083 それぞれの戦争B
一方、大陸の南側にある小さな島の上空には、死神のような黒ローブの怪物が浮かんでいた。
魔物と化したカルマーロだ。
どうやら守護者も使っているようで、以前はただ黒いだけだったローブの表面に術式が浮かび、ところどころ金の刺繍のような飾りもある。
だが変化はどちらかと言うと、彼の操る人形の方にあった。
死神の指先から伸びる糸――それで繋がれた人形たちは、それぞれ鎧や武器を身に着けているのだ。
そしてまるで意思を持っているかのように動き、侵略者を倒し、島に近づけさせない。
『見ろ……神だ』
守護者で戦っていた島民は、それがかつて自分たちが追い出したカルマーロとも知らず、喜びの声をあげる。
『おぉ、我らの島に神が戻ってきたのだ!』
『神は私たちを見捨てなかった!』
『僕たちの祈りが届いたんだね、神様にッ!』
そう、誰もそれをカルマーロとして認識していない。
(誰一人、我、見ない。そう思っていた)
それが苦しくて。
だから妹のような、家族のような存在を欲し、そして失い、苦しんだ。
だが今は思う。
アンターテとイナギ。
エレインのあり方。
それらと比較して、自分とは何者なのか、その答えを得たから。
(否。偶像こそ、我。神の写し身、それこそ、我)
カルマーロがいなくなったあと、この島には神がいなくなった。
偶像を務められるのは、彼しかいなかったのだ。
(我を満たすもの――普遍的な愛、友情に非)
人間らしい情動で満たされるのは、人間として生れ育ってきた者だけ。
カルマーロは違う。
最初から最後まで、ずっと神として求められてきたから。
(理解した。妹、救えない、後悔。代用、アンターテ、後悔。そう、否、否、否。人間“らしい”欲望。否)
代用品など求めたところで、満たされるはずがなかったのだ。
最初から間違っていたのだから。
(我、求める。偽物の信仰心)
それがカルマーロ個人に向けられた感情かどうかなど、どうでもいい。
彼は偶像となる。
そして人々は偶像を信仰する。
(そのために、我の命、生まれた。それこそ、我の、存在意義)
そう、その向けられた信仰心こそが、彼の糧――
ただそれだけが、彼を満たす。
ちょうど、今のように。
『なんと神々しい……』
『我々も共に島を守るのだ! 神と共に戦うのだ!』
『うおぉぉおおおおおおおッ!』
世界を覆い尽くす災厄。
そこに颯爽と現れた神。
そう、まさにこれこそが、カルマーロの求めていた己の役目。
完全なる偶像。
いつも無表情だった彼は今――その死神の肉体で、いつになく満たされた笑みを浮かべていた。
そんな感情の高ぶりに反応するかのように、人形たちもアグレッシブに動く。
踊るように、戯れるように、剣を、槍を、斧を振るい侵略者を斬殺する。
もちろん無傷とはいかず、脱落する人形もいたが、すぐに次を生み出せばいいだけだ。
数と数のぶつかりあい。
均一な戦力を持った大軍は、カルマーロと最も相性のいい相手であった。
◇◇◇
その頃、王都では騎士団や王国軍の面々が必死に戦いを続けていた。
テニュスの守護者オグダードは、炎の剣と胸部の火炎砲によりすでに数千体の敵を焼き尽くしていたが、今もまだ空を見ることすらできない。
また、敵も彼女に接近戦を挑むと危険だと学んだか、距離を取って一斉にエネルギー波を放ってくることが増えた。
オグダードは前に飛び、転がりながらギリギリのところで攻撃を回避する。
先ほどまで立っていた場所に巨大なクレーターが生じ、『ひゅう』と胸をなでおろすテニュス。
だがそんな彼女の頭上から、時間差で放たれたエネルギーの奔流が迫る――
『テニュス様、危ないデスッ!』
とっさにラパーパの守護者ジュノーが駆け寄り、多重防護魔装カリストでそれを防いだ。
『ありがとな、ラパーパ。助かった』
『恋人が助け合うのは当然デス!』
『だな……しかし、一斉に打たれるとさすがにキツいな。まだ魔力はもつか?』
『ぜんぜん大丈夫デス!』
『そりゃよかった。んじゃ、こっからもサポート頼む!』
『了解デス!』
一気に敵に接近し、大剣を振るうオグダード。
背後からガニメデの自動迎撃で援護するジュノー。
エネルギー波はジュノーの防壁で防ぎ、次弾の発射までにオグダードが近づいて敵を撃破する。
このヒットアンドアウェイのコンビネーションで、二人はどうにか生き延びていた。
数十体の侵略者を撃破したあと、オグダードは再びジュノーの傍に戻ってくる。
『悔しいが、簒奪者に守られてなきゃとっくに押しつぶされてたな』
テニュスは上空を見上げながらそう言った。
簒奪者たちは世界中に散らばったが、そのうちの一人はまだ王都に残っていたのだ。
名前も知らないし、見た目も虫のようで気持ち悪いが、頼もしいのは事実である。
『魔物化した状態で守護者を使う……できるんですね』
『そのために準備してたってことだろうな、できるなら最初からそれを選んどけって話だ』
世界のために命を賭けてきた簒奪者が、後からポッと出てきた守護者を選ぶ――それはプライドの面で難しいことはわかる。
だが、そう愚痴りたくもなるような惨状であった。
『あー、しかし、どうなってんだこの景色は』
『世界の終わりデス』
『文字通りにな。でも終わりたくねえ』
『わたしも同じですよ』
ジュノーがオグダードの手を握る。
『二人でやりたいことがあるから』
テニュスも握り返し、ラパーパと指を絡める。
『あたしもだよ。どっちか一人死んだら、二人死んだの同じだな』
『はい、テニュス様が死んだらわたしもすぐ後を追いますから』
『だったら死ねねえな』
『そういうことデス!』
手を放し、またしても侵略者の群れに突っ込むオグダード。
放たれるエネルギー波を避けながら、大地を蹴り宙を舞い、炎をまとった斬撃を飛ばす。
『まだまだあたしは行けるッ! おらおらおらァ、全員焼き尽くしてやるよ肉塊どもがッ!』
『ふふっ、かっこいいテニュス様を見ながら戦えるなんて、ワタシは幸せ者ですねっ!』
勇猛なテニュスの背中を見ながら、ラパーパは顔に疲れをにじませつつも、笑みを浮かべた。
◇◇◇
テニュスたちからそう遠くない場所で、騎士団と王国軍は共に侵略者へと立ち向かう。
だが敵のあまりの多さに、すでに多数の死者が出てしまっていた。
『団長っ! う、うわあぁぁああっ!』
王牙騎士団がまた一人、無惨にも全身を引きちぎられ、断末魔と共に息絶える。
『また仲間が……!』
『足を止めるなッ! 止まれば死ぬぞッ!』
声を震わせ怯える団員に、スィーゼは鬼気迫る表情で発破をかけた。
しかし、迫りくる恐怖はそれだけで拭えるものではない。
『くそぉ、こえぇよぉ。なんなんだよこの化物の数はぁ』
槍で侵略者を突き刺しながらも、情けない声を出してしまう者もいた。
スィーゼも理解はしている。
彼女だって怖いのだから。
だが、少しでも心が折れてしまえば――その隙間にぬるりと入り込まれ、殺されてしまう気がする。
『弱音を吐いても侵略者は待ってくれない。スィーゼたちにできることは、自分を勇敢な戦士だと思い込んで戦い続けることだけだ!』
スィーゼの守護者スティクスは、水の剣を伸ばし数体の侵略者に絡めて地面に叩きつける。
騎士たちの士気を落とさぬよう、誰よりも前に出て、己の感情を噛み殺しながら前へと踏み込み続ける。
『アンタム様、あっちの騎士団長すっごくいいこと言ってますよっ!』
スィーゼの言葉を聞いた王魔騎士が、そんな呑気なことを言った。
『んなこと考えるヒマないってーのッ!』
アンタムは思わずキレ気味にそう返す。
彼女の守護者ラトナから放たれたエメラルドの結晶は、散弾銃のように飛散し侵略者を貫いた。
『こんな時まで能天気』
落ち着いた様子で、別の王魔騎士がそう呟く。
脳天気な彼女は、それを皮肉と理解せずに明るく返した。
『ムードメーカーですから!』
『あはははっ。確かにこーゆーとき、もう笑うしかないよねぇっ!』
泣いたところで、怯えたところで、現実が変わることはない。
どうあがいても目の前の光景は悪夢だ。
だったらせめて、本人たちだけでも明るく振る舞った方がマシ――そんな考えだろう。
しかし笑ったところで、状況が好転するはずもない。
背中合わせで戦っていた王魔騎士団の三人だが、そのうちの一人が剣を振るうために前に踏み込む。
彼女は一番ミスをしそうにない、冷静な騎士だ。
こんな戦場でも“いつも通り”振る舞っていたが、実際は無理をしていたということだろう。
そんな彼女を狙い、侵略者たちが一斉に飛びかかる。
『やめてぇぇぇええっ!』
(く、間に合え――!)
アンタムともう一人の騎士は、彼女を守るべく動くが間に合いそうにない。
すると、どこからともなく飛んできた雷撃が、侵略者たちを焼き尽くした。
アンタムはその使い手に視線を向ける。
そこには妙に荘厳なローブのようなものを纏い、錫杖を手に持ったずっしりとした守護者が立っていた。
『この感じ……もしかして教皇サマ?』
こくりとフォーンは頷く。
『こんな老いぼれでも、戦えば若人の一人や二人ぐらいは救えるらしい』
『お偉い教皇サマにそーゆーこと言われると、あーしらどう反応していいかわかんないんだケド』
『それが権力者の悩みでな。私としては気軽に笑ってくれると助かるよ』
戦力が一人増えたところで――という状況ではあるが、ひとまずの危機は脱した。
なおも彼女たちを取り囲む侵略者たちは、途切れることなく世界を食らい尽くそうとしている。
◇◇◇
ドロセアとリージェの乗る守護者エデンは、マヴェリカとエレインが用意した結界の中でじっと戦いの様子を眺めていた。
現在二人は、一時的に守護者とのリンクを断って人体に意識を戻している。
通常は前方にドロセア、後方にリージェが座る操縦席内だが、現在リージェはドロセアの膝の上で抱えられていた。
「この世に……お姉ちゃんに抱きついてても怖いことが存在するなんて、想像もしてませんでした」
「なら、そんな不安も壊せるくらい強いとこ見せなきゃね」
リージェを勇気づけようと、力強い言葉を返すドロセア。
しかし逆にリージェの表情は曇った。
「お姉ちゃんは、怖くないんですか? こんな景色を前にして」
「ハイマ村を出てから今まで、何度も死にかけたからかな。怖さより、絶対に勝たなきゃって気持ちの方が上回ってる」
「強い……ですね」
「そんなんじゃないよ。リージェがいない間の絶望が強すぎて、感覚が麻痺しちゃってるだけ」
何となく、その時が来れば自分も怖がるんだろうな、とドロセアは思っていた。
だが思いの外、“リージェが近くにいる”という希望の方が大きいらしく、想像よりも動揺していない。
結果としてそれがリージェを不安がらせてしまったようなので、ドロセアにとっては反省点である。
「お姉ちゃんは、生き残ったら何がしたいですか?」
「普通のデートがしたい」
「場所は、どうします?」
「もしかしたらがっかりされるかもしれないけど……いつもの森に、行きたいかな」
ドロセアがそう答えると、リージェはくすりと笑った。
「ふふ、以心伝心ですね」
「じゃあリージェも?」
「はい、同じこと考えてました。見慣れた風景をまた二人で見たいっていうのもそうですし、その……いつもの光景を、恋人として見たら、関係が前に進んだことを実感できそうな気がするんです」
「そこも私と同じだ」
「んふふ、わたしとお姉ちゃん、やっぱり心が通じ合ってるんですね」
リージェはドロセアの手を握ると、自分の頬に当ててはにかむ。
彼女の顔色はあまり良くないが、こうして触れ合っていると頬が少し赤らんで、何もしないよりは健康的に見える。
しかしそうして触れ合っていると、ふいにリージェの表情が沈んだ。
瞳はドロセアではなく、遠いどこかを見つめている。
「……今、お父さんとお母さんのこと思い出したでしょ」
「っ……」
言い当てられたリージェの表情がこわばった。
「忘れてました、以心伝心、でしたね。考えないようにしてたんですが」
「……」
「お姉ちゃんは、怖く、ないですか? 世界中の誰もが戦ってるってことは、パパも、ママも、おじさんも、おばさんも、みんな戦ってるってことです」
リージェは操縦席の前方に目を向ける。
そこからは外の風景が見えるのだが、右側に様々な文字が流れていく。
それはおそらくエレインが見せているのだろう――現在の世界の戦況や、残る侵略者の数、そして生存人数等を示すものだった。
侵略者の方が減るスピードは遥かに早い。
しかし、生存者も確実に減っていっている。
「私も、考えないようにしてたところはある」
長らく会えていない両親。
最近は手紙すら滞って、ずっと心配をかけていると思う。
戦いが終わって、リージェと一緒に帰るつもりだけど、もしそのときに誰も残っていなかったら――いや、あるいはどちらかだけでも欠けていたら。
考えるだけで胸が張り裂けそうだ。
「ごめんなさい」
「いいよ、考えなきゃいけないことなんだから」
「この戦いの結果、果たしてどれぐらいの人類が生き残るのかわかりません。たぶん、残るのは良くて半分ぐらいだと思います」
「きっと、誰も死なないなんてこと、ないよね」
唇を噛むドロセア。
リージェはそんな彼女の胸にぎゅっとしがみつくと、顔を埋めた。
するとどこからともなく、男性の声が響いてくる。
『すまない……すまなかった……きっと聞いてはいないだろうが、パパは……後悔しているんだっ!』
「お父様の声!?」
そう、聞こえてきたのは故郷にいるはずのリージェの父、カーパ・ディオニクスの声。
彼は追い詰められた様子で大きな声をあげている。
「これは……エレインがやったの?」
ドロセアがそう問うと、エレインの声が脳に響く。
『……魔力経由で繋いだわ。大きなお世話だったかしら』
ドロセアは何も言わずに目を伏せた。
正誤の判断ができなかったからだ。
一方、リージェは笑みを浮かべながら父に語りかける。
「パパ、聞こえますか!? わたしです、リージェですっ!」
『リージェの声がする……は、はは、幻聴だろうか』
「本物ですっ! 今、わたしは王都にいます。魔力による通信で会話できているんです!」
『本物……なの、か。ああ……そうかリージェ、生きて、いたんだな。そうか、よかった。よかったぁ……』
カーパの声は弱々しい。
また、声に混ざって金属が砕けるような音が聞こえていた。
「お父様、そちらはどういう状況ですか!? もし戦力が足りないならわたしたちがっ!」
『大丈夫だ……まだ、耐えられる』
「でもその音って……なにか、よくないことが……」
『私が壁になって、村人たちを守っているんだ。領主としての務めだよ』
「お父様、それは……」
『この力が人の本能を具現化するものだというのなら、せめて村人たちのために命を捧げたいと願った、そんな思いが形になったんだろう』
メーナとミーシャの母がそうであったように、彼の守護者もまた“壁”となることに特化した性能だったのだろう。
「嫌です……お父様、また会えますよね? この戦いが終わったら村に戻りますから。そのとき、抱きしめてくれますよね!?」
声を震わせるリージェ。
しかし彼は、それに答えることなく、ドロセアに語りかけた。
『リージェが無事だということは、ドロセアちゃんも……そこにいるんだね』
「はい」
『娘を守ってくれて、ありがとう。そして申し訳ない。遠い王都から届く断片的な報せでしか知らないが、娘と君が苦難の道を歩んだことは想像に難くない。それらはすべて――私が招いたことだ』
罪悪感は、時間差でやってきた。
明確な情報ではなく、曖昧な噂話でしかない。
だが、リージェが飛び降りて意識不明になったことを聞いて、ドロセアの死との関連性を意識しないわけがない。
簡単に考えていた。
リージェもいざ聖女として丁重に扱われれば幸せになれると思い込んでいたのだ。
だが気づいたときには、何もかもが終わったあとだった。
娘は戻ってこないし、娘が大切にしていた人も失われたまま。
憔悴する妻やドロセアの両親にも何も言えずに、ただただ罪悪感を積もらせる日々。
最終的にドロセアは生きていて、リージェと合流したわけだが――だからといって、それでよしとはならない。
『許しては……くれないだろうな』
「はい」
即答するドロセア。
リージェは「お姉ちゃん……」と心配そうにその顔を覗き込む。
するとドロセアは、憎しみをにじませる様子もなく、落ち着いた声で彼に語りかける。
「私が味わってきた様々な苦痛は謝って償えるものじゃありません。だから謝っても無駄です、贖罪も無意味ですから。命を賭けられても、私は喜びませんし、むしろ余計に恨むだけです」
その言葉を聞き、カーパは苦笑いを浮かべる。
『はは、これは……痛いところを突かれたな』
「あなたにできる償いはただ一つ、生きてリージェと会うことだけです」
許しよりも慈しみ深いドロセアの結論は、しかしカーパにとっては残酷なものである。
彼は少し間を置いて、こう答えた。
『ならば罪人のまま死ぬことになるか』
「そんなこと言わないでくださいっ!」
反射的に声を荒らげるリージェ。
そんな彼女に、カーパは申し訳無さそうに告げる。
『すまないねリージェ。今も、私の守護者は……それに連なる私の体は、侵略者に食べられているんだ。村人やママは必死に戦ってくれているけど、それで押し返せる数ではない』
「お父様……」
『しかし、私の犠牲で少しでも時間が稼げるのなら、生き延びる人が増えるのなら、領主としてこんなに嬉しいことはないし、贖罪にもなる……そう思っていたんだけどね』
その“言い訳”は、すでにドロセアに封じられてしまっている。
『確かにドロセアちゃんの言う通りだ。こんな浅はかな考えで許されようと思う私だから、幾多の過ちを重ねてしまった……』
完全に侵略者に囲まれ、もはや身動きも取れないカーパ。
彼はうつむきながら、わずかに恐怖に震える声で言葉を絞り出す。
『リージェ……ドロセアちゃんは、優しいかい?』
「っ……優しい、です。わたしのこと、いつだって、一番に大切にしてくれますっ!」
『彼女といて幸せかい?』
「はいっ! 傍にいるだけで……幸せ、なんです」
『そうか……づ、ぐっ……そう、なら……ドロセアちゃん』
リージェの瞳が涙に揺れている。
父のその問い――その意味を理解してしまっているから。
本当は声をあげて遮りたかった。
終わりを否定したかった。
けれど、そんなことができるのは、助ける余力があるときだけだ。
何もできない。
正真正銘の最期だから。
リージェは、唇を噛んでぐっと言葉を飲み込んだ。
『娘を、頼んだよ』
「生涯を賭けて幸せにします」
『そう、か、それ、は――があぁっ!』
「お父様あぁぁっ!」
我慢できず、リージェが大声をあげる。
だがそれで侵略者が止まるはずもない。
映像は見えないが、おそらく彼は何かに押しつぶされるような形で、命を終えようとしていた。
『マ、ま……り……じぇ……』
最後に家族の名を読んで、声は途切れた。
「いやあぁぁぁぁぁあっ!」
リージェは絶叫する。
「いやっ、いやだあっ! お父様っ、お父様あぁっ、行かないでぇっ! わたしをっ、村に帰ったわたしを、抱きしめてくださいぃっ! お父様! ああぁぁあああっ!」
狭い操縦席内で目を見開き、天に向かって手を伸ばしながら、何かをつかもうとするように暴れる。
そんな彼女を落ち着けるように、ドロセアは強く強く抱きしめた。
やがてリージェはドロセアの肩に顔を埋めて、その上着に延々と溢れ出す涙を染み込ませた。
「うっ、ううぅ……っく、おとう、さま……うああぁ……っ、あ、うぅっ。やだ、やだあぁ……っ」
欲に駆られさえしなければ、優しい父親だった。
それはドロセアにとってもそうだ。
リージェの家に何度も泊まって、そのたびに優しく迎えてくれて。
日常の象徴の一つといえる。
戦いが終わったら、取り戻せると思っていたものの一部だ。
もう二度と戻らないのだと思うと、その空白が、無性に悲しくなる。
嗚咽を漏らすリージェを抱きしめながら、ドロセアの頬に一滴の涙が流れた。
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