022-4
「はぁ……はぁ……はあぁ……腕、いったぁい……う、ぐうぅ……」
戦いを終えたドロセアは、膝をついて苦笑いを浮かべた。
額には冷や汗が浮かび、歯を食いしばる様子からもその痛みの大きさがうかがえる。
故郷を出てから味わった一連の出来事で、痛みや苦しみには慣れてきたつもりなのだが――まだ慣れない痛みもあるということだろう。
しかし、これで人の命が救えたと思えば安いものだ。
そう思い、後ろを振り返るドロセア。
遠巻きに彼女を見る人々の目は、少し怯えているようにも見えた。
「まあ、仕方ないか」
力を得て誰かに嫌われても別に気にはならない。
最悪、リージェにさえ嫌われなければいいだけだ。
他の場所で行われた戦闘も終わりつつあるのか、王都を包む騒がしさは徐々に収まっているように感じた。
ドロセアは脚を引きずるように壁の近くに移動し、背中を預け座り込む。
すると何者かが駆け足でこちらに近づいてきた。
足音のする方に目を向けると、修道服の少女の姿が見えた。
「大丈夫デスか!」
「ラパーパ……無事だったんだ」
「心配されるのはドロセアさんの方デス!」
ラパーパはドロセアの脚に目を向け、顔をしかめる。
続けて右腕の袖をまくり、紫色に変色した肌を見て小さく「うひっ」と声を出した。
「筋肉がズタズタじゃないデスか、すぐに治療しますからっ!」
どうやらドロセアが思っていたよりも、状態は悪いらしい。
彼女は大人しくラパーパの治療魔術に身を任せた。
「あんなのがたくさんいたら……」
「ん?」
「……いくら回復魔術が使えると言っても、手が足りないと思ったんデス」
「ああ……いきなり街中に現れるんなら、防ぐより戦わないと犠牲者は増える一方だろうね」
「レグナスは立派な修道士でした。立派すぎて教会の行く末を憂いて改革派に入ったりしちゃいましたけど、人を助けたいって気持ちは本物だったと思うんデス」
「一連の事件の中に、レグナスさんの意思は、どこにも無いと思うよ。あの人は悪くない」
「でも……本人は悲しんでると思います。誰かを助けたい人間が、誰かを殺すだけの化物になって……こんなひどいことないデス。どうして、こんなことになったんですかね……」
あの奇跡の村での作戦のときも、レグナスは人助けと思ってあんなことをやっていたのだろうか。
ドロセアは、何か事情があったと知った今でも、あの凄惨な光景を“正しい”と思うことは出来ない。
知らないからなのか。愚かだからなのか。
きっと改革派も、簒奪者ですらも、自分のことを正しいと思って行動しているのだろう。
わからない。理解ができない。
「同じ人間ですら、他人が何を考えてるかなんてわかんないんだもん。化物が何を考えてるかはわからないし、知ろうともしないでいいと思う」
「結構、ドライです」
「そこ考えるぐらいなら、自分が正しいと思うことに全力を投じた方がいいと思うから」
「……リージェさんですか」
「うん、私はそれだけを考えることにするよ」
真っ直ぐに目指すべき指針がある。
それは幸せなことなのかもしれない。
迷いの最中であっても、すぐに行き先を決められるから。
「戦いの音……完全に聞こえなくなりましたね」
「うん、終わったんだと思う」
ほっと一息ついていると、目の前に黒い靄が現れる。
ドロセアは慌てて立ち上がり、ラパーパの前に立つと、剣を握った。
「どうしたんデス!?」
「簒奪者が来る!」
靄はやがて人の形となり、ひょろ長い男が二人の前に立つ。
「警戒。不要。停戦中。解除。まだ」
カルマーロはそう言って、剣を振るおうとするドロセアを手で制した。
今すぐ斬り捨てたいドロセアだったが、舌打ちしながらも刃を収める。
「戦いが終わったと同時に殺しにくるかと思ってた」
「それしない。今日は。追加。終わってない」
「……まだいるっていうの?」
「卵。中身。空っぽ。違う」
卵の存在を知らないドロセアは、彼が何を言っているのかわからなかった。
だが異形の発する“嫌な気配”を感じ、すぐに理解する。
振り向けば、王都の上空に先ほどよりも多い異形の“集団”の姿があった。
「あ、あんなにいっぱい……!」
「ど、ドロセアさん、あれ10体はいますよ!?」
険しい顔をするドロセア。
するとカルマーロは、
「自分。カルマーロ。彼女。アンターテ。敵対者。また会う」
なぜか自己紹介をして、黒い靄に溶ける。
そして戦場へ向かっていった。
「待てッ!」
追いかけようとするドロセア。
しかしラパーパの声に反応し、足を止める。
「今度は何が出てきたんデスかぁっ!?」
侵略者の群れとは逆の方角――王城付近に、黒い鎧が立っている。
「あ、あれは……」
驚愕するドロセア。
するとその鎧から、聞き覚えのある声が響いた。
『初陣の相手としては物足りねえ相手だなぁ。もう倒し方はわかってんだ、一気に潰してやるよぉおおおッ!』
自分の体と大差ない巨大な剣を手にした鎧は、その巨体に似合わぬ身軽さで大きく跳躍した。
「テニュス様の声デス! あれに乗ってるのはテニュス様なんデスか!?」
「どういうこと? 何であれが、完成して王都に!」
ドロセアとラパーパは、それぞれ違う理由で混乱している。
そんな中、着地と同時に剣を振り下ろすレプリアン。
刃は不可視の本体を引き裂きながら、大地を割り、街を破壊する。
その後も、テニュスの鎧が繰り出す斬撃は、まるで見えているかのように敵の本体を引き裂いた。
「すごいデス。あの化物がどんどん死んでいく……」
簒奪者すらも超える圧倒的な火力で、侵略者を打ちのめすテニュス。
『ハハハハッ! すげえ力だ、これさえあれば、これさえあればあたしの望みはぁぁぁぁァッ!』
半ば狂乱したかのような叫びが響く。
敵が沈黙するまで、そう長い時間は必要なかった。
戦闘が終わり、火に包まれた王都の中央で立ち尽くす鎧を見つめ、ドロセアはつぶやく。
「研究はあのあとも続いてた……つまり師匠は……生きてる……?」
マヴェリカの死も。
奇跡の村の惨劇も。
何もかもの前提が覆りそうで、吐き気がした。
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