088 木漏れ日の下
「ドロセアちゃーん、あっちの岩を斬ってもらってももらってもいいかー?」
『はーい、今の作業が終わったら向かいますね』
「ドロセア、それの次はいくつか切り倒してほしい木があるんだが」
『わかりました、急いで行きます』
「ドロセアちゃん、リージェちゃん、終わったらうちに来な! お芋ふかしてあるからね!」
『ありがとうございます、おばさん』
『お芋楽しみですー!』
戦いから一年――ドロセアとリージェの故郷、ハイマ村はすっかり以前の活気を取り戻していた。
周辺の人々が近くに越してきた影響で、むしろ前よりは規模が大きくなっており、そろそろ街を名乗ろうかなんて話が出てるぐらいだ。
その原因は、ドロセアとリージェの乗るエデンが毎日のように忙しく動き回っているからだろう。
誰が広めたのか、彼女たちこそがこの世界を救った立役者だという話を聞いて、人々が集まってきたのである。
そのせいで一年経っても仕事は尽きず。
“エデンが見える”という状況が住民を安心させるということもあってか、ドロセアとリージェは毎日忙しく働いていた。
頼まれた岩場へと向かう道中、リージェはクスクスと笑いながら言った。
「大忙しですね、お姉ちゃん」
「エデンがリージェと二人乗りじゃなかったらとっくに不貞腐れてたよ」
「確かに。こんなことしながらでも問題なく動けちゃいますもんね」
そう言って、後ろからドロセアに抱きつくリージェ。
するとちょうど、エデンの横を別の守護者が通り過ぎていく。
二体の守護者は軽く手を上げて挨拶を交わした。
「守護者が日常に溶け込んでる風景って、改めて見ると不思議ですよね」
「それに合わせて道を前より広くなってるからね」
「最初はみんな驚いてましたけど、すっかり慣れてます。あ、下で手を振ってる子がいますよ」
リージェにそう言われて、ドロセアは足元の子供に視線を向けて手を振った。
子供は嬉しそうにはしゃぎながら走り去っていく。
「すっかりヒーロー扱いです」
「あんまりそれは嬉しくないんだけども」
「そういえば、村長さんからの頼み事も断ってましたね」
「新しい役場の式典に出てくれってやつでしょ。こうやって働いてるうちに自然と役目を果たす分には構わないけど、あえて式典とかに出る気は無いかな」
「わたしといる時間が減るから、ですか?」
「わかってるじゃん」
「んふふ、わたしも同じ気持ちですから」
頬ずりをするリージェに、ドロセアは頬を緩める。
守護者に乗っているとハイマの街並みがよく見える。
元々農村だったため、その敷地の大半を畑が埋めているのだが、人口が増えたことによりそれ以外の建物も増えてきた。
商店が立ち並ぶ通りらしきものも、自然と形成されつつある。
「ずいぶんとにぎやかになりましたね」
「ここにいると、人間が半分近くも死んだなんて信じられないよね……それでも、顔を思い浮かべると寂しくなっちゃうけど」
群体がどれだけ膨張しても、そこから失われた“個”が存在することは変わらない。
空白は空白のまま。
幼少期からよく知る村人たち――その中にも命を落とした者は大勢いる。
そういった個人を思い浮かべると、一年経った今でもじくりと胸が痛んだ。
特に――
「お父様……」
リージェの父親については、今も傷は癒えきれていない。
「カーパさんは……立派だったって、みんな言ってたよね」
「はい、お父様がいなければ村の人はもっと死んでたって。間違いはありましたけど……最後は、みんなに尊敬される領主になれたんだと思います。だから、ああやって像も建ててもらえたんですし」
旧ディオニクス邸跡には、石で作られたカーパの像があった。
村を立て直す途中で、村人たちが自発的に作ったものだ。
「お義母さんも最近は体調がよくなってきたみたいだね」
「お姉ちゃんのご両親のおかげです。いつも栄養たっぷりのご飯を食べさせてもらってるからって嬉しそうに言ってました。そのおかげで太っちゃいましたけど」
「あはは……元々、食が細い方だったんだっけ。確かに細いイメージあるなぁ」
リージェの母は現在、ドロセアの両親と同居している。
カーパの死後、長らく体調を崩していたため、面倒を見てもらった形だ。
実際はすぐ近くにドロセアとリージェも暮らしており、食事は毎日一緒に摂っているため、二世帯住宅のようなものである。
「お義母さん、ですか……」
「ん、どうしたの?」
「お姉ちゃん、自然とお母様をそう呼ぶようになりましたよね。いつからでしたっけ」
「帰ってきてから割とすぐに」
「お母様、最初はびっくりしてましたよ」
「みたいだね。雰囲気で伝わってるかと思ったんだけど……」
「お姉ちゃんってわたしのことになると途端に盲目になりますよね……そゆとこも好きですけど」
ぼそりと呟くリージェ。
抱きついているので、もちろんドロセアにもその声は届いており、彼女はデレデレと表情を緩めている。
だがその顔も長くは続かなかった。
口角が下がり、少し寂しげに表情が曇る。
「でも実際のところ、みんな必死に体を動かしてないと、こうして死んだ人のことを思い出すってところもあるんだろうね」
「……そう、ですね」
通り過ぎていく街並み。
忙しなく動き続ける人々。
エデンに乗り、高い場所からその光景を俯瞰していると、ただ活気があるだけにも見える。
しかし一人ひとりの顔を見てみると、そこに影が差していることがわかる。
「最近になってやっと、手紙が来るようになったでしょ」
「わたしがあまり知らないお姉ちゃんの知り合い、でしたね」
「そう、ムル爺とか、メーナやミーシャ、あとはトーマ。ムル爺は本人は無事だったらしいけど、彼を慕ってた若い男の人が大勢死んだとかで。老いぼれだけ生き残っても――みたいなこと書いてあったんだよね」
「生きてただけでもよかったと思うんですが、そうも行かないんでしょうね」
「戦いの最中は、自分が若い人たちを助けて死ぬぐらいの気持ちでいたんじゃないかな。教皇だったフォーンがそんな感じだったってアンタムさんが言ってた」
「トーマさんって人のところは、お姉ちゃんの知り合いは無事だったって聞きました」
「うん、村は壊滅的な被害を受けたけど、トーマもティルルもルーンも無事だって。あれは救われた気分になったかな。ただメーナとミーシャのところは……」
あの姉妹は母親が死に、また別の場所に移り住むことになったのだという。
ただ親戚を続けざまに失い、もう頼る場所がないとかで、どうにかできないかとドロセアのところに助けを求めるような手紙が最近届いていた。
「手紙の返事、出してましたね。またハイマが賑やかになります」
「このあたりは土地も余ってるし仕事も沢山あるから、あの二人でも問題なく生活できると思う」
喧騒や忙しさが悲しみを消してくれるのなら、それでもいいとドロセアは思う。
肉親を失った傷を癒すのは難しい。
リージェの傍にいる自分自身が、誰よりもそれを痛感しているから。
「……」
ドロセアがわずかに目を伏せ黙り込む。
心配そうにそれを見つめるリージェ。
「お姉ちゃん」
「ごめん、空気が重くなっちゃったね」
「次に行く前に、少し休憩していきませんか? 呼んでる人もそれぐらいは待ってくれますよ」
「そう、かな……」
「はい、そうですっ」
そう言うとリージェはドロセアの前に回る。
そして向き合ったまま彼女の足の上に座り、首の後ろに腕を回した。
「そんな大胆なことされたら、拒否権なんてないね」
「お姉ちゃんがこういうのに弱いのは実証済みです」
「まあ、リージェにとっての弱点でもあるんだけど」
ほんのりリージェの頬は桃色に染まっている。
ドロセアが彼女の腰に腕を回すと、さらに紅は濃くなった。
「むむ……最近、お姉ちゃんの手つきが手慣れてきた気がします」
「成長してるから」
「わたしも負けませんよ?」
「それ、勝っても負けても私の勝ちみたいなものじゃない?」
二人は鼻が触れるほどの至近距離で笑いあう。
そしてリージェはドロセアに体を預け、唇を何度も軽く重ねた。
◇◇◇
昼をすぎたあたりで、家に戻ってきた二人。
畑の前でエデンを解除して降り立つと、雑草を取っていたドロセアの両親が声をあげた。
「お、帰ったのかドロセア、リージェちゃん」
「おかえりなさい、二人とも」
「ただいま」
「お疲れ様です、お義父さん、お義母さん!」
自分だって割といきなりお義父さん、お義母さんって言い始めたじゃないか――と内心で思うドロセア。
だがどうでもいいことなのですぐにそんな思考は捨て、歩み寄ってきた両親と言葉をかわす。
「ごめんね、畑の方あんまり手伝えなくて」
「構うもんか。守護者を使って働いてた方がみんな喜ぶだろ」
「そうよ、畑はお父さんお母さんが面倒見るから」
「でも大変そうでしたね……雑草取り」
存在質が増えた影響か、作物がよく育つようになったのはいいことだ。
だが同時に、雑草も前より元気に生えるようになってしまったのである。
畑の隅には、二人が引き抜いた雑草が束になって積み上げられていた。
「大変だけど嬉しい悲鳴だよ。俺たちも守護者を使えるから、力仕事は前よりも格段に楽になったからねえ」
「畑を耕すのも楽になったから、もっと広げてもいいかもしれないって話してたところなのよ」
「無理しないでよね、お母さん」
「あら、ドロセアにそんな心配されるほど年はとってないわよ」
「帰ってきたばっかのときは老け込んでた」
「こら、親になんてこと言ってるのよ」
「そうだぞドロセア、それにあのときは――お前を心配してたんだよ、老け込むのも当然だ」
今から一年前、ドロセアとリージェがこの村に戻ってきたとき、両親は涙を流しながら娘を抱きしめた。
手紙で生きていることは知っていたが、それも途中から届かなくなり、そして世界は滅亡の危機を迎えたのだ。
もう二度と帰ってこないかもしれない――そんな絶望的な未来も想像していた。
それでも娘は帰ってきた。
泣かないはずがない。
そしてドロセアもまた――前に見たときよりも痩せて老いた親を見て、けれど変わらぬ温もりを感じて、子供みたいにわんわんと泣いた。
その横ではリージェも、母親に抱きしめられて涙を流していた。
“もし泣くとしても”と想像していたよりも長く、二組の親子は再会の喜びを噛み締め続けた。
だがもっと大変だったのはそのあとだ。
ハイマの村は原型を留めないほど破壊されてしまっていたし、それに加えて、両親はドロセア失踪の真実を知ってしまうことになったから。
つまり――ドロセアが消えた後、村に現れた魔物。
村人が総出で殺そうとしたあの怪物こそがドロセアだったのだと、気づいてしまったのだ。
そうなると生き残った村人たちは罪悪感でいてもたってもいられなくなり、誰も彼もが目に涙を浮かべながら謝ってきた。
自分の血が原因だと知り、リージェも申し訳無さそうにうつむく。
いたたまれなかった。
ドロセアとしては、主犯格のエルクをこらしめた時点で気は済んでいたのだが。
そう説明しても、よほどひどいことをしたと思っているのか、なかなか村人たちは顔を上げてくれない。
それからかれこれ一ヶ月ぐらいか、ギクシャクした気まずい空気の中で生活していた。
リージェが隣にいてくれなければ、ドロセアのメンタルが参っていただろう。
「あなた、認めないでよ。私たちは今も昔もずっと若いままよ? ねえ、リージェちゃん」
「あ、あはは、そうですね。わたしもそう思います!」
「嫁いびり……」
「ドロセア!」
その頃に比べれば、こうして冗談を言って軽く叱られる――そんなやり取りができる今は、平和そのものである。
そのとき、ふとリージェが気づいた。
「あれ、お母様……」
畑が見える窓から、リージェの母親が外を眺めていたのだ。
するとドロセアの父が言った。
「さっきまで畑仕事を手伝ってくれてたんだよ」
「そうなんですか!?」
「そんなに動いて大丈夫だったの」
「すぐに疲れて顔色が悪くなったから休ませたわ」
「けど少しずつでも体を動かして、体力を戻したほうがいいだろう? 長いことベッドの上にいたからな」
ドロセアの両親が引っ張り出したのではなく、どうやらリージェの母が自発的に動いたらしい。
ならば口を挟むことではないのだろう。
体を使いすぎて倒れるようなことさえなければ、ドロセアの父が言った通り、体力をつけるのは悪くない。
とはいえ、心配ではあるのでリージェはドロセアと一緒に家に入った。
「お母様、平気ですか?」
声をかけると、リージェの母は穏やかに笑った。
以前のような弱々しさは消えたが、しかし相変わらず見ていてどこか不安になるような、少し儚い印象を受ける表情だ。
「あら、おかえりなさい二人とも。ふふ、心配されなくても平気よ、畑仕事を手伝ったのは今日が初めてじゃないんだから」
「そうだったんですか!?」
「心配かけると思って内緒でやってたのよ」
うふふ、と笑う母だったが、心配するリージェは気が気ではない。
カーパの死後、彼女の塞ぎようは尋常ではなかったから。
「あの人はいなくなってしまったけれど、私は私で、できることを探さないといけないと思って。娘たちが頑張ってる姿を見ると、余計にそう思うわ」
「お母様……」
「困ったことがあったら言ってくださいね、私たちの方からも手伝いますから」
「十分に勇気をもらってるのに。ありがとうね、ドロセアちゃん」
心からの感謝を示すように、胸に手を当てながら彼女は言った。
なおもリージェは母を心配している様子だったが、そのとき、玄関の方から鐘の音が聞こえた。
「来客ですね」
「私たちで出よっか」
リージェの母の元を離れ、玄関へ向かう二人。
扉を開くと、そこには前より少し髪の伸びたテニュスと、あまり変わらないラパーパの姿があった。
「テニュス、ラパーパ!」
「よっ! 二人とも元気にしてたか?」
「お久しぶりデス!」
驚くドロセアとリージェの前で、彼女たちは元気な挨拶を響かせた。
◇◇◇
家に招き入れられたテニュスとラパーパは、居間に案内され椅子に腰掛ける。
リージェとドロセアは、手伝いに来たリージェの母と共に、手早くもてなしの準備を勧めた。
「お茶とお菓子をどうぞ。この村で採れたお芋を使ってるんですよ」
リージェの差し出したお菓子を前に、テニュスが目を輝かせる。
「お、うまそうじゃねえか」
「ハイマのお芋は王都まで届いてますからね、美味しいって評判デス」
配膳を終えたドロセアとリージェも椅子に座り、リージェの母は「ゆっくりしていってね」と言って部屋を後にした。
「採れすぎるから外にも売らないと余っちゃうってお父さんが言ってた」
「噂通りか。特に芋なんてすげえ収穫量なんだろ?」
「あはは、採った先から生えてくるってお義母さんも言ってましたね」
ドロセアの両親は畑を広げると言っていたが、果たしてそこまで二人で手が回るか怪しいものである。
それとも、誰かを雇おうとしているのだろうか。
「しっかし、ハイマの復興は早ぇな。やっぱりドロセアとリージェがいるからか?」
「そんなことないよ、みんなが頑張ってるだけ」
「謙遜すんなよぉ」
「今のエデンなんて空を飛べるぐらいで、他の守護者と大した違いがあるわけじゃないから」
精霊が消えた今、エデンも他の守護者と大差はない。
とはいえ、操っているのは数多の戦いを切り抜けてきたドロセアだし、“空を飛べる”という利点はかなり大きい。
何よりそれが世界を救った守護者である、という意味合いが最も大きいところではあるが。
「村人のモチベーションが違います、やっぱり象徴って大事だと思うんデス」
「実感のこもった言葉ですね、ラパーパさん」
「教皇がいなくなって、後継者になるはずだったサージス様やゾラニーグ様も死に、教会はバラバラになってしまったんデス」
「王国はアンタムがいるからどうにか国の形を留めてるが、本来はサイオン様やティルミナ様、カイン様、そしてクロドが死んだ時点でかなり危うかっただろうからな」
「教会のない今、ワタシはただのテニュス様のお嫁さんデス……」
「おいおい、待てよラパーパ。そりゃ違うだろ」
「ご、ごめんなさいっ、正式に結婚したわけでもないのにお嫁さんなんて調子に乗ってしまって――」
慌てて弁明するラパーパを、テニュスは抱き寄せ顔を近づける。
そしてキリッとした顔で囁いた。
「ラパーパはただのお嫁さんじゃねえ、世界一かわいいお嫁さんだ」
「きゅん、デス……!」
ドロセアとリージェは甘ったるいやり取りを見せつけられる。
なぜか周囲がキラキラと輝き、花びらが散っているような幻覚が見えたような気がした。
「何を見せられてるの」
「わたしたちも似たようなものかもしれませんよ……」
「つまり今の気持ちは、私たちのやり取りを見る村人の気持ちってこと?」
「たぶん……」
「……」
「……」
「……まあいいや、これからも続けよう」
「ですよね!」
開き直る二人。
自分たちも同類ということで、下手に突っ込まず、ドロセアは普通に会話を続ける。
「仲いいみたいでよかった」
「そりゃ当たり前だろ、こんなに最高のお嫁さんはいねえよ」
「テニュス様の愛情は情熱的で、たまに困っちゃうぐらいデス。でもこうなれたのも、ドロセアさんのおかげですからね」
「キューピッドってわけだ」
「まあ……ね」
テニュスを振ったドロセアとしては、複雑な心境である。
当のテニュスは気にしてないようだが。
「真面目な話をすると、ラパーパの存在には本当に救われてるよ。あたし、こう見えてもメンタルの方が意外と弱いからな」
「あれはカルマーロのせいで……」
「それでも強ぇやつは耐えたはずだ。あたしは弱い、もっと強くなんねえと」
「向上心の塊だね」
「誰より強くなったやつが何言ってんだ。そういうわけだから、一人だと色んなものに耐えられなかったと思うんだ。戦いが終わって……静かになってわかるもんってあるだろ? 王牙騎士団の仲間やジン、シルドが死んだこととか、さ」
ジンに関してはさんざん悲しんで、弔った上でこれだ。
死の実感すら湧かなかったシルドに関しては、じわじわと込み上げてくるような悲しさがある。
「そうだね……落ち着いたあとの方が、色々考えちゃうから」
「何でもない瞬間にふと思い出が蘇って、膝から崩れ落ちちまいそうになる。そういうとき、隣にラパーパがいてくれてどんだけ救われたことか」
「それはワタシもデス! 色んなものが手のひらからこぼれ落ちていって、でもそのとき、テニュス様っていう頼もしい存在が隣にいてくれたから」
「ラパーパ……」
「テニュス様……」
テニュスとラパーパは再び見つめ合い、顔を近づける。
ドロセアはクッキーをポリポリかじりながらその様子を観察していた。
「私たちもあんな感じなのか……」
「客観的に見ると思うところがありますね……」
「でもやめないけど」
「ですよね!」
開き直る二人。
またしても平然と会話を続ける。
「でもそれだと、スィーゼさんは大丈夫なの?」
「ああ、あいつか。正直辛そうではあるが、王牙騎士団の騎士団長って肩書きで自分を支えてるんだろうな」
「それがあの人の支えなんだ」
「まあ、戦いの時点であいつは喪失の苦しみみたいなもんをある程度は乗り越えてたってことなんだろう。今回も出発直前までレイノルドとバチバチやり合ってたよ」
「強い人だね」
「違いねえ。あたしとは違うタイプの強さを持ってるし、騎士団長に向いてるのはああいう人間なんだろうさ」
「そういやテニュスは騎士団長じゃないんだっけ」
「おう、アンタムの護衛をやってるぞ」
「ワタシも王城内でお仕事をもらってマス!」
「国王の護衛なのに、ハイマまで来て大丈夫なの?」
「ああ、それなんだが――ちょうどアンタムがハイマに来てんだよ。ドロセアたちを呼んできてくれって頼まれたんだ」
◇◇◇
テニュスたちとしばしの歓談を楽しんだあと、ドロセアたちは案内されアンタムのいる喫茶店までやってきた。
国王がこんな場所でくつろいでいていいのか、と思ったが、一応は人払いをしてあるらしい。
なので中にいるのは元王魔騎士団、現国王の側近である二人と本人だけだ。
もっとも、アンタム本人はそんなもの必要ないと思っていそうだが。
それを証明するように、ドロセアたちの姿を見つけた彼女は、前と変わらぬ様子で手を振った。
「二人とも久しぶりー」
「お久しぶりですアンタムさーん!」
「どーも」
「あ……そういえば国王陛下って呼ばないといけないですよね」
「別にいーし、そういうの気にしてないから。あとドロセアは気まずそうな顔しないでよー」
「まさか直接会いに来るとは思ってなかったから」
「そのあたりは後で話そーよ。とりあえず座って」
言われるがまま、アンタムの向かい側の席に座るドロセアとリージェ。
テニュスとラパーパは他の用事があるとかで、店に入る前に別れた。
もしかするとデートでもするのかもしれない。
「アンタムさん、前より国王の威厳みたいなのが出てきた?」
「眉間にしわが増えたってのが正しいし」
自覚があるのか、ドロセアに指摘されたアンタムは指で眉間をぐにぐにとこねた。
すると後ろに立っている部下二人がそんな国王をフォローする。
「今の陛下もかっこいいですよ!」
「むしろ前が能天気すぎた」
「あーしが騎士団長だった頃はもうちょい敬ってなかった……?」
相変わらず仲は良いようで、王魔騎士団の絆というのは途切れていないようだ。
クロドに食われた騎士の死体は見つからなかったが、現在は王城の近くに死んだ騎士を弔うための石碑が建てられているという。
しかしいくら雰囲気が変わらぬからといっても、相手が国王であることに違いはない。
そんな彼女が、わざわざハイマという田舎までやってきたのだ。
何か重要な目的があるのは明らかだった。
「でもアンタムさんがわざわざハイマまで来るなんて、何か大事な話があるんじゃないですか?」
「わざわざっつーか、ドロセアがぜんぜん王都に来てくれないからっつーか」
「……手紙の返事はしたはずだけど」
「短い文章でばっさり断られてあーしのハートはズタズタなんだけど」
首を傾げるリージェ。
どうやらドロセアは、アンタムから送られてきた手紙を誰にも見せずに処分していたようだ。
「それってどんな手紙だったんですか」
「王都に来てこっちで暮らしてくれないかって」
「そんなの駄目です!」
「私もそう思ったから断ってたの」
「どーしても嫌?」
「前から言ってるけど、私はリージェとこの村で暮らすって決めたから。ちなみに、この村でもその手の象徴になってほしいとか、そういう仕事は断ってるよ」
「どっかの魔女みたいに変なとこで頑固なんだよねー」
「そのために戦ってたのに、今さら村を出るわけないじゃん」
「そーなんだよねー……世界を救った目的が故郷に帰るためだったとか、聞いたら世界中の人がびっくりしそ。でもさ、あーしらとしては、どーしてもドロセアの右目を頼りたいワケ」
アンタムは人差し指で自らの目の下をぽんぽん、と叩きながら言った。
「存在質を視る目……そんなに何かの役に立つかな」
「立つ立つ超立つぅー!」
過小評価しすぎた、と言わんばかりに大声で突っ込むアンタム。
「魔術が無くなって、ロクに病気や怪我も治せなくなった今、新しい治療方法の確立なんかは急務だし」
「そういえば、疫病に効く薬草だっていって一気に王国に広まった植物がありましたよね。確か、ハイマでも一部の畑で生産しているはずです」
「芋が採れすぎるから、飽和する前に別の作物に切り替えてる農家さん多いよね。私の力がなくても、そういうの見つけられてそうだけど」
「あれは……たまにマヴェリカさんから連絡が来るんだけどさ、そこで教えてもらったつーか」
「師匠が?」
「どこに行ったかわからないって聞いてましたけど、連絡は取り合ってるんですね」
「あーしも場所は知らない。ただ、すーっごく困ったときにたまーにそうやって役立つことを教えてくれるっつーか」
「結局、前と同じってこと?」
「そう、あのいけ好かない感じ!」
いけ好かない感じ――その言葉に共感し、ドロセアは二度うなずく。
「だから、さすがにいつまでも頼りたくはないんだよねー。できればマヴェリカさんの居場所を突き止めて、本人に色々手伝ってもらうのが一番だと思うんだけどさ」
「探すのは難しくない?」
「そう、絶対見つかんないのあの人! どーせエレインとやることやってるだけなんだから、別に隠れなくてもいいだろうに」
「あ、あはは……やることって……」
苦笑いするリージェだったが、実際そうなのだからそれ以外に言いようがない。
「そーゆーわけで、王国はハイマに研究施設を作ることにしたの」
「それってもしかして、お姉ちゃんが来ないから、こっちから来ちゃおうみたいな……?」
「みたいな」
「大胆ですね……」
「ハイマでの生活が続けられるなら、断る理由はないっしょ? 報酬も弾むよぉ?」
「忙しかったら普通に断るけど」
「もちろんリージェちゃんも同伴可ッ!」
「ならいいかな」
「よっしッ!」
両腕でガッツポーズするアンタム。
よっぽどドロセアの目が大事らしい。
そこまで言われたら、さすがの彼女でも断りきれないし、リージェもいるなら別に断る理由はない。
「よかったですね、陛下」
「陛下、眉間のシワが二本ぐらい減りました」
「敬え部下ァ!」
部下に突っ込む声も、心なしか晴れやかだ。
「つーわけで、これからはあーしともちょいちょい顔を合わせることになると思うから、よろしくね?」
「国王がこんな田舎に来てもいいの」
「あーしが国王を続ける条件、ある程度は研究にも携わせてもらうことだから。そこの穴は塞げるように他の連中に色々と命令するからだいじょーぶ」
アンタムは元々、自ら望んで研究者となった。
それでも王族なので何かしらの役職を与えなければ面子が立たない、ということで王魔騎士団の団長に収まっていたわけだが、その性分は国王になってからも変わらないらしい。
「王立の研究所ができるとなれば、ハイマは嫌でも発展するよぉ?」
「思い出の場所を潰すようなことしたら全力で阻止するから」
「それは前もって教えといてよ、保護区とかにするからさ」
元々の村人たちが耕す畑や、広がる豊かな森――ドロセアはどうあってもそれを手放すつもりはなかった。
◇◇◇
しばらく雑談したあと、店から出ると空は紫色になっていた。
じきに夜がやってくる。
「このあと夕食会開くけど、ドロセアたちも来るー?」
アンタムにそう誘われると、リージェは「どうしましょうか」とドロセアを見た。
「それってパーティなの?」
「そんなに肩肘張った場じゃないよ、ただおいしいご飯食べるだけ」
「だったら行こうかな。リージェ、それでいい?」
「はい、おいしいご飯いっぱい食べたいです!」
ご馳走を想像してはしゃぐリージェの頭を、ドロセアが撫でる。
店の前でそんな話をしていると、ちょうどデートを終えたらしいテニュスたちも合流する。
「陛下、その様子だと良い返事をもらえたみたいだな」
「こっちに施設作るとまで言って断られてたら、たぶんあーし泣いてた」
そう言いながら泣き真似をするアンタム。
その様子を見てみんなが笑っていると、意外な人物が彼女たちの前に現れた。
「おや、まさか今日のうちにお会いできるとは」
そう声をかけたのはイナギだ。
彼女の隣には、もちろん白髪の子供の姿もある。
「イナギとアンターテだ、また来たんだ」
「三ヶ月ぶりですね、二人ともっ」
戦いのあと、二人がハイマの村を訪れたのはこれで三度目であった。
また、その間に王都も訪れていたようで――
「こっちは半年ぶりだな。お前、また少しデカくなったか?」
テニュスはアンターテの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「やめてよ。言ったよ、すぐにあんたを追い越すって」
「ははは、今のペースじゃ無理だなぁ。もっと頑張って成長しねえと止まっちまうぞお」
「ぐぬぬ……!」
「あんまり意地悪したらだめデスよ、テニュス様」
「反応が面白いのが悪い」
「いつか絶対に復讐してやる……」
まるで親戚のお姉さんと子供がじゃれあっているかのようなやり取りに、ドロセアとリージェは微笑んだ。
一方で、アンタムは戦いの後もイナギたちとは会っていなかったようで、顎に手を当て、興味深そうに観察している。
「話には聞いてたけど、本当に生き残った簒奪者がいるのね」
「国王になってからは顔を合わせるのは初めてでございましたね」
「そうねー、あの戦いにおける功労者だっていうのに、顔を合わせるだけじゃ失礼だわ。あんたらもメシ食ってく?」
とても国王とは思えない誘い方で、イナギたちも食事会に参加することとなった。
◇◇◇
パーティではない、と言っていたが――案内された先は、村一番の宿泊施設の広間だった。
置かれた複数のテーブルに、豪華な料理が置かれている。
どうやら食材などはある程度、王都から運んできたらしい。
「これ完全にパーティじゃない?」
「いやー、ドロセアとご飯食べるって言ったらみんな張り切っちゃったらしくてさー。あーしもここまでやるとは思ってなかったんだよね」
そう言って頭を掻くアンタム。
普段着ゆえに、ドレスコードを気にするドロセアだったが、もう来てしまったからには着替えられない。
先ほど言われた通り、ただおいしいご飯を食べる場だと割り切ることにした。
ハイマでは普段は絶対に食べられない豪華な食事を前に、久々に再会した面々は言葉をかわす。
「簒奪者たちが死んだ場所を回ってたんですね……」
イナギとアンターテは大陸全体を旅していたが、その目的がそれだった。
アンターテは湿っぽさを感じさせない軽い口調で話す。
「別に弔うとかじゃないけど、何となく旅の道標にはなるかなと思って」
「それぞれ遺したものが沢山あって、興味深い旅でございました」
「黄金と花の里とかも見てきたんデス?」
「あ、そこわたしも聞いたことあります。大地が金でキラキラ輝いて、その周りにはすごい数の花が咲き乱れてるとか!」
ラパーパとリージェが観光地の話題で盛り上がる。
それを聞いて、ドロセアはアーレムの街が黄金を失ったあの日を思い出した。
「魔術で生み出した金と花、今度は消えなかったんだね……」
「すべての力を出し切ったから、でございましょうか。あるいは精霊が消えたことで、それらを消す作用も消えたのかもしれません」
「ま、あーしとしては観光地が増えてくれるのは嬉しいしー」
「死んだ人間としては、大勢が墓参りに来たら嬉しいんじゃねえか。元々、賑やかなのが好きな連中だったんだろうしな」
ミダスとシセリーがやったことに理解を示すつもりはないが、しかし彼が遺した者の価値までも低く見積もるつもりはない。
その光景が人々の心を満たし、王国の発展に役立つというのなら悪いものではない、とドロセアは考える。
イナギとアンターテは、それ以外の簒奪者の死んだ地も見てきたようで――
「カルマーロがいたらしい島では、あいつが最後に戦ってた姿が神様として崇められてた」
「命を賭けて戦っただけあって、それなりのものがこの世に遺されたってことだろうな」
「生きてた方がずっといいけど」
「元も子もないこと言うんだな……」
アンターテのドライな言葉に、苦笑するテニュス。
だがアンターテは、別に冷めているからそう考えているわけではないらしい。
「イナギと一緒にいて、誰よりもわたしがそう実感してるから」
隣にいる誰かと共に歩むこと。
その喜びを知るからこそ、“死による満足”を肯定はしないのだ。
だが、それを聞いた者が気になったのは、発言内容ではない。
アンターテの発した言葉に、子供らしからぬ、大人びた“重み”を感じたのだ。
全員の視線がイナギに集中する。
「な、何でございますか? みなしてわたくしを見て……」
「気まずそうな顔してるなと思って」
「顔が赤いですよ?」
「なんだか怪しいデス」
「やったのか」
「あー、そーゆーこと? ついにってやつー?」
茶化すように言われ、イナギの頬が赤らんでいく。
「ち、違いますっ! まだわたくしはそのようなことはしておらず……」
「でも、少しは進展したよね」
とどめにドロセアにそう指摘されると、彼女はどもりながらも認めた。
「ま、まあ……まだ、その、アンターテは幼いところがございますので、す、少しずつ……というわけでございます」
一年という月日を経て、とりあえずアンターテの想いは受け入れた、といったところだろうか。
それ以上にはまだ進んでいなさそうだ。
「イナギって大人に見えて、意外と奥手なんだね」
「そう、ドロセアの言う通り。わたしは困ってる」
「そ、それよりも有益な話をいたしましょう。もっと、ためになる話を!」
分が悪いと感じたイナギは、慌てて話題を変えようとする。
「そんなのあるー?」
「アンタムさんも知りたいのではございませんか、マヴェリカさんとエレインさんの居場所を」
まだまだ前の話題を引っ張るつもりだったアンタムだったが、マヴェリカとエレインの名前が出てきたら話は別だ。
前のめりになってイナギの両肩をつかみ、興奮した様子でまくしたてる。
「え、めっちゃ知りたい。知ってるの? 二人がどこで遊び呆けてるのか! この大変な状況の王国を放り投げてどこで二人きりの時間を満喫してやがるのか!」
「た、旅の途中、噂らしきものを聞いたのでございます」
勢いに圧されながらも、その“噂”を話すイナギ。
するとアンタムはうつむき、
「ふ、ふふ、んふふふふふ……っ」
そんな怪しげな笑い声を出し、肩を震わせた。
「アンタムさんが壊れた……」
「大丈夫なんですか、あれって」
心配するドロセアとリージェ。
「気にすんな、最近だと割と普通だ」
さらに心配になる情報をくれるテニュス。
そしてアンタムはチャージを完了したかのようにガバっと顔をあげると、
「絶対に逃さねーし! 今度こそマヴェリカさんとエレインの首根っこ掴んで引きずり出して、王国のためにこき使ってやるし!」
そんな決意表明をパーティ会場に響かせるのだった。
◇◇◇
翌朝、ドロセアとリージェはハイマの村にある森を訪れていた。
ディオニクスの屋敷の裏手にある、昔から二人でよく遊んでいた場所だ。
「昨日は夜遅くまで楽しかったですね」
「たまにはああいうのもいいかも」
「アンタムさんもよく来るようになるなら、これからは増えるかもしれません」
「毎日だと……」
「ふふふ、疲れそうですよね」
大盛りあがりだったパーティを思い出し、二人は表情を崩す。
朝の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込みながら、手をつなぎ静かな道を歩く。
すると、前方に少し開けた空間が現れる。
その中央には、大きめのお墓が建てられていた。
墓にはカーパ・ディオニクスの名が刻まれている。
リージェは墓の前でしゃがみ込むと、持ってきた一輪の白い花を置いた。
「お父様、今日も私は、お姉ちゃんや沢山の優しい人たちに囲まれて幸せに過ごしています。どうか穏やかに眠ってください」
そして父にそう話しかけ、祈りを捧げる。
ドロセアも隣で同じような動作を取ると、置かれた花を見てふと呟いた。
「懐かしい花」
「お姉ちゃんともよく集めてましたね」
「それも懐かしいね。今も森の色んな場所に咲いてる」
「昔、この森で取ったのをお父様に渡したことがあるんです。それがとても嬉しかったとかで、お母様に頼んで押し花にして大事に飾ってたそうなんです」
「ああ……それがお義母さんの部屋に飾ってあるあの?」
「はいっ、崩れた屋敷から偶然見つかったんです」
「じゃあ、これはカーパさんが好きな花だったんだね」
「花が好きというよりは……」
目を細め、当時のことを思い出しながらリージェは語る。
「この花を渡したとき、私はお姉ちゃんとどんな風に遊んだかを話していたんです。その時の私の笑顔が好きだから、それを記憶に残すために押し花にしたんじゃないか、ってお母様は言ってました」
「花を見るたび、リージェの笑顔を思い出してたわけだ」
「小さい頃から笑ってる顔が好きって言ってくれてましたから」
「……カーパさんにも見えてるのかな、今のリージェの笑顔」
「きっとそうだと信じてます。ここで祈るのは、空の向こうにいるお父様に、今の幸せになったわたしを見てもらうためですから」
天を仰ぎ、戦いで命を落とした父を想う。
同じようにドロセアも空を見上げ、まだ彼が存命だった頃、そして戦いなんて知らなかった頃の記憶を想起する。
少ししんみりとしたところで、リージェは父に別れを告げ、二人は再び手をつないで森を歩きはじめた。
風に揺られる木々の音。
香る花と草木、そして土の混ざりあった独特の匂い。
幾度となく思い出に刻まれた、二人を形作る、原初の空気。
ドロセアがずっとほしかったもの。
リージェがずっと帰りたかった場所。
それが、ここにあった。
「こうして静かな森を、手を繋いで歩くだけなのに……当たり前の日常に戻ってくるまでに、ずいぶんと長い時間がかかってしまいましたね」
「現状維持って難しいのかもね」
当たり前を取り戻すために、何度も死にかけて、世界まで救ってしまった。
「でも、これからは大丈夫です」
確信を持ってリージェはそう言い切る。
ドロセアも、彼女の手を握って歩いているとそう思える。
現状維持とは言うが――二人を結ぶ感情は、以前よりも遥かに強く、深い。
もう二度と離れることはない。
そう心から信じられるほどに、彼女たちは繋がり合っている。
「毎日散歩に行こうね」
「毎日最低十回は抱き合いましょう」
「毎日おはようとおやすみって、顔を合わせて言いたい」
「毎日最低五十回はキスしたいです」
「毎日台所にならんで二人で料理がしたい」
「毎日最低百回は好きって言って……な、なんですかその顔は」
「欲に素直だなと思って」
「お、お姉ちゃんが妙に綺麗なことを言うからですっ! いつもはお姉ちゃんの方から誘って来るじゃないですか」
「だってリージェ、私が何やっても誘ってるとか言うんだもん」
「誘ってなかったんですか!?」
「ないよ。いつだって触れ合いたいとは思ってるけど」
なんてことない、他人が聞けば馬鹿らしい言葉を交わして。
そしていつもの場所まで来たら、木の幹を背に、下に敷いた布の上に座り込む。
手を繋いだまま肩を寄せ、手を握り、指を絡める。
「それを誘うって言うんです」
「わかった、じゃあ今度からは私からガンガン迫ることにする」
「そっ、それは……嬉しい、ですね」
「やっぱり素直だ」
交わす言葉は、そんな痴話喧嘩混じりののろけ話で。
「わたしのそういうとこ、嫌ですか?」
「大好き、愛してる」
特別なものなんて何もない。
ただ好きな人が目の前にいて、感情のままに触れ合える。
その価値を噛み締めながら、木漏れ日に照らされて、二人は影を重ね合わせた。
これにて完結です、お付き合いいただきありがとうございました。
kikiの今後の活動については活動報告に書きますので、そちらをチェックしていただけると幸いです。
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