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020-3

 



「さあさあ、こちらへどうぞ」




 ドロセアたちが用意したのは、ムル爺たちが集会所として使っている広間だった。


 そこにスィーゼの案内で現れたのは、三人の男性――


 第一王子クロド、教皇代理にして主流派の筆頭サージス、そして王導騎士団の団長シルドだった。


 思わずドロセアが目眩を覚えるほど大物揃いである。


 妙にスィーゼが焦っていた理由もこれでわかった。


 ジンは立ち上がり、クロドの前にひざまずく。


 ドロセアも真似するべきかと思ったが、どう考えてもかっこつかないので、とりあえず頭を下げておいた。




「今は王族に仕える立場ではないだろう、ジン」


「身に染み付いていますので」


「わかったよ、今も王国のために戦っているという意思表示だと思っておこう。そして君が――」


「ドロセア、です」


「話には聞いているよ、マヴェリカさんの一番弟子だそうだね」


「王族だから師匠のこと知ってるんですね」


「もちろんさ、かくいう僕も子供の頃に預けられたことがあって――」


「クロド殿下」




 世間話に花が咲きそうになったところで、サージスが低い声でそれを止めた。


 ただでさえ緊張しているドロセアは、その声の迫力にびくっと肩を震わせる。




「すまない、共通の話題が見つかって嬉しかったんだ。ひとまず座ろう、今日はかしこまった場ではないのだから」




 言われるがまま、ドロセアとジンは来訪者三人と向かい合う形で腰掛ける。


 スィーゼはちゃっかりジンの隣に陣取っていた。




「さて、どうして僕らがここを訪れたのか、最初に目的から言うよ」




 クロドはいかにも人の良さそうな笑みを浮かべ告げる。




「ドロセア、ジン、僕と手を組まないかい」




 困惑するドロセア。


 いつの間に王子に声をかけられるような立場になっていたというのか――まだ王都にきてから大して時間も経っていないというのに。


 するとサージスが続けて補足する。




「胡散臭い改革派がカイン王子との繋がりを強めてからというもの、動きが活発になっておりましてな。サイオン陛下の崩御が近い今、放っておくわけにはいかなくなったのですよ」




 その言葉にジンが反応した。




「陛下の体調は思わしくないのですか」




 それに答えるのはクロドだ。




「つい数時間前に意識を失って倒れたよ。場合によってはこのまま……」


「まさかそこまでとは!」


「そんな中で今日の騒動です、カイン王子が王牙騎士団まで手中に収めているとは……今でも信じられません」




 シルドは悔しげに拳を握った。


 団は違えど同じ騎士、王牙騎士団の面々を心配しているのだろう。




「正直、王牙騎士団の寝返りについては怪しいと思っているんだけどね。彼女たちがそう簡単に改革派につくとは思えない」




 クロドの言葉に、シルドも頷く。


 どうやらスィーゼはまだ、テニュスたちが操られていることを()には報告していないらしい。


 直接その現場は見ていないのだから、うかつに話すことはできなかったのだろう。


 だが実際にジンがテニュスと交戦した今、それはもはや確信に至ったと言ってもいい。




「スィーゼが思うに、王牙騎士団は改革派に魔術で操られているんだ」


「言い切れるだけの証拠があるんだね、スィーゼ」


「私がテニュスに殺されかけたことが何よりの証拠でしょう、王子」




 ジンとテニュスの関係はクロド王子も多少は知っているはずだ。


 だからその言葉に驚き、困惑する。




「まさか彼女が……それはただごとではないね」


「世界の救済だとか、真実だとか、怪しげなことを口走っていましたよ」


「ですがS級魔術師を操れる魔術師など存在しますかな」




 訝しむサージスの疑問に答えたのはドロセアだ。




簒奪者(オーバーライター)と呼ばれる怪しげな連中が改革派と手を組んでいます」


「おーばー……? それは何なのだ」


「詳細はわかりません、普通の人間よりも遥かに多い魔力を持つ者たちのことをそう呼ぶようです」


「にわかには信じがたいが」


「しかしそういった者たちを味方に付けているとすると、改革派が妙に強気なのも納得ができる。違うかなサージス」


「確かに殿下の言う通りですな……加えて、その簒奪者を利用して王牙騎士団を手中に収めることにより、ついに彼らは“表”で堂々と使える戦力を手に入れたわけですなあ」


「殿下、これはもはや我が王国に対する反逆と呼べるのではないですか」




 シルドの言葉に、クロドは顎に手を当て、難しい顔をする。




「勝者が正義だよ。このままカインが国王になるのなら、その行いすらも正義になる」


「そんな……!」


「そうしないために私たちと手を組みたいんですよね」


「はは、簒奪者の存在を知ったのは今だよ、そこまで具体的なプランがあって来たわけではない。ただ、少しでも味方がほしいと思っているだけさ。僕が王位を継承するためにも」


「少しでも味方を……そんなに劣勢なんですか」


「父上の体調が悪化するほどに、貴族たちの動きは慌ただしくなっていく。僕に味方をしてくれた貴族も、勝ち馬に乗るために裏切っている最中なんだ」


「情けない人たちですね」


「まったくだよ。それで、君は僕と手を組んでくれるのかな?」




 ジンが心配そうにドロセアの方を見る。


 彼はともかく、ドロセアの方は王族の権力争いとは無関係の人間だ。


 嫌なら断っても構わない――そう視線で伝えているようだ。




「対価さえいただけるなら」




 ドロセアがそう言うと、サージスとシルドは眉をひそめた。


 彼らには忠義があるのだろう。


 民ならば王子に従うべきだと、そう考えているのだ。


 しかし当のクロドは笑みを浮かべたままである。




「何がほしいのかな」


「王城にリージェという女の子が監禁されてます、彼女を取り戻したいんです」


「リージェというと……例の聖女だね。それとも同姓同名の別人かな?」


「いえ、聖女リージェで合っています」


「聖女は魔女と戦って死んだと報告を受けている、王城にいるとはどういうことだ」


「死んでませんよサージス様。あのとき死んだリージェは偽物です、聖女の血を使って魔力を強化された別人なんですよ」




 聖女の血を使った魔力の強化――それを知らぬ者にとっては、衝撃的な内容だろう。


 シルドも前のめりになりながらドロセアを問い詰める。




「聖女の血にそんな力が本当にあるというのですか!?」


「シルド様ですらまだそれも掴んでないんですね。ゼッツたちが異様に高い魔力を保有していることに違和感は覚えませんでしたか」


「魔力を向上させる薬があるという噂は聞いていますが、あれは事実だったと……」


「それが聖女の血を用いたものです。改革派はリージェの血に特別な力があることに着目し、研究を続けているようです」




 一方でサージスは、妙に納得したような表情だった。


 今まで点在していた不自然な違和感が一本の線で繋がったのだろう。




「それゆえに改革派はあそこまで聖女の身柄に固執していたのか」


「私は、簒奪者の目的もリージェの血だと思ってます。あるいは、手を組んでいる“正しき選択(ジェンティアナ)”も」


「あの暗殺集団まで改革派と繋がっていると!? では、ジンが殺されかけたあの事件は――」




 シルドはジンから信用できる相手だと思われているのだろう、彼が王牙騎士団を離れるきっかけとなった事件のあらましについては聞かされているようだ。


 ジンが静かに頷くと、シルドは頭を抱えた。




「つまり犯罪組織とカイン王子が繋がっているということになります。そのような人間が王となれば王国の秩序は大きく乱れてしまいます!」


「手を組む以前に、とんだ悪事が表に出てきしまったようだね」


「しかし殿下、これは好機でもありますぞ。それらを表沙汰にできれば改革派の勢いを削ぐことはできましょう」


「問題ははっきりとした証拠が無いことさ」




 証拠を求めるクロドに、ドロセアは少し悩んだあとにとある提案をした。




「証人ならいますよ」


「……いいのかドロセア」


「平気ですよジンさん、リージェを救うために使えるものは使うべきです。私のエルクへの恨みなんて二の次ですから」


「そのエルクとは誰のことかな、聞いたことがある気もするけれど」




 クロドはどうやら、エルクの偽名の方しか知らないようだ。


 するとシルドが口を開く。




「聖女に怪我を追わせ養成所から逃走した騎士候補がそのような名前だったと記憶しています」


「シルド様の言う通り、そのエルクです。そのあと、ゼッツに名前を変えて王都で暴れてました。あいつらも改革派と繋がってるんです」


「あの男がゼッツ本人だったのですか……仲間たちは偽名を使っていなかったので脱走者であることは把握していましたが」


「ふん、悪人はみな連中と通じているな」




 サージスは吐き捨てるように言った。


 カインやゾラニーグが狙ってそうしているのかはわからないが、確かにモラルの無い連中が集まっている。


 カインが王と成り、彼らが蔓延る王国になれば、今以上に人の命が軽くなるだろう。




「私たちはエルクを捕らえています、実際にゾラニーグと繋がっていたという証言も得られました」


「彼の身柄を僕らに渡すことはできるかな」


「クロド王子が私たちよりあいつをうまく使うと約束できるのなら」


「それは保証しよう、少なくともカイン相手に使うのなら僕以上にうまく扱える人間はいないと思うよ」




 その言葉には説得力がある。


 カイン王子とクロド王子の仲の良さは王国では有名な話だ。


 今は王位継承でこじれてしまっているが、クロドがカインのウィークポイントを知っているのは紛れもない事実なのだから。


 加えて、彼はこう言った。




「対価として僕らは聖女の奪取に協力する。僕が王になった暁には、罪も帳消しにしよう」




 それこそがドロセアの求めるものだった。


 彼女一人が追われるのならどうとでもなる。


 だが、リージェまで追われる身となり、落ち着いて二人で暮らしていけないのは嫌だったから。




「安心しました、これで堂々とリージェをさらえますね。ではエルクの元に案内します。それとジンさん」


「わかっている、ムル爺には私から話を付けておこう」




 ムル爺に付き従う若い衆は、長が怪我をしたため殺気立っている。


 八つ当たりでもいいのでエルクを殺してやりたい気分に違いない。


 そこに水をさすのだ、道理は通っていても多少のフォローは必要だろう。


 それをジンに任せ、ドロセアは王子たちをエルクの元へ案内した。




 ◇◇◇




「お、お願いだぁ、もう殺してぇ。これ以上痛いのは嫌だっ、殺してくれえぇえっ!」




 騎士はわめくエルクの口に布を詰め込み黙らせると、どこかへ連行していった。


 王城ではない、クロド王子の所有する施設に監禁するのだという。




「あれはあなたが?」




 王道騎士団団長シルドの問いにドロセアが頷くと、彼の表情は少し険しくなった。




「失礼ですが、あなたは何歳ですか?」


「もう少しで15になる14歳ですよ。それが何か」


「その歳で拷問技術を身につけてしまったのですね」


「私はリージェを救うためなら何でもします。私の手が汚れてるとか汚れてないとかどうでもいいんです、彼女と一緒に過ごすことだけが私にとって必要なものだから」




 強い決意を込め言い放つドロセア。


 彼女の放つ言い知れぬ迫力に、シルドはごくりとつばを飲み込む。


 エルクを打ちのめすのは、リージェを救う道中にあるちょっとした寄り道にすぎない。


 終わってしまえば、あとは忘れるだけだ。


 クロド王子とサージス教皇代理は、少し離れた場所で何やらひそひそ話をしている。


 ドロセアやエルクとの邂逅で手札が変わったため、今後どう事を進めるか作戦を練っているのだろう。




「そう言えば、ドロセアさんはテニュスさんとも知り合いで――」


「団長!」




 シルドが何かを聞こうとしたところに、部下が割り込んでくる。


 走ってきたのか、額に汗を浮かべたその騎士は早口気味に報告した。




「何事ですか」


「ここから東にある路地で死体が発見されました」


「街で起きた通常の事件なら処理は衛兵に引き継ぐことになっているはずですが」


「それがっ、その遺体の所有物の中に毒が付着した刃物が混ざっていまして」


「毒だと?」




 大きめの声でそう反応したのはジンだった。




「その死体は男か」


「は、はい」


「見た目は十代後半から二十代前半、身長は175センチほど、体は細身で髪は明るい茶髪だろう」


「そ、その通りですっ!」




 ずばり言い当てるジンに、報告する騎士は驚きを隠せない。


 ここまで来ると、ドロセアにもジンが言わんとすることは伝わっていた。




「ストームさん、その特徴って」


「ああ、カウデスだ」


「それも脱走した騎士候補生の名前ですね。エルクの仲間ですか」


「ああ、だがその正体はシルドもよく知っている“正しき選択”の構成員だよ」


「暗殺組織の!?」


「改革派からエルクの監視を依頼されてたみたいで、彼の友人に成りすまして付きまとってたんです」


「逃げるカウデスを私が捕まえようとしたんだが、それをテニュスに邪魔されてな」


「そのようなことが……ですがなぜ、そのカウデスが殺されてしまったのでしょう」


「わかりません。ですから私たちもシルド様と一緒に見に行っていいですか?」


「構いませんよ、事情を知る人が居たほうが都合がいいので」




 ドロセアたちは、クロドとサージスの護衛を王導騎士団に任せ、カウデスの死体の元へと向かった。




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