023-1 破滅的な失恋をしよう
テニュスの操るレプリアンにより異形は殲滅され、戦いは終わった。
危機は去ったのだが、ドロセアにとっては未解決の謎だらけだ。
テニュスが乗っているあれは何なのか。
結局、侵略者とは何で、簒奪者は何を目的にしているのか。
しかしドロセアの体は一つしかない、追いかけられる先も一つだけ。
「ドロセアさん、どこかにいくんデス?」
「あいつら追っかけてくる。停戦とか言われたって納得できない!」
心配そうに見送るラパーパに軽く手を振り、王都の中心付近へと向かうドロセア。
そこには無数の氷の塊が落ちており、簒奪者の戦いの激しさが見て取れた。
しかしカルマーロやアンターテの姿はどこにも無い。
ドロセアは左目を閉じ、右目で魔力の流れを追う。
簒奪者の持つ魔力量は異常だ。
氷使いの少女ですら空中での戦いを難なくこなせるほどに。
おそらく魔術を用いて身体能力も向上させているのだろうが――そういった手法を使っている限り、魔力の残滓が大気中に残る。
魔力の粒の大きさ、形には個人差があるため、それを追っていけば本人にたどり着くという寸法だ。
もっとも、追跡しながらそれを行うには右目への負担が大きく、集中力も必要なため左目の通常の視力を捨てる必要があるのが問題だが。
「見つけた、こっちだ!」
ドロセアは迷いなく大通りを外れ、細い路地を走っていく。
◇◇◇
入り組んだ王都の街並み――その一角にある、廃れた広場。
簒奪者の二人は、ちょうど“卵”の上部にあたるその場所にできた穴を見つめ、渋い顔をしていた。
「想像よりも数が多かった」
「異常繁殖。個の力。弱体化」
「あれが正常な誕生で無いのなら、まともに育ってしまった侵略者は……」
考え込む白髪の少女は、背後に鋭い殺気を感じ振り向いた。
ドロセアは剣を手にそこに立っている。
しかし殺意をぐっと我慢し、斬りかかりはしなかった。
「殺されるかと思った」
「腕ぐらいもらっておかないと気はすまないけど」
「寄生母体の殲滅に関してはもうあなたも理解して――」
言葉を遮るように、ドロセアはアンターテに切っ先を向ける。
「それだけじゃないでしょ」
「他に何か?」
「エルクたちのあんな姿を見せたのも、私を無駄に痛めつけたのも、何よりマヴェリカを殺したのも、個人的な恨みとしか思えなかった。正当な理由とは別に、あなたは私を憎んでいる」
「だとしたら、何か問題がある?」
「首の一つぐらい貰わないと気が済まないの」
「さっきよりわがままになってる」
「当然、最終的には命をもらうから」
「叶わない願いを口にするのは虚しいだけ」
怒るドロセアに対し、挑発するアンターテ。
一触即発の張り詰めた空気の中、両者を止めるようにカルマーロがアンターテの前に立った。
「停戦中。戦闘。回避」
「邪魔しないでカルマーロ」
「目的。忘れるな」
「ドロセアと魔女を殺すことも私たちの目的の一つ」
「エレイン様。命令。無い」
「計画の邪魔になる相手は殺しても構わないとは言われてる!」
「駄目。卵。解析。優先」
「く……」
二人のやり取りを、ドロセアは呆れ顔で眺めていた。
すっかり殺意も萎んでしまったか、ため息と共に剣を収める。
その様子を見たカルマーロは会釈をした。
「理解。感謝」
「まるで子供と保護者みたい」
「私は子供じゃない……!」
「私ですら子供なんだから、明らかに年下のあなたは完全に子供だと思うけど。それとも、簒奪者になると見た目と年齢は一致しないとか?」
「私たちを人間の尺度で計らないで」
「でも思ったより人間臭いよね、会話も成立しない化物かと思ってた」
そう言われると、アンターテはなぜか悔しげに唇を噛んだ。
まるで人間を辞めたがっているようだ。
するとカルマーロがそんな劣勢のアンターテに加勢する。
「ドロセア。恨み。想定未満。我々。魔女。殺した」
「ああ、そのことなら……」
ふいにドロセアは王城の方を見つめた。
すでにテニュスの乗ったレプリアンの姿は無い、研究所に戻ったのだろう。
「情けない話だけど、ここであんたたちに戦いを挑んでも勝てないってことは私もわかってる。だいたい、想定外って言うならあなたたちにとってもそうだよね」
「侵略者。単独撃破」
「あの力……!」
アンターテは憎悪の籠もった声でそう呟く。
「そう、“あの力”。アンターテだったっけ。やっぱりあなたに恨まれてる理由はそれなんだ」
「私は許さない。私を否定するその力の存在を――」
「理由は知らないけど、いずれ決着を付けることになる。殺し合うのはそのときでいいんじゃないかな」
「理屈。理解」
「理解者面してるけどあんたもだから、テニュスにやったことを私は忘れない!」
「許し。不要」
感情をあらわにしない分、このカルマーロという男の方が厄介かもしれない、とドロセアは感じた。
どちらにせよ、アンターテの方にだってこの場で戦って勝つのは困難だ。
右目で魔力が見えるからこそ、はっきりとそう思える。
黒いもやに包まれ、姿を消す簒奪者たち。
一人残されたドロセアは軽くため息をつくと、彼らが見ていた穴の下を覗き込む。
そこには粘液にまみれた謎の物体が埋まっていた。
「あの化物はこっから出てきたんだ。つまりこの気持ち悪い物体がレグナスさんの成れの果てってことになる」
体内に寄生していたあの赤子――あれらが孵化するのに適した肉体に変えられてしまった、ということなのか。
おそらくじきに王国の各勢力もこの物体の存在に気づくはずだ。
ドロセアは“卵”の殻の一部を、素手で触れないよう気をつけながら採取し持ち帰ることにした。
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