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022-1 本能武装

 



 王城にいたジンは、外から聞こえる音に反応し窓に視線を向けた。




「何だあれは……!」




 そこにあったのは、空中戦を繰り広げる異形と少女の姿があった。


 目を凝らせば、逃げ惑う人々も見える。


 と、ちょうど彼のいる通路にガシャン、ガシャンと鎧を纏った足音が近づいてきた。


 一団の先頭にいたのは王導騎士団団長、シルドだ。




「城にいたのですか」


「これは何事だ、シルド」


「わかりません。正体不明の怪物が現れ、民を襲っているとの報告がありました。すでに兵士が何人も殺されているそうです」


「出撃するなら私も同行する」


「助かります」




 シルドと共に駆けるジンは、彼に尋ねる。




「ところで空中で戦っているあっちも怪物とやらの仲間か?」


「そちらもまったくわからないのです。魔女と聖女の戦いを彷彿とさせる光景ではありますが――」


「聖女、か……」




 ジンを殺そうとした偽物のリージェ。


 彼女は自らのことを簒奪者(オーバーライター)と名乗っていたはずだ。




「あれも簒奪者だとすれば、なぜ王都を守るような戦い方をする」




 簒奪者イコール敵という印象しかないジンは、違和感を覚える。


 すると城の門をくぐろうとしたそのとき、彼らは前方を走る騎士たちの姿を目撃する。




「王牙――いや、神導騎士団のようですね」


「奴らも王都を守るために戦うつもりか」


「最悪、両方を相手にすることになるかもしれません」


「それだけは避けたいところだな」




 ジンたちは、神導騎士団とは別方向を目指す。


 だが彼には気になることがあった。




(テニュスの姿が無いな、出てこないつもりか?)




 あるいは、出撃は形式だけで、王都を守ったという実績を得るために最低限の戦力だけを派遣した可能性もある。


 まあ、それにしては騎士の数が多すぎるところはあるが。


 何にせよ、敵の正体がわからない以上、今は民を救うために前を向くしかなかった。


 やがて彼らは、特に悲鳴が大きな区域に到着。


 そこには血の匂いが充満しており、数多の肉の塊が投げ捨てられていた。




「う……なんと残酷な……」


「死体の断面、歯型にも見えるな」


「人を食らっていると? 人型のようですが新種の魔物でしょうか」


「殺した後に調べればわかることだ」




 シルドは「そうですね」と頷くと、後ろを振り返り騎士たちに命令を下す。




「半数は民の避難誘導を、もう半数は私とともに来なさい!」


『はっ!』




 騎士たちは命令を受け、一斉に動き出した。


 先頭を往くジンとシルド。


 近づく足音と敵意に気づいたのか、化物はゆっくりと彼らの方を向き、そして大きく口を開ける。




「気をつけなさい、攻撃が来ます!」




 二人とも攻撃が見えているわけではない。


 だがもはや第六感とも呼べるほど研ぎ澄まされた感覚が、迫りくる“捕食”の気配を感じていた。


 騎士たちは後退し、ジンとシルドがほぼ同時に飛び上がると、真下でガチンッ! と何かがぶつかる音がした。




「これは“口”か」


「私たちを食らうつもりのようですね」




 一瞬で敵の特性を理解し、そして敵に隙があることも見抜く。


 ジンは風で、シルドは岩で空中に足場を生み出すと、それを蹴って化物に接近した。


 両者共に抜いた剣を片手で握り、鋭い斬撃で斬り抜ける。


 敵の背後に着地する二人。


 化物の体には十字の傷が刻まれ、その肉体は四分割されて崩れ落ちた。




「シルド」


「ええ、わかっています」




 あまりにあっけなさすぎる。


 手応えもなかった。


 この場合の手応えとは、単純な斬り心地ではなく、“命を奪った”という実感のことだ。


 達人はそれを斬った際の感触で判別することができる。


 すると案の定、化物は再生を始めた。


 傷口から赤い触手が伸び、触手同士が繋がって元の形へと戻っていくのだ。


 そしてジンとシルドの方に目を向けると、再び口を開く。


 今度は――一帯を呑み込むほど、大きく。




「チッ、掴まれシルド!」


「しかしまだ逃げていない民が!」


「お前が死ねば犠牲者はより増えるッ!」




 ジンはシルドを腰から抱え上げ、風の魔術で爆発的に加速して一気に移動した。




「間に合えぇぇえええッ!」




 “口”は周囲の建物や、その中で震えていた一般市民を巻き込みながら、閉じられていく。


 一方、無防備な背後に立つ騎士たちは、それぞれ魔術で化物へ攻撃していたが、いまいち有効打が与えられない――いや、ダメージ自体は入っているのだが、化物がそれで動じる様子がなかった。


 たとえ肉体を焼いても、細切れにしても、打ち潰しても、すぐに元の形に戻ってしまうのだ。


 ジンたちはギリギリで口内からの脱出に成功。


 勢いを殺す余裕はなかったので、二人して地面を転がることになった。




「なんてことだ……」




 シルドが見たものは、更地になった王都の一角。


 そこにあった無数の命も失われた。


 握られた拳は怒りに震える。




「どうやら単純にあの肉体を攻撃するだけでは意味がないようだな」


「でしたら大勢で戦っても犠牲者を増やすだけですね。団長命令です、残る半数も民の避難誘導に参加しなさい! 一人でも多くの命を救うのですッ!」


『はっ!』




 実質的な戦力外通知だ、騎士たちも悔しくて仕方がないはずだが、異論は一切出なかった。




「さて、ジン。残るは私とあなたの二人ですが――どう攻めましょうか」


「私に考えがある。付き合え」


「ふ、同じ団長と言えどあなたの方が先輩です。従いますよ、後輩らしく」




 シルドが団長になる前――まだ上下関係があった頃のことを思い出しながら、二人は化物に向き合った。




 ◇◇◇




 その頃、王城ではバルコニーからカインが戦いの様子を心配そうに眺めていた。




「あれはお前の仕業か」




 背後から現れたクロドがそう尋ねる。




「兄様はそこまで僕のことを疑っているのですか!?」


「世界平和のためなら民の命すら差し出しそうだったからね。けれどその様子だと違うみたいだ」




 クロドはカインの隣に並び、火の手があがる王都に目を向けた。




「王位継承どころではなくなってしまった」


「ええ、父様の死を公表できる状況ではありません」


「……思ったよりも落ち着いているんだな」


「兄様こそ」


「一番ショックだったのは、余命を告げられたときだ。思えばあのときに父の死を覚悟していたのかもしれない」




 といっても、兄弟も一度は涙を流した。


 ここ最近は王と王子という関係で接することが多かったが、それでも父は父なのだから。


 すると並ぶ兄弟の元に、顔を真っ青にして息を切らしたゾラニーグが現れる。




「はぁ、はぁ、カイン殿下、これは……っ、どういう……!」


「ゾラニーグ、あなたは――」




 カインは彼の方を振り向くと、威圧的な口調で告げる。


 だが兄の目を気にしてか、一旦その場を離れると、廊下の隅で小さな声でゾラニーグを問い詰めた。




「例の作戦に参加した修道士の管理はどうなっているんです」


「どういう、ことでしょうか」


「簒奪者から聞きました、あれはレグナスだそうじゃないですか」


「なっ……あれが!? ではあれは、孵化した寄生体……しかし明らかに人間の形ではないようですが」


「処分は事が終わってから言い渡します」


「殿下、私を処分するとおっしゃるのですか!?」


「改革派のトップも別の方に譲ってもらうことになるでしょう」


「いくら王子といえど、教会の人事にまで口を挟む権利はないはずです!」


「では、あなたはミスの責任を取らないつもりですか?」




 王位継承が決定的となり気が大きくなっているのか、最近のカインはやけに高圧的だ。


 だがゾラニーグがミスしたことは事実である。


 悔しげな顔をしながらも何も言い返せない。




「魔物となったジンに逃げられ、魔女に施設を破壊され、リージェの影武者までも殺された。加えて寄生体の殲滅作戦も失敗し、それに気づかず王都はこの大混乱です。どう責任を取るつもりです」


「っ……私は……」


「正直、あなたの能力を疑わざるを得ません」


「では、改革派とは手を切ると」


「元よりあなた個人と手を繋いだわけではありません。切れませんよ、改革派と繋いだ手は」


「私だけを切れるとでも!?」


「可能です」


「改革派は私がいなければ成立しない!」


「あなたもわかっているでしょう、改革派内で次期国王たる私への期待が高まっていることぐらい。それに改革派はもう十分に大きくなりました、あなたの力はもう必要ないどころか、これからは足を引っ張る可能性もある」


「どこまで私を侮辱するつもりですか!」


「これでも評価はしていますよ。ゾラニーグ、あなたはなりふりを構わないやり方で、小さな組織を大きくする才能はあるのでしょう。しかし組織を安定運用する才能に欠けています。それに――」




 カインはゾラニーグに顔を近づけ、冷たく囁く。




「僕とあなた、どちらか一方を残すことになったとき、あなたを選ぶ者はいると思いますか?」




 王と大司教――その差はあまりに大きかった。


 能力云々関係なしに、その二択を迫られてゾラニーグを選ぶ者などほとんどいないであろう。


 だが彼は納得できない。


 カインの説得を諦め、その場を去る直前――捨て台詞を残していく。




「……殿下、あなたは後悔することになる」




 絵に書いたような負け犬の遠吠え。




「最後にあなたの本性が見れてよかった」




 そう告げる笑顔のカインに舌打ちをすると、ゾラニーグは大股で立ち去った。


 会話を終えたカインは、兄の隣に戻る。


 するとクロドが言った。




「僕もいずれはあんなふうに切り捨てられるんだろうね」


「兄様……僕のことが嫌いになったんですか?」


「今のお前は好きになれないよ」




 クロドもまた、カインの元から離れていこうとする。


 遠ざかる兄の背中に、弟は叫んだ。




「兄様っ! あなただっていずれはわかるはずです、僕が正しいってことを!」




 クロドは悲しげに息を吐き出すと、振り向きもせずにこう答える。




「そんな日は来ないよ」




 それがカインに聞こえたかどうかなんてどうでもよかった。


 立ち去るクロド。


 残されたカインは、簒奪者と侵略者の戦う空を見つめ、唇を噛んだ。




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