021-1 孵化
国王サイオンの死が近いと二人の王子に言い渡されたのは、その翌日のことだった。
王は第二王子カインだけを自室に呼び出す。
彼に王を継がせるつもりなのは明らかだ。
一方、第一王子クロドは落ち着いた様子で自室でくつろいでいた。
だがその頃、王都では――カインの悪事を暴く記事を掲載した新聞が出回りはじめていたのだった。
王都の裏社会を牛耳っていたゼッツによる告白。
カイン王子と改革派のゾラニーグと共謀し、王都に混乱を引き起こしたこと。
また、王牙騎士団の団長であるジン殺害計画や、改革派による人体実験も暴かれることとなる。
無論、あくまでゼッツが言っているだけに過ぎないし、改革派すぐさまにそれを否定する声明を発表したのだが――カインがそれに気づいたのは、サイオンから『お前に王を継いでほしい』と頼まれた直後だった。
世に向けて次代の王を発表する直前に起きたその事件。
誰の手によるものかなど、考えるまでもない。
カインは止める大臣たちを振り払い、クロドの自室に踏み込む。
「兄様ッ!」
声を荒らげるカインとは対照的に、クロドは冷静そのものだ。
「どうしたんだい、カイン。そんなに顔を真っ赤にして」
「あなたは……今日が王国にとってどれだけ大事な日かわかっているのですか!?」
「そうだね、大事な日だ」
「王国に混乱をもたらすつもりですか」
「自分が王になれば混乱など起きないとでも言いたいのかい」
「現状維持の混乱よりは、変化による混乱のほうが良いはずです!」
堂々と言い切るカインに、もはやクロドはため息を隠そうともしなかった。
だがそんな兄の姿を見てもカインは鼻息荒く、自らの意見を曲げない。
「兄様、理解してください。世界は変わる必要があるんです。今、まさにこの世界には危機が迫っている。全ての人が心を一つにして、それに立ち向かわなければならない!」
「危機とは何のことかな」
「“大いなる危機”ですよ! この世界を滅ぼす大災害が迫っているのですッ!」
「……カイン」
「エレイン様はそれに対抗する術を生み出すために僕たちに力を与えてくださった!」
「カイン、お願いだ僕の話を」
「エレイン様はあんなにも、自分の命を犠牲にしてまでこの世界を救おうとしてくださっているのです! その気持ちが、わからないのですか兄様!」
「僕の話を聞くんだ、カインッ!」
「っ……」
今まで一度もクロドに怒鳴られたことなどなかったカインは、その迫力に体をすくませた。
「その目は、王国を見ているのか?」
「より広い視野が必要になっているのですよ」
「王が考えなければならないのは、この国の民を守ることだ」
「多少の犠牲は仕方ありません」
「本気で言っているのか?」
「兄様こそ、王国には大国としての責務があることを理解すべきです!」
クロドは首を左右に振り、悲しげな表情を浮かべる。
「僕がするべきことは変わらないよ」
「兄様……」
「カイン、お前は変わってしまった。僕はこの王国のために、どんな手段を使ってでも王になってみせる」
「……わかりました。兄様がそこまで言うのなら、僕もあらゆる手段を使って王であり続けましょう!」
売り言葉に買い言葉、兄弟喧嘩という言葉だけで表すには二人の間にある溝はあまりに大きかった。
カインは兄に背を向け、部屋を後にする。
「父様の言葉は文書に残してあります、すでに僕の方が有利であることをお忘れなく」
捨て台詞を残し去っていった弟。
カインは窓際に移動し、今はまだ栄えている王都を見下ろす。
「愚かな我が弟よ。たとえ脅威から世界を守れたとしても、民が居なければ意味などないだろう。王とはそういうものではないのか」
寂しげに呟いた言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。
◇◇◇
部屋を出たカインは教会本部へ向かう。
だが城を出る前に、ゾラニーグが彼の前に現れた。
「殿下、お話よろしいですかな」
「ちょうど僕もあなたの元へ行こうとしていたところです」
二人はカインの自室に場所を移し、対策を考える。
「ゼッツの告白に関しては、下手なことを言わない方がよいでしょう」
「民は弁解しろと声をあげているようですが」
「さしたる数ではありませんよ」
「しかし問題は冒険者の占める割合が多いことです、ゼッツに抑圧され不満を溜め込んでいたのでしょう。彼らは民の生活を支え、人気も高い。上位の冒険者が動けば、嫌でも抗議の輪は広がってしまう」
「……では、あなたはどうするべきだと考えているのですか。そこまで言うのなら案があるのでしょう」
「“彼”を使ったらどうです」
ゾラニーグは、その場にはいないあのひょろ長い男を思い浮かべながら言った。
カインにもそれは伝わったらしく、彼は渋い顔をする。
「カルマーロですか。彼は別に僕の指示にしたがって動いてるわけではありませんよ、あくまで一時的に力を貸してくれているだけです」
「なら同じように力を貸してもらいましょう。上位の冒険者の動きを封じれば……」
「ですが……」
「何か問題があるので?」
「簒奪者の力を借りるのは最終手段です。まずは自力でどうにかしなければ、エレイン様から力を認めてもらうことすらできない」
「……はぁ、そうですね」
同意しながらも、ゾラニーグは呆れ顔だ。
(想定外だった。カイン王子を引き込めたのは良いが、ここまで入れ込むタイプだったとは)
ゾラニーグはあくまで改革派のために動く男。
簒奪者や、彼らが信奉するエレインの存在は知りながらも、その信者になるつもりはなかった。
しかしカインは違う。
エレインの存在を知るやいなや、ガイオスよりもそちらを神と崇めるようになってしまったのだ。
(そのせいか簒奪者も私以上にカイン王子の方を信用しているようだ。どうにかして主導権を取り戻したいが……)
簒奪者も、正しき選択も、カイン王子も――あくまで手を組んだだけで、仲間というわけではない。
いつ出し抜くか、どこまで利用できるか、常にそれを考えて動いているのがゾラニーグという男である。
「父様はおそらく、明日か明後日にはお亡くなりになるでしょう」
「いよいよ殿下が陛下になるわけですね」
「しかし今のままでは、一定数の不安要素を抱えたスタートとなってしまいます。ですがエルクが語った内容が事実である以上、完全に否定するのは困難です」
「諦めるおつもりで?」
「いえ、マイナス要素はプラスで打ち消せばいいのですよ」
得意げに語るカイン王子に、ゾラニーグは嫌な予感がした。
「聖女の力を公表します」
「本気ですか!?」
「ええ、あの薬を最終的には国民全員に配りましょう。全員が高等級の魔術師となれる、魔術大国の誕生です! これで誰もが僕のことを王と認めるはずだ」
「しかしそれでは、魔物化が――」
「何か問題がありますか?」
カインは野心に溢れた瞳を見開く。
それは確かに為政者らしい表情ではあったが、彼の向いている方角に問題がある。
「副作用に気づかれれば、大きな反動が生じます。暴動にでもなれば、騎士や兵士を動員しても鎮圧するのは困難です。なぜなら、暴動に参加する民全員が魔術師なのですから!」
「本当に暴動など起きるでしょうか」
「魔物になりたい人間などいません!」
「しかし人の欲は飽くなき者。低確率で魔物になるリスクがあったとしても、ほとんどの人間が魔力を得られるのなら、みな受け入れるのではないでしょうか。仮に暴動が起きるようなことがあっても、恩恵を受けたい人間が率先して潰してくれるはずだと僕は思うのですが」
魔術師は、人々の夢だ。
魔術師になれる人間とそれ以外の生活にはあまりに大きな差がある。
特に地方の貧しい村などでは、魔術師一人生まれるだけで大騒ぎになるという。
それが、全員だ。
全員そうなれるというのなら、夢が叶うというのなら、1%の失敗ぐらい目をつぶるのではないだろうか。
カインが笑う。
ゾラニーグが心の中で納得してしまったことに気づいたらしい。
「魔物になってしまった人は、少し運が悪かっただけなんですよ」
「そのような理屈で民が黙るはずが……」
彼はわかっている。
うまく立ち回れば、うまく理由付けしてやれば、黙るどころか民は味方になってくれる、と。
「ゾラニーグさんも納得してくれたみたいですね、ではその方向で調整を進めましょう」
カインの目はいつになくキラキラと輝いている。
仕えるべき主を見つけて。
やるべき役目を与えられて。
完全に兄を超えることができて。
今のカインは、人生で感じたことがないほどに満たされていた。
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