言葉に、ラパーパは猛反発する。




「悪いのはカインや簒奪者デス! テニュス様は悪くありませんっ!」


「それでもやったのはあたしだろ?」


「記憶が残っている以上、本人はそういう感覚になってしまうだろうね」


「そんなの間違って――ふもっ!?」




 突如として、スィーゼが手でラパーパの口を塞いだ。


 ただし目が見えていないため、かなり大雑把に顔を全体を塞ぐような形になっているが。




「らんへふぁえぎるんデス?」


「言ったって意味がないからさ」


「もふ、ぷはっ! あります! 言葉は時に治癒魔術より人を癒やすものデス!」


「そのどちらもスィーゼの美しさには敵わないかな」


「何の話をしてるんデス!?」


「ひとまず君はこっちに来たまえ」


「ちょ、ちょっと離してください!」




 強引に手を惹かれ、スィーゼとラパーパは部屋を出ていく。


 いつもなら呆れ顔でスィーゼを見送るテニュスは、じっと床を見つめて暗い表情を浮かべていた。


 二人が廊下に出て扉が閉じると、ようやくラパーパは解放される。




「何なんデス、まったく!」


「今のテニュスは自罰的になっている」


「そんなのは見たらわかります」


「これはそれなりに付き合いの長いスィーゼからの可憐なアドバイスだよ。あんなことがあった翌日だからね、テニュスはまだ気持ちの整理がついていない」


「当たり前、デスね」


「今日、明日ぐらいまではさっきみたいに感情をあらわにするのではなく、少し落ち着いて声をかけた方がいい」


「そ、そうなんデス……か?」


「君みたいな変に明るい人間は、これまで彼女の周囲にはいなかったタイプだ」


「変人に言われたくないデス……」


「けど拒んでいないということは、嫌いでは無いんだろう。心に少し余裕が出てくれば、彼女の方から欲するはずさ。要するに、胃もたれしたときに重いものは食べたくない、みたいな感じかな」


「もしかしてこれは……テニュス様の傷口に漬け込むためのアドバイスです?」


「そうだけど?」


「悪い人デス! 変人なのに! 変人な上に!」


「ははははっ、ライバルを蹴落とすのは当然だろう? テニュスが君とくんずほぐれつの仲になれば、団長はよりスィーゼのことを見てくれるだろうからねえ!」


「想像よりも邪悪な人でした……」




 実際のところ、テニュスはドロセアに夢中になっていたので、ジンからはとっくに手を引いていたのだが。




「そういうわけだから、テニュスのことを支えてやっておくれ。軟禁はおそらく長期間に渡る。退屈は心を蝕む毒だ、君はその解毒剤というわけだね」


「その間、スィーゼさんは何を?」


「スィーゼは療養中の団員の面倒を見るので忙しいんだ。アドバイスとは言ったけど、君に託すしかないというのが正直なところさ」


「だったら最初からそう言ってほしかったんですけど」


「スィーゼの声を多く聞けて嬉しかったろう? じゃあ頼んだよ、くれぐれもこの美麗なるスィーゼに惚れて鞍替えはせぬよう!」




 はっはっは――高らかな笑い声を響かせながら、立ち去るスィーゼ。




「あの人、いい人で悪い人で……やっぱり変人デス」




 呆れ顔でその後ろ姿を見送ると、ラパーパはテニュスの部屋に戻った。




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[一言] スィーゼの華麗なる存在感やべえっす
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