024-4
王魔騎士団の研究所は、王立魔術研究所のすぐ隣にある。
一応、別組織の施設ということにはなっているが、実質的な一つの研究所と言えるだろう。
互いに研究成果の共有を行いつつ、競争により技術を高め合うのだ。
一方で、お互いに共有していないトップシークレットの研究もある。
王魔騎士団のレプリアンは、まさにそのうちの一つと言えよう。
研究所に向かう道中、ドロセアは足元の揺れを感じた。
間に合わなかったか――とは思わなかった。
むしろ、対峙するには理想的なロケーションだと思った。
戴冠式を行うために周囲の通りには人の姿が無い。
ここならば、あの巨大な鎧相手でもある程度は被害を抑えることができるはずだ。
問題は、ドロセアがあの“力”を受け止められるか、だが――
「来る」
足を止めたドロセアの前方数十メートル先で地面が爆ぜた。
今までで最も大きな揺れが起き、轟音が戴冠式の準備が行われる大聖堂にまで響き渡る。
瓦礫が空高く舞い上がり、2メートルほどの岩塊が彼女の真横を通り過ぎ地面に衝突した。
ドロセアは動じず、真っ直ぐに目の前で立ち上る砂煙を見据える。
幕の向こうで、影が動く。
ゲートを拳で破壊した悪魔が、地獄から這い出るように現れ、立ち上がる。
流れる風に流され煙が消えると、そこに黒い騎士が立っていた。
見上げるほど大きな体躯に、ドロセア二人分よりも長い剣をガリガリと引きずりながら、前進する。
ずぅん、と足裏が大地を揺らし、石畳を砕く。
そして剣の間合いの一歩手前で歩みを止め、剣を肩に担ぐと、
『よお』
とテニュスは一言だけ声を発した。
ドロセアは顔を見上げ、睨みつけながら敵意をむき出しにして尋ねる。
「リージェはどこ?」
『中の空間に寝かせてある。レプリアンとの同調を切ればいつだってあたしが触れれる場所にな』
「無事なんだ」
『ああ、だが――』
テニュスは彼女らしくない、湿っぽく薄暗い声で言う。
『今から無事じゃなくなる』
さらに彼女はこう続けて言った。
『そうすればドロセアは永遠にあたしだけを見てくれるだろ?』
ドロセアはうつむき、軽くため息をついた。
そして呆れ顔で言い返す。
「私はリージェ以外を愛さないよ」
彼女を知る人物なら誰もが理解している現実を、改めて。
テニュスも知っているはずだとは思っていたが、しかし万が一にでも洗脳の影響で忘れているといけないから。
すると彼女は苛立たしげに声を荒らげた。
『知ってるよッ! だってあたしが愛したドロセアは、“リージェを愛するドロセア”なんだから!』
同時にレプリアンも前のめりになり、ガゴンッとさらに地面が砕けつま先が沈んだ。
『わかってるんだ……お前の“全て”の根幹にリージェがいるってことは。だから……愛し合えないならせめて……』
涙に震える声。
レプリアンは泣かないし表情も変わらないが、不思議と悲しみを肌で感じ取ることができた。
『あたしを憎んでくれよ。そうしたら、あたしの気持ちも少しは救われる』
かといって慰めようとは思えない。
この状況でドロセアがテニュスを慰めたとしても、何の意味も無いからだ。
だから淡々と、彼女の取った行動の無意味さを語るだけ。
「テニュスは大きな勘違いをしてるよ。リージェのいない世界なんて私にとっては無価値なの。もしこの場でテニュスがリージェを殺すなら、私は迷いなく死ぬよ」
テニュスの息遣いがわずかに乱れる。
それもまた、彼女が理解している事実だったはずだ。
だが、こうして面と向かって言われるとショックを隠せない――そんなところだろう。
「その後のことなんて知ったこっちゃない。言っておくけど脅しなんかじゃないから、もしテニュスが私に死んでほしいっていうなら別だけどね」
『じゃあ、あたしはどうしたらいいんだよ』
「諦めて」
『諦められないからこんなことしてるんだろうがッ!』
剣を握っていない左腕を振り払いながら、テニュスはそう強弁した。
ゴォウ! と強烈な風が吹きすさび、近くに植えられていた街路樹がなぎ倒される。
そんな中、涼しい顔をして立っているドロセアを前に、テニュスは失望したように肩を落とす。
『わかったよ……そうか、結局こうするしかないんだな……』
「戦いで勝って屈服させる?」
『いいや――』
そして仄暗い決意を宿し顔をあげると、
「お前の四肢を落として飼育する。あたしだけしか見えないように固定して、ずっと一緒に過ごすんだ」
歪んだ愛情の籠もった剣を、その巨体からは想像できぬ素早さで振り下ろし、叩きつけた。
見て動いたのでは間に合わない。
ドロセアは殺気を感じた瞬間に大きく横に飛んだ。
だが、それでも生じた空気の断層は彼女のシールドを引き裂いたし、飛び散る瓦礫はさながら散弾銃のような威力を持っている。
万が一にでもシールド無しで受けたら、掠めただけで即死するような代物だ。
『避けたって無意味なんだよッ!』
そして二の太刀を驚くべき速さで繰り出す。
避けても無意味――それは何の比喩でもなく、一撃目を避けたところで、防御の体勢が整う前に二撃目が来るので本当に意味が無いのだ。
事実、ドロセアの体はまだ空中にある。
その不安定な姿勢の中、巨大な刃が彼女の眼前に迫る。
すると突如として、ドロセアは地面に引き寄せられるように垂直に落下した。
斬撃は不発に終わる。
(自分の体に攻撃して強引に避けやがった! ジンみたいなことしやがってッ!)
それはジンが時折使う緊急回避の魔術――風の衝撃波を自分の体に当てることで、空中で90度の方向転換を行うという人間離れした荒業だった。
当然、魔術の直撃を食らうわけだから苦痛はあるし、その強引な方向転換の反動も大きい。
また、使う場所によっては今のドロセアのように地面に激突する可能性もあり危険なのだが、彼女はシールドを使うことで激突を免れていた。
しかし、だ。
斬撃の余波はドロセアの前方シールドを引き裂き、肩口や足に浅い傷を残す。
そう、避けられたところで無傷ではいられないのだ。
そして彼女は横に転がり、腕の力で飛び上がって体勢を持ち直すも、レプリアンによる三撃目はその直後に彼女を襲った。
『剣聖を越えた剣。レプリアンによってあたしは“剣神”に至ったッ! ドロセア、お前がどうあってもたどり着けない領域だ!』
防御不能。
回避は無意味。
ドロセアに打つ手はないように思えた。
だが彼女は、それを避けようとはしない。
右腕に意識を集中。
守護者を発動。
同時にその腕鎧にふさわしい巨大な剣を握り、“迎撃”する。
「ぐ、うおぉぉおおおおおッ!」
二本の巨刃が衝突し、ゴオォウッ! と激しい衝撃波が吹きすさぶ。
必殺の一撃であるはずのテニュスの剣は、生身のドロセアに止められた。
『んな馬鹿なことあるはずが……』
テニュスはその光景を夢かと思った。
力の大きさは、振るっている本人が一番よくわかる。
レプリアンを通して放つ剣術は、テニュス本人でも生身では絶対に受け止められない、常識外の一撃だ。
S級魔術師のシールドを紙のように引き裂く。
簒奪者であっても例外ではない。
それほどまでに極まった斬撃を、ドロセアは生身で受け止めてみせたのだ。
そこでテニュスは気づく。
ドロセアの腕に浮かび上がる、白い鎧を。
『その腕、レプリアンと同じもの……はは、そうか、そういうことかよ』
テニュス自身、レプリアンとは何なのか、アンタムの説明を聞いても納得はできていなかった。
だが強大な力を手に入れられるのなら、と細かい説明不足に関しては目をつぶっていたのだ。
しかしその答えが目の前にある。
『あたし、これに乗ったとき妙に気持ちが落ち着いたんだ。そして今は高揚してる。そうか、そういうことなんだな、あたしはずっと、ドロセアの中にいたんだな!』
ドロセアこそが“オリジナル”であるという事実に、テニュスはさらに高揚した。
レプリアン内部で見開いた目を血走らせながら、無我夢中で剣を振るう。
『一緒だ! ドロセアと一緒になって戦ってる!』
剣聖らしからぬ、“技無き”無邪気な連撃がドロセアを襲う。
彼女は守護者の右腕で剣を握り、そして守護者の左腕で刃を支えながら、頭上から叩き込まれるその攻撃を受け止め続けた。
衝突のたびに周囲の地形が吹き飛んでいく。
ドロセア自身も頭をぶん殴られたような強烈な衝撃を感じ、もちろん両腕も無事では済まない。
テニュスが剣をぶつけるたび、ブチッと何かが切れる感触がある。
ぐしゃっと骨も砕けている。
目に見える範囲では、鎧の内側の肌は内出血によって濃い青紫色に変色していた。
『ドロセアと一緒になってドロセアを叩き潰すなんて、ははっ、わけわかんねえけど目の前チカチカして幸せぇぇええっ!』
「ぐ、があぁっ、ふうぅ、くうぅぅううっ!」
少女に似合わない低いうめき声で喉を震わすドロセア。
歯を食いしばり踏ん張るその姿は、必死に痛みに耐えているようにしか見えない。
『はぁ……はぁ……はは、お前の腕、まるで壊れた人形じゃねえか。皮だけ残して、中身を骨ごとミンチにしたような状態だ』
興奮が落ち着いたのか、一時的にテニュスの攻撃の手が止まる。
彼女の指摘通り、ドロセアの両腕はもはや腕としての体をなしていなかった。
彼女が守護者の鎧を解除すると、だらんと垂れ下がり、もはや力は入らない。
筋肉はズタズタに引き裂かれ、骨は粉々に砕け、自然治癒での回復は不可能なまでになっていた。
だがドロセアは動じていない。
「肉も骨も構造は単純でしょ。なら、模倣すればいい」
淡い光が両腕を包むと、まるで元に戻ったかのようにドロセアの両腕が動き出す。
だが内出血の変色はそのままだ。
『シールドで体内構造を再現したのか……』
「傷だらけだから“空白”がある。物理障壁の体内生成だってできる状態だったから」
『そんだけ酷い有様の中、さらに腕に管を突き刺すようなもんだろうが! ドロセア、お前……普通の人間なら狂っちまうぐらい痛いはずだぞ?』
「はは、何で私のこと心配してるの?」
『好きだからだッ!』
「そっか。でも四肢切断するとか言ってたくせに」
『あたしがやるぶんにはいいんだよ! クソッ、そこまでなのか? そうまでして救いたいって思うほどリージェのことが大切なのかよ!』
「当然」
テニュスが自分のことを好きだと知っても、そんな彼女が目の前にいても、何も変わらない。
病的なまでな真っ直ぐさ。
“リージェ奪還”という一つの目標を掲げるだけで、S級魔術師と並ぶ力を手に入れてしまうほどの異常な執着。
「確かに痛い、痛いよ。魔物化で慣れたと言っても痛いものは痛い。でもね……」
テニュスは今まで、リージェと離れ離れのドロセアしか見たことがなかった。
「私、リージェを救えるって思うだけで――」
だが今、リージェを目の前にした彼女は――
「肉を裂き、骨を砕くこの痛みすらも歓びに変わるんだ!」
狂ったテニュスより、よっぽど狂的だ。
「はあぁぁぁぁああああッ!」
今度はドロセアから仕掛ける。
両脚に鎧を纏い、その脚を構成する血管、筋肉、骨を使い捨てるようにズタズタにしながら、驚異的な速度でレプリアンに迫り、剣を振るった。
当然、普通にそれは受け止められる。
レプリアンの限界はまだ遠い。
依然として劣勢なのはドロセアの方だ。
しかし、両腕に加えて両脚の速度まで上乗せされたその一撃は、レプリアンによる斬撃に劣ることのない“重さ”を持っていた。
伝導する衝撃は、鎧の内部まで激しく揺らし、テニュスの視界を揺さぶる。
『これが、生身の一撃かよ……ッ!』
「命さえここにあるのなら、抱きかかえるだけの力があるのなら、肉体がどれだけ壊れても構わないッ!」
実際に自らの肉体を犠牲にしながら、ドロセアは人間が扱うには大きすぎる剣を振り回し続けた。
生身特有のスピードに翻弄されつつ、防戦に回るテニュス。
「これが、リージェただ一人だけに向けた私の“愛”だよッ!」
ジンから学んだ正統派の剣術。
テニュスから吸収した野生派の剣術。
そしてドロセア自身が身につけた本能から来る天性の剣術。
その三つが合わさった今、彼女の扱う剣はもはやテニュスとは全く別物になっていた。
『だったらそれを打ち壊す! ドロセアをあたしだけのものにするためにッ!』
ドロセアが放つ大ぶりの斬撃。
それを最小限の体の傾きで避けたテニュスは、膝蹴りを放つ。
空中、かつ剣で受け止めることもできないドロセアは、とっさにシールドを展開する。
しかしレプリアンの攻撃はシールドで防げるものではない。
直撃を受け、吹き飛ばされるドロセア。
少女の体は地面に叩きつけられ、転がり跳ねる。
しかし本来、生身でレプリアンの膝蹴りを受ければ、吹き飛ぶ以前にその場で肉体が弾け飛び絶命しているはずだ。
だが彼女は気絶すらしていない。
体勢を持ち直しズザザザッ! と片手を付いて滑りながら止まると、両足でしっかりと立ち上がる。
(こりゃあ、長引くとやべえな)
ドロセアに力を与える白い鎧。
今までは両手両足でしか使えない様子だった。
だが今は違う。
膝蹴りを直撃させたはずの体にも、薄っすらと鎧が浮かび上がっていた。
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