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023-2

 




 部屋に戻ると、アパートの入り口にはジンの姿があった。


 その表情はやけに疲れているように見える。




「ジンさん、お疲れ様です」


「戻ってきたか。そちらも化物と交戦したようだな」


「とりあえず中で落ち着いて話しましょう」




 二人は部屋に入り、床に腰掛け向かい合う。




「ジンさんは一人であれと戦闘を?」


「いや、あのときは王城にいたからな。王導騎士団と合流してともに戦った」


「城にいたんですか、よく入れましたね」


「まあ……クロド王子と手を組んだからな、ゾラニーグと組んだエルクですら中に入れたんだ、どうとでもなるさ」




 下手な誤魔化しのように聞こえたたが、この場で嘘をつく必要は無いはずなので、ドロセアはそれで納得することにした。


 何より、他にもっと聞きたいことがあったから。


 だが先にジンがドロセアに尋ねてくる。




「しかしお前も戦っていたとなると、あの王都に残った巨大な爪痕は――」


「私ですよ」


「やはりそうか。あれは何だ? シールドを使った魔術の模倣だけで達成できるものではないぞ」




 先に話すか悩むドロセア。


 しかし、それもまたマヴェリカや、レプリアンの話題と密接に繋がっている。


 話を聞く前に、その問いに答えることにした。




「魔物化した人間を元に戻すとき、裏返したシールドを使うって話は聞いてますよね」


「ああ、なんとなくは」


「外からの攻撃を防ぐのではなく、内側から溢れ出すのを止めるために、表と裏を変える必要がある。当然、私が二度目の魔物化から今の体に戻ったときも同じ方法を使ったんですが、そのとき師匠が不思議な現象を観測したそうなんです」


「それがドロセアの発揮した力と関係があるのか?」


「師匠が言うには、薄っすらと鎧のようなものが浮かび上がり、使用した魔力量に対して考えられないほど莫大な量のエネルギーが発生したと」


「エネルギー?」


「通常、魔力を10使うと出力が10の火の玉が作れるとします。でもそのときは、魔力を10使っただけなのに、出力が100にも1000にも膨れ上がった、みたいな話です」


「それを魔術に転用できるのなら夢のような話だな」


「ええ、ですが夢ではありませんでした」




 現にドロセアは、彼女の持つ魔力量とはつり合わない威力の魔術を使ってみせた。


 だがその常識外れの魔術の存在を信じるには、まだ説明不足だ。




「ところでジンさんは、生まれて間もない赤ちゃんがシールドを使ったっていう話を聞いたことありますか?」


「ああ、確かとある高位の魔術師にそんな逸話があると聞いたことがあるな」


「あれって何でだと思います」


「何で? どういうことだ?」


「赤ちゃんは知識があって魔術を使ったわけじゃない、本能で発動させたんです。そしてシールドは“身を守る”魔術です。母親の腕に抱かれた子供は、一体何から身を守ろうとしたんでしょうか」


「それは……母親、なわけがないな」


「むしろ母親相手に安心してるはずですよね」


「わからん、つまり何から身を守ろうとしたんだ?」




 しびれを切らしたジンをまっすぐ見て、ドロセアは答えた。




「“魔力”ですよ」




 彼の目が見開かれる。


 なぜ――そう口走ろうとしたが、彼はその理由を知っている。




「魔物化を恐れたのか?」


「そうです、本能は魔力が人を化物に変える毒だと気づいていたんです。だからシールドなんて原始的な魔術を生み出した」


「魔力が毒、か……」


「結局、そのシールドすらも魔力という毒を利用したものですが、そうでもしないと守れないと判断したんでしょう」


「しかしその話が、どうドロセアの魔術と繋がってくるんだ」


「要するにシールドって、本来は“内側から溢れ出すのを止める魔術”なんです。私はシールドを“裏返した”って言いましたけど、実際は逆です。普段のシールドの方が裏で、裏返した方が表だったわけです」


「裏返したほうが正しい使い方、というわけか」


「はい、その状態で全力で魔力を注ぎ込むとどうなるか――」




 それを証明するように、ドロセアは右手を上げると、そこに正方向の(・・・・)シールドを発動した。


 そして込める魔力量を徐々に増やしていく。




「薄っすらと……篭手のようなものが見えるぞ……!?」




 魔力量が少ないためまだ実体化には至っていないが、確かにそれはそこに存在していた。


 ドロセアは語る。




「これが、“防衛本能の具現化”です」




 それが彼女の放った力の正体である、と。




「シールドでその形を作り上げているわけではないのか?」


「ええ、シールドを裏返して魔力を込めるだけで勝手に鎧の形になるんですよ。色も大きさも、おそらく人によってまったく異なるものになるんでしょう。今のところ使えるのは私だけですが」


「術式を使わず、精霊も介さず、本能をそのままの形で具現化したもの……なるほど、魔力効率(・・・・)が高いわけだ」


「人という種が生み出した、最も人間に適した魔術。まさに人類を守護するにふさわしい――“守護者(ガーディアン)”だと、師匠はそう言ってました」


「それが、あの化物を倒した力の正体というわけか」


「ちなみにあの化物、簒奪者が言うには“侵略者(プレデター)”って言うらしいですよ」


「わざわざそう名付けるということは、意味のある名前なんだろうな。簒奪者という名前もそういう節がある」




 この世界の主導権を人類から奪おうとする者、“簒奪者(オーバーライター)”。


 この世界を蝕み支配しようとする異形、“侵略者(プレデター)”。


 そして現状維持を望みこの世界を守ろうとする力、“守護者(ガーディアン)”。


 名称規則の一致は偶然かもしれないが、そんな三すくみの関係がふとドロセアの脳裏に浮かぶ。




「しかし使えるのがドロセアだけとなると、マヴェリカさんですら使えなかったわけか」


「私はシールドをいじくるのが趣味ってだけで、ただのZ級魔術師です。正しい力の使い方さえわかれば、誰にだって使えるようになると思います」


「そんな簡単なものか?」


「少なくとも師匠はそれを目指して、より効率的な訓練方法を模索してたみたいです」


「マヴェリカさんはドロセアの魔術を広めたがっているのか……」


「ですがすぐには難しい。ですのでその代替案として生まれたのが守護者の模倣品――つまり模造守護者(レプリアン)です」


「……何だそれは」




 首を傾げるジン。


 それも当然だ、本来その名称を知るのは王魔騎士団の一部の人間だけなのだから。




「ジンさんも見たでしょう、テニュスが乗っていたあの黒い鎧を」


「あれがレプリアンだというのか!?」


「間違いありません。私が師匠と別れた段階ではまだ完成には至っていなかったはずですが」


「つまりあれも魔術で作られたものだということか?」


「いえ、守護者は裏返したシールドを使うと、勝手にその形になります。では逆に、特定の人間の防衛本能を計測し、それと全く同じ形の鎧を作ってしまえば――それに乗ることで、守護者と同じような力を発揮できるのではないか。師匠はそう考えたみたいです」


「実際、テニュスはあれを己の手足のように操っていたな」


「高い技術は必要なかったはずです。自分の体を動かすように、あの強大な力を扱うことができる。製造コストこそかかるものの、発揮される力が絶大なのがレプリアンということになります」




 守護者を扱える人間はドロセアだけ。


 彼女と同レベルのシールド制御を身につけるには、現段階ではあまりに時間がかかりすぎる。


 それなら金がかかってもレプリアンを作った方が結果的に安上がりということだ。




「もっとも、師匠が言うにはそれも時間稼ぎ(・・・・)だそうですが」


「どういうことだ?」


「そればっかりはわかりません。師匠が何を恐れて、なぜ急いでいたのか。ですがそこに簒奪者と侵略者が関係してるのは間違いないでしょう」


「それらの関係も全て知っていたわけか。あの人の手のひらの上というわけだな」


「ええ、本当にそう思います。今回の一件にしたってそうです……師匠はわざわざ私の見える場所でレプリアンを使ってみせた。その理由を考えてみたんですよ」




 まだ推測の域は出ないが、それを語るドロセアはさすがに呆れ顔だった。




「師匠のレプリアンが未完成だったように、私の守護者もまた未完成なんです。まだ腕や脚のような一部しか覆うことができない」


「それであの威力か、恐ろしいな」


「しかし師匠は私の前に完成品(・・・)を出してきました。まるでこれを参考にしろと言わんばかりに」




 要はマヴェリカ流の強引な訓練の一つ、というわけだ。


 実際、参考になったとドロセア自身も感じてしまっているのが余計に悔しい。




「ふ、マヴェリカさんらしい」




 ジンは笑う。


 そんな彼を前に、ドロセアはなぜか不機嫌そうに唇を尖らせた。




「……やっぱりジンさんは知ってるんですね」


「何をだ?」


「師匠が生きてることですよ」




 ジト目で睨まれたジンは、気まずそうに「う……」と目をそらした。


 それはもはや答え合わせである。




「アンターテに襲われて死んだあと、師匠はレプリアンを完成させて設計図か何かを王魔騎士団に渡してるんです。こんなの死人にできるわけがないじゃないですか!」


「す、すまん……」


「何で隠してたんですか」


「自分が死んだことを隠すのが、マヴェリカさんの狙いだと思ったんだ」


「そういう手伝う人がいるから、手のひらの上で踊らされるんですよ!」


「面目ない」


「もしかしてテニュスもそれ知ってたりします?」


「スィーゼも知っているな」


「私がどれだけショックを受けてたと思ってるんですか……まったく!」


「本当にすまんっ!」




 全力で頭を下げるジンだが、一番許せないのはマヴェリカなのだから、彼らに謝られても本当の意味での納得はできなかった。




「で、どうやって生き残ってるんです。死体を偽装したんですか? あれはどう見たって死んでるようにしか見えませんでした」


「その肉体は死んでいるんだろう」


「どういうことです?」


「マヴェリカは……あらかじめ複数体の自分のスペア(・・・)を用意している。今の体が死にそうになったらそちらに意識を移しているんだ」




 予想外の答えに、ドロセアの怒りは一瞬で困惑に変わる。




「そんなことって……いくら魔術の達人だからって、可能なんですか!?」


「可能にした、としか言えんな。実際、マヴェリカさんとドロセアが以前暮らしていた家の地下から、複数のマヴェリカさんのスペアボディが見つかった」


「……あれだけ一緒に過ごしてるのに、そんな大事なこと知らなかったなんて」




 困惑は落胆へ。


 一緒に暮らした一年ほどの日々の中で、マヴェリカのことはかなり知れたと思っていたのだが。


 本質的な部分を、彼女は隠し通していたようだ。




「仕方あるまい、私ですらもそのとき初めて知ったんだ。だがこれで謎が解けたよ、あの人はそうやって何百年も昔から生き続けてきたんだ」


「寿命も克服してたんですか」


「過去の王族の記録にマヴェリカさんらしき人物がたびたび出てくるからな。もっとも、何を目的にしてそうしているかまではわからんが……」




 ジンの言葉が途切れると、二人は沈黙する。


 あまりに衝撃(カロリー)の大きすぎる情報を、胸の内でゆっくりと咀嚼していくうち、ドロセアの中の一つの感情が芽生えた。




「よかった」




 瞳が涙で潤み、声もわずかに震えている。




「気持ちは複雑ですし、実際に会ったら怒鳴りつけてやるつもりですけど、でも師匠が生きてて……良かった……」




 怒りも悲しみもある。


 けれどそれ以上に、またあの人に会えると思うと、そんなことどうでもよくなる。


 ドロセアの心を荒ませていた一つの大きな傷が、じわりと癒えていった。




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