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025 責任の取り方

 



 ドロセアとテニュスの操るレプリアンの戦闘は続く。


 一方で戴冠式が行われる予定の大聖堂は、突如として始まった戦闘に混乱を極めていた。


 控室で出番を待っていた第二王子――否、国王カインは声を荒らげる。




「何が起きているんですっ! なぜ王国の剣であるはずのあの鎧が王都で暴れているのですか!」




 すると部屋の外で誰かが揉めている声が聞こえた。


 かと思えば、ドアが乱暴に開かれ部屋に白い鎧の男が入ってくる。




「陛下、今すぐにここから脱出します。護衛は我々にお任せください!」


「シルド!? なぜここに王導騎士団が――いえ、状況はどうなっているんです!」


「テニュスが聖女を拉致し、人質にドロセアと戦闘しているようです」


「そんな馬鹿な……神導騎士団が裏切ったと!?」


「いいえ――」




 シルドはカインを責めるような冷たさを込めた目つきで言った。




「テニュスの様子を近くで見た人間によれば、暴走(・・)、あるいは錯乱に近い状態だそうです」


「それはどういう……」


「人の感情は、魔術などで制御できるものではないということですよ」


「っ……」




 心当たりしかないカインは息を呑む。


 魔術による洗脳――そんな都合のいいものが本当にあるのかと、彼も疑わなかったわけではない。


 しかも相手は騎士団長級のS級魔術師だ。


 それでも簒奪者ならばやってくれるだろう、と思っていたのだがやはり“副作用”は存在したらしい。




「しかし今はそれを考えている場合ではありません。あなたが死ねばこの国にはさらなる混乱が待っている、生き延びなければなりません」


「わかっています! シルド、誘導をお願いします」


「承知いたしました。神導騎士団は私の指示の下、陛下の護衛に回ってもらう、いいな!」




 本来なら神導騎士団が不満を覚えるような状況。


 しかし彼らはギラギラとしたどす黒い感情に満ちた眼差しをしている一方で、神導騎士団という組織や立場への執着はさほど無いようだ――素直にシルドの言葉に従う。


 そんな危うい連中が国王の側近であるという事実に、シルドは危機感を覚えずにはいられなかったが、彼にも余裕は無い。


 余計なことは考えず、協力体制を取ることにした。


 部屋を飛び出し大聖堂の裏口に向かう。


 その道中、外から瓦礫が飛んできたのか建物全体が大きく揺れた。


 さらには礼拝堂の方から悲鳴まで聞こえてきた。


 カインは心配そうに礼拝堂の方へ視線を向ける。




「避難誘導はできているのですか? 礼拝堂には要人も集まっています」


「王導騎士団と協力者(・・・)を向かわせています。それに要人には個々の護衛が付いているでしょう、我々としては陛下を最優先します」


「それはそうですが……」




 仮にこの騒動の中で教皇が傷つくようなことがあれば、カインと教会の蜜月にもヒビが入りかねない。


 他国の要人も怪我をするようなことがあれば――いや、危険な状況に巻き込んでしまった時点でそれはもう手遅れだ。


 何にせよ、今後の王国の安定を考えると、非常にまずい状況にある。


 だが(まつりごと)に思考リソースを割く余裕もなく、直接的な危険がカインに迫っていた。


 テニュスの放つ飛翔する斬撃――それをドロセアが避けた流れ弾が、大聖堂に直撃したのだ。


 斬撃は衝突するだけでは済まず、建物そのものを引き裂きながら貫通していく。




「陛下、危ないッ!」




 シルドがとっさにカインを引き寄せ、横に飛ぶ。


 彼の真横で、神導騎士団の一人が真っ二つに裂けて絶命した。


 返り血がその顔を汚す。


 さらに甲高い悲鳴がどこからともなく響き渡った。


 絶命したのは一人や二人では済むまい。




「ひっ……!」




 カインは二重の意味で恐怖した。


 死の実感、そして己の責任。


 人の感情を操るということ――その反動が、間接的とはいえ彼に襲いかかる。




「怪我はありませんか、陛下」


「あ、ああ、僕は――」


「では立ってください、早く逃げましょう」


「しかし、しかしっ!」




 理想に酔っていた青年には荷が重かったか、殺戮を前に動揺を隠せないカイン。


 だがもう彼は逃げられない。


 踏み込んだ。


 己の選択によって。


 シルドは声色だけは穏やかに、しかしはっきりとした声で告げる。




「あなたは死んではならないのです、誰の命を犠牲にしても」


「それ、は……」


「国王とはそういうものですよ」




 決して責めているわけではなかった。


 だが、シルドの言葉はあまりに重く――カインの酔い(・・)は徐々に冷めつつあった。


 世界のための戦いという正義。


 正しき思想を広めるために国王になるという理想。


 そんな曖昧な精神論は、死の恐怖の前にはさほど大きな力は持たない。


 いや――人によっては、想いのために命を賭けてみせるのだろう。


 だがカインはそういった類の狂人ではなかった。


 流され、酔っていただけの、まだ若い青年なのだ。


 加えて、この状況を作り上げてしまったのは、テニュスたちの感情を踏みにじった己自身。


 正しさと後悔の両ばさみになりながらも、しかし足を止めることは許されない。




「さあ、行きますよ陛下!」




 その領域に踏み込んでしまった以上、もはや後戻りはできないのだ。


 シルドに先導されながら、カインは礼拝堂を裏口から脱出する。




 ◇◇◇




「怪我人はこちらへ! 重傷者を優先するのだ、一人の命も取りこぼすでないぞ!」




 礼拝堂から少し離れた広場では、サージスの怒鳴り声が響いていた。


 誰かを怒っているわけではない、必死に指示を出しているだけだ。


 被害は大聖堂内部にいた人間に留まらず、戴冠式を近くで見ようと集まっていた民にまで及んでいた。


 瓦礫の直撃を受け大怪我を負った者もいれば、混乱し逃げ惑う人々に巻き込まれ、踏み潰されてしまった人もいる。


 次から次へと運び込まれてくる怪我人たち。


 幸いにも大聖堂という教会の本拠地付近だったため、聖職者たちの集合は早く、被害は最小限に抑えられていると言えよう。




「この方は手遅れですね、放っておきなさい」


「しかし!」


「より多くの命を救いたいのでしょう。あなたが躊躇っているうちに誰かが死にますよ」


「く……わ、わかりました……」




 ゾラニーグもまた、指導者の一人として聖職者たちに指示を出していた。




「……私は人の命の重さを説ける立場の人間ではありませんがね」


「感傷に浸っている暇があったらお前も動かんか、ゾラニーグ!」


「言われずともやっていますよ、サージス」




 一方で彼ら自身もまた、回復魔術で怪我人たちを癒やしていく。


 建物が壁になっているため、この位置ならば瓦礫は飛んでこない。


 が、あの斬撃の威力を見ると、建物を壁にしたところで突破されるときはされてしまうだろう。




「ゾラニーグよ」


「無駄口は叩かないんじゃなかったんですか」


「これはお前の計画通りか?」


「……」




 二人並んで治療しながら、サージスはゾラニーグに追及する。


 ゾラニーグはため息混じりに答えた。




「テニュスの暴走までは、そうですね」


「つまりここまでやるつもりはなかった、と」


「想像よりも破滅的でしたね、彼女の想いは」


「無責任だぞ」


「それはあんな魔術を使った国王様におっしゃってくださいよ。私も責任を感じていないわけではありませんが」




 実際のところ、ゾラニーグはテニュスに声をかけただけだ。


 ただそれだけで暴発する時点で、いずれ彼女は暴走していただろう。




「どちらにせよ、これで国王様は追い詰められた。どう料理するかはあなた方次第ですよ、サージスさん」


「ふん……大勢の犠牲者が出た、無駄になどできるものか」




 憤慨するサージスを前に、ゾラニーグは苦笑する。


 真面目すぎる人だ――そう思っているのだろう。


 一方で、そういうあり方が主流派の人間の心を掴むのだろう、と学ぶべきところもある。


 もっとも、ゾラニーグの小賢しさは魂まで染み付いているものなので、そうそう変わることはできないが。




「ところで教皇猊下はどこにいらっしゃるのですか」


「すでに避難しておられる。どさくさに紛れて暗殺されたのではたまったものではないからな」


「確かに、他国からの人間も多く来ている時期ですからね。工作員が紛れ込むにはうってつけだ。しかしこのタイミングで猊下が亡くなられた場合、次に教皇になるのはあなた――」


「魔術で口を溶かして塞がれたいのか」


「おっと、口が滑りましたねえ。自発的に塞ぐのでご勘弁を」




 肩をすくめるゾラニーグ。


 サージスは、彼のそういう部分が好きになれなかった。


 だが今は目の前の怪我人の治療が最優先だ。


 悲鳴が飛び交う王都の中心で、黙々と魔術を行使し続ける。


 すると、聖職者の一人がゾラニーグに声をかけた。




「ゾラニーグ様、あちらで呼んでいる方がいます!」


「誰ですか、こんなときに!」




 彼は顔をあげた。


 その目に写ったのは――




簒奪者(オーバーライター)……!」




 銀髪の少女。


 氷の簒奪者、アンターテであった。


 彼女は瞳に怒りを宿し、静かにゾラニーグに向けて手を伸ばす。


 おそらくそこから銃弾のような氷塊が放たれ、彼の頭を弾き飛ばすのだろう。


 反応は間に合わない。すでに魔力は集束している――




「危ないッ!」




 そのとき、ゾラニーグの腕を引いたのはサージスだった。


 傾いた体の真横を氷が通り過ぎ、そして奥にあった建物の壁に衝突する。


 氷と同時に壁が砕け、爆発にも似た音が響き渡った。


 反射的に誰かが「きゃあぁぁあっ!」と叫び、連鎖して混乱が広がっていく。




「あれが簒奪者か」




 サージスはゾラニーグのつぶやきを聞いていたらしい。


 問われた彼は無言でうなずくと、慌てて立ち上がる。




「私は逃げます、恨まれる心当たりがある」


「待てっ!」




 駆け出すゾラニーグ。


 サージスもその背中を追った。


 一方で一撃で仕留めそこねたアンターテは、人の壁に遮られ、思うように前に進めないでいた。




「一時的に王都から撤退したと思っていたんですがね」




 路地に入りながら、ゾラニーグはそう愚痴った。




「なぜ狙われる、カイン王子の命令を受けたのか?」


「もっと単純な話ですよ。テニュスを操ったのは彼女の仲間ですから、それを利用されたのが気に食わなかったんでしょう」


「逆恨みだな」


「まったくです。というかサージスさん、巻き込まれる必要はなかったんですよ?」


「簒奪者の情報は少しでも得ておきたいからな」


「命がけだというのに、あなたは真面目すぎる」


「貴様がふざけすぎているだけ――」




 そのとき、背後に殺気を感じたサージスはとっさに物陰に隠れた。


 ゾラニーグもほぼ同時に動く。


 すると今度は銃弾のように生ぬるくない――砲撃とも呼ぶべき巨大な氷塊が、地面をえぐりながら通路のど真ん中を通過していった。


 少女は立ち止まると、静かに、しかし怒りの籠もった声で言い放つ。




「前から気に食わない男だとは思っていた」




 するとゾラニーグは声だけで答える。




「気が合いますね、私もあなたが苦手でした」


「カインとの接点ができた時点でお前は用済み。始末しておくべきだった」


「いやあ、大きなミステイクですね。しかし後悔は人を成長させます、前向きに捉えましょう」


「生意気――」




 サージスは声は出さず、表情だけで『余計な挑発はするな!』と主張するが、ゾラニーグはへらへら笑うだけだ。


 そんな彼は手のひらに光を集束させる。




「死ね」




 アンターテが手のひらを前にかざそうとした瞬間、ゾラニーグの光が投げ放たれる。




「く、眩しい……!」




 ただの目潰し――数秒の時間稼ぎのうちに、彼とサージスは路地を更に前に進む。




「逃さない」




 視界が戻るより前に、追跡を再開するアンターテ。


 だが光が消えると、そこに二人の姿は無かった。




「……どこかに隠れた? でもさっきと違って気配は無い」




 周囲を探ると、微妙に色の違う怪しげな壁を発見する。




「隠し通路……地の利を活かされた。小賢しい」




 苛立つ少女はギリッと歯ぎしりをする。




 ◇◇◇




 隠し扉を使い逃げ切ったサージスとゾラニーグは、薄暗く狭い道を前に進んでいた。




「こんな道があったとは知りませんでしたよ」


「てっきり知っていてあの路地を逃げ道に選んだと思っていたがな。昔、このあたりに住んでいた富豪が不正取引に使うために使っていた通路だ」


「私と気が合いそうな富豪ですね。だから今も残っていたんでしょうか」


「だとすると末路は捕縛されて拷問の末に獄中死だな」




 少しだけ心に余裕が出てきたのか、二人の会話も饒舌になる。




「この先はどこに繋がっているんです」


「王都の外だ」


「隠れ家の類ではないのですね、外は安心はできません」


「この通路にしばらく身を潜めた方がいいのかもしれんな。あれだけ堂々と表に出て暴れたのだ、今後は王都で行動しにくくなる」




 侵略者(プレデター)と戦ったときはあくまで味方扱いだった。


 王都の民も、レプリアン同様に王国の秘密兵器だと認識していたのだ。


 だが今回は明確に害意を持って行動している。




「おそらくは、しばらく王都で活動するつもりがないからこその大胆な動きなのでしょう」


「だとすると――」


「なんです?」


「より思い切った手段を使わないとも限らんと思ってな」




 ◇◇◇




 そのとき、王都の上空には巨大な氷の塊が浮かんでいた。


 王都の民がみな空を見上げ、指をさすほど目立っている。


 その真下には、路地に立つ少女が一人。




「屋内に隠れたのなら都合がいい、どうせもう王都には用は無い」




 幸いなことに、騒ぎのおかげでみな避難しているため、周囲の建物にはほぼ人の気配が無い。


 もっとも、簒奪者たる彼女は人の命を奪うことに抵抗があるわけではなく――ただ、できるだけ“餌”を減らすなと仲間やエレインから忠告されているだけだ。




「袋小路で圧死しろ」




 怒りに声を震わせながら、ゆっくりと天にかざした手を下ろす。


 それに合わせて、空中に浮かび上がった氷は落下し――サージスとゾラニーグが身を潜める隠し通路を、建物ごと押しつぶした。




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