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020-4

 



 路地は大量の血で汚れており、上半身と下半身が真っ二つに引きちぎられたカウデスの死体が放置されていた。


 あたりには生臭い死臭が漂っている。


 案内した騎士は「こ、ここです……」と気分が悪そうに言った。


 見張っていた他の騎士たちの顔色も優れない。




「これは……ひどいな」




 ジンの一言目の感想がそれだった。


 だがドロセアが感じたのも似たようなことだ。




「まるで獣に襲われたような死に方。食い荒らされた痕は無いみたいだけど……」


「しかし切り口が刃物ではありませんね」




 シルドの言葉にドロセアは頷く。




「ええ、まるで力ずくで真っ二つに引き裂かれたみたいな見た目をしてます」


「魔物に殺害された人間がこうなるところは見たことがあるが……シルドはどう考える」


「魔物ならばピンポイントでカウデスのみを狙うとは考えにくいですね、もっと騒ぎになっているはずだ」


「確かにそうだ。理性を持った魔物でもいれば話は別だがな」




 おそらくジンが思い浮かべているのは簒奪者のことだ。


 しかし――




「でもあいつらと正しき選択は繋がってますよ、狙う理由がありません」


「ああ、ドロセアの言うとおりだ。解せないな……」




 考えれば考えるほど、答えから遠ざかっていくような気がした。


 だが何はともあれ、テニュスたちが守りたがっていたカウデスの逃走は結果として阻止されたことになる。


 このような死体では、大した情報を引き出すことはできないが、正しき選択の持つ独自の毒の解析などには役立つだろう。




「この死体、王導騎士団で回収しますが構いませんか」


「私たちの方には死体をどうこうできる場所は無いんで、お願いします」


「王魔に回すのか」


「ええ、万が一にでも魔物の仕業である可能性があるなら、それで何かわかるでしょう」




 魔物に殺された人間には、殺した魔物の魔力の痕跡がわずかに残る。


 しかしドロセアの目には何も見えていなかった。


 真っ二つに引き裂かれた断面にも、魔術を使われた形跡が無い。




(魔物でも簒奪者でもない、人間を力ずくで引き裂ける化物……)




 ドロセアには心当たりはあった。


 ジンやシルドもその存在は知っているようだが、この事件に関わっているとは思っていないようだ。


 もちろん、ドロセアも何か根拠があって言っているのではない。


 だが、自分たち以外に簒奪者や改革派と敵対している相手というと、あれしか思い浮かばない。




(ラパーパを襲った時点ではそんな芸当ができるほど強くはなかった。レグナス……あの男、成長(・・)してるの……?)




 体内から外に出ようとするあの無数の赤子の顔を思い出して、ドロセアは少し吐き気がした。




 ◇◇◇




 同時刻、王城にて。


 テニュスたち王牙騎士団――もとい神導騎士団は、初任務を終えて一つの部屋に集められていた。




「お疲れ様でした、神の使徒よ」




 騎士たちをねぎらうのは、上機嫌に微笑むカインだ。


 テニュスは彼の前にひざまずくと、悔しげに報告する。




「申しわけございません、任務対象を逃してしまいました」


「謝ることはありませんよ、みんなは僕の指示通りに動いただけではありませんか。今後も忠実な働きを期待していますよ」




 今日の神導騎士団は、あくまで試運転だ。


 簒奪者の魔術がちゃんと聞いているかの確認に過ぎない。


 それが確かめられただけで、任務は完了したと言っていいだろう。


 ニコニコと笑うカインの背後には、またしても簒奪者の男が立っている。


 彼は無言でテニュスを見下ろしていたが、ふいに扉の方に視線を向ける。


 足音が近づいてきた。


 ノックもせずに、勢いよく扉が開かれる。




「おー、やってるやってる。カイン、あんた本気で王様目指すことにしたんだー」


「アンタム! どうしてここに!」


「どうしてって、あーし王魔騎士団の団長だし、城ん中自由に集まる権利ぐらいあるんですケド」




 アンタム・ライオローズ――ピンクと金色のど派手な髪型をしたその女性は、見た目とは裏腹に王国の魔術研究機関である王魔騎士団のトップである。


 白衣を纏い、その下は短いスカートに露出の多いトップス。


 見ているだけでカインの顔が赤くなるほどの色気がある。


 しかもたちの悪いことに、ライオローズ家は王族であるガイオルース家とはかなり近い親戚。


 つまりアンタムもまた王族なのである。


 そのためカインとアンタムは幼少期から付き合いがあり、顔を合わせる度にカインはからかわれているのだった。




「マジで立派になったよねー、昔はあーしと目も合わせらんなかったくせにさぁ、今は王様とか言ってんだもん」


「国王はまだ父様だよ」


「“まだ”とか言っちゃってんじゃん、あーしらも必死に治療方法探してんのにさ」


「だったら早く戻ればいいじゃないか」


「そうもいかないんだって。団長にもなると仕事めっちゃ忙しいの、色々平行して進めなきゃなんないのよ」




 そう言って、アンタムはテニュスの手を掴み、引っ張った。




「何をしてるんだアンタム」


「こっちの団長ちゃん借りてくよ」


「勝手なことをするんじゃない!」


「勝手さで言えばカインのが上じゃない?」


「う……」




 言いよどむカイン。


 アンタムはその反応を見て満足気に微笑む、彼に背を向けてテニュスを部屋の外まで連れて行く。


 そのとき、カインは簒奪者に目配せをした。




(いずれはそうするつもりだった、予定が少し早まるだけじゃないか。ためらうな……!)




 簒奪者が動く。


 テニュスたち相手にそうしたように、アンタムを闇で覆おうとしたところで――




「あーしさ」




 アンタムは足を止め、カインの方に振り返る。




「あんたのこと殺したくないよ」




 彼は金縛りに会ったかのように動けなくなった。


 その様子を見て、簒奪者は魔術を中断する。


 軽くため息をついたアンタムは、「じゃーねー」とひらひら手を振り、部屋を出ていった。




 ◇◇◇




 廊下を歩きながら、テニュスがようやく口を開く。




「あたしをどこに連れて行くつもりだ」


「自意識が薄弱になってんの?」


「は?」


「ここまで黙ってあーしに付いてきた理由。指示がなかったから逆らわなかったのか、それとも他に理由があるのかなって」


「……どうでもいいだろう、あたしのことなんて」




 妙にやさぐれた様子のテニュス。


 アンタムは目的地に向かいながら考える。




(王牙騎士団はどう考えても何かされてる。たぶんカインの近くにいたあの男に。つかあーしもあそこで魔術使われてたらヤバかったし、カインがヘタレで助かったぁ~)




 先ほどはかっこつけては見たものの、内心はビビリまくっていたらしい。




(ただテニュスの様子を見るに、単純に自意識を奪うとかそういう魔術じゃなさそう。薄いどころか、なんつーか、むしろ重苦しいんだよね。なんだろ、この話してて感じる胃の痛さっつーか気まずさは)




 同じ騎士団の団長として、アンタムは何かテニュスと言葉を交わしたことがある。


 以前のテニュスはもっと気さくで明るくて、話していると気持ちが明るくなるタイプの人間だった。


 それが今はまるで真逆だ。




「カイン様に逆らうとか余計なこと考えてんじゃねえだろうな」




 テニュスがどすの効いた声でそう脅してくる。


 しかしアンタムはけらけらと笑い、それを軽く受け流した。




「無い無い! あーし別に王族がどうとか王位継承がどうとかどーでもいいし。それよりこの前の話、ちゃんと覚えてる?」


「……ああ、何か計測されてたな」


「そそ、あれの試作型が完成したからさ、あんたに試してほしくて」




 王城を出て、王魔騎士団の研究所の門をくぐり、二人が到着したのはこの施設内でもひときわ広い部屋だった。


 部屋の壁側には、巨大な人型の物体がまるで拘束されるかのように保管されている。




「あれは何だ」


「あんたのデータから作った、新しい魔術兵装だよ」


「巨大な、鎧か?」


「まあそんな感じだよ」




 制作者のくせに、アンタムの答えは妙に曖昧だ。


 だがテニュスは魅入られたようにその鎧を見つめており、細かい部分は気にならないらしい。




(あーあ、ついにこの状態のテニュスとこいつを合わせちゃったよ)




 アンタムは、瞳に暗い感情をたぎらせ、じっと巨大な鎧を見つめるテニュスを見て、心配そうに唇をへの字に曲げる。




(言われたから連れてきたケドさ、本当に大丈夫なの? 信じるからね、マヴェリカ)




 それを指示した魔女の顔を思い浮かべながら、彼女は小さくため息をついた。




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