019-2
落ち込むドロセアに真っ先に声をかけたのはテニュスだ。
「仕方ねえよ、騎士団長なんてやってるあたしだって知らねえんだから。たぶんマヴェリカのやつは色々知ってるんだろうけど隠してやがるんだ」
励ましになっているかはさておき、実際それは珍しいことではない。
地位のある人間ならば――いや、ある人間だからこそ、なおさらにそういった場面に遭遇する機会は多いだろう。
「彼女は私にも肝心なことは話さないな、悪いところだ。まあ王族も似たようなものだがな」
ジンも騎士団長だった頃は、腐るほどそういった経験をしてきた。
無論、それで良いと思ったことは一度も無いが。
「上の人が色々隠すのはドロセアさんの周りに限った話じゃないデス。そんなもんですよ」
そしてラパーパに至っては、現在進行系で教会の闇を聞かされている真っ最中だ。
心が揺らぐドロセアを、三人がかりでフォローする。
「うん……そう、だね。自分で暴くしかないんだ、結局は」
ドロセアもなんとか持ち直し、深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「幸いなことに、私たちは誰を追えば情報を得られるか知っているんだから」
「狙うならまずはエルクからだろう。なあテニュス、彼がゾラニーグに会ったのはドロセアから身を守るためだったはずだ。それに関して何か掴んでいるか?」
「ゾラニーグは乗り気じゃなかったよ。しょせんは使い捨ての駒ってことだろう」
「そうか……それで改革派が動くのなら尻尾を掴みやすくなると思ったが、動かないとなると――」
「それならそれで、容赦なくエルクを潰せる」
「ああ、その通りだドロセア」
エルクが潜めそうな場所もだいたい見当は付いている。
これまでのように受け身ではなく、能動的にエルクを追い詰めるときが来たのだ。
「レグナスはどうするんデス?」
ラパーパとしては、あのような体になって行方をくらました同僚の方も心配だった。
「そっちは王都全体を見張れる騎士団に任せるべきだと思う。どこに逃げたかもわからないから」
「彼が極秘作戦の参加者ならば、改革派としても民間人に犠牲者が出ることは避けたいはずだ。大っぴらに動いても妨害は入らないだろう」
「王導騎士団のシルドにあたしから話を通しとく、あいつなら仮に改革派の妨害が入ったとしてもやり遂げるだろうからな」
「よろしくお願いしますデス!」
「彼なら信用できるだろう」
ジンも同じ騎士団長として、シルドとは何度も一緒に仕事をしたことがある。
少し頭が固いところはあるが、民を守りたいという気持ちは本物だ。
「さてと、こうなってくると残る問題はあたしだなァ……」
テニュスは背もたれに体を預け、ため息をつく。
「テニュスに何かあったの?」
「王牙騎士団が解体されるって噂が流れてるんだよ」
「馬鹿な、そのようなことが……」
「そうだよ、王牙騎士団って言えば王国の治安維持に必要不可欠な騎士団だよ? 国王の許可も無しにそんなことは」
「代わりに設立されるのが神導騎士団。王ではなく、神の剣だとよ」
言葉を失うドロセアとジン。
そんなのありえない、と笑い飛ばせるならまだよかった。
だがそうもできない事情がある。
なぜなら、国王の現状を考えるとそれはありえない話では無いからだ。
「え、えっと、つまり団員はそのままで、騎士団の名前だけ変わるってことですよね?」
「んな甘いもんじゃねえよ。教会は長年、独自の戦力を持つことにこだわってきた。聖女を手に入れたのもその一環だ。そして今回、ついに騎士団を得るに至ったってわけだ。こんなもん使わない手は無いだろ」
「騎士団を名乗っているんですし、あくまで王国に所属してるんじゃ……ないんデス?」
「形式上はな。だがサイオン陛下亡きあと、カイン王子が王位を継承すると考えると――今後、教会の発言力はもっと大きくなっていくだろうよ」
ラパーパも何も言えなくなる。
組織への帰属意識は薄いとはいえ、こうも言い切られるとショックは隠せない。
「でもテニュスはそれに従うの? 他の騎士だって従うとは思えないし」
「もちろん従うわけねえよ。あっちもそう思ってるからギリギリになっても公表しないんだろ。ただ、考えようによってはチャンスとも言える」
国王がそれを止めない以上、おそらくもう流れは変わらないだろう。
ならばそれを逆手に取るだけだ、と好戦的に笑い拳を握るテニュス。
「身動きは取りにくくなるかもしれねえが、獅子身中の虫になれるんだからな」
「情報は得やすくなるか」
「おうよ、ジンも唸るようなとっておきを見つけてくるからな」
「危ないよそんなの!」
「あたしら助けるために死にかけたドロセアがそれ言うかぁ?」
それはドロセアが何も言い返せなくなる魔法の呪文だ。
言葉に詰まる彼女を見て、ケラケラと笑うテニュス。
「ま、そうなったらしばらくは連絡を取れねえかもしんねえ。でも心配すんな、必ずデケえ獲物をとっ捕まえて来るからよ」
安心させようと、テニュスは力強くそう宣言する。
しかしドロセアの表情は浮かない。
「そんなにあたしが心配か?」
「うん……嫌な予感がする」
「じゃあこうしとくか」
テニュスはふいに立ち上がると、背中からドロセアに抱きついた。
「しばらく離れても寂しくないように、匂い付けといてやるよ」
自分から言っておいて、テニュスは少し恥ずかしいのか頬を赤く染めている。
だがドロセアからはその表情は見えない。
「猫じゃないんだから……というか、寂しいのテニュスの方なんじゃない」
「かもな」
顎を肩に乗せ、体温を刻み込むように回した腕の力を強める。
ラパーパはそんな二人をじとっとした目で見つめていた。
テニュスはしばらく黙ってそうしていたが、おもむろにぼそりと呟く。
「リージェ、無事に助けられるといいな」
「……うん、必ず助けるよ。何があっても」
迷いなく断言するドロセアに、テニュスはわずかに目を細めた。
その表情は寂しげにも見えた。
その後、彼女は体を離し、そのままテーブルから距離を取る。
「んじゃ、そろそろあたしは帰るかな」
「帰っちゃうんデス!?」
「まだ料理残ってるよ? それに時間だって――」
「予定は空けといたが、レグナスが王都に潜んでる以上、早く動くに越したことはねえだろ? 今すぐにでもシルドに話を通しておきてえんだよ」
そう言って、まるでドロセアに顔を見られたくないかのように背を向ける。
「じゃーな!」
そして片手をあげ、本当に出ていってしまった。
残されたドロセアとラパーパはぽかんとしている。
そんなやり取りを見て、ジンは「若いな……」と誰にも聞こえないようぼそりと呟いた。
◇◇◇
食事を終え、店から出たドロセアたち三人。
アパートに戻ろうとしたところで、ジンが足を止める。
「私は向かう場所がある、先に二人で戻っておいてくれ」
彼はそう言い残して、暗い路地に姿を消した。
ラパーパと二人きりになったドロセアは、無言で通りを歩く。
あたりはすっかり暗くなって、人通りもまばらだ。
地面を叩く足音がやけに大きく聞こえた。
それからしばらくして、ドロセアの言葉が沈黙を遮る。
「ラパーパさ」
「はい」
「さっきからたまにすごい顔でこっちを見てくるよね」
決して気まずくて黙っていたわけではない。
ラパーパがやけに思いつめた、真剣な顔をしていたからドロセアは声がかけにくかったのだ。
するとラパーパは両手の拳を握り、語気を強めて言った。
「私、負けませんから!」
「何の話……?」
「言っておきますけど、私のテニュス様への気持ちはただの憧れなんかじゃありませんからね。ガチの恋愛感情です。ガチ恋なんデス!」
ドロセアはなぜこのタイミングでそんなことを――みたいな顔をしてみたが、全てを察せないほどにぶいわけでもない。
ラパーパが言わんとすることを理解し、表情を曇らせる。
「今はドロセアさんの方を見てるかもしれませんが、絶対にテニュス様を振り向かせてみせますから」
一方的な宣戦布告。
まあ、先ほどのやり取りを見ていれば、テニュスがドロセアを想っているのは誰の目にも明らかだ。
だがもちろん、ドロセアの心にいるのは常にリージェだけなわけで――
「……私にとっては、大切な友達なんだけどな」
当然テニュスのことだって大事に思っている。
ただ、気持ちの形がちょっと違うだけで。
「傷つけるようなことは、したくない」
心の底からそう吐き出すドロセアを前に、ラパーパも何も言えない。
諦めてくれ、と言おうにも最初からドロセアにはその気なんてなくて。
応援してくれ、と言うのはテニュスに対してあまりに残酷で。
それ以上は言葉が思い浮かばず。
二人は再び黙り込み、帰り道を歩きはじめた。
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