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024-2

 



 ドロセアは部屋に戻る。


 狭くてボロいアパートに、髭面の教皇代理と元騎士団長が座っている光景というのはなかなかに異質だった。




「あの修道女は帰ったのか」




 一人で戻ってきたドロセアを見て、サージスは言った。




「邪魔をしてしまったな」


「話は終わりましたから問題ないですよ。それよりお待たせしてすいません」


「気を遣わなくていい、急に来たのはこちらの方だ」


「ジンさんとはもう話を?」




 ドロセアが二人に尋ねると、ジンが首を振った。




「いいや、お前が戻ってくるまでは世間話をしていただけだ」




 この二人の言う“世間話”とは何なのか、興味はあるが怖くもあった。


 ひとまずクッションの上に座るドロセア。


 右にサージス、左にジンがいるわけだが、身長160センチにも満たない彼女から見ると、軽く180センチを超える中年男性二人に挟まれるこの状況はかなりの圧迫感がある。




「さて、それでは本題に入るか」




 気を取り直して、サージスがそう切り出した。




「今日はクロド王子が忙しくてな、代理として私が来ることになった」


「ふっ、教皇代理が王子の代理か」


「豪華な代理ですね」


「人材不足とも言えるがな。殿下の代わりに伝えたい話というのは、戴冠式の件だ。カイン王子はサイオン王の死の発表をできるだけ引き伸ばしたいようだが――実は、今回の混乱の最中に外部に漏れてしまったらしくてな」




 ジンが眉をひそめる。




「今の状況で王の死が公表されれば暴動が起きかねんぞ」


「カイン王子は必死でもみ消そうとしてるんでしょうね」


「ああ、王都の被害把握よりもそちらに全力を投じているらしい」




 まるで保身に走ったかのようにも聞こえるが、王の死はそれだけ影響の大きな出来事だ。


 優先順位付けとしては間違ってはいないのだろう。




「しかし一度流出してしまった以上、いずれは気づかれる。新聞を封じても人の噂で広まってしまうだろう」


「となると、王子が打つ手は……」


「王位継承。早急な戴冠式の実施、ですね」




 サージスは「そういうことだ」とうなずいた。




「実は戴冠の役割を、フォーン教皇猊下に頼みたいという打診があってな」


「教皇に? 過去の戴冠式もそうだったんですっけ?」


「いや、違うな。サイオン殿下のときもその前も、有力貴族が行うのが習わしだったはずだ」


「教会との近さをアピールする目的があるってことですか」


「そして同時に、奴らはあることを企んでいるようだ」




 ドロセアは「まさか……」と険しい表情を浮かべる。




「察しが良くて助かる。そうだ、聖女を表舞台に立たせるつもりだ」


「ついにその時が来たか」


「カイン王子はまだ若い。情勢が不安定な中、あの男に王位が渡れば誰もが不安を抱く。それを補強するための柱とするつもりなのだろう」


「人柱ってことですか。でもそれってチャンスでもありますよね」


「ああ、そのとおりだ。聖女は城から連れ出され、外に出るだろうからな」




 サージスは不敵に微笑む。


 ドロセアは目を閉じ、「ふぅ」と軽く息を吐き出した。




「奪い返すなら、今しかない」




 ついにその時が来たのだ。


 戦意に満ちるドロセアの瞳。


 急激に部屋の空気が張り詰めた。


 その気にあてられ、サージスはごくりと唾を飲み込む。




「サージス殿。以前、クロド王子は自分が王になった暁にはドロセアの罪を帳消しにすると言っていたな」


「あ、ああ、そういう約束だ」


「リージェを誘拐したあと、しばらくドロセアは軍から追われることになるだろう。その間の護衛や、軍に対する追跡の妨害もそこに含まれているか?」


「惜しみない協力を約束しよう」


「その言葉はクロド王子のものでもある、と受け取っても構わないな」


「無論だ」




 迷いなくサージスはそう言い切った。


 そこまで言うのなら、信用しても良さそうだ――とひとまず納得するジン。


 一方でドロセアは、絶対にリージェを奪い返す、という意思で頭がいっぱいで、協力の有無など最初から思考に入っていない。




「リージェを王城から運び出すのに使われるルートはわかります?」


「なにぶん急に決まったことでな、まだあちらもそこまで決めていないようだ。しかし決まり次第、すぐにこちらに情報が流れてくるよう細工はしてある」




 ゾラニーグはカインに斬り捨てられ、近々改革派内でも力を失うだろう。


 しかし、ほぼ独力で改革派という組織を大きくしてきた彼を慕う人間も多い。


 首をすげ替えたところで、ゾラニーグという個人に味方する者が残っている。




「では私は待ち伏せしていればいいんですね」


「ああ、当日の兵士の配置も戴冠式前に渡そう」


「それさえあれば逃走ルートは簡単に決められるな」


「問題はテニュスたちがどう動くか、ですけど」


「あいつがリージェの護衛につくのなら、例の鎧も出てくる。厳しい戦いになるかもしれん」




 ジンが険しい表情を浮かべると、サージスがその不安を拭い去る。




「神導騎士団はともかく、団長のテニュス・メリオミャーマが聖女の護衛に付くことはないだろう」


「そこの情報は掴めてるんですか」


「“神の騎士”を教皇や新王のいる場所に置かない理由がないだろう? おそらく戴冠式は大聖堂で行われる、彼女たちが教会の剣であることを示すにもいい機会だ」


「なるほどな。だとするとリージェを運ぶ者たちの護衛は想像よりも薄いかもしれん」


「逃走ルートさえ確保できていれば、問題なく王都から離脱できそうですね」




 これはドロセアたちが想像していたよりもずっと大きな“チャンス”だ。


 二人がそんな思いを膨らませる一方で、サージスは心の中で不安を抱えていた。




(普通に考えれば、テニュスは大聖堂に配備されるだろう。しかしゾラニーグのあの一件があった直後だ、彼女がどう動くかは正直想像がつかん)




 ドロセアたちの聖女奪還計画だけでは不安だ。


 だからこそテニュスの暴走を利用した第二プランを用意し、二本の矢で確実に聖女をカイン王子の手から奪う手はずを整えた。




(ゾラニーグは聖女を死なせても構わないと言っていたが、犠牲者は少ないに越したことはない。だが私にできることは無いだろう。情けないが、この少女に委ねることになってしまうな)




 しかし、その二つの矢同士がぶつかったらどうなるのか――サージスには予想すらできなかった。




「それと一つ、君に聞きたいことがあるのだが」




 罪悪感から目を背けるように、サージスは話題を変えドロセアに尋ねる。




「私ですか?」


「ああ、あの化物と戦ったのだろう? 肉体の破片でもいい、サンプルになりそうなものを持っていないか?」


「王魔騎士団とかが回収してるでしょうから、解析はできるんじゃないですか。現状、あの騎士団は中立の立場みたいですし」


「ああ、確かに彼らや改革派も持っているだろう。だが主流派としても独自に情報収集しておきたくてな。現在は軍が周辺を閉鎖しているため、修道士に集めさせることもできん」


「でしたらこれ、持っていっていいですよ」




 そう言って取り出したのは、先ほどラパーパにも見せた破片だ。




「おお、これは……!」


「化物が飛び出してきた卵の一部です」


「恩に着る。これで遅れを取らずに済む」




 嬉しそうに卵を包み、受け取るサージス。


 好奇心や権力争いのため、というよりは純粋に主流派の不利が解消されたのが嬉しいようだ。


 大柄で髭面で強面の権力者、というと裏でドロドロとした野望を抱いていることが多いが、サージスは少し雰囲気が違う。


 教会のため。信仰のため。神のため――彼を突き動かす感情には、わずかだが真っ直ぐな青臭さがまだ残っているようにドロセアには感じられた。




 ◇◇◇




 翌日、王都は瓦礫の撤去や、化物の正体を巡る噂話でいつも以上に騒がしかった。


 次なる被害を不安視し、一時的に王都を去る者も少なくない。


 その中の数人は、おそらくラパーパから話を聞いた者なのだろう。


 しかしあれだけの騒ぎがあった割には落ち着いている。


 実際、化物は王国の新たな兵器により撃退されたのだ。


 長らく他国との戦争は起きていないが、王国の軍事力は衰えていない――そんな頼もしさが、民に安心感を与えているのだろう。




 しかしその次の日、王都の住民たちに動揺が走った。


 ついに国王サイオンの死が公表されたのだ。


 それと時を同じくして、カインが王位を継ぐこと、そして明後日にも戴冠式が行われることが発表された。


 カインはその穏やかな性格で民から好かれる一方で、優しすぎて王には向いていないのではないかと不安視されることも多い。


 だがまだ民が行動を起こすまでには至らない。


 王の死のタイミングからして、化物の撃退を指揮したのはカイン王子である可能性が高かったからだ。


 優しく弱い王子に見えたが、実は獅子の牙も持ち合わせている――そんな希望的観測で、その日は乗り切った。




 ◇◇◇




 そして二日後、戴冠式当日。


 ドロセアとジン、そしてムル爺の手下二名は、水路の出口から通りの様子を伺っていた。


 王城と大聖堂を繋ぐその道は、いつもなら人で賑わっているが、今日に限っては誰の姿も無い。


 式に備え通行止めにしてあるのだ。


 ドロセアたちはそれを避け、地下水路を通ってここに出てきたというわけである。


 無論、地下水路の方にも侵入を警戒して兵士が配置されていたのだが、ムル爺の手下が今日までの間に水路の壁に穴をあけ、新たな通り道を作ってくれたのである。


 それに気づかれれば侵入が発覚するが、地下水路の警備に回された兵士には露骨にやる気が無かったのでその心配は無いだろう。




「そろそろ姿を見せるはずですけど」




 ドロセアはそう言って空を見上げた。


 陽の傾きからして、すでに聖女が運び出される予定の時間は過ぎている。




「サージスがダミーの情報を掴まされた可能性もあるな」


「……ん?」




 そのとき、ドロセアは急に眉間に皺を寄せ、城の方を睨みつけた。




「何か見えたのか」


「テニュスって大聖堂に配備されてるって話でしたよね」


「そのはずだが」


「城内から流れてくる魔力の粒子……テニュスのものが混ざってるように見えるんです」




 いくら魔力粒子の形状に個人差があるとはいえ、大気中に存在する魔力が、元は誰のものだったのか判別するのは難しい。


 だが長い時間を共に過ごし、その間ずっと魔力形状を見てきたテニュスなら――辛うじて見分けはつく。




「たぶんテニュスが城の中で魔術を使ってます」


「私たちを警戒してか……いや」




 何を思ってか、ジンの前に緑の術式が浮かぶ。


 今日の風は、彼らから城の方へ向かって吹いている。


 だが魔術の発動によって一時的にそれが逆になり、城側からの風がドロセアたちに吹き付けた。




「血の匂い……!」


「ああ、城内で何か想定外の出来事が起きているようだ。どうする、ドロセア」




 そう尋ねるジンだが、すでにドロセアは動き出していた。


 水路から身を乗り出し、城に向かって走りだす。




「聞くまでもなかったか。お前たちも付いてこい!」




 リージェに危機が迫っているとなれば、じっとしていられるはずもない。


 ジンも脚部に風をまとい、加速しながらドロセアに続く。


 そのスピードについていけないムル爺の手下二人も、慌ててその背中を追いかけた。




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