024-3
王城内には、さらに濃い血の匂いが充満していた。
リージェのいる場所に向かって少し進めば、血を流す兵士も倒れている。
「この人、まだ息があります」
「今日に限って王城内には教会の人間がいないのか」
「教会関係者は戴冠式の方に集められてるんでしょうね。あなたたち二人で呼んできてもらっていいですか」
ムル爺の手下は指示を受けると、進んできた道を戻っていった。
ジンは疑問を抱く。
「二人とも行かせる必要はあったのか?」
「場合によりますが、この先で誰かを守りながら戦う余裕は無いかもしれません」
「死なせないため……か」
ドロセアたちは慎重に進んでいく。
すると少し離れた部屋から悲鳴が聞こえてきた。
今もまだ、犯人は城の中にいるようだ。
駆け出す二人。
普段はカイン王子によって閉鎖されているエリアに踏み込む。
道中、警備と思われる兵士も軒並み倒れており、魔術的な施錠も全て破壊されていた。
そしてついに、ドロセアはリージェの眠る部屋にたどり着く。
そこにいたのは――
「テニュスっ!」
リージェを肩に抱える、血まみれのテニュスの姿だった。
彼女は大剣と神導騎士団の白い服を赤に汚し、虚ろな瞳でゆっくりとドロセアの方を振り向く。
そして口元に笑みを浮かべた。
「ははっ、ドロセアが……あたしのことを見ている」
その表情に、以前の彼女が持っていた明るさは一切無い。
「もっと見てくれ、あたしのことをぉっ!」
じっとりとした不気味な笑みを浮かべたまま、彼女はドロセアに斬りかかる。
片手で振り下ろされたその一撃を、ドロセアはとっさにシールドで受け止めたが、異様に斬撃が重い。
普段のテニュスに比べると技術や鋭さは感じられないが、それを補って余りあるほどのパワーが込められているのだ。
シールドが砕け、辛うじて受け流すも肩に傷を負ってしまう。
ドロセアが苦しげに顔を歪めている間に、彼女は続けてジンに斬りかかる。
「こうすりゃもっと見てくれるのか? なぁ!?」
狂気に見開かれた瞳を前に、ジンは本能的に死を悟った。
今の彼女は爆発的な感情の高まりに流され、脳のリミッターが外れている。
対テニュスにおいてわずかにでも“躊躇”が発生するジンでは、打ち合うことも防ぐこともできない。
できることは、最大限に加速して避けるのみ。
風の魔術を使い強引に跳躍し、体をひねり斬撃を避けるジン。
しかし剣の纏う風圧が、直撃を回避した彼を襲う。
切り刻まれながらも、辛うじて死なずに済んだ彼は、着地できずに床に落下した。
追い打ちをかけようと思えばできただろう。
だがテニュスは、最後にドロセアの方を振り向き――
「ドロセア、嬉しいよあたしのこと見てくれて」
そう言い残して、リージェを連れたまま姿を消してしまった。
「待って、テニュスッ!」
部屋から飛び出すジンとドロセア。
左右を見回すも、すでにテニュスの姿はどこにも無い。
「く……あいつ、どこに行ったんだ……」
「まさかレプリアンを……?」
「王魔騎士団の研究施設か」
「行きましょう!」
駆け出すドロセアだったが、ジンはそんな彼女の肩に手をおいて止める。
「そっちは危険だ」
彼がそう言った直後、ドロセアは複数の足音と男たちの話し声を聞いた。
「鎧の音……騎士?」
「犠牲者の中に数名、王導騎士団のメンバーが混ざっていたはずだ。ここで私たちが見つかれば犯人にされるぞ」
「別ルートから逃げるしかありませんね」
「逆方向に飛び降りられる窓があったはずだ、ひとまずそこから外に出る」
テニュスが向かった先とは違う方向になるが、混乱を避けるためにひとまずそちらに向かう二人。
着地点に誰か居ないか確認したあと、ドロセアたちはそこから飛び降りた。
しかしテニュスが城を離れてからそれなりに経ってしまった。
彼女のスピードなら、すでにレプリアンのある場所まで到着しているだろう。
「ふぅ……しかしなぜテニュスがリージェをさらった。カインの差し金か?」
「今のテニュスは正気じゃありません」
「簒奪者に操られているからだろう」
「それだけじゃなくて、もっと……テニュス個人が持っている感情を、彼女自身が抑えきれていない感じがしました」
「それは……ドロセアを想う感情、か?」
ドロセアは不安げな表情でうなずいた。
「それも魔術による洗脳の影響というわけだな」
「今のテニュスは、本気でリージェのことを殺しかねないと思いました」
「止められるのか」
「とりあえずテニュスに伝えようと思います」
「何をだ?」
彼女は迷いのない瞳で、胸に手を当てながら答える。
「リージェが死ねば、私も死ぬということを」
嘘偽りの割り込みようのない、あまりに純粋な決意――先ほどのテニュスとは別種の狂気すら感じさせるその言葉に、ジンは息を呑む。
「もしテニュスの私に対する好意が暴走しているんなら、ひとまずそれで最悪の事態は避けられるはずです」
「だとしても、それだけで止まるとは思えん」
「ええ、テニュスと戦うことになるでしょうね」
「勝ち目があるのか? あの化物のような巨大な鎧を前に」
「言ったはずです、あれは私の魔術を模倣して作ったものだと。だったら、戦闘中に私が完成させればいいだけでしょう。きっとそれが、師匠の望みでもあるんでしょうから」
今もそのやり方に納得していないのか、ドロセアは悔しげだ。
「リージェを取り戻し、私の魔術を完成させ、テニュスも救う。何一つ取りこぼすつもりはありません」
だがそれでも、最善を諦めない。
最優先するのはリージェだが、友達を優先しない理由は無い。
リージェを救えても、友達を救えずに最悪の気分のままじゃ台無しなのだから。
「正直言って、私はあの鎧に挑めば死ぬと思っている。情けないと思うが、それ以外に未来が想像できん」
「こういう言い方はどうかと思いますが……真正面からの戦いならおそらくそうなると思います」
「だから私にできることをやらせてもらう。王導騎士団には私から話を通してこよう、場合によっては援軍も呼べるはずだ」
城内には、ドロセアとジンが潜入した形跡も残ってしまっているだろう。
虐殺の犯人であるという疑いをかけられないためにも、そして王導騎士団を味方につけ、テニュスに必要以上の罪を背負わせないためにも、シルドに話を通しておく必要がある。
そしてそれができるのは、かつての先輩だったジンぐらいのものだ。
「ありがとうございます。私も厳しい戦いになると思ってるんで、戦力が増えれば頼もしいです」
「無理はするなよ」
「それは無茶なお願いです」
ドロセアは明るく微笑むと、ジンに背中を向け王魔騎士団の研究所を目指す。
できればテニュスが鎧に乗る前に止めたいが、それはもう叶わないだろう。
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