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021-3

 



「ようやくみつけた」




 白髪の簒奪者――アンターテがいたのは、王都の下水道だ。


 彼女の隣には紫髪の背の高い男、カルマーロも立っている。




「この形態。初めて見る」




 眠そうな声で彼はそう言った。


 視線の先にあるのは、まるで昆虫の巣のように張り巡らされた粘度のある糸。


 そしてその奥にある、赤い球体だった。


 大きさは2メートルから3メートルの間程度。


 まるで生きているように、どくん、どくんと脈打っている。


 観察しながらアンターテは言う。




「本来は人間の女に寄生する生物だから、男に寄生したことで擬態すらできなくなった」


「子を成すための肉体。作り変える。原型を失う」


「無理やり母体にしようとした結果、この卵みたいな形になったんだろうね。けどこれじゃ擬態とは言えない」


「正体を知られてはいけない。隠れる必要がある」


「下水道なんて場所を選んだのも、おそらくはそのため」




 少女が腕を振り払うと、氷の刃が糸を切り裂いた。




「ゾラニーグのミスのせいでこんなものが生まれてしまった、あいつはやっぱり信用ならない」


「被寄生者。報告。無い」


「王導騎士団の会話を盗み聞きしてようやく存在に気づけた。もっと早く知らされていれば、成長する前に排除できたのに」




 あっさりと“卵”の前まで到着すると、アンターテの背後にひときわ大きな氷の槍が浮かぶ。




「これが卵なら――孵化する前に破壊する」




 まるで雪のような外見とは裏腹に、燃え盛る激情を胸に秘め、少女の殺意が卵を貫いた――かのように思えた。


 だが砕けたのは氷の方。


 簒奪者の魔力をもってしても、卵は無傷だった。




「外殻。破壊不可能。この世に存在する物質ではない」


「カルマーロの魔術で溶かせない?」


「……試す」




 男の術式から吐き出されたヘドロのような闇が、卵にへばりつく。


 それは本来、人間程度であれば骨ごと一瞬で溶かしてしまうような強烈な酸だ。


 だが卵はびくともしない。




「無駄。おそらく」


「わたしがその上から貫く――」




 アンターテは先ほどよりもさらに大きな氷の槍を生み出し、射出した。


 衝突の衝撃で、下水道に吹雪のように冷たい風が吹きすさぶ。


 しかし――




「結局。無傷」




 カルマーロのその言葉と、目の前に鎮座する現実に、アンターテは少し落ち込んだ様子だった。




「わたしたちでもまだ届かない……」


「問題ない。魔力は成長する。いずれ届く」


「タイムリミットは早まってる、いずれ(・・・)では意味が無い。エレイン様の期待にも答えられない――」




 悔しげに拳を握るアンターテだったが、そんな彼女の目の前で卵が大きく脈動する。




「孵る」


「地上に吐き出すつもりなんだ」


「アンターテ。どうする」


「カインに連絡を取る。無駄に犠牲者を増やして餌を減らすことをエレイン様は望んでいないから」


「我たちは」




 二人は闇に隠れて動く簒奪者。


 本来なら表に出て行動することはほとんど無いのだが――




「相手が侵略者(プレデター)なら出し惜しみはしない」




 アンターテは躊躇しなかった。




 ◇◇◇




 ドロセアがラパーパと一緒に歩いていると、突如として激しく地面が揺れはじめた。




「きゃあぁああっ!」




 転びそうになるラパーパをとっさにドロセアが支える。




「地震!? いやあれは!」




 王都の地表から上空に向かって、突如として氷の柱が伸びた。


 その上に立っているのは、忘れたくても忘れられない少女の姿。




「簒奪者ッ、あいつらが!」


「この地震を起こしたのもその人たちなんデス?」




 ようやく揺れは収まったが、なおも異変は続く。


 簒奪者と向かい合うように、ふわりと人影が浮かんだのだ。


 だがそれが人間でないことはすぐにわかった。


 肌はわずかに緑がかった白で、透明の粘液にまみれている。


 その全身に毛はなく、黒い瞳は人間の数倍の大きさはある。


 また、鼻が無いかわりに、口は頭部を上と下に分断するように大きく裂けていた。


 体型も人間に近い形をしていながら、腕は長く、手は大きく、爪は鋭く、足は細長い。


 人間を模したなり損ない――ドロセアはそんな印象を受けた。




「な、なんなんですか、あの化物……浮いてますよ!?」




 あれはどうやら簒奪者と敵対しているようだ。


 思い浮かぶ可能性は一つしかない。




「レグナス……」


「彼があんな姿になったっていうんデス!?」


「それか、彼の“中”にいたあの子供たちかもね」


「じゃあ、もうレグナスは……」


「冷たい言い方になるけど、たぶんラパーパの前に姿を現した時点でもう駄目だったんだと思う」


「最初から、救えなかったっていうんですか」




 俯くラパーパ。


 すると空中で化物と簒奪者の戦いが始まる。


 簒奪者の少女は問答無用の最大出力で敵を串刺しにしようとしたが、放った氷は見えない力で尽く砕かれた。


 それはドロセアの右目にも見えない“何か”だった。




(大気中に魔力が充満している以上、この世に存在するあらゆる生物は魔力の影響を受けずにはいられない。でもあいつは――その理の“外”にいるように見える)




 正体はわからない。


 だが簒奪者ですら恐れるような“何か”なのだろうという予測はできた。


 そしてドロセアたちから少し離れた場所にもそれ(・・)は現れる。


 どこかから飛んできたのか、白い膜と粘液に包まれた物体がべちゃりと落下した。


 すぐさま膜は破られ、中から簒奪者と戦っている化物と同じ姿の異形が現れる。




「ラパーパはここにいて!」


「ドロセアさんっ!?」




 ドロセアは真っ先に飛び出し、剣を握る。


 状況が把握できていない王都の民は、まだ逃げようとすらしていない。


 彼女は大声で呼びかけた。




「そいつに近づかないでっ! 早く逃げてッ!」




 いきなりそんなことを言っても、反応できるのはわずかな人間だけだ。


 孵化し、立ち上がる化物を前に、身動きを取れずにいる人はまだ大勢いる。


 そして化物はそんな無防備な人間の前で、大きく口を開いた。


 簒奪者の攻撃を砕いたときも、同じように口を開いていた。




(あの攻撃自体が魔術でなかったとしても――)




 簒奪者の魔術すらもたやすく砕くような、強烈な一撃。


 しかもそれを視認することはできない。


 しかし、ドロセアにはそれが可能であった。




それ(・・)は大気中の魔力を押しのける。“魔力の空白”として浮かび上がる!)




 現れたのは巨大な口。


 それが人々を捕食すべく大きく開かれている。


 ドロセアは脚部を強化し敵に接近。


 剣を振るうと同時に魔術を発動し、その“口”を避けて化物本体を狙った。


 放たれたのは風の魔術。


 だが斬撃や打撃と言ったダメージを与えるためものではない。


 接触と同時に破裂し、相手を“吹き飛ばす”ことに特化させた魔術だ。


 狙い通り、化物に命中したそれにより、相手はわずかによろける。


 捕食にも失敗し、一撃目の犠牲者をゼロにできた。


 再びドロセアは叫ぶ。




「死にたくなったらここから逃げてぇッ!」




 必死の呼びかけが届いたのか、人々は悲鳴をあげながら離れていく。


 そして幸いにも、化物の視線はドロセアに向けられていた。




「標的に選んでもらえるなんて光栄だね」




 皮肉を言っても、苦笑いすらしやしない。


 もはや人間のフリをすることもないようだ。


 化物はジリジリとドロセアとの間合いを測る。


 すると彼女の近くに、黒い靄が近づいてきた。




(魔力の塊……?)




 しかし靄は一定の距離で止まると、のっぺりとした男の声で喋りかけてくる。




「侵略者、あるいは捕食者。共通の敵」


「誰――いやその魔力量、簒奪者なんでしょ!?」


「戦う。停戦。今だけ」


「停戦も何もまともに向き合ったことすらッ! ってもういないし……ああもう、なんなのあいつら!」




 いなくなった相手に苛立っても不毛なだけだ。


 ドロセアは怒りを目の前の異形にぶつけるしかなかった。




「どうせ無差別に人を襲う化物なんて放っておけないんだから。お前を倒して、簒奪者の首根っこ掴んでやる!」




 捕食者が口を開く。


 同時に見えない口がドロセアを狙って伸びてきた。


 彼女はそれを見極めると低い姿勢でその下をくぐり、本体に接近する。




「せええぇぇええいッ!」




 気合の入った声とともに、ドロセアは刃を滑らせる。


 斬撃は異形を捉え、その首を斬り落とした。




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