020-1 対抗勢力
ジンは廃墟の外から、ドロセアとエルクの様子を見つめていた。
だがその表情は暗い。
(いくら“正しき選択”が相手とはいえ気配すら悟れずに接近を許すとは、騎士団を離れているうちになまったか)
カウデス――に変装した何者かは、すでに廃墟内部に入ってしまった。
隠れてエルクの暗殺を狙っているわけでもないようなので、ドロセアでも対処できそうな状況ではある。
見たところ、今も彼はカウデスのフリを続けているらしい。
エルクが単独行動に出た時点で正体がバレたと気づけそうなものだが、イチかバチかに賭けて彼に近づこうとしているあたり、“正しき選択”の暗殺者も焦っているのだろう。
そして事は起きる。
カウデスはナイフでエルクに襲いかかった。
だがドロセアに邪魔をされ暗殺は失敗、カウデスはすぐさま廃墟からの脱出を試みる。
ここからがジンの出番だ。
(失敗は繰り返さん)
脚部に魔術を展開。
風の力で跳躍し、カウデスとの距離を一気に縮める。
すると向こうも風を切る音で接近に気づいたのか、懐から取り出した球体を投げる。
球体は地面に落ちると閃光を放ち視界を遮った。
その間に逃げようとするカウデスだったが――ジンはすでに先回りして前に立っていた。
「速度で私に勝てると思ったか」
「誰かと思えば、“正しき選択”に敗北した疾風のジンですか」
「簒奪者の力を自分のものと勘違いしたか」
ジンは即座に剣でカウデスに斬りかかる。
だが直線的で単純な動きは見切るのがたやすく、一撃目は避けられてしまう。
しかしそこからが早かった。
カウデスが横に飛んでいる最中に、二撃目が彼を襲う。
ナイフで防ごうとするが、剣と短刀では重さが違いすぎる。
勢いよく弾かれたナイフは壁に突き刺さった。
「もらったッ!」
「そう甘くはありませんよ!」
相手の腹を蹴りつけるカウデス。
受け止めるつもりのジンだが、靴から飛び出す刃に気づきとっさに体をひねる。
さらに体勢を崩しながらも横薙ぎの一撃を繰り出すが、カウデスはダンサーのようにのけぞり回避した。
彼はそのまま片足で地面を蹴ると、背面で宙返りしながらジンの下顎を蹴りつける。
無論、そちらの靴からも刃が飛び出しており、見れば表面には液体が付着している。
(毒か――暗殺者らしいな)
ジンは剣の柄で刃を弾き、距離を取った。
一方、着地したカウデスは迷いなく逃走を選択する。
(逃亡を優先するということは、エルク殺害はそれほど重要な任務ではないのか)
無論、ジンも逃がすつもりはない。
相手を追跡しながら、“飛ぶ斬撃”を繰り出しカウデスの首を狙う。
直接斬りつけるよりも威力は落ちるが、ナイフ相手ならそれでイーブン。
カウデスも素早く繰り出される斬撃の全てを避けることはできず、何発かは必ずナイフで弾く必要があった。
そうなればわずかだが動きは止まる。
少しずつカウデスは追い詰められ、ついにジンの剣の間合いまで距離が縮まる。
「暗殺組織の構成員風情が――」
ジンの振り下ろした刃は、カウデスの右腕を斬り落とした。
「ぐあぁああっ!」
「この私を止められると思うなッ!」
そして次の一撃で完全に動きを止めようとしたところで、“何か”に刃が弾かれる。
闇夜に火花が散り、衝撃にジンの両腕はしびれを感じた。
明らかに彼の力を上回った一撃。
それを、離れた場所から放ったのだ。
王牙騎士団の面々が動いていた時点で嫌な予感はしていたが――
「やはりお前もそうなっていたか、テニュス!」
離れた屋根から狙撃したテニュスは地面に降り立ち、ジンに向き合う。
その目つきはまどろむようにぼんやりしており、表情にも覇気がない。
だがタチの悪いことに、斬撃のキレは落ちていないらしかった。
「今のうちに……ッ!」
傷口を押さえながら、今度こそ逃げるカウデス。
ジンにも追いたい気持ちはあったが、テニュスは背を向けて無事でいられるほど甘い相手ではない。
「言ったそばからこの有り様か、改革派もカイン王子もろくでもないな」
「全ては世界を救うために」
「S級魔術師のお前がそう簡単に暗示魔術にかかるとは思えん、簒奪者も出てきたのだろう」
「あたしは真実に目覚めたんだ、邪魔をするならジンが相手でも容赦はしねえ」
「邪魔をしてきたのはお前の方だろう。世界を救うためになぜ暗殺者を守る必要がある」
「救済には犠牲がつきものだ」
テニュスの両腕に赤い術式が浮かぶ。
彼女はその腕で大きな剣を握り、殺気を放った。
「カルトにありがちな言い訳だな」
対するジンは緑の術式を浮かび上がらせ、片手剣を手に相対する。
パワーとスピード――タイプの異なる二人の剣士による殺し合いが始まろうとしていた。
「オォォオオオオオオッ!」
「ふっ――!」
獣のような唸り声を上げるテニュス。
静かに地面を蹴るジン。
そういった部分でも両者は対象的だ。
しかしテニュスの剣術はジンが教えたもの。
その強みや弱みを誰よりも知り尽くしている。
テニュスの剣が振り下ろされる。
ジンは斬撃を見ずに回避し、すれ違いざまに斬りつけた。
しかし刃が通らない。
(筋力強化――にしては度を越している)
空を切った大剣は地面を叩き、ガゴォンッ! と砲撃でも直撃したような音とともに大地をえぐった。
瓦礫が飛び散り、直撃した建物は穴だらけになってほぼ全壊だ。
強化したとはいえ、人間とは思えないパワーである。
(直撃したら即死だな)
おそらくテニュスは魔術によって操られている。
そして操ったのなら、そのまま使うよりは、リージェの血を使って強化した方が役に立つ。
薬によって強化されたS級魔術師――いくら達人とはいえ、ただのA級魔術師では歯がたたない。
「うおぉぉおおおおおおおッ!」
テニュスは振り向きざまに剣で空を薙ぎ払う。
放たれた刃は猛烈な空気の流れを生み出し、周囲の物体を引き寄せる。
それはジンも例外ではなかった。
避けたはずなのに、吸い寄せられる。
「魔術で風は操れねえが、力さえあれば似たようなことはできるわけだ!」
風魔術よりも強烈な風をパワーだけで発生させられてはジンの立つ瀬が無い。
これが才能の差か。
あるいは――
(聖女の血を使ったか)
魔物に近づくという代償を払ってまで得た力か。
ジンは魔術で引き寄せる風を相殺し、着地する。
テニュスの放った斬撃は建物に直撃すると、さながらブラックホールのようにその家を巻き込みながら破壊した。
「次から本番、行くぜ」
まるで今のは本気でなかったかのように――いや、実際本気などではなかったのだろう。
あれは、ジンたちがよく使う飛翔する斬撃に過ぎない。
それを、S級魔術師と聖女の血が合わさった膨大な魔力で強化し、馬鹿げた威力に引き上げたものだ。
つまり剣術としては基礎中の基礎。
その気になれば連発など容易い。
(ああ、まったく情けない)
ジンほどの手練ともなれば、相手との力量差などすぐに把握できる。
(今のこいつに勝つ方法が一つも思いつかんとはな)
テニュスは目を血走らせ、腕に血管を浮き上がらせながら、剣を振り回す。
放たれる無数の斬撃。
空間が吸い寄せられる。
ジンの命を喰らいに来る圧倒的暴力を前に、彼は顔をしかめながらも剣を構えた。
すると何者かの気配が近づいてくる。
軽やかに屋根の上から跳躍し、ジンの隣に着地したのは――杖を手にした老人、ムル爺だ。
彼の杖が地面を叩くと、分厚い岩がせり出し斬撃を受け止める。
「ムル爺!? 無理をするな!」
「S級を止めるにはS級が戦うしかなかろうよ」
無論、老いと聖女の血の差には勝てるわけもなく、斬撃を防げたのはほんの数秒だけだ。
その間に彼は仕込み杖より刃を引き抜き、構えた。
「暗殺者は若いもんに追わせとる。安心して見物するがよい」
「そうはいかん、弟子の前なのだからな!」
岩が砕け、迫りくる刃をジンとムル爺は二人がかりで止める。
テニュスはまだ彼らが生きていることを喜ぶかのように歯を見せ笑うと、すかさず次の攻撃を繰り出した。
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